【完結】「お前を愛する者などいない」と笑われた夜、私は“本物の王子”に拾われた

波依 沙枝

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第十六話

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モンテリオール侯爵令嬢。

名と格だけは立派だが――退屈な女だった。

洗練とはほど遠い。
野暮ったい身なり。冴えない表情。
機転の利いた会話も、社交の勘も、期待できそうにない。

長年王都を離れていたのなら、仕方がない。
王都の空気は、女の価値まで磨き上げる。

(モンテリオールでなければ、目も向けない)

彼女の価値は、血筋と紋章。
そして侯爵家という「後ろ盾」。

それだけだ。

……その“価値”に、あの男は誰より早く気づいた。

姑息なレオハルトが。
いち早く嗅ぎつけ、こそこそと動き回っていた。

腹が立った。
先手を打たれた。
また、先んじられた。

レオハルトは、俺みたいに宮廷貴族の優雅な足運びはしない。
騎士――いや、軍人のように、無骨で直線的な歩き方をする。

無駄な言葉を話さない。
必要なことだけを、短く、明確に。

そして、あの目だ。
氷のように底冷えた目。

あの目で、どうやって女を口説いた?
甘い言葉を吐けたのか。
寄り添う声を作れたのか。

……想像がつかない。

それでもモンテリオールが欲しくて、セレスティア嬢に近づいたのだろう。
療養中の娘を、“使える駒”と見て。

強気な顔で表を歩きながら、裏ではそんな小細工。
その薄汚さが可笑しくて――同時に、ひどく腹立たしかった。

(あいつが欲したものほど、俺には魅力的に見える)

レオハルトは、何ひとつ手に入れてはいけない。
あいつが手を伸ばすものは、すべて――俺のものでなければならない。

セレスティア・モンテリオール。

名も、家も、後ろ盾も。

(あの女は、俺のものだ)















━━━━━━━━

私は、ひどく疲れていた。
不思議なことに、目が見えなかった七年間のほうが、よほど平穏だった。

お母様が亡くなって。
突然、視力が戻って。
お母様の赤い日記帳の文字が、まだ指先に残っていて。
お父様の――私を見る目と、私を扱う態度。

息をつく場所が、どこにもなかった。

そんな中で、リヒト殿下が訪ねて来るたび、胸が勝手に高鳴った。
止められなかった。

花束の香り。贈り物の包み紙の音。整えられた笑み。

声だけが、私の奥を揺らす。
あの頃の暗闇に、手を伸ばすみたいに。

私はずっと、ひとつの言葉を胸の底に沈めていた。
口に出したら、もう多分、止まれなくなる。

――レオなの?

それは願いだった。
確かめたいのではない。そうであってほしいだけの、祈りに近いもの。

扉が開く。

蜂蜜色の髪が見えた。
そして碧い瞳。

花束。整えられた外套。王子の正しさ。

――レオは、もっと銀に近い金髪だと言っていた。
瞳の色は、リュミー湖に似た淡い水色だ、と。

だから、少し違う。
けれど、完璧に違うわけじゃない。
濃淡の差。光の差。――三年という時間の差。

(……そう。三年も経ったのだから)

違うところなんて、探せばいくらでもある。
でも私は、探したくない。

違わない理由ばかり拾って、握りしめる。
折れそうな希望を、支えるみたいに。

「お加減はいかがですか」

低いのに、柔らかい。

私の知っているレオの声とは違う――そのはずなのに、
私はその“違い”にすら、名前を与えてしまう。

(……宮廷の話し方だわ)
(王子として人に接しているなら、こうなるの?)

馬鹿みたいな理屈が、一瞬で積み上がる。
私は理屈が欲しかった。
希望を折らないための、薄い板が。

近づいてくる足音。止まる距離。
触れないところで止まる、その加減。

その加減だけで、胸が揺れる。
昔の感覚が、勝手に結びつく。

――レオかも。
レオかも。
レオかも。

思った途端、もう止まれなかった。

「……レオ」

声が漏れた瞬間、息が詰まる。
でも、後悔より先に、願いが走った。

(お願い。頷いて)
(そうだと言って)

リヒト殿下は歩みを止めた。
花束を支える指が、ほんの少しだけ強くなる。

そして――笑った。

整えた社交の笑みが、ふっと崩れる。
少しだけ、人間の顔になる。

「……今」

間を置いて、低く。

「やっと呼んでくれた」

胸が熱くなる。怖いのに、熱い。
否定する言葉が出ない。出したくない。

「え……?」

私の喉は、確認じゃなく期待の形で震える。

殿下は、敬語をほどく。

「忘れられたのかと思っていたよ」

次の呼び名が落ちる。

「ティア」

それだけで、私はもう“違う”を握れなくなる。

(やっぱり)
(やっぱり、レオだ)

違和感は来る。
来るのに、私は必死に遠ざける。

(変わっただけ)
(私も変わったんだから)
(声は同じだもの)
(……リヒト殿下は、レオだ)

喉の奥がきしんだ。
自分の声なのに、どこか他人みたいに震えている。

「……レ、オなの?」
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