偽りの断罪で追放された悪役令嬢ですが、実は「豊穣の聖女」でした。辺境を開拓していたら、氷の辺境伯様からの溺愛が止まりません!

黒崎隼人

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04 辺境での小さな一歩

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 辺境での生活は、想像以上に厳しかった。特にセレスティナを驚かせたのは、食事だった。食卓に並ぶのは、石のように硬い黒パンと、塩辛い干し肉、そして味のしない水のようなスープだけ。新鮮な野菜や果物など、この地では贅沢品のようだった。

「この辺りでは、作物がほとんど育たないのです。冬が長すぎて、土も痩せていますから……」

 侍女のアンナが申し訳なさそうに言う。領民たちも、きっと同じような食事をしているのだろう。豊かな王都での暮らしが、いかに恵まれていたかを痛感させられた。

 このままでは、心も体も参ってしまう。何とかしなければ。セレスティナは、前世の知識を活かす時が来たと感じた。彼女の記憶の中には、寒冷地でも育つ野菜の種類や、土壌を改良する方法が知識として残っていた。

 そのためには、まず場所が必要だ。セレスティナは城の中を歩き回り、使えそうな場所を探した。そして、城の裏手で、打ち捨てられたように佇む古い温室を見つけた。ガラスは所々割れ、蔓が絡みつき、中はガラクタで埋まっていたが、骨組みはしっかりしている。ここなら、使えるかもしれない。

 セレスティナは意を決して、リアムの元を訪れた。彼は書斎で、膨大な量の書類に目を通しているところだった。

「辺境伯様。お願いがございます」

 リアムは書類から顔を上げず、面倒くさそうに「何だ」とだけ言った。

「城の裏にあります、古い温室をお借りできないでしょうか」

 その言葉に、リアムはようやく顔を上げた。そのアイスブルーの瞳が、訝しむようにセレスティナを見つめる。

「温室? あんな廃墟同然のものをどうするつもりだ」
「修繕して、野菜を育ててみたいのです」
「野菜だと?」

 リアムは鼻で笑った。

「無駄なことだ。この地で野菜など育つものか。今まで何人もの農夫が挑戦し、皆失敗してきた。王都育ちのお嬢様にできることではない」
「やってみなければ、分かりません。もし、何も収穫できなくとも、ご迷惑はおかけいたしません。修繕にかかる費用も、わたくしの持参金からお支払いします」

 セレスティナは、まっすぐにリアムを見つめて言った。彼女の瞳には、揺るぎない決意が宿っていた。その強い光に、リアムは一瞬、言葉を失ったようだった。

 彼はしばらくセレスティナを無言で観察していたが、やがてため息をつくと、再び書類に視線を落とした。

「……好きにしろ。ただし、条件がある」
「はい」
「領地の運営に、一切の迷惑をかけるな。人手も金も、領地からは出さん。それから、失敗しても泣き言を言うな。それが守れるなら、許可する」

「ありがとうございます!」

 セレスティナは、思わず明るい声で礼を言った。許可が下りるとは思っていなかった。ぶっきらぼうな言い方だったが、彼なりの配慮なのかもしれない。

 書斎を後にするセレスティナの背中に、リアムは何も言わなかった。しかし、彼女が去った後、彼はペンを置き、窓の外に広がる雪景色をじっと見つめていた。王都から来たお飾りの令嬢。その瞳に宿る強い光が、彼の凍てついた心に、小さな波紋を立てていたことに、リアム自身はまだ気づいていなかった。

 これが、セレスティナの、そしてこの凍てついた辺境の地の、未来を大きく変えることになる小さな一歩だった。
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