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2話
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ふかふかの毛皮の感触と、鼻をくすぐる上質な香香(おこう)の匂い。
エリュシオンが意識を取り戻したとき、まず感じたのは「温かさ」だった。
地下牢の凍てつく石床とは正反対の、包み込まれるような熱。
「……あ……」
ゆっくりと目を開けると、そこは天幕の中だとは思えないほど豪華な空間だった。
天蓋付きのベッドに、柔らかな絹のシーツ。
戸惑いながら身を起こそうとしたエリュシオンの耳に、低く深い声が届く。
「起きたか。あまり急に動くな、貧血を起こすぞ」
声の主は、大きな革張りの椅子に深く腰掛け、書類に目を通していたゼノスだった。
彼はエリュシオンが目覚めたことに気づくと、迷わず歩み寄り、ベッドの端に腰を下ろした。
「……様、は」
「ゼノスだ。この国の新たな支配者であり、お前の飼い主だと言えば分かりやすいか?」
ゼノスの大きな手が、エリュシオンの頬に触れる。
その指先は驚くほど熱く、エリュシオンは反射的に肩を震わせた。
叩かれる、あるいは罵倒される。
染み付いた恐怖が、身体を硬直させる。
しかし、ゼノスの手は、ただ優しくエリュシオンの乱れた銀髪を梳くだけだった。
「そんなに怯えるな。俺は、自分のお気に入りには甘い方だ。まずはこれを食べろ」
ゼノスが合図をすると、側近のカインが銀の盆に乗った食事を運んできた。
湯気を立てる白いスープ、焼きたてのパン、そして見たこともないほど瑞々しい果物。
「……これ、僕が、食べていいんですか……?」
「当たり前だ。貴様、鏡を見たことはあるか? 今のお前は、少し強く抱けば折れてしまいそうだ。それでは俺の夜の相手も務まらん」
夜の相手、という言葉にエリュシオンの顔が真っ赤に染まる。
そんな彼の反応を楽しむように、ゼノスは自らスプーンを手に取り、スープを掬った。
「口を開けろ」
「えっ、あ、あの……自分で、できます」
「俺がやると言っている。拒絶は許さん」
抗えない威圧感に、エリュシオンは恐る恐る小さな口を開けた。
口の中に広がったのは、濃厚なクリームの風味と野菜の甘み。
あまりの美味しさに、エリュシオンの瞳にじわりと涙が浮かんだ。
「……おいしい、です……」
「そうか。ならば全部食べろ」
ゼノスは満足そうに目を細め、一口ずつ丁寧にエリュシオンに食事を与えていく。
地下牢で腐ったパンを奪い合っていた日々が、遠い悪夢のように感じられる。
だが、同時に恐ろしかった。
こんな優しさを知ってしまったら、いつか突き放された時に、もう生きてはいけないだろう。
「……どうして、僕なんかに優しくするんですか? 僕は、魔力も持たない『無能』なんです。お父様も、お姉様も、みんなそう言っていたから……」
エリュシオンの自虐的な問いに、ゼノスの瞳が黄金の炎のように揺らめいた。
「無能だと? あの愚か者共が。お前の魔力回路は、あまりにも巨大すぎて、普通の魔石や測定器では測れなかっただけだ。……お前は、この世界で唯一無二の価値を持つ男だ」
「嘘だ……僕にそんな価値、あるはずない」
「俺が価値があると言えば、あるのだ」
ゼノスは食べ終わった盆を片付けさせると、エリュシオンの身体を羽交い締めにし、自分の膝の上へと引き上げた。
「ひゃっ!?」
「お前はもう、自分を傷つけることも、蔑むことも許さん。その髪も、瞳も、その指先一つに至るまで、すべて俺の所有物だ。いいな?」
ゼノスの腕は、鉄の鎖のように強固で、それでいて不思議と安心感があった。
エリュシオンの背中に、ゼノスの力強い鼓動が伝わってくる。
「……怖い、はずなのに」
エリュシオンは気づいた。
自分を抱きしめるこの男の熱が、少しだけ心地よいと感じ始めていることに。
凍りついていた心が、少しずつ、音を立てて溶け始めていた。
「よし。食後のデザートは、俺のキスだ」
「ん……っ!?」
有無を言わさぬ唇の重なり。
ゼノスの舌が強引にエリュシオンの口内を蹂躙し、呼吸を奪っていく。
初めての熱い感触に、エリュシオンの頭は真っ白になった。
奪われるだけのキス。
それなのに、ゼノスに触れられている場所から、火をつけられたような熱が全身を駆け巡る。
この男は、野獣だ。
獲物をじっくりと追い詰め、最後には骨まで愛し尽くす、残酷な捕食者。
「エリュシオン。お前を、誰にも渡さない」
甘い毒のような囁きが、エリュシオンの耳に溶け落ちた。
エリュシオンが意識を取り戻したとき、まず感じたのは「温かさ」だった。
地下牢の凍てつく石床とは正反対の、包み込まれるような熱。
「……あ……」
ゆっくりと目を開けると、そこは天幕の中だとは思えないほど豪華な空間だった。
天蓋付きのベッドに、柔らかな絹のシーツ。
戸惑いながら身を起こそうとしたエリュシオンの耳に、低く深い声が届く。
「起きたか。あまり急に動くな、貧血を起こすぞ」
声の主は、大きな革張りの椅子に深く腰掛け、書類に目を通していたゼノスだった。
彼はエリュシオンが目覚めたことに気づくと、迷わず歩み寄り、ベッドの端に腰を下ろした。
「……様、は」
「ゼノスだ。この国の新たな支配者であり、お前の飼い主だと言えば分かりやすいか?」
ゼノスの大きな手が、エリュシオンの頬に触れる。
その指先は驚くほど熱く、エリュシオンは反射的に肩を震わせた。
叩かれる、あるいは罵倒される。
染み付いた恐怖が、身体を硬直させる。
しかし、ゼノスの手は、ただ優しくエリュシオンの乱れた銀髪を梳くだけだった。
「そんなに怯えるな。俺は、自分のお気に入りには甘い方だ。まずはこれを食べろ」
ゼノスが合図をすると、側近のカインが銀の盆に乗った食事を運んできた。
湯気を立てる白いスープ、焼きたてのパン、そして見たこともないほど瑞々しい果物。
「……これ、僕が、食べていいんですか……?」
「当たり前だ。貴様、鏡を見たことはあるか? 今のお前は、少し強く抱けば折れてしまいそうだ。それでは俺の夜の相手も務まらん」
夜の相手、という言葉にエリュシオンの顔が真っ赤に染まる。
そんな彼の反応を楽しむように、ゼノスは自らスプーンを手に取り、スープを掬った。
「口を開けろ」
「えっ、あ、あの……自分で、できます」
「俺がやると言っている。拒絶は許さん」
抗えない威圧感に、エリュシオンは恐る恐る小さな口を開けた。
口の中に広がったのは、濃厚なクリームの風味と野菜の甘み。
あまりの美味しさに、エリュシオンの瞳にじわりと涙が浮かんだ。
「……おいしい、です……」
「そうか。ならば全部食べろ」
ゼノスは満足そうに目を細め、一口ずつ丁寧にエリュシオンに食事を与えていく。
地下牢で腐ったパンを奪い合っていた日々が、遠い悪夢のように感じられる。
だが、同時に恐ろしかった。
こんな優しさを知ってしまったら、いつか突き放された時に、もう生きてはいけないだろう。
「……どうして、僕なんかに優しくするんですか? 僕は、魔力も持たない『無能』なんです。お父様も、お姉様も、みんなそう言っていたから……」
エリュシオンの自虐的な問いに、ゼノスの瞳が黄金の炎のように揺らめいた。
「無能だと? あの愚か者共が。お前の魔力回路は、あまりにも巨大すぎて、普通の魔石や測定器では測れなかっただけだ。……お前は、この世界で唯一無二の価値を持つ男だ」
「嘘だ……僕にそんな価値、あるはずない」
「俺が価値があると言えば、あるのだ」
ゼノスは食べ終わった盆を片付けさせると、エリュシオンの身体を羽交い締めにし、自分の膝の上へと引き上げた。
「ひゃっ!?」
「お前はもう、自分を傷つけることも、蔑むことも許さん。その髪も、瞳も、その指先一つに至るまで、すべて俺の所有物だ。いいな?」
ゼノスの腕は、鉄の鎖のように強固で、それでいて不思議と安心感があった。
エリュシオンの背中に、ゼノスの力強い鼓動が伝わってくる。
「……怖い、はずなのに」
エリュシオンは気づいた。
自分を抱きしめるこの男の熱が、少しだけ心地よいと感じ始めていることに。
凍りついていた心が、少しずつ、音を立てて溶け始めていた。
「よし。食後のデザートは、俺のキスだ」
「ん……っ!?」
有無を言わさぬ唇の重なり。
ゼノスの舌が強引にエリュシオンの口内を蹂躙し、呼吸を奪っていく。
初めての熱い感触に、エリュシオンの頭は真っ白になった。
奪われるだけのキス。
それなのに、ゼノスに触れられている場所から、火をつけられたような熱が全身を駆け巡る。
この男は、野獣だ。
獲物をじっくりと追い詰め、最後には骨まで愛し尽くす、残酷な捕食者。
「エリュシオン。お前を、誰にも渡さない」
甘い毒のような囁きが、エリュシオンの耳に溶け落ちた。
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