14 / 20
14話
しおりを挟む
佐々木陽太は、重い瞼を押し上げ、ぼんやりとした視界の中で自分の部屋の天井を見つめていた。
連日の無理がたたったのか、今朝から身体が鉛のように重い。
体温計の数字は三十八度五分。
看護師として、他人の異変には敏感だが、自分のこととなるとこれだ。
(龍崎さんに……メールしなきゃ……)
途切れそうな意識の中で送ったメッセージに、返信があったかどうかを確認する気力もない。
冷えピタを貼る余裕すらなく、ただ熱に浮かされていると、突然、玄関のチャイムが激しく鳴り響いた。
続いて、ガチャリと鍵が開く音がする。
――この部屋の予備鍵を、誰に渡していただろうか。
「……佐々木! 生きているか!」
聞き慣れた、けれど今の陽太には少し大きすぎる低音が寝室に飛び込んできた。
「……りゅう、ざき……さん……?」
驚いて顔を向ければ、そこには普段の完璧なスーツ姿からは想像もつかないほど、ネクタイを緩め、額に汗を浮かべた龍崎が立っていた。
背後には「若頭、ピッキングは犯罪ですよ!」と叫ぶ鮫島の声が聞こえるが、龍崎は無視して陽太の枕元に跪いた。
「顔色がひどいな。……手が熱い。鮫島、すぐに最高級の医者と、栄養価の高い食材を持ってこい!」
「……ふふ、いいですよ……ただの風邪ですから……」
陽太が力なく笑うと、龍崎は苦悶の表情を浮かべて、陽太の熱い手を自身の大きな両手で包み込んだ。
「笑い事か。貴様に何かあったら、俺はどうすればいい……。いいから寝ていろ。俺が何とかしてやる」
何とかする、と言ってもここは病院ではない。
龍崎はジャケットを脱ぎ捨て、ワイシャツの袖を捲り上げると、台所へと向かった。
一時間後。
台所からは「斬る」のではなく「叩き切る」ような、凄まじい包丁の音が響いていた。
やがて、龍崎が盆を持って戻ってくる。
「……食え。お粥だ」
差し出されたのは、米の粒がほぼ消失し、代わりに滋養強壮に良さそうな何かが大量に煮込まれた「極道特製お粥」だった。
見た目は少々武骨だが、香りはひどく優しい。
「龍崎さんが……作ったんですか?」
「……初めてだ。不格好なのは許せ。毒は入っていない」
龍崎は少し照れくさそうに視線を逸らしながら、スプーンでお粥を掬い、丁寧にフーフーと息を吹きかけた。
そして、あの日病院で陽太がしてくれたように、優しく口元へ運ぶ。
「はい……あー……だ」
「……ぷっ、あはは……。龍崎さん、それ……」
「笑うな。病人は黙って食え」
陽太はお粥を一口、ゆっくりと含んだ。
出汁の味が染みた温かさが、冷え切った身体の芯に染み渡っていく。
不思議と、さっきまでの孤独な寒さが消えていくような気がした。
「……美味しいです。すごく」
「……そうか。ならいい」
龍崎の表情が、目に見えて和らぐ。
食後、龍崎は手慣れた様子でタオルを濡らすと、陽太の額を丁寧に拭き始めた。
大きな、節くれ立った掌。
けれどその動きは、羽毛が触れるよりも慎重で、大切にされている実感が陽太を包み込む。
「……ねえ、龍崎さん」
「なんだ」
「どうして……こんなに、優しくしてくれるんですか?」
熱のせいだろうか。いつもなら飲み込むはずの言葉が、するりと溢れた。
龍崎の手が止まる。
彼はじっと陽太の瞳を見つめ、それから震える指先で陽太の頬を撫でた。
「……貴様が、特別だからだ」
それは告白に近い響きを含んでいた。
「俺にとって、貴様は……ただの看護師ではない。貴様がいない世界など、もはや俺には必要ない」
重すぎる、けれど純粋な言葉。
陽太は、龍崎の指先にそっと自分の手を重ねた。
