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53 マルスの娘、悪鬼になる
しおりを挟む第一砲台の出口は崩れ落ちた土砂で埋まっていた。
「手の空いている者は第一砲台へ! 何人かが生き埋めになっています! 至急応援を!」
救出が早ければ助かる。声を限りに叫び応援を求めつつ、崩れた骨材、グライダーの軽合金の骨を使い、無我夢中で土を掘り掻き出した。
それがヤヨイの戦争だった。カラテの手刀や回し蹴りで敵を斃すのではなく、銃で敵を撃ち殺すのでもない。血眼になって土を掘り部下を助け出すことが。
ウェーゲナー中尉はすぐに来てくれた。
「うわこりゃエレえことになったな、おい。オレが代わろう。もっと人を呼んできてくれ!」
「はいっ、お願いします!」
そう言って軍服の袖で顔を拭いつつ玄室に繋がる横洞を中腰で急いでいるまさにその時。
グワーンッ!
再び大きな爆発音が響いた。玄室に戻ってみれば今度は南の砲台へつながる横洞から砂埃が舞い込んできていた。
リーズルッ?!
もちろん、タオを確認するのは忘れなかった。彼はカンテラの薄明りの下でブカブカのヘルメットをあげて健気にも親指を立てて見せ「大丈夫!」の合図をくれた。この人と人とが殺し合う修羅場の中で最も冷静なのは実はこの幼気な子供かも知れないな。そう思いつつひとまずはホッとして南へ急いだ。
横洞は崩れてはいなかったが、やはり砂埃と爆発煙で出口が見えないほどだった。
「大丈夫か?」
「しっかりしろっ!」
先ほどのヤンヤの歓声が阿鼻叫喚に近い騒ぎに変わっていてそれは全て砂埃の向こうから聞こえていた。
「みんな落ち着いてっ! 被害はっ?!」
爆発によって崩れ落ちた骨材を片付けながら砲台への出口に向かって叫んだ。誰だかはわからないが砂埃の向こうから男性兵の返事が聞こえた。
「手投げ弾の直撃を食らいましたっ! ここにいる者は全員無事ですがルービンシュタイン上等兵がいませんっ!」
「なんですってっ?!」
逆上して思わず声が裏返った。
なんてこと・・・。
こんなところで彼女を失うなんて!
「リーズル、リーズルッ!」
横洞を出て明るい出口に立ち咳き込みながらも声を張り上げ躍起になって砂埃を両手で払っていた時だった。
ちょんちょん。誰かに背中をつつかれた。
「え?」
振り向いたとたんに額にデコピンされた。
「あ、痛っ!」
「なにやってんのよ」
砂埃が収まったそこに手投げ弾に吹き飛ばされたと思い込んでいたリーズルがいた。
「リーズルっ!」
「あんた、指揮官でしょうが。戦争なんだから直撃喰らったぐらいでいちいち泡食って慌ててちゃダメじゃないの!」
・・・やれやれ。
そんな吐息が聞こえてきそうな顔をしてヤヨイを一瞥すると、リーズルはライフルを掴んで砲台の後ろの壁に凭れ葉巻に火を点けた。
「あんたの大声がしたから心配になって行ったのよ。でも一番砲台がどこだかわかんなくなっちゃったの!」
「もしかして、こんな狭いとこで迷子? ありえないわ」
「他人のこと笑える? 血相変えてたくせに!」
二人の女兵士は顔を見合わせて思わず笑い合った。激戦が続いているせいか二人ともどこか何故かおかしくなっていた。
「あっちは大丈夫なの?」
「中尉が来てくれたから。あ、いっけない。手が足りないから呼んで来いって言われてたんだった」
「こっちはもう大丈夫。男衆に行かせよう。カール、フォルカー! 一番砲台に助っ人に行って!」
やはりリーズルは落ち着いていた。前にも思ったが自分よりも彼女の方がはるかに指揮官に相応しい。
「ヤヨイ。ビアンカがね、大金星をあげたわよ」
徴兵されたて。自分と同い年の二等兵が敵の騎馬隊の指揮官の狙撃に成功し、騎馬隊はその兵力を半減させて壊滅状態になったという。大喜びして油断したところに手投げ弾のお土産を食らった。どうもそういうことらしかった。
「ビアンカ、すごいじゃないの!」
もちろんヤヨイも褒め称えた。二等兵の女の子は気恥ずかしいのか俯き加減で爆発で散らかった土嚢やらを再び積み上げていた。
そうだ。部下を褒めている場合じゃなかった。
「それからね、南が一段落したなら半分北に回して。砲台を潰して勢い着いた敵が接近してるの」
「わかった。ここはミシェルとビアンカたちに任せる。あたしも行くよ」
咥え葉巻でリーズルが立ち上がった。
「助かるわ」
そう言ってヤヨイも腰を浮かせた。
そこへまた大きな爆発音。しかも立て続けに数発起こった。二人だけでなく、その場にいた全員が身を伏せた。やがてバラバラと音を立てて上から土砂が降って来た。
「頂上だわ!」
「大口径のだ! 行って、ヤヨイ! あたしは北の砲台に行く」
ヤヨイは無言で頷き玄室に、立て坑の下に走った。
天井から吊るしたカンテラは灯っていたが爆発の振動でユラユラ揺れていた。立て坑の真下に落ちて来た土砂が堆く積もって砂埃が舞っていた。
「おねえちゃん! あれ」
看護兵のクリスティーナたちと共に、小さな身体で気丈にも横たわる負傷兵に覆いかぶさって庇っていたタオが上を指さしていた。
「うむっ」
憤然。
まだ砂埃が舞い落ちる立て坑を上に向かった。爆風のせいでか梯子が外れて斜めに傾いていた。
「こんちくしょっ!」
強引によじ登るようにして頂上に頭を出した。
ヴォルフガングと二三人の兵が、爆風で吹き飛ばされたのだろう大口径グラナトヴェルファーの射手を介抱しているところだった。
「小隊長どのっ! 」
それは医療の素人が見ても絶望的と言えるような情況だった。
「無理に動かさないで! とにかく傷口を抑えて出血を止めてっ! クリスを呼ぶわっ」
これで死傷は「覗き魔」「マルス」約60名の内の四分の一ほどになってしまった。死傷三分の一でその戦闘集団の戦力は失われるという定義を聞いたことがある。
これは、ヤバイかも・・・。
若年ながら歴戦の勇士。鉄十字章の英雄でもあるヤヨイだったが、さすがに悲観が擡げ脳裏をかすめた。
ハッとしてブンブンと首を振った。
今はそんなことを考えているときじゃない!
