この噛み痕は、無効。

ことわ子

文字の大きさ
8 / 25

休戦

しおりを挟む
 トキのために購買戦争に参加し始めて早一週間。
 俺たちはあの手この手でこの戦争に勝利し続けていた。
 結局、あの後、トキに買ってくるのは何のパンがいいか聞いたのだが、毎日焼きそばパンがいいと言われてしまった。
 焼きそばパンが好きな俺でも流石に毎日は飽きる。そこまで焼きそばパンが好きなのかと思うと、少しだけ親近感が湧いた。
 このまま順調に、平穏に、パシリ生活は終わるものだと思っていた。
 そうしたら、俺はもう今後一生αと関わりがない生活をするのだ。
 目標達成まであと少し。そのはずだったのに。


「は? 風邪引いたぁ?」

 俺の相棒兼親友兼幼馴染の翔から朝一通のメッセージが届いた。ボサボサ頭で顔も洗っていない最悪のコンディションで最悪の一文が表示されたスマホを見た。気分は勿論、最悪だ。

『風邪、しんどい。学校、無理』

 簡素で完璧な文章だ。
 つまり、今日は休むという連絡なのだが、今日の俺は翔の心配より自分の心配をしていた。
 翔が休むということは、必然的に自分一人で戦争に参加しないといけないことになる。それまではまだいい。その後のパンの受け渡しを俺一人で行かなくてはならない事に頭を悩ませた。
 初日からずっと翔を盾にし続けた俺は、徐々に慣れてきたとは言え、まだトキが怖かった。
 いや、怖いという感情は少し違うかもしれない。自分の意思とは関係なく、小さい頃のトラウマが蘇ってきてどうしても身体が固くなってしまうのだ。
 今のトキは一見すると普通の男子高校生だ。
 いや、初対面で抱き締められてキスをされた以外は普通の男子高校生だ。

 …………充分普通じゃないな。

 しかし、あの時以降、あんな態度はかけらも見せず、淡々と節度を持って接してきている。あれが無ければ、普通の先輩と後輩の間柄に見えるだろう。
 もし、幼少期のトラウマが無く、俺がαアレルギーじゃなければ、仲良くなれたかもしれないな、と思わないこともない。

 そもそもそのトラウマの元凶がトキなんだから成立しない話だけどな。

 致命的な矛盾に思考を現実に戻られながら、俺はため息をついた。

 とにかく。

 今日の購買戦争はどうしたものかと考える。
 元々俺は考えるのが得意じゃない。悩んでいるうちに頭が痛くなってきた。俺のポンコツの脳みそがもう考えるのはやめろと言ってくる。

 なるようにしかならないか……

 俺は特大のため息を吐くと、学校に行くために嫌々自室のドアを開けた。

***

「嘘だろ…………」

 購買の窓口には黒のマジックで書かれた『本日購買中止』の画用紙が貼れていた。
 焦りながら周りを見渡すと、俺以外にも状況を理解できていないのであろう生徒が何人も、手に財布を持ったまま動けずにいた。
 誰か事情を知ってる人はいないかと更に周囲を見渡すと、丁度、茶色のエプロンをつけたおばちゃんが購買の窓口に近付いてきた。
 確か学食の方で働いているおばちゃんは、本日購買中止の文字の下に良かったら学食へどうぞ、と書き足していた。

「あの、」

 俺は思わず話しかけていた。

「はい、なんでしょ?」

 はきはきと朗らかな態度でおばちゃんが俺を見る。感じが良い人だなと思った。

「今日……購買中止なんですか……?」

 中止、と書いてあるのに頭の悪い質問をしてしまったと思ったが、おばちゃんは大袈裟に申し訳なさそうな表情を作り、俺の質問に答えてくれた。

「そうなのよー! 担当の岩崎さんが急に風邪引いちゃったみたいで……! 学食は開いてるから良かったら食べに来てね」

 風邪……流行っているんだろうか。

「そうなんですね……」

 俺の落胆ぶりに勘違いしたおばちゃんは「あ、明日は開けられるようにするから! ね!」と励ましてくれた。
 購買が閉まっていることよりも、寧ろこの後どうしようと考えていた俺は、え、あ、はい……と生返事してとりあえずその場から移動した。

 さてどうするか。

 順調に進んでいた俺のパシリ生活は突然のトラブルによって窮地に立たされた。しかも、よりにもよって翔が休みの今日に。
 こればかりは仕方がない。トキに事情を説明して、俺のパンを渡すか、もしくは学食で済ませて貰おうと思った矢先、後ろから腕を引かれた。

「千秋先輩!」

 弾んだ声がする。
 振り返るとニコニコした顔のトキが俺を見下ろしていた。
 不意打ちの至近距離に無意識に一歩後ずさる。

「あ…………トキ……」

 まだ心の準備が出来ていない。掠れた声で名前を呼ぶのがやっとで、直ぐに視線を逸らす。

「あ…………急にごめんなさい」

 そう言いながら、今度はトキの方から距離を空けてくれた。

「いや、大丈夫……、それよりさ、今日、購買中止みたいで……」
「え、そうなんですか……?」
「うん。だから代わりに俺のパン食べるか学食に行くか……」

 出来れば後者にしてくれと願いながら提案する。

「俺が先輩のパンを食べちゃったら先輩困りますよね……?」
「え、あーそうだな……」

 トキの想像以上のまともな反応に不意打ちを喰らう。あまりのまともな思考具合に、保健室で会った時のトキは別人なんじゃないかとすら思う。
 トキは少し悩むように小さい声を出した。

