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16話
「ほら、ゼノさん。少しは食べないと体力が戻りませんよ。エディさんが用意してくれたお粥、温め直してきましたから」
医務室のベッド脇。僕は湯気の立つ器を手に、ゼノの様子を伺った。
熱は少し下がったようだが、銀髪の騎士様はまだ真っ赤な顔をして、シーツを握りしめている。
「……リト殿。貴殿の手料理……。私は、死ぬのでしょうか。死ぬ前に最高のご褒美をいただいているのでしょうか……」
「僕が作ったわけじゃなくて、食堂のおばちゃんが作ったのを温めただけです。ほら、起きてください」
僕はゼノの背中に枕を差し込み、上半身を起こしてあげた。
いつもなら「貴殿に触れられるなど!」と大騒ぎするはずの男が、今日はされるがまま。
その無防備な様子に、なんだかこちらまで調子が狂う。
僕はスプーンでお粥を掬い、ふーふーと息を吹きかけてから、彼の口元へ運んだ。
「はい、あーん」
「…………っ!!」
ゼノが目を見開き、金縛りにあったように硬直した。
サファイア色の瞳が激しく揺れ、額から新たな汗が吹き出す。
「……あの、リト殿。これは……俗に言う『あーん』という儀式ですか?」
「儀式って。ただの介助ですよ。前世でも病人の世話はこうするって相場が決まってたんです。嫌なら自分で食べますか?」
「いえ!! 食べます!! 食べさせていただきます!!」
ゼノは必死の形相で口を開けた。
一口、また一口と、彼は僕が差し出すお粥を、まるで聖水でも頂くかのような神聖な面持ちで飲み込んでいく。
「……美味しい。……身体の芯から、リト殿の慈愛が染み渡ります……」
「だから、作ったのは食堂のおばちゃんですってば」
お粥を食べ終えると、次は薬の時間だ。
この世界の薬は、魔力を練り込んだ錠剤なのだが、今のゼノは魔力回路が乱れているせいで上手く飲み込めないらしい。
「うっ……ごほっ、ごほっ……。……申し訳ありません、リト殿。不甲斐ない……」
「いいですよ、無理しないで。……あ、そうだ。エディさんが『薬が飲めない時は、魔力を直接通して溶かせばいい』って言ってたな」
僕は薬を口に含み――ようとして、思いとどまった。
さすがにそれは、恋愛小説の読みすぎだ。
僕は薬を指先で持ち、ゼノの唇にそっと当てた。
「ゼノさん、少し口を開けて。僕が魔力を流して、直接溶かしますから」
僕はゼノの頬に手を添え、至近距離で見つめ合った。
熱を帯びた彼の吐息が、僕の顔にかかる。
いつもは追いかけ回される側だけど、こうしてじっとしている彼を見ていると、驚くほど整った顔立ちに……ほんの少しだけ、見惚れてしまう。
「(……睫毛、長いな……)」
無意識に指先が彼の唇に触れる。
ゼノの瞳に、熱病とは違う、もっと深い「熱」が宿るのを僕は見逃さなかった。
「……リト……殿……。……今、私を……誘っているのですか……?」
「は? 薬を飲ませようとしてるだけですけど。あ、溶けましたね。はい、おしまい」
僕はサッと手を引いた。
一方のゼノは、唇に残った僕の感触を反芻するように指でなぞり、そのままシーツを頭から被ってしまった。
「ゼノさん?」
「……もう、限界です……。看病してくださるリト殿が……あまりに……あまりに可愛すぎて……。……早く治して、貴殿を押し倒さなければならないという……義務感に……」
「病人は大人しく寝ててください!」
僕は真っ赤になった顔を隠すように、空になった器を持って立ち上がった。
心臓が少しだけ、いつもより速く打っている気がする。
……きっと、この部屋が暑すぎるせいだ。
「……じゃあ、僕は定時なので帰ります。明日は元気に家の前で叫んでてくださいよ」
「……リト殿。……愛しています(籠った声)」
「はいはい、お大事に」
僕は逃げるように医務室を後にした。
腕の中のココが、「ご主人様も大概だね」と言いたげに鼻を鳴らした。
