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第7章 すれ違う心
すれ違う心Ⅲ
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国王は再び玉座に座し、私を見下ろした。
「貴女は他の令嬢たちが成しえなかったことをしてみせた。私も応援しているよ」
「ありがとうございます」
表情とは似つかわしくない穏やかな声で、国王は言う。声には出していなくても、国王の内心は王妃のことでいっぱいだろう。ここは立ち去った方が良い。そっと頭を下げる。
「では、失礼致します」
国王が頷いたのを見届けて、踵を返す。どうか、一刻も早く王妃が解放されますように。そう祈らずにはいられなかった。
振り返らずに玉座の間を出て、複雑な感情のまま廊下を進む。誰かに会いたいとか、そういう心境ではなかった。特にリュシアンには、どんな顔をすれば良いのか分からない。
それなのに、会ってしまうのだ。
階段を上っている途中で、私の居室の方から歩いてくるリュシアンを見つけた。ここで引き返して、避けられていると勘違いされてしまう事態は絶対に起こしてはいけない。私を見つけてにこっと笑うリュシアンの変化に気付き、私も微笑み返した。
「エレナ。いないと思ったら、父上の所に行っていたのですね」
「はい。探させてしまって申し訳ございません」
「謝らないでください。気にしていませんよ」
たった今まで貴方の話をしていたの、なんて言い出すことも出来ず、会話の主導権を渡す。
「少しだけ……触れても良いですか?」
「勿論です」
聞かずとも触れても良いのに。そう思うけれど、口にはしない。リュシアンは壊れ物にでも触れるかのように、優しく私の手を取った。
「エレナの手は温かいですね」
「そうですか?」
「ええ。とても温かい」
リュシアンがあまりにもしみじみと言うので、照れてしまいそうだ。気持ちを隠すようにして苦笑いをすると、リュシアンはぱっと華やかに笑った。こんな表情は見たことがない。私の心にも花が咲いたかのようだ。
「薔薇庭園にでも行きませんか? また、エレナとゆっくり話がしたい気分なのです」
「良いですね。行きましょう」
「ちょっとお待ちください」
誰の声だと振り返ると、壁に寄りかかるアメリアの姿があった。驚いた私たちを見て、冷めた瞳でこちらへとやってくる。
「アメリア。こんにちは」
「ご機嫌よう」
アメリアはリュシアンの挨拶も不躾に躱す。それでもリュシアンは微笑みを絶やさない。
「そういうことでしたの」
「どうしました?」
「殿下とエレナは手を繋がられる仲ですのね。私には指一本すら触れてくださらないのに」
ああ、アメリアにも嫉妬されている。このまま離脱してくれないものか、と思うと同時に、リュシアンを嫌いにならないで欲しいとも考えてしまう。全てはリュシアンの心を守るためだ。
私の気持ちも伝わらず、アメリアはリュシアンを責め立てる。
「気のない女性に、どうして優しくするのです?」
「どうして気がないと決めつけるのですか? 私はアメリアも大事ですよ」
「一番はエレナでしょう!」
アメリアの叫びが私の心にもずしんと響く。嬉しい筈なのに、得体の知れない不安が押し寄せる。
「私は、作り笑いで優しくされるのに疲れてしまいました。それなのに、エレナには素の笑顔を見せる……私のプライドはボロボロです」
アメリアは泣き出しそうなほどに瞳を潤ませ、冷笑した。
「もう、私は家の誇りを守る戦いは十分にしました。名門貴族ですもの。きっと、地位の高い男性は私の前に現れます。それで十分です」
アメリアの物言いには納得出来ない。男性のことをなんだと思っているのだろう 。『それで』なんて――人を見下しているとしか思えない。
「アメリア」
地の底から湧くような声が私の口から漏れる。自分でも驚いてしまった。
「他人を尊重出来ないところが、貴女の短所です。それが仇になっていると自覚したらどうです?」
強い口調で言うつもりはなかった。でも、私は許せなかったのだ。
アメリアは鼻で笑い、口角を上げる。
「他人を尊重しすぎて自己表現が出来なくなるのと、どちらが良いと思われるのです?」
これは確実にリュシアンのことを指している。本人の前で比較するなど言語道断だ。
リュシアンの笑みが曇っていく。目を伏せ、何も語ろうとはしない。
「プライドを守るためにも、妃へのチケットはエレナに差し上げます。明日には実家に帰らせていただきます」
アメリアは涙を零すことなく、両目を手の甲で拭う。身を翻した時も、リュシアンの方を見ることはなかった。
今回の一連の出来事は、一方的にアメリアが悪いとは思えない。リュシアンの表面的な優しさと、拒絶出来ない弱さが原因でもある。
どうか、強い心を持って、と言葉に託すしかなかった。
「リュシアン殿下が一方的に悪いとは言いません。ですが、優しいだけでは、時に人を傷つけることもあるのです。それを分かって――」
「知ったかぶりをしないで欲しい」
リュシアンは俯き、表情は見えない。
「人を傷つけないために笑顔を作って、怒りを買わないようにやり過ごすのが、どれほど自分を殺しているのかは自分でも分かっています。優しさだけが救いではないことも、分かっているつもりです」
泣き出しそうな声に、私がとんでもないことを言ってしまったことに気付く。
「でも、私はそうしなければ自分を守れなかった。結局、貴女には分からないのです」
震える声を振り絞ると、私を通り過ぎて階段を降りていく。追いかけたところで拒絶されるだけだろう。