「学食行きませんか?」
「あ、学食でいい──ん?」
「先輩の分も俺が払いますから」
「いや、俺は自分のパンがあるから!」
「もしかして、向田先輩が待ってたりしますか……?」
「翔? 翔は今日休みだから……」
「じゃあご馳走させてください! いつもお世話になってるので」

 今日のトキはやけに押しが強い上に声のトーンが高い。俺のトラブルの元凶だと忘れてしまいそうなほどに人懐っこい態度に断りづらい気分になってくる。

「分かった……けど、お金は自分で払うから」

 流石に後輩に奢ってもらうなんて、先輩と呼ばれている立場上プライドが許さない。残ったパンは明日にでも回せばいいか、と考えながら、付かず離れずの距離で学食を目指す。

「向田先輩とはいつからの付き合いなんですか?」

 世間話のネタも浮かばず、結局だんまりで歩いていると、不意にトキが口を開いた。
 翔のことを聞かれるとは思わず、聞き返してしまった。

「向田先輩と仲良いからいつからの付き合いなのかと思って。あ、なにか気に障ったなら……」

 変な誤解をし始めたトキの言葉を遮る。

「いや、翔のこと聞かれると思ってなくて驚いただけだから。翔とは小学生の頃からの付き合いだな。丁度、俺たちが小学校に入学するタイミングで隣に引越してきて」
「随分長い付き合いなんですね……」
「まぁ、そうだな」
「でも俺の方が長い」
「え?」
「いや、なんでもないです」

 急に声を落としてトキが何かを言ったが聞き取れなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *不定期連載です。

流れる星、どうかお願い

ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる) オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年 高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼 そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ ”要が幸せになりますように” オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ 王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに! 一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが お付き合いください!

推しにプロポーズしていたなんて、何かの間違いです

一ノ瀬麻紀
BL
引きこもりの僕、麻倉 渚(あさくら なぎさ)と、人気アイドルの弟、麻倉 潮(あさくら うしお) 同じ双子だというのに、なぜこんなにも違ってしまったのだろう。 時々ふとそんな事を考えてしまうけど、それでも僕は、理解のある家族に恵まれ充実した引きこもり生活をエンジョイしていた。 僕は極度の人見知りであがり症だ。いつからこんなふうになってしまったのか、よく覚えていない。 本音を言うなら、弟のように表舞台に立ってみたいと思うこともある。けれどそんなのは無理に決まっている。 だから、安全な自宅という城の中で、僕は今の生活をエンジョイするんだ。高望みは一切しない。 なのに、弟がある日突然変なことを言い出した。 「今度の月曜日、俺の代わりに学校へ行ってくれないか?」 ありえない頼み事だから断ろうとしたのに、弟は僕の弱みに付け込んできた。 僕の推しは俳優の、葛城 結斗(かつらぎ ゆうと)くんだ。 その結斗くんのスペシャルグッズとサイン、というエサを目の前にちらつかせたんだ。 悔しいけど、僕は推しのサインにつられて首を縦に振ってしまった。 え?葛城くんが目の前に!? どうしよう、人生最大のピンチだ!! ✤✤ 「推し」「高校生BL」をテーマに書いたお話です。 全年齢向けの作品となっています。 一度短編として完結した作品ですが、既存部分の改稿と、新規エピソードを追加しました。 ✤✤

キミと2回目の恋をしよう

なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。 彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。 彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。 「どこかに旅行だったの?」 傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。 彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。 彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが… 彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?

【完結済】俺のモノだと言わない彼氏

竹柏凪紗
BL
「俺と付き合ってみねぇ?…まぁ、俺、彼氏いるけど」彼女に罵倒されフラれるのを寮部屋が隣のイケメン&遊び人・水島大和に目撃されてしまう。それだけでもショックなのに壁ドン状態で付き合ってみないかと迫られてしまった東山和馬。「ははは。いいねぇ。お前と付き合ったら、教室中の女子に刺されそう」と軽く受け流した。…つもりだったのに、翌日からグイグイと迫られるうえ束縛まではじまってしまい──?! ■青春BLに限定した「第1回青春×BL小説カップ」最終21位まで残ることができ感謝しかありません。応援してくださった皆様、本当にありがとうございました。

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

すみっこぼっちとお日さま後輩のベタ褒め愛

虎ノ威きよひ
BL
「満点とっても、どうせ誰も褒めてくれない」 高校2年生の杉菜幸哉《すぎなゆきや》は、いつも一人で黙々と勉強している。 友だちゼロのすみっこぼっちだ。 どうせ自分なんて、と諦めて、鬱々とした日々を送っていた。 そんなある日、イケメンの後輩・椿海斗《つばきかいと》がいきなり声をかけてくる。 「幸哉先輩、いつも満点ですごいです!」 「努力してる幸哉先輩、かっこいいです!」 「俺、頑張りました! 褒めてください!」 笑顔で名前を呼ばれ、思いっきり抱きつかれ、褒められ、褒めさせられ。 最初は「何だこいつ……」としか思ってなかった幸哉だったが。 「頑張ってるね」「えらいね」と真正面から言われるたびに、心の奥がじんわり熱くなっていく。 ――椿は、太陽みたいなやつだ。 お日さま後輩×すみっこぼっち先輩 褒め合いながら、恋をしていくお話です。

いい加減観念して結婚してください

彩根梨愛
BL
平凡なオメガが成り行きで決まった婚約解消予定のアルファに結婚を迫られる話 元々ショートショートでしたが、続編を書きましたので短編になりました。 2025/05/05時点でBL18位ありがとうございます。 作者自身驚いていますが、お楽しみ頂き光栄です。

処理中です...