14 / 23
14話
「リト殿……。もう、逃がしませんよ」
ある日の残業回避(定時五分前)の攻防戦。
魔導師団の廊下で、僕はついにゼノに追い詰められた。
逃げ道を塞ぐように伸ばされた彼の逞しい腕が、僕のすぐ横の石壁を強く叩く。
ドォン!!
鼓膜を震わせる大きな音。
これがいわゆる「壁ドン」というやつだ。
至近距離にあるゼノの顔は、恐ろしいほど整っていて、その眼差しには獲物を狙う猛獣のような熱が宿っている。
「ゼ、ゼノさん……?」
「気づいているはずだ。私の忍耐が、もう限界に近いことに。貴殿をこのまま連れ去り、誰の目も届かない場所で、そのすべてを私だけのものにしたい……。リト殿、貴殿はどう思っているのですか?」
ゼノの低い声が、僕の耳元で心地よく響く。
空気は震え、僕の心臓の鼓動も……。
「……ゼノさん。それより、大変です」
「……っ、ついに、告白してくれるのですか?」
ゼノが期待に満ちた顔で僕を見つめる。
僕は震える指先で、彼の腕のすぐ横を指差した。
「壁、ヒビ入ってますよ」
「…………はい?」
「見てください。今の『ドン』の衝撃で、王宮の歴史ある石壁に、蜘蛛の巣状の亀裂が……。あ、これ、修繕費いくらかかるんだろう。魔導師団の予算から引かれるのかな。それともゼノさんの自腹ですか?」
ゼノは固まったまま、自分が叩いた壁をゆっくりと振り返った。
そこには確かに、彼の聖騎士級の筋力が生み出した痛々しいヒビが入っていた。
「……リト殿。今、そんな話はしていません。私は貴殿への愛を――」
「いや、大事ですよ! 公共物損壊は始末書案件です。前世の会社だったら、備品を壊しただけで一時間は説教コースですよ。ああ、団長のエディさんに怒られる……!」
「私が直します! 私の魔力で、今すぐ分子レベルで結合させて元通りにしますから! だから、私の目を見てください!」
ゼノが必死に僕の肩を掴み、視線を合わせようとする。
だが、僕はすでに「始末書の書き方」を脳内でシミュレーションし始めていた。
「ゼノさん、離してください。早く左官ギルドか、土魔法の専門家に連絡しないと。あ、そうだ。このヒビ、放っておくと魔法回路の伝導率に悪影響が出るかも……。定時までに報告しなきゃ!」
「リト殿ぉぉぉ!! なぜ壁に負けるのですか、私の愛が!! 壁より私を心配してください!!」
ゼノの絶叫が廊下に虚しく響き渡る。
彼はその後、泣きながら土系魔法を駆使して、数時間かけて壁をピカピカに修復する羽目になった。
その横で、僕は「五時になったので、僕はこれで」と、ココを抱き上げて軽やかに帰路につく。
「……クゥーン(あの人、本当にタイミング悪いよね)」
「ねえ、ココ。ゼノさん、力があり余ってるなら、家の畑の耕しでも手伝ってくれればいいのに。壁を叩くなんてもったいないよね」
リトの言葉に、物陰で修復作業をしていたゼノの耳がピクリと動いた。
「(……畑? つまり、リト殿の家の家庭菜園を共に耕す……。それは実質、夫婦の共同作業……!?)」
ボロボロに傷ついていたはずのゼノが、一瞬で「キラキラモード」に復活し、鼻歌を歌いながら壁を磨き始めた。
彼のポジティブ変換機能は、今日も元気に暴走している。
一方のリトは、「これで明日は始末書を書かなくて済むぞ」と、手に入れた平穏な夜に満足して深い眠りにつくのだった。
ある日の残業回避(定時五分前)の攻防戦。
魔導師団の廊下で、僕はついにゼノに追い詰められた。
逃げ道を塞ぐように伸ばされた彼の逞しい腕が、僕のすぐ横の石壁を強く叩く。
ドォン!!