リュシアンの心に聳える崩れかけの壁は、また強固なものになってしまった。心に広がる絶望を抱えきれず、いつまでもその場に立ち尽くしていた。
「貴女は他の令嬢たちが成しえなかったことをしてみせた。私も応援しているよ」
「ありがとうございます」
表情とは似つかわしくない穏やかな声で、国王は言う。声には出していなくても、国王の内心は王妃のことでいっぱいだろう。ここは立ち去った方が良い。そっと頭を下げる。
「では、失礼致します」
国王が頷いたのを見届けて、踵を返す。どうか、一刻も早く王妃が解放されますように。そう祈らずにはいられなかった。
振り返らずに玉座の間を出て、複雑な感情のまま廊下を進む。誰かに会いたいとか、そういう心境ではなかった。特にリュシアンには、どんな顔をすれば良いのか分からない。
それなのに、会ってしまうのだ。
階段を上っている途中で、私の居室の方から歩いてくるリュシアンを見つけた。ここで引き返して、避けられていると勘違いされてしまう事態は絶対に起こしてはいけない。私を見つけてにこっと笑うリュシアンの変化に気付き、私も微笑み返した。
「エレナ。いないと思ったら、父上の所に行っていたのですね」
「はい。探させてしまって申し訳ございません」
「謝らないでください。気にしていませんよ」
たった今まで貴方の話をしていたの、なんて言い出すことも出来ず、会話の主導権を渡す。
「少しだけ……触れても良いですか?」
「勿論です」
聞かずとも触れても良いのに。そう思うけれど、口にはしない。リュシアンは壊れ物にでも触れるかのように、優しく私の手を取った。
「エレナの手は温かいですね」
「そうですか?」
「ええ。とても温かい」
リュシアンがあまりにもしみじみと言うので、照れてしまいそうだ。気持ちを隠すようにして苦笑いをすると、リュシアンはぱっと華やかに笑った。こんな表情は見たことがない。私の心にも花が咲いたかのようだ。
「薔薇庭園にでも行きませんか? また、エレナとゆっくり話がしたい気分なのです」
「良いですね。行きましょう」
「ちょっとお待ちください」
誰の声だと振り返ると、壁に寄りかかるアメリアの姿があった。驚いた私たちを見て、冷めた瞳でこちらへとやってくる。
「アメリア。こんにちは」
「ご機嫌よう」
アメリアはリュシアンの挨拶も不躾に躱す。それでもリュシアンは微笑みを絶やさない。
「そういうことでしたの」
「どうしました?」
「殿下とエレナは手を繋がられる仲ですのね。私には指一本すら触れてくださらないのに」
ああ、アメリアにも嫉妬されている。このまま離脱してくれないものか、と思うと同時に、リュシアンを嫌いにならないで欲しいとも考えてしまう。全てはリュシアンの心を守るためだ。
私の気持ちも伝わらず、アメリアはリュシアンを責め立てる。
「気のない女性に、どうして優しくするのです?」
「どうして気がないと決めつけるのですか? 私はアメリアも大事ですよ」
「一番はエレナでしょう!」
アメリアの叫びが私の心にもずしんと響く。嬉しい筈なのに、得体の知れない不安が押し寄せる。
「私は、作り笑いで優しくされるのに疲れてしまいました。それなのに、エレナには素の笑顔を見せる……私のプライドはボロボロです」
アメリアは泣き出しそうなほどに瞳を潤ませ、冷笑した。
「もう、私は家の誇りを守る戦いは十分にしました。名門貴族ですもの。きっと、地位の高い男性は私の前に現れます。それで十分です」
アメリアの物言いには納得出来ない。男性のことをなんだと思っているのだろう 。『それで』なんて――人を見下しているとしか思えない。
「アメリア」
地の底から湧くような声が私の口から漏れる。自分でも驚いてしまった。
「他人を尊重出来ないところが、貴女の短所です。それが仇になっていると自覚したらどうです?」
強い口調で言うつもりはなかった。でも、私は許せなかったのだ。
アメリアは鼻で笑い、口角を上げる。
「他人を尊重しすぎて自己表現が出来なくなるのと、どちらが良いと思われるのです?」
これは確実にリュシアンのことを指している。本人の前で比較するなど言語道断だ。
リュシアンの笑みが曇っていく。目を伏せ、何も語ろうとはしない。
「プライドを守るためにも、妃へのチケットはエレナに差し上げます。明日には実家に帰らせていただきます」
アメリアは涙を零すことなく、両目を手の甲で拭う。身を翻した時も、リュシアンの方を見ることはなかった。
今回の一連の出来事は、一方的にアメリアが悪いとは思えない。リュシアンの表面的な優しさと、拒絶出来ない弱さが原因でもある。
どうか、強い心を持って、と言葉に託すしかなかった。
「リュシアン殿下が一方的に悪いとは言いません。ですが、優しいだけでは、時に人を傷つけることもあるのです。それを分かって――」
「知ったかぶりをしないで欲しい」
リュシアンは俯き、表情は見えない。
「人を傷つけないために笑顔を作って、怒りを買わないようにやり過ごすのが、どれほど自分を殺しているのかは自分でも分かっています。優しさだけが救いではないことも、分かっているつもりです」
泣き出しそうな声に、私がとんでもないことを言ってしまったことに気付く。
「でも、私はそうしなければ自分を守れなかった。結局、貴女には分からないのです」
震える声を振り絞ると、私を通り過ぎて階段を降りていく。追いかけたところで拒絶されるだけだろう。
リュシアンの心に聳える崩れかけの壁は、また強固なものになってしまった。心に広がる絶望を抱えきれず、いつまでもその場に立ち尽くしていた。
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