剣客逓信 ―明治剣戟郵便録―

三條すずしろ

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第十三章 攻防、鉄道郵便零号車

激闘の果て

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「息子だと――」

思わずそう口をついて出た隼人だったが、瞬時に彼らが直接の血縁関係にあるわけではないことを理解した。
何より征士郎少佐に、若き日の東堂の面影はない。
だが東堂が「育てた」という若者の挙措から、おそらく無陣流の技は知る限りを受け継いでいるのだろう。

「片倉。この列車が運んでいるものが何か、教えていなかったな」

淡々と、東堂が語る。

「我らが欲しかったものは北海道の地図だ。それも鉄や金などの鉱物、石炭に草生水くそうず……つまり石油などの産出地を詳細に記したものを。お前がメアリー・ヤード婦人経由で文書を託した元・開拓使測量長のジェームズ・R・ワッソンは、秘密裏にそうした調査も行っていたのだよ。もっとも、それは全道のごく一部に過ぎない。他にも同様の取り組みは進んでいる。――まずは、ここに一つ」

東堂は征士郎少佐の制服の胸辺りを指し、不敵に微笑んだ。

「……話はわかった、東堂。では尚のこと、お前達を見逃すわけにはいかぬ」

隼人は小太刀の切っ先を、東堂親子に凝らした。

「征士郎――」
「はい、養父ちち上」

少佐は長刀を抜き、片手で中段に構えた。
車輛の連結部を挟んで向き合う形に変わりはないが、そのリーチは歴然だ。

「彼の技は既に私を超えている。私に及ばぬお前が、勝てる道理はない」

そう囁いて東堂が目を細めた、その時。

「東堂靫衛――っ!!」

先頭車輛の方から、二つの人影が走ってくる。
草介と由良乃だ。

「ほう、これは」

征士郎少佐と背中合わせになる恰好で向き直る東堂。
それぞれに小太刀を手にした草介と由良乃が、彼らと同じ車輛に飛び乗った。

「草介君と……宗家筋のお嬢さんか」
「無陣流、たちばな由良乃。運転士さんと機関士さんは解放しました。あとはあなた方二人のみ」
「東堂のおっちゃん、めえに長州でノされた頃のおいらじゃねえぜ。おい、はーさん! こっちは任せろ! 簀巻すまきにしてやれ!」

草介と由良乃が同時に東堂へと走り懸かり、戦いの火蓋が切って落とされた。
それを合図に征士郎少佐は隼人に向けて鋭い突きを繰り出し、東堂は進みつつ抜刀して二本の小太刀を迎え撃つ。
運転士が自由になったためか、列車はさらに速度を上げて築堤を走った。

アーチになった列車の屋根上は狭く足場も不確かだが、小柄な由良乃とすばしこい草介は巧みに互いの位置を変えながら斬り掛かってゆく。

「これは、なかなか――!」

変幻自在に踊る二刀を前に、さしもの東堂も防御に徹さざるをえない。

一方の少佐は初撃の突きを隼人に流されたものの、さらに二撃三撃と立て続けに突き、あたかも洋剣術フェンシングのような怒涛の攻め手を見せている。
長刀の間合いを活かし、こちらの車輛に移らせないつもりだ。
少佐の攻撃を精妙に捌き続ける隼人だったが、絶え間ない突きの嵐にやがて刹那の隙が生じた。
それを見逃す青年ではない。あやまたず、僅かに防御が崩れた心臓目掛けてさらなる高速の刺突を繰り出す。

が、隼人はそれを読んだ上で小太刀の平で斜め下に突きを流した。
誘いに乗ってしまったことを悟った少佐は、瞬時に刀を引こうとする。
だが隼人はその動きに合わせて、少佐のいる車輛へと跳んだ。
そのまま小太刀のしのぎを少佐の刀に密着させ、鍔元まで擦り込んだ。
直後、隼人は刀身の半ばを正拳のように鋭く突き出し、青年の顔面を狙った。
思わず仰け反り、後退する少佐。
草介と由良乃も東堂を追い込み、父子は互いに背を合わせる形となった。

「無陣流小太刀之術、“細水さざれみず”ですか――」

少佐がにやりと笑い、再び長刀を構えた。

「もう間もなく品川に着きます。既に軍が展開しているでしょう。あなた方はもはや袋の鼠」
「おうとも、神妙にお縄を頂戴しやがれ」

由良乃と草介もやや距離をとり、そう宣した。
徐々に晴れてきた霧の向こうに、水路用の橋梁が見えてきた。列車はあと少しで築堤を渡り切るだろう。

「聞いての通りだ、東堂。観念せよ」
「――そのようだな」

隼人の声に、東堂はふっと剣気を解いて刀を鞘に納めた。師父にならい、少佐も納刀で応える。
だが次の瞬間。

東堂と少佐は、同時に海へと飛んだ。

あっと声を出す間もなく、落下する二人を目で追う隼人たち。
しかしその身体が海面に叩きつけられる寸前、橋梁下の水路から音もなくカッターボートが滑り出し彼らを受け止めた。

Feuerフォイェァル!」

東堂の号令と同時に、直下のボートから幾条もの雷火が撃ち上げられた。
咄嗟に身を伏せた隼人・草介・由良乃のすぐ側の屋根を、次々に弾丸が貫いてゆく。

「東堂ぉぉぉぉぉぉっ!!!」

隼人は叫んだ。
だがボートは一糸乱れぬ兵たちのオールで、瞬く間に沖へと遠ざかる。
隼人の咆哮を呑み込む霧の向こうには、すべてを嘲笑うかのように巨大な甲鉄艦がそびえていた。
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