鼓膜を震わせる大きな音。
これがいわゆる「壁ドン」というやつだ。
至近距離にあるゼノの顔は、恐ろしいほど整っていて、その眼差しには獲物を狙う猛獣のような熱が宿っている。
「ゼ、ゼノさん……?」
「気づいているはずだ。私の忍耐が、もう限界に近いことに。貴殿をこのまま連れ去り、誰の目も届かない場所で、そのすべてを私だけのものにしたい……。リト殿、貴殿はどう思っているのですか?」
ゼノの低い声が、僕の耳元で心地よく響く。
空気は震え、僕の心臓の鼓動も……。
「……ゼノさん。それより、大変です」
「……っ、ついに、告白してくれるのですか?」
ゼノが期待に満ちた顔で僕を見つめる。
僕は震える指先で、彼の腕のすぐ横を指差した。
「壁、ヒビ入ってますよ」
「…………はい?」
「見てください。今の『ドン』の衝撃で、王宮の歴史ある石壁に、蜘蛛の巣状の亀裂が……。あ、これ、修繕費いくらかかるんだろう。魔導師団の予算から引かれるのかな。それともゼノさんの自腹ですか?」
ゼノは固まったまま、自分が叩いた壁をゆっくりと振り返った。
そこには確かに、彼の聖騎士級の筋力が生み出した痛々しいヒビが入っていた。
「……リト殿。今、そんな話はしていません。私は貴殿への愛を――」
「いや、大事ですよ! 公共物損壊は始末書案件です。前世の会社だったら、備品を壊しただけで一時間は説教コースですよ。ああ、団長のエディさんに怒られる……!」
「私が直します! 私の魔力で、今すぐ分子レベルで結合させて元通りにしますから! だから、私の目を見てください!」
ゼノが必死に僕の肩を掴み、視線を合わせようとする。
だが、僕はすでに「始末書の書き方」を脳内でシミュレーションし始めていた。
「ゼノさん、離してください。早く左官ギルドか、土魔法の専門家に連絡しないと。あ、そうだ。このヒビ、放っておくと魔法回路の伝導率に悪影響が出るかも……。定時までに報告しなきゃ!」
「リト殿ぉぉぉ!! なぜ壁に負けるのですか、私の愛が!! 壁より私を心配してください!!」
ゼノの絶叫が廊下に虚しく響き渡る。
彼はその後、泣きながら土系魔法を駆使して、数時間かけて壁をピカピカに修復する羽目になった。
その横で、僕は「五時になったので、僕はこれで」と、ココを抱き上げて軽やかに帰路につく。
「……クゥーン(あの人、本当にタイミング悪いよね)」
「ねえ、ココ。ゼノさん、力があり余ってるなら、家の畑の耕しでも手伝ってくれればいいのに。壁を叩くなんてもったいないよね」
リトの言葉に、物陰で修復作業をしていたゼノの耳がピクリと動いた。
「(……畑? つまり、リト殿の家の家庭菜園を共に耕す……。それは実質、夫婦の共同作業……!?)」
ボロボロに傷ついていたはずのゼノが、一瞬で「キラキラモード」に復活し、鼻歌を歌いながら壁を磨き始めた。
彼のポジティブ変換機能は、今日も元気に暴走している。
一方のリトは、「これで明日は始末書を書かなくて済むぞ」と、手に入れた平穏な夜に満足して深い眠りにつくのだった。
あなたにおすすめの小説
この俺が正ヒロインとして殿方に求愛されるわけがない!
ゆずまめ鯉
BL
五歳の頃の授業中、頭に衝撃を受けたことから、自分が、前世の妹が遊んでいた乙女ゲームの世界にいることに気づいてしまったニエル・ガルフィオン。
ニエルの外見はどこからどう見ても金髪碧眼の美少年。しかもヒロインとはくっつかないモブキャラだったので、伯爵家次男として悠々自適に暮らそうとしていた。
これなら異性にもモテると信じて疑わなかった。
ところが、正ヒロインであるイリーナと結ばれるはずのチート級メインキャラであるユージン・アイアンズが熱心に構うのは、モブで攻略対象外のニエルで……!?
ユージン・アイアンズ(19)×ニエル・ガルフィオン(19)
公爵家嫡男と伯爵家次男の同い年の乙女ゲー転生BLです。
男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~
さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。
そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。
姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。
だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。
その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。
女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。
もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。
周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか?
侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?
美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました
SEKISUI
BL
ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた
見た目は勝ち組
中身は社畜
斜めな思考の持ち主
なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う
そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される
普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている
迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。
読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)
魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。
ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。
それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。
それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。
勘弁してほしい。
僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。
BLR15【完結】ある日指輪を拾ったら、国を救った英雄の強面騎士団長と一緒に暮らすことになりました
厘
BL
ナルン王国の下町に暮らす ルカ。
この国は一部の人だけに使える魔法が神様から贈られる。ルカはその一人で武器や防具、アクセサリーに『加護』を付けて売って生活をしていた。
ある日、配達の為に下町を歩いていたら指輪が落ちていた。見覚えのある指輪だったので届けに行くと…。
国を救った英雄(強面の可愛い物好き)と出生に秘密ありの痩せた青年のお話。
☆英雄騎士 現在28歳
ルカ 現在18歳
☆第11回BL小説大賞 21位
皆様のおかげで、奨励賞をいただきました。ありがとう御座いました。
身代わりになって推しの思い出の中で永遠になりたいんです!
冨士原のもち
BL
桜舞う王立学院の入学式、ヤマトはカイユー王子を見てここが前世でやったゲームの世界だと気付く。ヤマトが一番好きなキャラであるカイユー王子は、ゲーム内では非業の死を遂げる。
「そうだ!カイユーを助けて死んだら、忘れられない恩人として永遠になれるんじゃないか?」
前世の死に際のせいで人間不信と恋愛不信を拗らせていたヤマトは、推しの心の中で永遠になるために身代わりになろうと決意した。しかし、カイユー王子はゲームの時の印象と違っていて……
演技チャラ男攻め×美人人間不信受け
※最終的にはハッピーエンドです
※何かしら地雷のある方にはお勧めしません
※ムーンライトノベルズにも投稿しています
運悪く放課後に屯してる不良たちと一緒に転移に巻き込まれた俺、到底馴染めそうにないのでソロで無双する事に決めました。~なのに何故かついて来る…
こまの ととと
BL
『申し訳ございませんが、皆様には今からこちらへと来て頂きます。強制となってしまった事、改めて非礼申し上げます』
ある日、教室中に響いた声だ。
……この言い方には語弊があった。
正確には、頭の中に響いた声だ。何故なら、耳から聞こえて来た感覚は無く、直接頭を揺らされたという感覚に襲われたからだ。
テレパシーというものが実際にあったなら、確かにこういうものなのかも知れない。
問題はいくつかあるが、最大の問題は……俺はただその教室近くの廊下を歩いていただけという事だ。
*当作品はカクヨム様でも掲載しております。