「……ずるいですよ、龍崎さん。そんなこと、弱ってるときに言われたら……」
陽太の視界が、じわりと滲む。
龍崎は、陽太の瞼に、祈るようにそっと唇を寄せた。
「寝ろ、陽太。目が覚めるまで、俺がずっとここにいてやる」
初めて名前で呼ばれた衝撃と、その心地よさに抗えず、陽太は深い眠りへと落ちていった。
極道の若頭が、ワンルームのアパートで朝まで丸椅子に座り、一人の青年の寝顔を護衛し続ける。
それは、どんな抗争に勝つことよりも、龍崎にとって価値のある一夜だった。
連日の無理がたたったのか、今朝から身体が鉛のように重い。
体温計の数字は三十八度五分。
看護師として、他人の異変には敏感だが、自分のこととなるとこれだ。
(龍崎さんに……メールしなきゃ……)
途切れそうな意識の中で送ったメッセージに、返信があったかどうかを確認する気力もない。
冷えピタを貼る余裕すらなく、ただ熱に浮かされていると、突然、玄関のチャイムが激しく鳴り響いた。
続いて、ガチャリと鍵が開く音がする。
――この部屋の予備鍵を、誰に渡していただろうか。
「……佐々木! 生きているか!」
聞き慣れた、けれど今の陽太には少し大きすぎる低音が寝室に飛び込んできた。
「……りゅう、ざき……さん……?」
驚いて顔を向ければ、そこには普段の完璧なスーツ姿からは想像もつかないほど、ネクタイを緩め、額に汗を浮かべた龍崎が立っていた。
背後には「若頭、ピッキングは犯罪ですよ!」と叫ぶ鮫島の声が聞こえるが、龍崎は無視して陽太の枕元に跪いた。
「顔色がひどいな。……手が熱い。鮫島、すぐに最高級の医者と、栄養価の高い食材を持ってこい!」
「……ふふ、いいですよ……ただの風邪ですから……」
陽太が力なく笑うと、龍崎は苦悶の表情を浮かべて、陽太の熱い手を自身の大きな両手で包み込んだ。
「笑い事か。貴様に何かあったら、俺はどうすればいい……。いいから寝ていろ。俺が何とかしてやる」
何とかする、と言ってもここは病院ではない。
龍崎はジャケットを脱ぎ捨て、ワイシャツの袖を捲り上げると、台所へと向かった。
一時間後。
台所からは「斬る」のではなく「叩き切る」ような、凄まじい包丁の音が響いていた。
やがて、龍崎が盆を持って戻ってくる。
「……食え。お粥だ」
差し出されたのは、米の粒がほぼ消失し、代わりに滋養強壮に良さそうな何かが大量に煮込まれた「極道特製お粥」だった。
見た目は少々武骨だが、香りはひどく優しい。
「龍崎さんが……作ったんですか?」
「……初めてだ。不格好なのは許せ。毒は入っていない」
龍崎は少し照れくさそうに視線を逸らしながら、スプーンでお粥を掬い、丁寧にフーフーと息を吹きかけた。
そして、あの日病院で陽太がしてくれたように、優しく口元へ運ぶ。
「はい……あー……だ」
「……ぷっ、あはは……。龍崎さん、それ……」
「笑うな。病人は黙って食え」
陽太はお粥を一口、ゆっくりと含んだ。
出汁の味が染みた温かさが、冷え切った身体の芯に染み渡っていく。
不思議と、さっきまでの孤独な寒さが消えていくような気がした。
「……美味しいです。すごく」
「……そうか。ならいい」
龍崎の表情が、目に見えて和らぐ。
食後、龍崎は手慣れた様子でタオルを濡らすと、陽太の額を丁寧に拭き始めた。
大きな、節くれ立った掌。
けれどその動きは、羽毛が触れるよりも慎重で、大切にされている実感が陽太を包み込む。
「……ねえ、龍崎さん」
「なんだ」
「どうして……こんなに、優しくしてくれるんですか?」
熱のせいだろうか。いつもなら飲み込むはずの言葉が、するりと溢れた。
