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15話
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「……来ない」
朝、ログハウスの扉を開けて、僕は思わず独り言を漏らした。
いつもなら、僕が起きる一時間前(下手をすれば深夜)から家の前でスタンバイし、「おはようございますリト殿! 今日も存在が奇跡ですね!」と叫んでいるはずの銀髪の騎士が、どこにもいない。
「クゥン?」
ココも不思議そうに首を傾げている。
ゼノさんがいない朝というのは、これほどまでに静かなのか。
……なんだか、調子が狂う。
「まあ、いないならいないで、ゆっくり出勤できるからいいんだけど」
僕は鼻歌を歌いながら王都へ向かった。
魔導師団の本部に着いても、やはりゼノの姿はない。
代わりに、デスクに突っ伏して今にも死にそうなエディさんがいた。
「ああ、リト君……。悪いけど、今日は仕事どころじゃないんだ……」
「エディさん、大丈夫ですか? また残業で徹夜?」
「いや、僕じゃない。ゼノだよ。あのバカ、昨日リト君に贈る『最高級の氷結果実』を採るために、吹雪の霊峰へ正装一枚で行きやがって……。今、高熱でぶっ倒れてるんだ」
「……はぁ!? 正装で霊峰に!?」
「本人は『リト殿への情熱があれば凍えることはない』とか言ってたらしいけど、普通に風邪引いたみたいだ。現在、団の医務室で寝込んでるんだけど、うわ言で君の名前を呼び続けてて、看護師が怖がって逃げ出しちゃってさ……」
エディさんが力なく指差した先。
医務室からは、時折「リ……リト……殿……行かないで……私を……置いて……」という、この世の終わりみたいな呻き声が聞こえてくる。
僕は溜め息をついた。
正直、放っておいて定時まで本を読んでいたい。
でも、その風邪の原因が僕への「貢ぎ物」のせいだと言われると、さすがに寝覚めが悪い。
「……ちょっと、様子見てきます」
僕は医務室の扉を開けた。
そこには、いつも完璧に整えられている銀髪を乱し、顔を真っ赤にして苦しそうに呼吸をするゼノがいた。
あの「歩く国宝」が、今はただの弱った男に見える。
「ゼノさん、大丈夫ですか?」
「……っ、リ、リト殿……? ああ……これは、天国のお迎えですか……? 最後に……貴殿の幻を見られるなんて……」
「幻じゃないですよ。ほら、魔力が乱れてます。深呼吸して」
僕はゼノの額に手を当てた。
……熱い。普段、鋼のように硬い彼の体が、今は熱に浮かされて小刻みに震えている。
僕が手を触れると、ゼノはすがるように僕の手を握りしめた。
「行かないで……。リト殿がいない世界なんて……私には、暗闇と同じだ……」
その手は驚くほど力強く、そして、どこか子供のように必死だった。
いつもあんなに自信満々に「愛しています」と叫んでいる彼が、実はこんなにも脆い部分を抱えていたなんて。
「……どこにも行きませんよ。定時まではここにいますから」
「……定時……。ふふ……リト殿らしい……」
ゼノが少しだけ、安心したように口角を上げた。
僕はもう片方の手で、彼の魔力回路を整えるための魔法をそっと流し込んだ。
構築スピードは爆速。でも、今はそれを彼を癒やすためだけに使う。
「(……変だな。早く帰りたいはずなのに、この手を振り払う気になれない)」
腕の中ではココが静かに、ゼノの枕元に寄り添っている。
魔獣ですら、今のゼノには同情しているらしい。
「あーあ。……これじゃ、今日は仕事(昼寝)どころじゃないな」
僕は椅子を引き寄せ、ゼノの手を握ったまま、彼が深い眠りに落ちるまでそのそばにいた。
窓から差し込む光が、少しずつ夕暮れの色に変わっていく。
定時のチャイムが鳴るまで、あと数時間。
