優しすぎる王太子に妃は現れない

七宮叶歌

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第7章 すれ違う心

すれ違う心Ⅱ

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 想定外の諍いが起きたものの、それからは穏やかに過ごすことが出来た。小説の内容は、悪魔の美しさに魅了されてしまった女性が悪魔と共に神へ宣戦布告し、地獄へ落されるというものだった。主人公を救う者が現れるのかどうかが、これからの焦点だ。
 主人公には感情移入出来るし、主人公のようにはなりたくないな、という正直な感想を持った。しかし、誰かが手を差し伸べてくれるのなら――主人公も、読者である私も救われるだろう。
 明日こそは読破したいなと思いつつも、リュシアンとの二人の時間を持ちたいなとも願ってしまう。どうにかして優しさ以外の感情を引き出したい。自己表現をして良いのだと伝えたい。しかし、どう伝えれば良いのか――今の私には分からない。思考をフル回転させながら、居室へと戻るしかなかった。
 
 夕食も終わり、蓄音機から流れるクラシック音楽を聴きながら優雅に紅茶を飲む。なんて幸せな時間なのだろうとうっとりしていると、扉をノックする音が響いた。

「エレナ嬢、今、少しだけよろしいですか?」

 セリスは遠慮がちにこちらの様子を窺っている。

「うん、大丈夫だよ。入って」

 消灯までにはまだ時間がある。この時間の来訪は珍しい。よほどの用なのだろうか。
 セリスは私の傍までやってくると、メモ帳を取り出した。
 
「明日の十時、国王陛下が面会されたいと」

「えっ」

 あまりにも急ではないだろうか。しかも、リュシアンとの仲は進展していない。どうやって申し開きすれば良いのだろう。まずいことになった。

「どうしよう……」

「どうなさいました?」

「陛下に良い報告が出来ないから」

 頭を抱えてみたところで、事態は好転しない。リュシアンの心を射止めるための行動を怠っていた訳ではない。ただ、反応が薄すぎるのだ。
 
「お呼び出しなさるということは、見込みがあるということではないでしょうか」

「そうなのかな……。自信がなくて」

 一言でも『好き』だとか『信頼している』という言葉が聞ければ良いのだけれど。明日の謁見までに無理やり聞き出そうということはしたくない。あからさまに大きな溜め息を吐き、口を尖らせた。

「まあ、なんとかなるでしょう。陛下のことですから、悪いようにはしませんよ」

 セリスはにこっと笑い、紅茶のおかわりを汲む。
 そうだと良いな、と心の中で呟き、肩を落とす。紅茶を飲んでも、味が分からなくなってしまった。
 消灯を迎えても緊張を増す心と汗ばむ手に焦りを覚え、ベッドの中で悶えていた。

 * * *

 化粧で柔らかい印象を出しつつも、ドレスは青でシックに決めた。玉座の間へ繋がる扉の前に立ち、その向こうにいるであろう国王へと心を向ける。

「エレナ・アーデン、参上致しました」

 声を張り、気を引き締める。騎士の手によって扉が開かれるなり、一歩ずつ確実に国王の元へと歩き進めた。
 初めて謁見した時と同じように、国王は頭を抱えている。眉間にしわが刻まれた憂いのある表情の奥には、解放されない王妃への想いが滲んでいるのかもしれない。

「国王陛下」

 膝を折り、緊張しながら恐る恐る声をかけてみる。ようやく私の参上に気付いたのか、国王はふと顔を上げて私を見るとにこやかに微笑んだ。

「ああ、エレナ。呼び出してしまって済まないな」

「いえ、とんでもございません」

 これからどんな話が交わされるのだろう。飛び出してしまいそうな胸を押さえる仕草さえ許されない気がして、ただ国王を見詰める。

「実は、貴女に礼を申したい」

 何のことを言っているのだろう。首を傾げると、国王は小さく頷いた。

「貴女のお陰でリュシアンの笑顔が増えたのだよ」

「笑顔……?」

 元々、リュシアンは変わらない笑顔を湛えている。意味が分からずに、若干傾いていた首が更に傾く。

「ああ。作り笑いではなく、素の笑顔がね。リュシアンに理由を尋ねたところ、『エレナのお陰かな』と言っていたものでな。つい嬉しくなってしまって、貴女を呼びだしたという訳だ」

 なるほど、それで昨日はオーレリアが単身で図書室に乗り込んできたのだ。兄の笑顔を引き出したのが公爵令嬢ではなく、伯爵令嬢だったから。怒りと嫉妬、思い通りにならないもどかしさ――そんな感情を持て余し、私にぶつけたのだろう。

「今回の選考会にオーレリアが良くない感情を持っていることは私も承知している。貴族たちも貴女がノワゼル伯爵家出身だと知れば潰しにかかるかもしれない。それでも、私は貴女に期待しているのだよ。無理にでも頼んで良かった」

「いえ、勿体ないお言葉です」

「どうか、強く立ち向かってくれ」

「はい」

 立ち向かう意思がなければ、私はこの場にはいない。家を再建するためにも、リュシアンの心を開くためにも、私はもう引き返したりは出来ないのだ。
 力強く頷き、笑顔を作ってみせる。その時、国王の手の中にあった紙がひらひらと落ちたのだ。それは私の元へと舞い降る。自然と視線は紙を追っていた。
 『王妃殿下、不眠の気あり』――確かにそう書かれている。
 慌てた国王がその紙を拾い上げ、目を細める。

「見なかったことにしてくれ」

 端的に言うと、表情を殺した。
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