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第十三章 攻防、鉄道郵便零号車
蟠龍の仔
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くゆらせた紙巻き煙草を口元から離し、東堂は真っすぐに隼人を見詰めた。
隣に立つ任那少佐と同じく、彼もまた長刀を帯びている。
隼人は車輛の連結部を挟んで二人と対峙する形になった。
「縁……としか言いようがないな。そうは思わないか――片倉」
もはや感慨深さすら思わせる表情と声音で、東堂が語り掛ける。
七里飛脚の務め、幕末の戦場、脱藩時の死闘、西南戦争、そして今この瞬間。
たしかに東堂の言う縁以上に相応しい言葉を見つけられない。
が、隼人はギリッと奥歯を噛み締め、逆巻く感情を抑えて声を発した。
「詭弁を弄するな東堂。やはり裏で糸を引いていたのはお前か。若者らを巻き込み多くの血を流させるとは……何が目的なのだ」
東堂は少し目を細めるようにしてもう一度煙草を咥えると、深く吸った。
煙草は根元まで赤く熾り、薄い紫色の煙が細く長く吐かれた。
「片倉。お前はこの鉄道が何を運んでいるのか知っているのか」
質問には答えず逆に問い掛け、東堂は白く濁った左眼で隼人を捉えた。
無論返答があろうはずもないことは分かっている。
「私は言い続けてきたはずだ。昔から。もっとも血を流さぬ方法で、あるがままの歴史を見届けたいと」
「世迷言を! 多くが死んだ! たった今、俺の眼の前でもだ!!」
「……言い換えようか。もっとも血を流さぬというのは、つまり最低限の流血に抑えることなのだ」
「なん…だと……?」
「戦は終わっていないぞ、片倉。政府が、いや政府内部の勢力が何をしようとしているのか、お前は何一つ分かってはいまい」
高輪築堤上を走る列車が、やや速度を上げた。機関出力の増大で揺れがさらに大きくなった。
東堂の傍らで、任那少佐はじっと耳を傾けている。
「以前にも言った。次の火種は北にある。蝦夷地……今は北海道というべきか。旧幕の復権派はあの地を諦めていない。政府も、そして諸外国もその権益を虎視眈々と狙っているのだ」
「彼の地の開拓は維新直後から始まっている。既に他勢力が介入できる段階ではない!」
「それは楽観というものだ。維新から13年、着実に根回しが進んでいるのだ。片倉、お前が以前に神戸居留地でメアリー・ヤード婦人に託した文書もその一つ。内容までは分からぬが、北海道統治のための布石であろう。このままでは遠からず北の地が戦場になるぞ。次の相手は薩摩兵などではない。――外国だ」
東堂の論は、隼人にとっても否定しきれない時勢を示している。
幕末の時点で土佐の中岡慎太郎がすでにその著で指摘した通り、北方外国勢力の南下は巨大な懸念であり続けた。
いや、恐怖と言ってしまってもいいだろう。
明治政府が北海道開拓に注力したのは、そうした防衛戦略上の理由も大きい。
「もう一度聞く、東堂。お前の、お前たちの目的は何なのだ」
東堂は煙草を海に投げ捨て、隼人の問いに答える。
「政府の北海道開拓と諸外国の進出を止める。彼の地は緩衝地帯であり続けるべきだ」
「緩衝地帯……?」
「その通り。国境の防備だけは固めつつ、正確にはどの国にも属さない緩やかな状態を維持する。そこに先住するアイヌの方々と、新参者たちの自治領とも言えるな」
「……それをもって何を目指すのだ」
「恒久の平和」
端的な東堂の言葉が、霧を裂いて隼人に突き刺さった。
「片倉、私は失望したのだよ。薩摩にも、長州にも。今の政府はさらなる戦乱へと向かっている。そしてお前の御留郵便ですら、その実は戦の先棒を担がされているのだ。だが恒久平和の実現には、拠点となる地が要る。そう、北海道こそが相応しい。そのためにはなお幾度か武を振るわねばなるまい。そしてそれが叶うのならば――。今流す血がどれだけ多かろうが、それこそが最低限なのだ」
海風が強く吹き付け、東堂の白銀髪が霧に溶けて靡いた。
「私が若者らを巻き込んだと言ったな。だが違うぞ片倉。彼らは己の信念に従い、私の理想に賛同してくれた。――彼もだ」
傍らの青年士官が、気ヲ付ケの姿勢をとった。
「紹介しよう。海軍特務少佐、任那……いや、東堂征士郎。――私が育てた、私の息子だ」
隣に立つ任那少佐と同じく、彼もまた長刀を帯びている。
隼人は車輛の連結部を挟んで二人と対峙する形になった。
「縁……としか言いようがないな。そうは思わないか――片倉」
もはや感慨深さすら思わせる表情と声音で、東堂が語り掛ける。
七里飛脚の務め、幕末の戦場、脱藩時の死闘、西南戦争、そして今この瞬間。
たしかに東堂の言う縁以上に相応しい言葉を見つけられない。
が、隼人はギリッと奥歯を噛み締め、逆巻く感情を抑えて声を発した。
「詭弁を弄するな東堂。やはり裏で糸を引いていたのはお前か。若者らを巻き込み多くの血を流させるとは……何が目的なのだ」
東堂は少し目を細めるようにしてもう一度煙草を咥えると、深く吸った。
煙草は根元まで赤く熾り、薄い紫色の煙が細く長く吐かれた。
「片倉。お前はこの鉄道が何を運んでいるのか知っているのか」
質問には答えず逆に問い掛け、東堂は白く濁った左眼で隼人を捉えた。
無論返答があろうはずもないことは分かっている。
「私は言い続けてきたはずだ。昔から。もっとも血を流さぬ方法で、あるがままの歴史を見届けたいと」
「世迷言を! 多くが死んだ! たった今、俺の眼の前でもだ!!」
「……言い換えようか。もっとも血を流さぬというのは、つまり最低限の流血に抑えることなのだ」
「なん…だと……?」
「戦は終わっていないぞ、片倉。政府が、いや政府内部の勢力が何をしようとしているのか、お前は何一つ分かってはいまい」
高輪築堤上を走る列車が、やや速度を上げた。機関出力の増大で揺れがさらに大きくなった。
東堂の傍らで、任那少佐はじっと耳を傾けている。
「以前にも言った。次の火種は北にある。蝦夷地……今は北海道というべきか。旧幕の復権派はあの地を諦めていない。政府も、そして諸外国もその権益を虎視眈々と狙っているのだ」
「彼の地の開拓は維新直後から始まっている。既に他勢力が介入できる段階ではない!」
「それは楽観というものだ。維新から13年、着実に根回しが進んでいるのだ。片倉、お前が以前に神戸居留地でメアリー・ヤード婦人に託した文書もその一つ。内容までは分からぬが、北海道統治のための布石であろう。このままでは遠からず北の地が戦場になるぞ。次の相手は薩摩兵などではない。――外国だ」
東堂の論は、隼人にとっても否定しきれない時勢を示している。
幕末の時点で土佐の中岡慎太郎がすでにその著で指摘した通り、北方外国勢力の南下は巨大な懸念であり続けた。
いや、恐怖と言ってしまってもいいだろう。
明治政府が北海道開拓に注力したのは、そうした防衛戦略上の理由も大きい。
「もう一度聞く、東堂。お前の、お前たちの目的は何なのだ」
東堂は煙草を海に投げ捨て、隼人の問いに答える。
「政府の北海道開拓と諸外国の進出を止める。彼の地は緩衝地帯であり続けるべきだ」
「緩衝地帯……?」
「その通り。国境の防備だけは固めつつ、正確にはどの国にも属さない緩やかな状態を維持する。そこに先住するアイヌの方々と、新参者たちの自治領とも言えるな」
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