龍崎の手が止まる。
彼はじっと陽太の瞳を見つめ、それから震える指先で陽太の頬を撫でた。
「……貴様が、特別だからだ」
それは告白に近い響きを含んでいた。
「俺にとって、貴様は……ただの看護師ではない。貴様がいない世界など、もはや俺には必要ない」
重すぎる、けれど純粋な言葉。
陽太は、龍崎の指先にそっと自分の手を重ねた。
「……ずるいですよ、龍崎さん。そんなこと、弱ってるときに言われたら……」
陽太の視界が、じわりと滲む。
龍崎は、陽太の瞼に、祈るようにそっと唇を寄せた。
「寝ろ、陽太。目が覚めるまで、俺がずっとここにいてやる」
初めて名前で呼ばれた衝撃と、その心地よさに抗えず、陽太は深い眠りへと落ちていった。
極道の若頭が、ワンルームのアパートで朝まで丸椅子に座り、一人の青年の寝顔を護衛し続ける。
それは、どんな抗争に勝つことよりも、龍崎にとって価値のある一夜だった。
30
あなたにおすすめの小説
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*不定期連載です。
サラリーマン二人、酔いどれ同伴
風
BL
久しぶりの飲み会!
楽しむ佐万里(さまり)は後輩の迅蛇(じんだ)と翌朝ベッドの上で出会う。
「……え、やった?」
「やりましたね」
「あれ、俺は受け?攻め?」
「受けでしたね」
絶望する佐万里!
しかし今週末も仕事終わりには飲み会だ!
こうして佐万里は同じ過ちを繰り返すのだった……。
うるさい恋人
さるやま
BL
攻めがキモイです。あとうるさい
攻め→→→←受け
小森 陽芳(受け)
野茂のことが好きだけど、野茂を煩わしくも思ってる。ツンデレ小説家。言ってることとやってることがちぐはぐ。
野茂 遥斗(攻め)
陽芳のことを陽ちゃんと呼び、溺愛する。人気の若手俳優。陽ちゃんのことが大好きで、言動がキモイ。
橋本
野茂のマネージャー。自分の苦労を理解してくれる陽芳に少し惹かれる。
好きなわけ、ないだろ
春夜夢
BL
放課後の屋上――不良の匠は、優等生の蓮から突然「好きだ」と告げられた。
あまりにも真っ直ぐな瞳に、心臓がうるさく鳴ってしまう。
だけど、笑うしかなかった。
誰かに愛されるなんて、自分には似合わないと思っていたから。
それから二人の距離は、近くて、でも遠いままだった。
避けようとする匠、追いかける蓮。
すれ違いばかりの毎日に、いつしか匠の心にも、気づきたくなかった“感情”が芽生えていく。
ある雨の夜、蓮の転校の噂が流れる。
逃げ続けてきた匠は初めて、自分の心と正面から向き合う。
駅前でずぶ濡れになりながら、声を震わせて絞り出した言葉――
「行くなよ……好きなんだ」
誰かを想う気持ちは、こんなにも苦しくて、眩しい。
曇り空の下で始まった恋は、まだぎこちなく、でも確かにあたたかい。
涙とキスで繋がる、初恋の物語。
【本編完結】才色兼備の幼馴染♂に振り回されるくらいなら、いっそ赤い糸で縛って欲しい。
ホマレ
BL
才色兼備で『氷の王子』と呼ばれる幼なじみ、藍と俺は気づけばいつも一緒にいた。
その関係が当たり前すぎて、壊れるなんて思ってなかった——藍が「彼女作ってもいい?」なんて言い出すまでは。
胸の奥がざわつき、藍が他の誰かに取られる想像だけで苦しくなる。
それでも「友達」のままでいられるならと思っていたのに、藍の言葉に行動に振り回されていく。
運命の赤い糸が見えていれば、この関係を紐解けるのに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる