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51 「覗き魔」の丘の死闘
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昨日コンテナを搬入したと同じ南の砲台から横洞を通って丘の頂上真下にある玄室に入った途端、
「敵襲!」
立て坑の上の真上、頂上で歩哨に当たっていた兵が叫んだ。
その直後、立て続けに丘全体を震わすような爆発が起き、玄室の天井や丘の中腹に設けられた砲台との連絡用の横坑の壁が崩れおち、埃が舞い上がった。
ヤヨイはとっさにタオの上に覆いかぶさり庇った。
「・・・大丈夫? タオ」
当然ながらこんな激戦の焦点に幼気な子供を連れて来てしまった後悔が襲った。しかも、同じ人間同士が殺し合うさまを見せてしまっている。
「各部、被害状況知らせ! 全員、戦闘配置!」
ウェーゲナー中尉はすぐに身を起して叫んだ。たった今到着したばかりで配置も作戦を練る暇もなかったがそんなことは言っていられない。
「敵は騎兵部隊を繰り出してくるでしょう。丘の背後に回って来るかもしれない。狙撃班を編成してこれに備えます」
「任せる! オレは上に行く」
「それと、東と西に敵襲を知らせます」
「わかった!」
「グレタ!」
ヤヨイは大声で通信兵を呼んだ。
「おねえちゃん!」
小さな男の子は頭を振って土埃を振るい落とすと、言った。
「行って。ぼくは大丈夫。大砲だって撃ったんだよ。これぐらい、なんともない!」
大の大人の言葉ではない。まだ幼気な子供。そのあまりに気丈過ぎる言葉に思わず小さな身体を抱きしめた。
「タオ・・・」
「小隊長殿!」
グレタがワイヤーを伸ばしながら立て坑を降りて来た。彼女は通信機に接続するアンテナを張りに行ったのだった。
「東の『でぶ』と西の『優等生』に連絡。『我敵襲を受く。丘に数発の直撃弾あり。全軍敵の騎馬隊の奇襲攻撃に備えよ』。同じ内容を機甲部隊とグールド大佐にも」
「「Jawohl! 了解」
ヤヨイは通信に取り掛かったグレタを見守りながら一つ思いついた。ただじっとしているよりも何かをしている方が恐怖を忘れることが出来るかもしれない。
「じゃあね、タオ。頼まれてくれる? みんなまだ朝ごはん食べてないの。ここでコンロでお湯を沸かしてコーヒーを淹れてくれる? それからコンテナからパンとカンヅメを出してみんなに配ってあげて。できる?」
「うん、わかった! ぼくできるよ!」
「いい子ね」
頭を撫でようとするとタオはヤヨイの手を払った。
「ぼく、子供じゃないよ!」
タオはすぐに薬缶に水を注ぎコンロにかけた。健気にも気を張って自分を奮い立たせようとしているのだ。この子はいい男になる。何故だかヤヨイはそう思った。
「リーズル、フリッツ!」
まだ横洞にいて搬入したコンテナを積み上げている「マルス」たちに叫んだ。狙撃犯を編成して配置させねばならない。それに頂上に大口径のグラナトヴェルファーを上げすぐに応戦に参加させねば。
やることは山ほどあった。小さなタオを見習い、ヤヨイもまた自身を奮い立たせた。そして双眼鏡を手に敵情確認のため立て坑を登って行った。
陣地を出て大きく南に前進した砲列の効果は大きかった。南の丘に籠る敵は立て続けに起こった爆発にダメージを受けているように思われた。
「では出撃する。ガン、近う!」
マーはナイグン攻撃隊の隊長である若頭を騎馬の傍に呼んだ。
「はっ!」
「我らに構わず砲撃を続けよ。我らの姿が丘に近づいたら指示通り全軍で進撃を開始せよ」
「承知いたしました!」
「それと、もう一つ・・・」
マーは馬上身体を傾けて若頭の耳に口を寄せた。
「我が戻らず、歩兵による丘の占領がならずば、攻撃を止め、残存兵をまとめて武器を捨て帝国に下れ。チナには行くな。下るなら東に向かうのだ。下手な小細工はするな。必ず丸腰で下るのだ。帝国は丸腰の兵を撃たぬ」
「・・・マー様」
「そのためにも、そちは最後まで残って成り行きを見届けよ。残った兵たちを救うのだ。わかったな? ではさらばだ、ガン!」
そして唖然とする若頭の返事も待たず、老家老は声を張り上げた。
「行くぞ、皆の者! 我について参れ!」
「おうっ!」
多数の馬が逸って前足を高々と上げ嘶いた。騎馬隊は開かれた柵を抜けて次々と出撃していった。
マーは片手で手綱を取り、もう片方の手は抱えた白布に包まれた首桶を撫でた。
「お屋形様。もうすぐ我もお傍に参りまする。その折は幾重にも非礼を詫びましょうゆえ・・・」
陣営地を出た騎馬隊は一度東の川の土手に沿うように南下して丘の東に回り込むような動きを見せた。すぐに騎馬隊を狙って丘や敵の東の拠点から擲弾が殺到し騎馬隊の周りに爆裂の屏風を立てた。そこで先頭のマーは馬の首を巡らせて丘の南側、橋の西にある敵の拠点との間の狭い回廊を突破するため全力で疾走させた。
「駆け抜けながら丘と西の拠点に銃を撃ち込み手投げ弾をお見舞いするのだっ! 者ども、ここが死に場所ぞ。心置きなく存分に戦うがよいっ!」
濛々たる砂塵を巻き上げながら地響きを立てて向かってくる騎馬軍団。
話に聞く騎馬部隊をそれまで帝国だけのものと思いこんでいた空挺部隊の面々は、それを迎え撃つ側で見るのは初めての者ばかりだった。そのあまりの迫力に皆肝を潰され思わず浮足立つ者が多かった。
「怯むなっ! 撃って撃って撃ちまくるのよっ! 冷静に、一騎一騎狙って撃てっ!」
城で言えば搦め手門になる。南の砲台に陣取った狙撃隊を指揮するリーズルが叫ぶ。その隣で彼女が見込んだビアンカもまた槓桿を引き、引き金を引いた。他の者も即席に積み上げた土嚢を盾にして弾幕を張った。騎走中の騎兵は狙いにくい。進行方向を見定め、弾着を予想して撃たねばならない。それでも一騎、また一騎。確実に討取っていくのだがなにしろ数が多すぎ、そして、騎馬隊は速すぎた。
「伝令! 大口径のヤツで背後に回って来る騎馬隊を狙ってと伝えてっ! 多すぎるし、速すぎっ!」
「了解!」
その間にも敵の砲弾は丘に落ち続けた。至近弾がリーズルのいる砲台のすぐ5メートルほど左に、東に落ちた。
ドォーンッ!