僕のスローライフに、これまでにない「落ち着かない風」が吹き始めていた。
医務室のベッド脇。僕は湯気の立つ器を手に、ゼノの様子を伺った。
熱は少し下がったようだが、銀髪の騎士様はまだ真っ赤な顔をして、シーツを握りしめている。
「……リト殿。貴殿の手料理……。私は、死ぬのでしょうか。死ぬ前に最高のご褒美をいただいているのでしょうか……」
「僕が作ったわけじゃなくて、食堂のおばちゃんが作ったのを温めただけです。ほら、起きてください」
僕はゼノの背中に枕を差し込み、上半身を起こしてあげた。
いつもなら「貴殿に触れられるなど!」と大騒ぎするはずの男が、今日はされるがまま。
その無防備な様子に、なんだかこちらまで調子が狂う。
僕はスプーンでお粥を掬い、ふーふーと息を吹きかけてから、彼の口元へ運んだ。
「はい、あーん」
「…………っ!!」
ゼノが目を見開き、金縛りにあったように硬直した。
サファイア色の瞳が激しく揺れ、額から新たな汗が吹き出す。
「……あの、リト殿。これは……俗に言う『あーん』という儀式ですか?」
「儀式って。ただの介助ですよ。前世でも病人の世話はこうするって相場が決まってたんです。嫌なら自分で食べますか?」
「いえ!! 食べます!! 食べさせていただきます!!」
ゼノは必死の形相で口を開けた。
一口、また一口と、彼は僕が差し出すお粥を、まるで聖水でも頂くかのような神聖な面持ちで飲み込んでいく。
「……美味しい。……身体の芯から、リト殿の慈愛が染み渡ります……」
「だから、作ったのは食堂のおばちゃんですってば」
お粥を食べ終えると、次は薬の時間だ。
この世界の薬は、魔力を練り込んだ錠剤なのだが、今のゼノは魔力回路が乱れているせいで上手く飲み込めないらしい。
「うっ……ごほっ、ごほっ……。……申し訳ありません、リト殿。不甲斐ない……」
「いいですよ、無理しないで。……あ、そうだ。エディさんが『薬が飲めない時は、魔力を直接通して溶かせばいい』って言ってたな」
僕は薬を口に含み――ようとして、思いとどまった。
さすがにそれは、恋愛小説の読みすぎだ。
僕は薬を指先で持ち、ゼノの唇にそっと当てた。
「ゼノさん、少し口を開けて。僕が魔力を流して、直接溶かしますから」
僕はゼノの頬に手を添え、至近距離で見つめ合った。
熱を帯びた彼の吐息が、僕の顔にかかる。
いつもは追いかけ回される側だけど、こうしてじっとしている彼を見ていると、驚くほど整った顔立ちに……ほんの少しだけ、見惚れてしまう。
「(……睫毛、長いな……)」
無意識に指先が彼の唇に触れる。
ゼノの瞳に、熱病とは違う、もっと深い「熱」が宿るのを僕は見逃さなかった。
「……リト……殿……。……今、私を……誘っているのですか……?」
「は? 薬を飲ませようとしてるだけですけど。あ、溶けましたね。はい、おしまい」
僕はサッと手を引いた。
一方のゼノは、唇に残った僕の感触を反芻するように指でなぞり、そのままシーツを頭から被ってしまった。
「ゼノさん?」
「……もう、限界です……。看病してくださるリト殿が……あまりに……あまりに可愛すぎて……。……早く治して、貴殿を押し倒さなければならないという……義務感に……」
「病人は大人しく寝ててください!」
僕は真っ赤になった顔を隠すように、空になった器を持って立ち上がった。
心臓が少しだけ、いつもより速く打っている気がする。
……きっと、この部屋が暑すぎるせいだ。
「……じゃあ、僕は定時なので帰ります。明日は元気に家の前で叫んでてくださいよ」
「……リト殿。……愛しています(籠った声)」
「はいはい、お大事に」
僕は逃げるように医務室を後にした。
腕の中のココが、「ご主人様も大概だね」と言いたげに鼻を鳴らした。
僕のスローライフに、これまでにない「落ち着かない風」が吹き始めていた。
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