強面若頭は、懐っこいナースの献身に抗えない ―極道、はじめての恋を処方される―

たら昆布

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14話

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 佐々木陽太は、重い瞼を押し上げ、ぼんやりとした視界の中で自分の部屋の天井を見つめていた。
 
 連日の無理がたたったのか、今朝から身体が鉛のように重い。
 体温計の数字は三十八度五分。
 看護師として、他人の異変には敏感だが、自分のこととなるとこれだ。
 
(龍崎さんに……メールしなきゃ……)
 
 途切れそうな意識の中で送ったメッセージに、返信があったかどうかを確認する気力もない。
 冷えピタを貼る余裕すらなく、ただ熱に浮かされていると、突然、玄関のチャイムが激しく鳴り響いた。
 
 続いて、ガチャリと鍵が開く音がする。
 ――この部屋の予備鍵を、誰に渡していただろうか。
 
「……佐々木! 生きているか!」
 
 聞き慣れた、けれど今の陽太には少し大きすぎる低音が寝室に飛び込んできた。
 
「……りゅう、ざき……さん……?」
 
 驚いて顔を向ければ、そこには普段の完璧なスーツ姿からは想像もつかないほど、ネクタイを緩め、額に汗を浮かべた龍崎が立っていた。
 背後には「若頭、ピッキングは犯罪ですよ!」と叫ぶ鮫島の声が聞こえるが、龍崎は無視して陽太の枕元に跪いた。
 
「顔色がひどいな。……手が熱い。鮫島、すぐに最高級の医者と、栄養価の高い食材を持ってこい!」
 
「……ふふ、いいですよ……ただの風邪ですから……」
 
 陽太が力なく笑うと、龍崎は苦悶の表情を浮かべて、陽太の熱い手を自身の大きな両手で包み込んだ。
 
「笑い事か。貴様に何かあったら、俺はどうすればいい……。いいから寝ていろ。俺が何とかしてやる」
 
 何とかする、と言ってもここは病院ではない。
 龍崎はジャケットを脱ぎ捨て、ワイシャツの袖を捲り上げると、台所へと向かった。
 
 一時間後。
 台所からは「斬る」のではなく「叩き切る」ような、凄まじい包丁の音が響いていた。
 やがて、龍崎が盆を持って戻ってくる。
 
「……食え。お粥だ」
 
 差し出されたのは、米の粒がほぼ消失し、代わりに滋養強壮に良さそうな何かが大量に煮込まれた「極道特製お粥」だった。
 見た目は少々武骨だが、香りはひどく優しい。
 
「龍崎さんが……作ったんですか?」
 
「……初めてだ。不格好なのは許せ。毒は入っていない」
 
 龍崎は少し照れくさそうに視線を逸らしながら、スプーンでお粥を掬い、丁寧にフーフーと息を吹きかけた。
 そして、あの日病院で陽太がしてくれたように、優しく口元へ運ぶ。
 
「はい……あー……だ」
 
「……ぷっ、あはは……。龍崎さん、それ……」
 
「笑うな。病人は黙って食え」
 
 陽太はお粥を一口、ゆっくりと含んだ。
 出汁の味が染みた温かさが、冷え切った身体の芯に染み渡っていく。
 不思議と、さっきまでの孤独な寒さが消えていくような気がした。
 
「……美味しいです。すごく」
 
「……そうか。ならいい」
 
 龍崎の表情が、目に見えて和らぐ。
 食後、龍崎は手慣れた様子でタオルを濡らすと、陽太の額を丁寧に拭き始めた。
 大きな、節くれ立った掌。
 けれどその動きは、羽毛が触れるよりも慎重で、大切にされている実感が陽太を包み込む。
 
「……ねえ、龍崎さん」
 
「なんだ」
 
「どうして……こんなに、優しくしてくれるんですか?」
 
 熱のせいだろうか。いつもなら飲み込むはずの言葉が、するりと溢れた。
 龍崎の手が止まる。
 彼はじっと陽太の瞳を見つめ、それから震える指先で陽太の頬を撫でた。
 
「……貴様が、特別だからだ」
 
 それは告白に近い響きを含んでいた。
 
「俺にとって、貴様は……ただの看護師ではない。貴様がいない世界など、もはや俺には必要ない」
 
 重すぎる、けれど純粋な言葉。
 陽太は、龍崎の指先にそっと自分の手を重ねた。
 
「……ずるいですよ、龍崎さん。そんなこと、弱ってるときに言われたら……」
 
 陽太の視界が、じわりと滲む。
 龍崎は、陽太の瞼に、祈るようにそっと唇を寄せた。
 
「寝ろ、陽太。目が覚めるまで、俺がずっとここにいてやる」
 
 初めて名前で呼ばれた衝撃と、その心地よさに抗えず、陽太は深い眠りへと落ちていった。
 
 極道の若頭が、ワンルームのアパートで朝まで丸椅子に座り、一人の青年の寝顔を護衛し続ける。
 それは、どんな抗争に勝つことよりも、龍崎にとって価値のある一夜だった。
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