偽りの断罪で追放された悪役令嬢ですが、実は「豊穣の聖女」でした。辺境を開拓していたら、氷の辺境伯様からの溺愛が止まりません!

黒崎隼人

文字の大きさ
6 / 24

05 土と魔法と温かいスープ

しおりを挟む
 リアムの許可を得た翌日から、セレスティナの挑戦が始まった。まずは温室の修繕だ。アンナと二人、力を合わせてガラクタを運び出し、蜘蛛の巣を払い、床を掃き清めた。割れたガラスの代わりに、古い布を張って風を防ぐ。決して立派なものではないが、何とか雨風をしのげる空間が出来上がった。

 次はいよいよ、土作りだ。温室の中の土は、カチカチに凍りつき、痩せきっていた。セレスティナは前世の知識を思い出しながら、城の厨房から分けてもらった野菜くずや、森で拾い集めた落ち葉を混ぜ込み、土を耕していく。冷たい土を素手で触り、来る日も来る日も根気よく作業を続けた。

 そんなある日のこと。いつものように土を両手ですくい上げ、その感触を確かめていると、セレスティナは不思議な現象に気がついた。彼女の手のひらから、ほんのりと温かい、柔らかな光が溢れ出し、土に吸い込まれていく。

「え……?」

 驚いて手を離すと、光は消える。もう一度触れると、また淡い光が灯る。それはまるで、彼女自身の生命力が、土に分け与えられているかのようだった。

 これが、私の中に眠る力……?

 彼女自身も知らない、「豊穣の聖女」の力の片鱗が、無意識のうちに発現した瞬間だった。その日から、温室の土は目に見えて生命力を取り戻していった。凍てついていた土はふかふかと柔らかくなり、豊かな匂いを放ち始めたのだ。

「これなら、きっと大丈夫」

 セレスティナは確信し、持参したわずかな種の中から、寒さに強いカブとジャガイモを選んで植えた。毎日毎日、愛情を込めて世話をする。彼女の聖なる力が込められた土は、その期待に応えるように、数日後には力強い緑の芽を吹かせた。

 芽が出た日の感動は、忘れられない。セレスティナとアンナは、手を取り合って喜んだ。辺境の地で、自分たちの手で命を育むことができたのだ。

 そして一月後。温室の中には、丸々と太った真っ白なカブと、ごろごろとしたジャガイモが、見事に実っていた。待ちに待った、初めての収穫だった。

「お嬢様、すごい……本当にできましたね!」
「ええ、アンナ。見て、こんなに美味しそうよ」

 セレスティナは収穫したばかりの野菜を使い、厨房を借りてコトコトとスープを煮込んだ。干し肉から取った出汁に、甘いカブとほくほくのジャガイモ。味付けは塩だけだが、素材の旨味が溶け出したスープは、極上の香りを放っていた。

 セレスティナは、そのスープを一つの器によそい、リアムの書斎へと運んだ。彼はいつものように、難しい顔で書類の山と格闘している。

「辺境伯様。初めて収穫した野菜で、スープを作りました。どうぞ、召し上がってください」

 セレスティナが差し出した器を、リアムは一瞥しただけだった。

「いらん。毒見もされていないものを口にすると思うか」
「毒など入っておりません。もしご心配でしたら、わたくしが先にいただきましょう」

 そう言って、セレスティナは同じ鍋からよそってきた自分の分のスープを、彼の目の前で一口飲んでみせた。温かいスープが、冷えた体にじんわりと染み渡る。

 リアムは、黙ってその様子を見ていた。セレスティナの瞳は、どこまでも真っ直ぐで、一点の曇りもなかった。嘘や企みとは無縁の、真摯な光。

 その瞳に何かを感じたのか、リアムはため息を一つついて、ゆっくりとスプーンを手に取った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

冤罪で殺された聖女、生まれ変わって自由に生きる

みおな
恋愛
聖女。 女神から選ばれし、世界にたった一人の存在。 本来なら、誰からも尊ばれ大切に扱われる存在である聖女ルディアは、婚約者である王太子から冤罪をかけられ処刑されてしまう。 愛し子の死に、女神はルディアの時間を巻き戻す。 記憶を持ったまま聖女認定の前に戻ったルディアは、聖女にならず自由に生きる道を選択する。

【完結】「お前に聖女の資格はない!」→じゃあ隣国で王妃になりますね

ぽんぽこ@3/28新作発売!!
恋愛
【全7話完結保証!】 聖王国の誇り高き聖女リリエルは、突如として婚約者であるルヴェール王国のルシアン王子から「偽聖女」の烙印を押され追放されてしまう。傷つきながらも母国へ帰ろうとするが、運命のいたずらで隣国エストレア新王国の策士と名高いエリオット王子と出会う。 「僕が君を守る代わりに、その力で僕を助けてほしい」 甘く微笑む彼に導かれ、戸惑いながらも新しい人生を歩み始めたリリエル。けれど、彼女を追い詰めた隣国の陰謀が再び迫り――!? 追放された聖女と策略家の王子が織りなす、甘く切ない逆転ロマンス・ファンタジー。