思わず身を伏せた彼女は、後に大きなすり鉢状の穴が開いてそこにいた兵の姿がなくなっているのに気づいた。
「クンツ!」
隣のビアンカが声を上げ「マルス」の戦友の名を呼んだ。たがリーズルは構わず撃った。
「撃つのよビアンカっ! みんなもっ! 生きている間はひたすら撃てっ!」
と、騎兵隊の姿が見る間に近づき、指呼の間騎兵の顔がハッキリと視認できるまでになった。
「なんだ! みんなジジイじゃないのっ。このクソジジイッ! よくもクンツをっ!」
ビアンカは怒った。怒りながら冷静に撃った。砂塵の中から手りゅう弾が飛んできた。もう、狙うも何もない。南の狙撃兵たちは砂塵の中にこれでもかと銃弾を叩きこんだ。ジジイ共は彼女が四五発撃つ間に目の前をあざ笑うかのように砂塵を巻き上げ、小銃を撃ち込み手りゅう弾を放り込んでくる。
「伏せてっ!」
それはすぐ近くで爆発し、また丘が削られた。
「ぐわあーっ!」
今度はニ人ほどやられた。伏せた背中や腕に破片を食らったのだろう。軽傷のようだが手当てが必要だ。
「衛生兵! そこの二人、負傷者を中に運んで。まだ来るわよっ! みんな気を抜かずにねっ!」
乱戦の中、冷静に指示を与えるリーズル。
視認できただけでも数十騎。総数は百以上にもなる騎兵隊は悠然と丘のすぐ南、眼下の平原を通過してゆき、伝令を受けて頂上の大口径グラナトヴェルファーが攻撃するころには橋の西、「優等生」の拠点に銃を撃ち込み手りゅう弾を投げ込み火矢を射かけて去ってゆくところだった。
「頂上に伝令! 報告、敵騎兵部隊総数100騎以上。内15を撃破。被害、3名」
「了解!」
槓桿を引いてカラの薬莢を排出しながら、リーズルは葉巻を咥えた。そして後ろに束ねた金髪を解いて風に靡かせると再びキリリとひっつめて束ねた。
平素と全く変わらずに紫煙を燻らせながら次々テキパキと指示を下してゆく銃の師匠リーズルを畏敬の目で見上げ、ビアンカたちもまた次連弾を装填して短く息を吐いた。
リーズルの予測通り、敵の騎兵は再び引き返して来た。
命が惜しくないのだろうか、あのジジイたちは。
要するに、死にたいのね。
「なら、殺してやろうじゃないのっ!」
怒りが、徴兵されたての少女だったビアンカをして悪鬼に変えた。静かな殺意を胸に、撃った。
もちろん声は聞こえなかったが、狙ったジジイがぐはと仰け反り馬上から転がり落ちたところまでは見届けた。
「ハイ、次のジジイは誰?!」
槓桿を引きながら、ビアンカは短く呟いた。
「あいつら、死ぬ気だな」
頂上の大口径グラナトヴェルファー。その横で腹ばいになって双眼鏡を構え呟くウェーゲナー中尉に並びヤヨイも北から横一線で来る敵の歩兵たちを見た。
敵は北と西から、丘と西の拠点を包み込むようにして接近してきていた。西南を振り返れば西の「優等生」の拠点からもグラナトヴェルファーや機銃弾の曳光弾が撃ち出されているのが遠望できた。そして反対の東岸からも川越しで大型擲弾筒が丘の東に炸裂し牽制攻撃をしてくれていた。
先に位置に着いていた「覗き魔」の射手たちエマ・シュナイダー上等兵らに並んでヴォルフガングたちもまた大口径の砲列を敷き擲弾を送り続けた。
大きな弾体が射出される度にズン、と腹に響く重々しいガスの爆発音が響き、発射された擲弾は次々に飛翔して敵の上で炸裂、大爆発を起こしその度に敵の兵たちを斃していった。だが敵はそれでも怯まず前進を止めなかった。そのもっとも接近した一団が機銃の射程に入り、丘の中腹の砲台から機銃弾がタタタタッと軽快な音を立てて打ち出され始めた。
途端に先頭の敵兵が薙ぎ倒されて行った。それでも敵は前進を止めない。中にはこちらに向かって突撃体制を取り走り出す兵もいた。
「ついに、総力戦になりましたね」
「ああ。まるで気狂いを相手にしているみたいだ・・・」
丘に籠る「覗き魔」と「マルス」の兵たちに当然のように怖気が走った。やつらは殺されるために向かってきている。そうとしか思えなかった。
「恐れるな! 死にたいってなら殺してやるまでだ! 弾の続く限り撃ちまくれっ!」
ウェーゲナー中尉は叫んだ。
「兵たちの気持ちが心配です。各砲台にも声掛けしてきます! 」
ヤヨイは身を起して立て坑を降りていった。
「頼む。キミが行けば兵たちも励みになる。なんとしても敵が丘に取りつくのを阻止せねばっ!」
「了解!」
玄室に降りると二三の負傷兵が横たわり、クリスティーナと「覗き魔」の衛生兵の手当てを受けていた。そしてヘルメット姿のタオも、彼女らの傍らで傷ついた兵の手を握り頭を撫でていた。
「ボウズ、ありがとうな。お前にそうやって手を握ってもらうと、落ち着く」
またしてもタオは言葉がわからないながらも堂々と兵たちに応えていた。
「ぼくはタオ。大丈夫だよ、おにいちゃん。必ず良くなるよ」
その姿を見て麻酔を打ち包帯を巻いているクリスティーナたちも頬を緩め胸を熱くしたし、ヤヨイもまたしばし足を止めて小さな衛生兵の活躍に感じ入りつつ、手近のコンテナから機銃弾帯を数連取り出して肩にかけ砲台に向かった。
既に銃身は灼けるように熱くなっていた。
「熱ちっ・・・。くっそ、こいつら後から後からっ!」
五番砲台のマックス・ウェーバー一等兵は背後の横穴からの気配を感じつつ、後ろから差し出された機銃弾帯を受け取って装填した。
「おう、ありがとよ。気が利くな」
だが、なにやら甘い香りに思わず振り向くと、
「敵が丘に取りつくと苦しくなります。頑張ってください!」
なんと、あの「マルス」のアイゼネス・クロイツ、ブルネットちゃんの美しく凛々しい姿がすぐそこにあるではないか!
「しょっ、しょ、あ、ありがとうございます、少尉どのっ!」
その声に相方も思わず擲弾筒の弾体を持ったまま固まったが、思い出したように前を向いて、
「絶対に敵を寄せ付けません、少尉どのっ!」
言いながら顔を赤くして砲口に弾体を落としシュバッ、と打ち出した。
「そうですその意気です! ではっ!」
「軍神マルスの娘」がいなくなると相方は呟いた。
「ああ、ビックリした。ここに来てたのは知ってたが・・・」
「オレもだ。まるで勝利の女神が来たかと思ったぜ」
タタタタタッ!
近づいてくる敵兵を次々に薙ぎ倒しながらマックス・ウェーバー一等兵も応えた。
「こっちに『マルスの娘』がいるなら、負けねえさ!」
でも、エマが来てくれればもっと嬉しかったんだけどな。
マックスは丘の頂上で大口径の擲弾を送り続けているだろうシュナイダー上等兵のキスとやわらかな胸の感触を思い出しつつ、加熱してゆく銃身にボロ布を巻き付けて機銃弾を撃ち続けた。今は行けないが、ひと段落したら見に行ってやろう。
城で言えば「大手門」にあたる北側の各砲台を見回った後、横洞を通って「搦め手門」にあたる南側砲台に向かった。
そこでも「覗き魔」「マルス」合わせて総勢10名ほどがリーズルの指揮下で機銃と小口径の擲弾筒に加え小銃の銃口を並べて回り込んできた騎兵部隊を迎撃していた。
ダンッ、ダダンッ、ピチューンッ! ドォーンッ!
引き返して来た屈強な騎兵部隊が二度目の突撃をして去って行った直後だった。十丁の小銃のあげる硝煙と擲弾筒の発射ガスで濛々たる砲台に間断なく銃声が響く。敵も馬上ながら小銃を撃ち込み手投げ弾を見舞ってゆく。
大手門の北側の各砲台もそうだったが、ここでも兵たちは落ち着いて身を隠して射撃し、手投げ弾が飛んで来るや伏せてやり過ごし、再び身を起して銃を構えていた。この降下作戦がほとんどの兵にとって初の実戦になるにもかかわらず、皆動揺することもなく銃や擲弾筒や機銃を操作していた。立て籠もった前哨陣地の丘に北の野蛮人の大軍を迎えて無我夢中で銃を撃ちまくったヤヨイに比べればはるかに立派だと言えた。
銃を並べて居並ぶ兵たちの真ん中で、片膝ついて正確に狙いを定める金髪の美女。その足元には葉巻の吸い殻と五連ごとの予備の実包が一束置かれていた。
ダンッ!