僕は初めて、「五時が来なければいいのに」と、ほんの少しだけ……本当に少しだけ、思ったのだった。
朝、ログハウスの扉を開けて、僕は思わず独り言を漏らした。
いつもなら、僕が起きる一時間前(下手をすれば深夜)から家の前でスタンバイし、「おはようございますリト殿! 今日も存在が奇跡ですね!」と叫んでいるはずの銀髪の騎士が、どこにもいない。
「クゥン?」
ココも不思議そうに首を傾げている。
ゼノさんがいない朝というのは、これほどまでに静かなのか。
……なんだか、調子が狂う。
「まあ、いないならいないで、ゆっくり出勤できるからいいんだけど」
僕は鼻歌を歌いながら王都へ向かった。
魔導師団の本部に着いても、やはりゼノの姿はない。
代わりに、デスクに突っ伏して今にも死にそうなエディさんがいた。
「ああ、リト君……。悪いけど、今日は仕事どころじゃないんだ……」
「エディさん、大丈夫ですか? また残業で徹夜?」
「いや、僕じゃない。ゼノだよ。あのバカ、昨日リト君に贈る『最高級の氷結果実』を採るために、吹雪の霊峰へ正装一枚で行きやがって……。今、高熱でぶっ倒れてるんだ」
「……はぁ!? 正装で霊峰に!?」
「本人は『リト殿への情熱があれば凍えることはない』とか言ってたらしいけど、普通に風邪引いたみたいだ。現在、団の医務室で寝込んでるんだけど、うわ言で君の名前を呼び続けてて、看護師が怖がって逃げ出しちゃってさ……」
エディさんが力なく指差した先。
医務室からは、時折「リ……リト……殿……行かないで……私を……置いて……」という、この世の終わりみたいな呻き声が聞こえてくる。
僕は溜め息をついた。
正直、放っておいて定時まで本を読んでいたい。
でも、その風邪の原因が僕への「貢ぎ物」のせいだと言われると、さすがに寝覚めが悪い。
「……ちょっと、様子見てきます」
僕は医務室の扉を開けた。
そこには、いつも完璧に整えられている銀髪を乱し、顔を真っ赤にして苦しそうに呼吸をするゼノがいた。
あの「歩く国宝」が、今はただの弱った男に見える。
「ゼノさん、大丈夫ですか?」
「……っ、リ、リト殿……? ああ……これは、天国のお迎えですか……? 最後に……貴殿の幻を見られるなんて……」
「幻じゃないですよ。ほら、魔力が乱れてます。深呼吸して」
僕はゼノの額に手を当てた。
……熱い。普段、鋼のように硬い彼の体が、今は熱に浮かされて小刻みに震えている。
僕が手を触れると、ゼノはすがるように僕の手を握りしめた。
「行かないで……。リト殿がいない世界なんて……私には、暗闇と同じだ……」
その手は驚くほど力強く、そして、どこか子供のように必死だった。
いつもあんなに自信満々に「愛しています」と叫んでいる彼が、実はこんなにも脆い部分を抱えていたなんて。
「……どこにも行きませんよ。定時まではここにいますから」
「……定時……。ふふ……リト殿らしい……」
ゼノが少しだけ、安心したように口角を上げた。
僕はもう片方の手で、彼の魔力回路を整えるための魔法をそっと流し込んだ。
構築スピードは爆速。でも、今はそれを彼を癒やすためだけに使う。
「(……変だな。早く帰りたいはずなのに、この手を振り払う気になれない)」
腕の中ではココが静かに、ゼノの枕元に寄り添っている。
魔獣ですら、今のゼノには同情しているらしい。
「あーあ。……これじゃ、今日は仕事(昼寝)どころじゃないな」
僕は椅子を引き寄せ、ゼノの手を握ったまま、彼が深い眠りに落ちるまでそのそばにいた。
窓から差し込む光が、少しずつ夕暮れの色に変わっていく。
定時のチャイムが鳴るまで、あと数時間。
僕は初めて、「五時が来なければいいのに」と、ほんの少しだけ……本当に少しだけ、思ったのだった。
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