これは戦争なんだ!
立て坑の上から下に向かって叫んだ。
「クリス、来てっ! 重傷者二名! 手の空いている者は頂上に応援をっ!」
次にやるべきことは・・・。
丘の麓を見た。
敵の歩兵がすぐそこまで肉薄してきているのが見えた。我が方の砲台の機銃や擲弾筒の攻撃をものともせずにただひたすらにひたひたと迫ってきている。
「グラナトヴェルファーは? まだ生きてる?」
「使えます!」
「応戦するわよ! 水平射撃する。砲身を支持して」
立膝を突いたヴォルフガングの肩に大口径擲弾筒の砲身を載せて構えた。
「弾頭! バズーカ仕様に切り替え! 」
「Jawhol! 」
もう一人の兵が大きな弾頭の尾部を捻って噴進に切り替え、砲身の後ろからセットした。
「発射準備よし!」
「後ろ、離れて!」
大口径擲弾筒の弾体は通常は放物線を描いて敵の真上から攻撃する擲弾として使うが、爆発薬の一部を燃焼させて噴出させ噴進弾としても使用できる。
初めてその威力を知ったのは半年前の北の野蛮人相手だった。その絶大な威力を思い出し、ついでにその時の情景も想い出してしまった。あの時の射手はヤヨイ自身が撃ち殺した愛しい男、ジョーだった。
だがヤヨイはもう清純な少女ではない。任務のためとはいえ既に多くの命を絶ち、今は指揮官として数十人の命を預かっていた。かつての恋人でも神様でもなんでもいい。使えるものは全て使う。援けてくれるなら、なんでも、誰でもいい!
お願い、神様。そして、ジョー。わたしと部下を守って!
「撃つわよ。ファイエル!」
ズバッ!
砲身の発射スイッチを入れると弾頭側面の発火ボタンが押され、擲弾筒の後ろから猛烈なガスを噴き出し、弾頭は勢いよく火炎を吹きながら大きな筒を飛び出した。
シュバーッ!
それはさながら龍のように長い煙を吐きつつ丘の斜面を這い下り、丘に取りつこうとしていた敵兵の集団のど真ん中に飛び込んでニ三名の敵兵を薙ぎ倒した後、大爆発した。
グワーンッ!
炸薬に含まれた油脂による大きな火炎の玉。火球が一挙に膨れ上がり、丘の頂上にまで輻射熱が、次いで猛烈な爆風が押し寄せ千切れた枝葉や土砂が舞い上がった。火炎と埃が晴れた後に十数名ほどの敵兵が倒れているのが肉眼でもわかった。周辺の敵兵もこれにはたまらずに浮足立ち、後退を始めた。
ざまあみろっ!
多くの「学者」大隊の兵たちをやられ、さすがのヤヨイも原初的な怒りを覚えていた。
指揮官としての責任。
部下を殺された恨み。
果たすべき任務。
それらの思いがグチャグチャになり、まるで溶けた鉄の坩堝の中のようにヤヨイの心を煮えたぎらせていた。彼女はもう、たった一人のアサシンではなかった。多くの部下を抱えた「母」だった。
来るなら来てみろ!
「次弾装填!」
返り討ちにしてやる! この橋は絶対に、渡さない!
戦争が、美しくクールな「マルスの娘」を般若に、地獄の鬼に変えた。
「ファイエル!」
悪鬼と化したブルネットの碧眼と白い貌は怒りの炎に炙られさらに真っ赤に染まった。地獄の悪鬼の炎の槍は再び三度、敵に向かって放たれていった。軍神マルスの娘の怒りをかった敵兵たちは次々に屍を晒して行くだけだった。
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