硝煙の向こうで敵騎兵の殿の一騎がもんどりうって落馬した。
「すごいです、ルービンシュタイン上等兵どの!」
「覗き魔」の兵の一人が賛辞を贈るのだが、金髪美女の表情は硬くいささかも緩まない。
「ありがとう。でも戦闘中よ。よそ見禁止!」
その横に位置を占め、ヤヨイも銃を構えた。
「リーズル、大丈夫? 北の野蛮人よりも数段手強いわね。長期戦になるかもだから代わるから少し休んだら?」
「平気よ。しつっこいの、あのジジイどもっ! ただしつこいだけっ!」
そう言いながらも槓桿を引き騎兵が去って行った方にまだ銃口を向けるスナイパー。ヤヨイも狙い澄まして撃つのだが、惜しくも外してしまった敵兵を、またもリーズルが一撃で屠った。
頼もしい。
「すごい・・・。あいかわらず、いい腕ね!」
思わずヤヨイはホンネを漏らした。
リーズルは銃口を上げ、叫んだ。
「射撃止め! また来るわよっ! 今のうちに予備の弾薬を確認!」
自分があまりにも早く昇進してしまったために今では部下となってしまったが、初めて会った時から姉のように慕っていた。リーズルが来てくれて本当によかったと思った。
丘周辺に間断なく落ちてくる敵の砲弾は別として、南の砲台にしばし休息が訪れた。兵たちも一息入れて皆額の汗を拭い背後のコンテナにある実包を取りに行ったりしていた。
リーズルはヘルメットの庇を上げた。
「一人、殺られたわ。クンツよ」
南の砲台で3名損害と報告があったのは知っていた。その中の一人「マルス」の初の戦死者だ。クンツ・ベッカー一等兵。
「でも、落ち込んじゃダメよ。あんたは指揮官なんだから。今生きて銃をとっている者のことを考えな」
「・・・わかってるわ」
そう言ってリーズルはヤヨイの持っている銃に目を留めた。
「あんた、あの銃はどうしたの?」
ここにに来るまでは上官と兵との関係を守っていたリーズルも、かつて共に死線を潜った時の間柄に戻すことにしたのだろう。もっとも、そのほうがヤヨイも気が楽だった。
ヤヨイが怪訝な顔を向けると美しいスナイパーは言った。
「彼女が残して行ったヤツ。銃床に刻印があるヤツよ」
他の兵には聞こえないぐらいの小声ながら、国家機密に触れるかも知れない密事をこんな場所で口にするなんて。慌てて彼女を諫めた。
「ちょっと、リーズル・・・」
「あれはいい銃だったわ。あれなら下手なあんたでもさっきの、仕留められたかも」
スナイパーは片方の口角をあげて不敵に微笑んだ。
今もヤヨイに心の声を送って来るレオン少尉の残した、銃床に「L」の刻印のある形見。それは愛した男を撃ち殺した銃でもあった。だからどうしても使う気になれずクィリナリスに置いてきていた。
胸の奥の真実を話すのに気後れがしてお茶を濁した。
「あれは、上司に預けて来たわ。なんだか、畏れ多くて」
引いた槓桿をゆっくりと戻して銃を立て、ほっと息を吐いた。
「あたしより若いくせにそういうとこ古いってか、カタいのよね、あんた」
そう言ってスナイパーは胸ポケットから細い葉巻を取り出しマッチで火を点けた。
話を逸らそうと敵の騎兵部隊が去って行った西の拠点のあたりに双眼鏡を向けた。
「ねえ、敵の指揮官を狙えば?」
指揮官を排除すればその集団の戦闘力は落ちる。北の野蛮人も知っている、それが戦闘の要諦でもある。
「わかれば殺ってるわ! でもチナのジジイはみんな同じ顔に見えるのよ」
ヤヨイは目を擦ってもう一度双眼鏡に目を凝らした。
まだニ三キロは先。しかも時折周囲に起こる我が方の擲弾の爆発のせいで度々視界が遮られる。だが爆発の合間に敵の騎馬隊が態勢を整え再び三度こちらにやってくる気配が感じられた。
と。
何かが頭の中でピン、と弾けた。それは電光のように一瞬だけヤヨイの網膜を刺激した。
「え?」
「は?」
振り向いたリーズルと顔を見合わせた。
今のはなんだろう。
ま、いいや。
そうして三度双眼鏡を覗いた時だった。騎兵の集団、その中ほどに白髪をなびかせて片手を上げ、何やら叫んでいる老騎兵が認められた。よく見ると身体の前に白い布で包んだ荷物を抱えているように見える。
ひょっとして、あれではないか?
「見つけたかも。あれかもしれない」
「どれ?」
リーズルがヤヨイの双眼鏡を奪ってその方角に向けた。
「真ん中らへん。白い長髪。身体の前に白い包みを抱えてる。わかる?」
「んー、わかんないよ」
こんな時にあの遠目の利くアランがいればな。
と。
リーズルの身体が何かに弾かれたようにビクッと跳ねた。
「何? あんた今何か言った?」
急に振り向いたリーズルがそう尋ねた。
「ううん。何も」
怪訝な顔をして再び双眼鏡を構える金髪のスナイパー。
「いたわ。・・・見つけた」
そう言って双眼鏡を返し銃をとった。
「みんな、また来るわよ。今度は先頭付近にいる白い包みを抱えた白髪のジジイに集中して。どうやらアレが指揮官みたいなの!」
リーズルはその美しい貌に似合わないドスの利いた大声を張り上げ、砲台の兵たちに号令した。
「敵襲!」
立て坑の上の真上、頂上で歩哨に当たっていた兵が叫んだ。
その直後、立て続けに丘全体を震わすような爆発が起き、玄室の天井や丘の中腹に設けられた砲台との連絡用の横坑の壁が崩れおち、埃が舞い上がった。
ヤヨイはとっさにタオの上に覆いかぶさり庇った。
「・・・大丈夫? タオ」
当然ながらこんな激戦の焦点に幼気な子供を連れて来てしまった後悔が襲った。しかも、同じ人間同士が殺し合うさまを見せてしまっている。
「各部、被害状況知らせ! 全員、戦闘配置!」
ウェーゲナー中尉はすぐに身を起して叫んだ。たった今到着したばかりで配置も作戦を練る暇もなかったがそんなことは言っていられない。
「敵は騎兵部隊を繰り出してくるでしょう。丘の背後に回って来るかもしれない。狙撃班を編成してこれに備えます」
「任せる! オレは上に行く」
「それと、東と西に敵襲を知らせます」
「わかった!」
「グレタ!」
ヤヨイは大声で通信兵を呼んだ。
「おねえちゃん!」
小さな男の子は頭を振って土埃を振るい落とすと、言った。
「行って。ぼくは大丈夫。大砲だって撃ったんだよ。これぐらい、なんともない!」
大の大人の言葉ではない。まだ幼気な子供。そのあまりに気丈過ぎる言葉に思わず小さな身体を抱きしめた。
「タオ・・・」
「小隊長殿!」
グレタがワイヤーを伸ばしながら立て坑を降りて来た。彼女は通信機に接続するアンテナを張りに行ったのだった。
「東の『でぶ』と西の『優等生』に連絡。『我敵襲を受く。丘に数発の直撃弾あり。全軍敵の騎馬隊の奇襲攻撃に備えよ』。同じ内容を機甲部隊とグールド大佐にも」
「「Jawohl! 了解」
ヤヨイは通信に取り掛かったグレタを見守りながら一つ思いついた。ただじっとしているよりも何かをしている方が恐怖を忘れることが出来るかもしれない。
「じゃあね、タオ。頼まれてくれる? みんなまだ朝ごはん食べてないの。ここでコンロでお湯を沸かしてコーヒーを淹れてくれる? それからコンテナからパンとカンヅメを出してみんなに配ってあげて。できる?」
「うん、わかった! ぼくできるよ!」
「いい子ね」
頭を撫でようとするとタオはヤヨイの手を払った。
「ぼく、子供じゃないよ!」
タオはすぐに薬缶に水を注ぎコンロにかけた。健気にも気を張って自分を奮い立たせようとしているのだ。この子はいい男になる。何故だかヤヨイはそう思った。
「リーズル、フリッツ!」
まだ横洞にいて搬入したコンテナを積み上げている「マルス」たちに叫んだ。狙撃犯を編成して配置させねばならない。それに頂上に大口径のグラナトヴェルファーを上げすぐに応戦に参加させねば。
やることは山ほどあった。小さなタオを見習い、ヤヨイもまた自身を奮い立たせた。そして双眼鏡を手に敵情確認のため立て坑を登って行った。
陣地を出て大きく南に前進した砲列の効果は大きかった。南の丘に籠る敵は立て続けに起こった爆発にダメージを受けているように思われた。
「では出撃する。ガン、近う!」
マーはナイグン攻撃隊の隊長である若頭を騎馬の傍に呼んだ。
「はっ!」
「我らに構わず砲撃を続けよ。我らの姿が丘に近づいたら指示通り全軍で進撃を開始せよ」
「承知いたしました!」
「それと、もう一つ・・・」
マーは馬上身体を傾けて若頭の耳に口を寄せた。
「我が戻らず、歩兵による丘の占領がならずば、攻撃を止め、残存兵をまとめて武器を捨て帝国に下れ。チナには行くな。下るなら東に向かうのだ。下手な小細工はするな。必ず丸腰で下るのだ。帝国は丸腰の兵を撃たぬ」
「・・・マー様」
「そのためにも、そちは最後まで残って成り行きを見届けよ。残った兵たちを救うのだ。わかったな? ではさらばだ、ガン!」
そして唖然とする若頭の返事も待たず、老家老は声を張り上げた。
「行くぞ、皆の者! 我について参れ!」
「おうっ!」
多数の馬が逸って前足を高々と上げ嘶いた。騎馬隊は開かれた柵を抜けて次々と出撃していった。
マーは片手で手綱を取り、もう片方の手は抱えた白布に包まれた首桶を撫でた。
「お屋形様。もうすぐ我もお傍に参りまする。その折は幾重にも非礼を詫びましょうゆえ・・・」
陣営地を出た騎馬隊は一度東の川の土手に沿うように南下して丘の東に回り込むような動きを見せた。すぐに騎馬隊を狙って丘や敵の東の拠点から擲弾が殺到し騎馬隊の周りに爆裂の屏風を立てた。そこで先頭のマーは馬の首を巡らせて丘の南側、橋の西にある敵の拠点との間の狭い回廊を突破するため全力で疾走させた。
「駆け抜けながら丘と西の拠点に銃を撃ち込み手投げ弾をお見舞いするのだっ! 者ども、ここが死に場所ぞ。心置きなく存分に戦うがよいっ!」
濛々たる砂塵を巻き上げながら地響きを立てて向かってくる騎馬軍団。
話に聞く騎馬部隊をそれまで帝国だけのものと思いこんでいた空挺部隊の面々は、それを迎え撃つ側で見るのは初めての者ばかりだった。そのあまりの迫力に皆肝を潰され思わず浮足立つ者が多かった。
「怯むなっ! 撃って撃って撃ちまくるのよっ! 冷静に、一騎一騎狙って撃てっ!」
城で言えば搦め手門になる。南の砲台に陣取った狙撃隊を指揮するリーズルが叫ぶ。その隣で彼女が見込んだビアンカもまた槓桿を引き、引き金を引いた。他の者も即席に積み上げた土嚢を盾にして弾幕を張った。騎走中の騎兵は狙いにくい。進行方向を見定め、弾着を予想して撃たねばならない。それでも一騎、また一騎。確実に討取っていくのだがなにしろ数が多すぎ、そして、騎馬隊は速すぎた。
「伝令! 大口径のヤツで背後に回って来る騎馬隊を狙ってと伝えてっ! 多すぎるし、速すぎっ!」
「了解!」
その間にも敵の砲弾は丘に落ち続けた。至近弾がリーズルのいる砲台のすぐ5メートルほど左に、東に落ちた。
ドォーンッ!
思わず身を伏せた彼女は、後に大きなすり鉢状の穴が開いてそこにいた兵の姿がなくなっているのに気づいた。
「クンツ!」
隣のビアンカが声を上げ「マルス」の戦友の名を呼んだ。たがリーズルは構わず撃った。
「撃つのよビアンカっ! みんなもっ! 生きている間はひたすら撃てっ!」
と、騎兵隊の姿が見る間に近づき、指呼の間騎兵の顔がハッキリと視認できるまでになった。
「なんだ! みんなジジイじゃないのっ。このクソジジイッ! よくもクンツをっ!」
ビアンカは怒った。怒りながら冷静に撃った。砂塵の中から手りゅう弾が飛んできた。もう、狙うも何もない。南の狙撃兵たちは砂塵の中にこれでもかと銃弾を叩きこんだ。ジジイ共は彼女が四五発撃つ間に目の前をあざ笑うかのように砂塵を巻き上げ、小銃を撃ち込み手りゅう弾を放り込んでくる。
「伏せてっ!」
それはすぐ近くで爆発し、また丘が削られた。
「ぐわあーっ!」
今度はニ人ほどやられた。伏せた背中や腕に破片を食らったのだろう。軽傷のようだが手当てが必要だ。
「衛生兵! そこの二人、負傷者を中に運んで。まだ来るわよっ! みんな気を抜かずにねっ!」
乱戦の中、冷静に指示を与えるリーズル。
視認できただけでも数十騎。総数は百以上にもなる騎兵隊は悠然と丘のすぐ南、眼下の平原を通過してゆき、伝令を受けて頂上の大口径グラナトヴェルファーが攻撃するころには橋の西、「優等生」の拠点に銃を撃ち込み手りゅう弾を投げ込み火矢を射かけて去ってゆくところだった。
「頂上に伝令! 報告、敵騎兵部隊総数100騎以上。内15を撃破。被害、3名」
「了解!」
槓桿を引いてカラの薬莢を排出しながら、リーズルは葉巻を咥えた。そして後ろに束ねた金髪を解いて風に靡かせると再びキリリとひっつめて束ねた。
平素と全く変わらずに紫煙を燻らせながら次々テキパキと指示を下してゆく銃の師匠リーズルを畏敬の目で見上げ、ビアンカたちもまた次連弾を装填して短く息を吐いた。
リーズルの予測通り、敵の騎兵は再び引き返して来た。
命が惜しくないのだろうか、あのジジイたちは。
要するに、死にたいのね。
「なら、殺してやろうじゃないのっ!」
怒りが、徴兵されたての少女だったビアンカをして悪鬼に変えた。静かな殺意を胸に、撃った。
もちろん声は聞こえなかったが、狙ったジジイがぐはと仰け反り馬上から転がり落ちたところまでは見届けた。
「ハイ、次のジジイは誰?!」
槓桿を引きながら、ビアンカは短く呟いた。
「あいつら、死ぬ気だな」
頂上の大口径グラナトヴェルファー。その横で腹ばいになって双眼鏡を構え呟くウェーゲナー中尉に並びヤヨイも北から横一線で来る敵の歩兵たちを見た。
敵は北と西から、丘と西の拠点を包み込むようにして接近してきていた。西南を振り返れば西の「優等生」の拠点からもグラナトヴェルファーや機銃弾の曳光弾が撃ち出されているのが遠望できた。そして反対の東岸からも川越しで大型擲弾筒が丘の東に炸裂し牽制攻撃をしてくれていた。
先に位置に着いていた「覗き魔」の射手たちエマ・シュナイダー上等兵らに並んでヴォルフガングたちもまた大口径の砲列を敷き擲弾を送り続けた。
大きな弾体が射出される度にズン、と腹に響く重々しいガスの爆発音が響き、発射された擲弾は次々に飛翔して敵の上で炸裂、大爆発を起こしその度に敵の兵たちを斃していった。だが敵はそれでも怯まず前進を止めなかった。そのもっとも接近した一団が機銃の射程に入り、丘の中腹の砲台から機銃弾がタタタタッと軽快な音を立てて打ち出され始めた。
途端に先頭の敵兵が薙ぎ倒されて行った。それでも敵は前進を止めない。中にはこちらに向かって突撃体制を取り走り出す兵もいた。
「ついに、総力戦になりましたね」
「ああ。まるで気狂いを相手にしているみたいだ・・・」
丘に籠る「覗き魔」と「マルス」の兵たちに当然のように怖気が走った。やつらは殺されるために向かってきている。そうとしか思えなかった。