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

悪役令嬢は断罪の舞台で笑う

由香
恋愛
婚約破棄の夜、「悪女」と断罪された侯爵令嬢セレーナ。 しかし涙を流す代わりに、彼女は微笑んだ――「舞台は整いましたわ」と。 聖女と呼ばれる平民の少女ミリア。 だがその奇跡は偽りに満ち、王国全体が虚構に踊らされていた。 追放されたセレーナは、裏社会を動かす商会と密偵網を解放。 冷徹な頭脳で王国を裏から掌握し、真実の舞台へと誘う。 そして戴冠式の夜、黒衣の令嬢が玉座の前に現れる――。 暴かれる真実。崩壊する虚構。 “悪女”の微笑が、すべての終幕を告げる。

追放聖女ですが、辺境で愛されすぎて国ごと救ってしまいました』

鍛高譚
恋愛
婚約者である王太子から 「お前の力は不安定で使えない」と切り捨てられ、 聖女アニスは王都から追放された。 行き場を失った彼女を迎えたのは、 寡黙で誠実な辺境伯レオニール。 「ここでは、君の意思が最優先だ」 その一言に救われ、 アニスは初めて“自分のために生きる”日々を知っていく。 ──だがその頃、王都では魔力が暴走し、魔物が溢れ出す最悪の事態に。 「アニスさえ戻れば国は救われる!」 手のひらを返した王太子と新聖女リリィは土下座で懇願するが…… 「私はあなたがたの所有物ではありません」 アニスは冷静に突き放し、 自らの意思で国を救うために立ち上がる。 そして儀式の中で“真の聖女”として覚醒したアニスは、 暴走する魔力を鎮め、魔物を浄化し、国中に奇跡をもたらす。 暴走の原因を隠蔽していた王太子は失脚。 リリィは国外追放。 民衆はアニスを真の守護者として称える。 しかしアニスが選んだのは―― 王都ではなく、静かで温かい辺境の地。

私の妹は確かに聖女ですけど、私は女神本人ですわよ?

みおな
ファンタジー
 私の妹は、聖女と呼ばれている。  妖精たちから魔法を授けられた者たちと違い、女神から魔法を授けられた者、それが聖女だ。  聖女は一世代にひとりしか現れない。  だから、私の婚約者である第二王子は声高らかに宣言する。 「ここに、ユースティティアとの婚約を破棄し、聖女フロラリアとの婚約を宣言する!」  あらあら。私はかまいませんけど、私が何者かご存知なのかしら? それに妹フロラリアはシスコンですわよ?  この国、滅びないとよろしいわね?  

「聖女はもう用済み」と言って私を追放した国は、今や崩壊寸前です。私が戻れば危機を救えるようですが、私はもう、二度と国には戻りません【完結】

小平ニコ
ファンタジー
聖女として、ずっと国の平和を守ってきたラスティーナ。だがある日、婚約者であるウルナイト王子に、「聖女とか、そういうのもういいんで、国から出てってもらえます?」と言われ、国を追放される。 これからは、ウルナイト王子が召喚術で呼び出した『魔獣』が国の守護をするので、ラスティーナはもう用済みとのことらしい。王も、重臣たちも、国民すらも、嘲りの笑みを浮かべるばかりで、誰もラスティーナを庇ってはくれなかった。 失意の中、ラスティーナは国を去り、隣国に移り住む。 無慈悲に追放されたことで、しばらくは人間不信気味だったラスティーナだが、優しい人たちと出会い、現在は、平凡ながらも幸せな日々を過ごしていた。 そんなある日のこと。 ラスティーナは新聞の記事で、自分を追放した国が崩壊寸前であることを知る。 『自分が戻れば国を救えるかもしれない』と思うラスティーナだったが、新聞に書いてあった『ある情報』を読んだことで、国を救いたいという気持ちは、一気に無くなってしまう。 そしてラスティーナは、決別の言葉を、ハッキリと口にするのだった……

妹が真の聖女だったので、偽りの聖女である私は追放されました。でも、聖女の役目はものすごく退屈だったので、最高に嬉しいです【完結】

小平ニコ
ファンタジー
「お姉様、よくも私から夢を奪ってくれたわね。絶対に許さない」  私の妹――シャノーラはそう言うと、計略を巡らし、私から聖女の座を奪った。……でも、私は最高に良い気分だった。だって私、もともと聖女なんかになりたくなかったから。  退職金を貰い、大喜びで国を出た私は、『真の聖女』として国を守る立場になったシャノーラのことを思った。……あの子、聖女になって、一日の休みもなく国を守るのがどれだけ大変なことか、ちゃんと分かってるのかしら?  案の定、シャノーラはよく理解していなかった。  聖女として役目を果たしていくのが、とてつもなく困難な道であることを……

処理中です...