【完結】「お前を愛する者などいない」と笑われた夜、私は“本物の王子”に拾われた

波依 沙枝

文字の大きさ
23 / 44

第二十二話

しおりを挟む
いつもよりも、少しどころではなく露出が多い。
高級だが繊細で、薄い布が肌を包む。

それでも、私は不安になってはいなかった。

侯爵家の騎士、ランドール卿の手を取る。
その掌は硬く、温かい。
私はその確かさを頼りに――入場した。

本当は、今までもランドール卿を選べた。
選んでも、誰も責めなかったはずだ。

けれど私は、リヒト殿下と、という期待を選んだ。
選んだ結果、ひとりぼっちになった。

迎えに来ない。
連絡もない。
それでも、私が待っていれば――いつか。

そんなふうに、自分を納得させ続けて。

そして、壊れた。

でも、今はもう、その私ではない。

私は前を向く。
視線が刺さっても、息を乱さない。

――視線を逸らさず、私を見て

私を見た瞬間、人々は呼吸の仕方を忘れたみたいに息を止めた。

そして、次の拍で――ざわめきが起きる。
囁きが囁きを呼び、波みたいに広がっていく。

「……あの令嬢は?」
「なんて魅力的な……」
「どこの家紋の方?」
「見たことがないわ、あんな方」

視線が絡みつく。
値踏みじゃない。確認でもない。
ただ、抗いようのない“引力”として、集まってくる。












━━━━━━━━

誤算に気づいたのは、ティアが試着室に入った瞬間だった。

薄いカーテンが閉まり、布が擦れる音が途切れる。
それで終わるはずだった。

――なのに。

次の瞬間、試着室の内側から、抑えたはずの熱が漏れるみたいに声が弾んだ。

「まあ……」

イザベル夫人の声だ。
店の女主人らしい落ち着きはある。けれど、職人が“発見”をした時の揺れが混じっている。

「……これは」

言葉が、わずかに速い。

私は思わず口を滑らせた。

「うん?」

私は咳払いひとつで誤魔化し、腕を組み直した。落ち着け、と自分に言い聞かせながら。

試着室の中では、採寸が始まっているらしい。
布尺が伸びる音。留め具の触れる音。イザベル夫人の指示が続く。

「背は華奢、肩幅は繊細……けれど胸の線が……」

一拍。
それから、確信に満ちた息。

「隠してはいけませんね。隠すための型を捨てましょう。これからは――美しく演出するための形で」

……演出。

その単語の前に、私の頭は勝手に別の翻訳をしてしまう。

(なんて大きな胸。なんて大きな胸)

俗っぽい。下品だ。
イザベル夫人がそんな言い方をするはずがないのに、私の耳にはそう聞こえてしまった。

しかも、それが“誇張”ではないと確信させる間の取り方だった。

私は無言のまま、喉の奥を鳴らさないように息を吐いた。

(……ティア)

セレスティアが、今まで“野暮ったい”と皆に思われていた理由。

――豊かな何かを隠すために、全てを歪ませていたから。

私はようやく理解した。
理解した瞬間、腹の底が冷えていく。

まずい。

これは“整える”で済む変化じゃない。
場の空気が変わる。男の視線が変わる。

試着室の奥で、イザベル夫人が淡々と続ける。

「このお身体は、宝物です。恥じる方が恥ずかしいというものです。――これは大きな武器です」

武器。

その言葉に、私は眉間を寄せた。

(武器? 誰のための)

……いや、分かっている。
次の夜会は戦いだ。破談に足る理由を引き出すための戦だ。

でも。

私の中に、許せない感情がひとつ生まれる。

(“武器”として披露された時そこに集まる視線は…)

それが、ひどく腹立たしい。

カーテンの向こうで、布が滑る音がした。
ティアが体勢を変えたのだろう。たったそれだけで、想像が勝手に走る。

私は視線を逸らし、唇を噛んだ。
刺激が強い――そんな言葉で済ませるつもりはない。けれど、これ以上、余計な音を出したくない。

試着室の中の声が、最後に少しだけ柔らかくなる。

「セレスティア様。お美しいです!女神とはこうというお姿」

その一言が、胸の奥に刺さった。

――そう、女神…

そして私は、遅れてもうひとつの誤算に気づく。

次の夜会でティアが変われば。
焦るのはリヒトだけじゃない。

私も、焦る。

(……誰にも見せたくない)

その感情が、しつこく湧く。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

【完結】私が誰だか、分かってますか?