「恐れるな! 死にたいってなら殺してやるまでだ! 弾の続く限り撃ちまくれっ!」
ウェーゲナー中尉は叫んだ。
「兵たちの気持ちが心配です。各砲台にも声掛けしてきます! 」
ヤヨイは身を起して立て坑を降りていった。
「頼む。キミが行けば兵たちも励みになる。なんとしても敵が丘に取りつくのを阻止せねばっ!」
「了解!」
玄室に降りると二三の負傷兵が横たわり、クリスティーナと「覗き魔」の衛生兵の手当てを受けていた。そしてヘルメット姿のタオも、彼女らの傍らで傷ついた兵の手を握り頭を撫でていた。
「ボウズ、ありがとうな。お前にそうやって手を握ってもらうと、落ち着く」
またしてもタオは言葉がわからないながらも堂々と兵たちに応えていた。
「ぼくはタオ。大丈夫だよ、おにいちゃん。必ず良くなるよ」
その姿を見て麻酔を打ち包帯を巻いているクリスティーナたちも頬を緩め胸を熱くしたし、ヤヨイもまたしばし足を止めて小さな衛生兵の活躍に感じ入りつつ、手近のコンテナから機銃弾帯を数連取り出して肩にかけ砲台に向かった。
既に銃身は灼けるように熱くなっていた。
「熱ちっ・・・。くっそ、こいつら後から後からっ!」
五番砲台のマックス・ウェーバー一等兵は背後の横穴からの気配を感じつつ、後ろから差し出された機銃弾帯を受け取って装填した。
「おう、ありがとよ。気が利くな」
だが、なにやら甘い香りに思わず振り向くと、
「敵が丘に取りつくと苦しくなります。頑張ってください!」
なんと、あの「マルス」のアイゼネス・クロイツ、ブルネットちゃんの美しく凛々しい姿がすぐそこにあるではないか!
「しょっ、しょ、あ、ありがとうございます、少尉どのっ!」
その声に相方も思わず擲弾筒の弾体を持ったまま固まったが、思い出したように前を向いて、
「絶対に敵を寄せ付けません、少尉どのっ!」
言いながら顔を赤くして砲口に弾体を落としシュバッ、と打ち出した。
「そうですその意気です! ではっ!」
「軍神マルスの娘」がいなくなると相方は呟いた。
「ああ、ビックリした。ここに来てたのは知ってたが・・・」
「オレもだ。まるで勝利の女神が来たかと思ったぜ」
タタタタタッ!
近づいてくる敵兵を次々に薙ぎ倒しながらマックス・ウェーバー一等兵も応えた。
「こっちに『マルスの娘』がいるなら、負けねえさ!」
でも、エマが来てくれればもっと嬉しかったんだけどな。
マックスは丘の頂上で大口径の擲弾を送り続けているだろうシュナイダー上等兵のキスとやわらかな胸の感触を思い出しつつ、加熱してゆく銃身にボロ布を巻き付けて機銃弾を撃ち続けた。今は行けないが、ひと段落したら見に行ってやろう。
城で言えば「大手門」にあたる北側の各砲台を見回った後、横洞を通って「搦め手門」にあたる南側砲台に向かった。
そこでも「覗き魔」「マルス」合わせて総勢10名ほどがリーズルの指揮下で機銃と小口径の擲弾筒に加え小銃の銃口を並べて回り込んできた騎兵部隊を迎撃していた。
ダンッ、ダダンッ、ピチューンッ! ドォーンッ!
引き返して来た屈強な騎兵部隊が二度目の突撃をして去って行った直後だった。十丁の小銃のあげる硝煙と擲弾筒の発射ガスで濛々たる砲台に間断なく銃声が響く。敵も馬上ながら小銃を撃ち込み手投げ弾を見舞ってゆく。
大手門の北側の各砲台もそうだったが、ここでも兵たちは落ち着いて身を隠して射撃し、手投げ弾が飛んで来るや伏せてやり過ごし、再び身を起して銃を構えていた。この降下作戦がほとんどの兵にとって初の実戦になるにもかかわらず、皆動揺することもなく銃や擲弾筒や機銃を操作していた。立て籠もった前哨陣地の丘に北の野蛮人の大軍を迎えて無我夢中で銃を撃ちまくったヤヨイに比べればはるかに立派だと言えた。
銃を並べて居並ぶ兵たちの真ん中で、片膝ついて正確に狙いを定める金髪の美女。その足元には葉巻の吸い殻と五連ごとの予備の実包が一束置かれていた。
ダンッ!