美麗
恋愛
アスターテ皇国 時の皇太子は、皇太子妃とその侍女を妾妃とし他の妃を娶ることはなかった 出産時の出血により一時病床にあったもののゆっくり回復した。 皇太子は皇帝となり、皇太子妃は皇后となった。 そして、皇后との間に産まれた男児を皇太子とした。 以降の子は妾妃との娘のみであった。 表向きは皇帝と皇后の仲は睦まじく、皇后は妾妃を受け入れていた。 ただ、皇帝と皇后より、皇后と妾妃の仲はより睦まじくあったとの話もあるようだ。 残念ながら、この妾妃は産まれも育ちも定かではなかった。 また、後ろ盾も何もないために何故皇后の侍女となったかも不明であった。 そして、この妾妃の娘マリアーナははたしてどのような娘なのか… 17話完結予定です。 完結まで書き終わっております。 よろしくお願いいたします。

幼馴染み同士で婚約した私達は、何があっても結婚すると思っていた。

喜楽直人
恋愛
領地が隣の田舎貴族同士で爵位も釣り合うからと親が決めた婚約者レオン。 学園を卒業したら幼馴染みでもある彼と結婚するのだとローラは素直に受け入れていた。 しかし、ふたりで王都の学園に通うようになったある日、『王都に居られるのは学生の間だけだ。その間だけでも、お互い自由に、世界を広げておくべきだと思う』と距離を置かれてしまう。 挙句、学園内のパーティの席で、彼の隣にはローラではない令嬢が立ち、エスコートをする始末。 パーティの度に次々とエスコートする令嬢を替え、浮名を流すようになっていく婚約者に、ローラはひとり胸を痛める。 そうしてついに恐れていた事態が起きた。 レオンは、いつも同じ令嬢を連れて歩くようになったのだ。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

今日は私の結婚式

豆狸
恋愛
ベッドの上には、幼いころからの婚約者だったレーナと同じ色の髪をした女性の腐り爛れた死体があった。 彼女が着ているドレスも、二日前僕とレーナの父が結婚を拒むレーナを屋根裏部屋へ放り込んだときに着ていたものと同じである。

【番外編も完結】で、お前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか?

Debby
恋愛
ヴェルトが友人からの手紙を手に辺境伯令嬢であるレィディアンスの元を訪れたのは、その手紙に「詳細は彼女に聞け」と書いてあったからだ。 簡単にいうと、手紙の内容は「学園で問題を起こした平民──エボニーを妻として引き取ってくれ」というものだった。 一方その話を聞いてしまった伯爵令嬢のオリーブは動揺していた。 ヴェルトとは静かに愛を育んできた。そんな自分を差し置いて、言われるがまま平民を妻に迎えてしまうのだろうか。 そんなオリーブの気持ちを知るはずもないエボニーは、辺境伯邸で行儀見習いをすることになる。 オリーブは何とかしてヴェルトを取り戻そうと画策し、そのことを咎められてしまう。もう後は無い。 オリーブが最後の望みをかけてヴェルトに自分を選んで欲しいと懇願する中、レィディアンスが静かに口を開いた。 「で、そろそろお前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか」 「はい?」 ヴェルトは自分が何を言われたのか全く理解が出来なかった。 *--*--* 覗いてくださりありがとうございます。(* ᴗ ᴗ)⁾⁾ ★2/17 番外編を投稿することになりました。→完結しました! ★★「このお話だけ読んでいただいてもOKです!」という前提のもと↓↓↓ このお話は独立した一つのお話ですが、「で。」シリーズのサイドストーリーでもあり、第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」の「エボニーその後」でもあります(あるいは「最終話」のその後)。 第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」 第二弾「で、あなたが私に嫌がらせをする理由を伺っても?」 第三弾「で、あなたが彼に嫌がらせをする理由をお話しいただいても?」 どれも女性向けHOTランキングに入り、特に第二弾はHOT一位になることが出来ました!(*´▽`人)アリガトウ もしよかったら宜しくお願いしますね!

よかった、わたくしは貴女みたいに美人じゃなくて

碧井 汐桜香
ファンタジー
美しくないが優秀な第一王子妃に嫌味ばかり言う国王。 美しい王妃と王子たちが守るものの、国の最高権力者だから咎めることはできない。 第二王子が美しい妃を嫁に迎えると、国王は第二王子妃を娘のように甘やかし、第二王子妃は第一王子妃を蔑むのだった。

処理中です...