硝煙の向こうで敵騎兵の殿の一騎がもんどりうって落馬した。
「すごいです、ルービンシュタイン上等兵どの!」
「覗き魔」の兵の一人が賛辞を贈るのだが、金髪美女の表情は硬くいささかも緩まない。
「ありがとう。でも戦闘中よ。よそ見禁止!」
その横に位置を占め、ヤヨイも銃を構えた。
「リーズル、大丈夫? 北の野蛮人よりも数段手強いわね。長期戦になるかもだから代わるから少し休んだら?」
「平気よ。しつっこいの、あのジジイどもっ! ただしつこいだけっ!」
そう言いながらも槓桿を引き騎兵が去って行った方にまだ銃口を向けるスナイパー。ヤヨイも狙い澄まして撃つのだが、惜しくも外してしまった敵兵を、またもリーズルが一撃で屠った。
頼もしい。
「すごい・・・。あいかわらず、いい腕ね!」
思わずヤヨイはホンネを漏らした。
リーズルは銃口を上げ、叫んだ。
「射撃止め! また来るわよっ! 今のうちに予備の弾薬を確認!」
自分があまりにも早く昇進してしまったために今では部下となってしまったが、初めて会った時から姉のように慕っていた。リーズルが来てくれて本当によかったと思った。
丘周辺に間断なく落ちてくる敵の砲弾は別として、南の砲台にしばし休息が訪れた。兵たちも一息入れて皆額の汗を拭い背後のコンテナにある実包を取りに行ったりしていた。
リーズルはヘルメットの庇を上げた。
「一人、殺られたわ。クンツよ」
南の砲台で3名損害と報告があったのは知っていた。その中の一人「マルス」の初の戦死者だ。クンツ・ベッカー一等兵。
「でも、落ち込んじゃダメよ。あんたは指揮官なんだから。今生きて銃をとっている者のことを考えな」
「・・・わかってるわ」
そう言ってリーズルはヤヨイの持っている銃に目を留めた。
「あんた、あの銃はどうしたの?」
ここにに来るまでは上官と兵との関係を守っていたリーズルも、かつて共に死線を潜った時の間柄に戻すことにしたのだろう。もっとも、そのほうがヤヨイも気が楽だった。
ヤヨイが怪訝な顔を向けると美しいスナイパーは言った。
「彼女が残して行ったヤツ。銃床に刻印があるヤツよ」
他の兵には聞こえないぐらいの小声ながら、国家機密に触れるかも知れない密事をこんな場所で口にするなんて。慌てて彼女を諫めた。
「ちょっと、リーズル・・・」
「あれはいい銃だったわ。あれなら下手なあんたでもさっきの、仕留められたかも」
スナイパーは片方の口角をあげて不敵に微笑んだ。
今もヤヨイに心の声を送って来るレオン少尉の残した、銃床に「L」の刻印のある形見。それは愛した男を撃ち殺した銃でもあった。だからどうしても使う気になれずクィリナリスに置いてきていた。
胸の奥の真実を話すのに気後れがしてお茶を濁した。
「あれは、上司に預けて来たわ。なんだか、畏れ多くて」
引いた槓桿をゆっくりと戻して銃を立て、ほっと息を吐いた。
「あたしより若いくせにそういうとこ古いってか、カタいのよね、あんた」
そう言ってスナイパーは胸ポケットから細い葉巻を取り出しマッチで火を点けた。
話を逸らそうと敵の騎兵部隊が去って行った西の拠点のあたりに双眼鏡を向けた。
「ねえ、敵の指揮官を狙えば?」
指揮官を排除すればその集団の戦闘力は落ちる。北の野蛮人も知っている、それが戦闘の要諦でもある。
「わかれば殺ってるわ! でもチナのジジイはみんな同じ顔に見えるのよ」
ヤヨイは目を擦ってもう一度双眼鏡に目を凝らした。
まだニ三キロは先。しかも時折周囲に起こる我が方の擲弾の爆発のせいで度々視界が遮られる。だが爆発の合間に敵の騎馬隊が態勢を整え再び三度こちらにやってくる気配が感じられた。
と。
何かが頭の中でピン、と弾けた。それは電光のように一瞬だけヤヨイの網膜を刺激した。
「え?」
「は?」
振り向いたリーズルと顔を見合わせた。
今のはなんだろう。
ま、いいや。
そうして三度双眼鏡を覗いた時だった。騎兵の集団、その中ほどに白髪をなびかせて片手を上げ、何やら叫んでいる老騎兵が認められた。よく見ると身体の前に白い布で包んだ荷物を抱えているように見える。
ひょっとして、あれではないか?
「見つけたかも。あれかもしれない」
「どれ?」
リーズルがヤヨイの双眼鏡を奪ってその方角に向けた。
「真ん中らへん。白い長髪。身体の前に白い包みを抱えてる。わかる?」
「んー、わかんないよ」
こんな時にあの遠目の利くアランがいればな。
と。
リーズルの身体が何かに弾かれたようにビクッと跳ねた。
「何? あんた今何か言った?」
急に振り向いたリーズルがそう尋ねた。
「ううん。何も」
怪訝な顔をして再び双眼鏡を構える金髪のスナイパー。
「いたわ。・・・見つけた」
そう言って双眼鏡を返し銃をとった。
「みんな、また来るわよ。今度は先頭付近にいる白い包みを抱えた白髪のジジイに集中して。どうやらアレが指揮官みたいなの!」
リーズルはその美しい貌に似合わないドスの利いた大声を張り上げ、砲台の兵たちに号令した。
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