優しすぎる王太子に妃は現れない

七宮叶歌

文字の大きさ
18 / 50
第7章 すれ違う心

すれ違う心Ⅲ

しおりを挟む
 国王は再び玉座に座し、私を見下ろした。

「貴女は他の令嬢たちが成しえなかったことをしてみせた。私も応援しているよ」

「ありがとうございます」

 表情とは似つかわしくない穏やかな声で、国王は言う。声には出していなくても、国王の内心は王妃のことでいっぱいだろう。ここは立ち去った方が良い。そっと頭を下げる。

「では、失礼致します」

 国王が頷いたのを見届けて、踵を返す。どうか、一刻も早く王妃が解放されますように。そう祈らずにはいられなかった。
 振り返らずに玉座の間を出て、複雑な感情のまま廊下を進む。誰かに会いたいとか、そういう心境ではなかった。特にリュシアンには、どんな顔をすれば良いのか分からない。
 それなのに、会ってしまうのだ。
 階段を上っている途中で、私の居室の方から歩いてくるリュシアンを見つけた。ここで引き返して、避けられていると勘違いされてしまう事態は絶対に起こしてはいけない。私を見つけてにこっと笑うリュシアンの変化に気付き、私も微笑み返した。

「エレナ。いないと思ったら、父上の所に行っていたのですね」

「はい。探させてしまって申し訳ございません」

「謝らないでください。気にしていませんよ」

 たった今まで貴方の話をしていたの、なんて言い出すことも出来ず、会話の主導権を渡す。

「少しだけ……触れても良いですか?」

「勿論です」

 聞かずとも触れても良いのに。そう思うけれど、口にはしない。リュシアンは壊れ物にでも触れるかのように、優しく私の手を取った。

「エレナの手は温かいですね」

「そうですか?」

「ええ。とても温かい」

 リュシアンがあまりにもしみじみと言うので、照れてしまいそうだ。気持ちを隠すようにして苦笑いをすると、リュシアンはぱっと華やかに笑った。こんな表情は見たことがない。私の心にも花が咲いたかのようだ。
 
「薔薇庭園にでも行きませんか? また、エレナとゆっくり話がしたい気分なのです」

「良いですね。行きましょう」

「ちょっとお待ちください」

 誰の声だと振り返ると、壁に寄りかかるアメリアの姿があった。驚いた私たちを見て、冷めた瞳でこちらへとやってくる。

「アメリア。こんにちは」

「ご機嫌よう」

 アメリアはリュシアンの挨拶も不躾に躱す。それでもリュシアンは微笑みを絶やさない。

「そういうことでしたの」

「どうしました?」

「殿下とエレナは手を繋がられる仲ですのね。私には指一本すら触れてくださらないのに」

 ああ、アメリアにも嫉妬されている。このまま離脱してくれないものか、と思うと同時に、リュシアンを嫌いにならないで欲しいとも考えてしまう。全てはリュシアンの心を守るためだ。
 私の気持ちも伝わらず、アメリアはリュシアンを責め立てる。

「気のない女性に、どうして優しくするのです?」

「どうして気がないと決めつけるのですか? 私はアメリアも大事ですよ」

「一番はエレナでしょう!」

 アメリアの叫びが私の心にもずしんと響く。嬉しい筈なのに、得体の知れない不安が押し寄せる。

「私は、作り笑いで優しくされるのに疲れてしまいました。それなのに、エレナには素の笑顔を見せる……私のプライドはボロボロです」

 アメリアは泣き出しそうなほどに瞳を潤ませ、冷笑した。

「もう、私は家の誇りを守る戦いは十分にしました。名門貴族ですもの。きっと、地位の高い男性は私の前に現れます。それで十分です」

 アメリアの物言いには納得出来ない。男性のことをなんだと思っているのだろう 。『それで』なんて――人を見下しているとしか思えない。

「アメリア」

 地の底から湧くような声が私の口から漏れる。自分でも驚いてしまった。

「他人を尊重出来ないところが、貴女の短所です。それが仇になっていると自覚したらどうです?」

 強い口調で言うつもりはなかった。でも、私は許せなかったのだ。
 アメリアは鼻で笑い、口角を上げる。

「他人を尊重しすぎて自己表現が出来なくなるのと、どちらが良いと思われるのです?」

 これは確実にリュシアンのことを指している。本人の前で比較するなど言語道断だ。
 リュシアンの笑みが曇っていく。目を伏せ、何も語ろうとはしない。

「プライドを守るためにも、妃へのチケットはエレナに差し上げます。明日には実家に帰らせていただきます」

 アメリアは涙を零すことなく、両目を手の甲で拭う。身を翻した時も、リュシアンの方を見ることはなかった。
 今回の一連の出来事は、一方的にアメリアが悪いとは思えない。リュシアンの表面的な優しさと、拒絶出来ない弱さが原因でもある。
 どうか、強い心を持って、と言葉に託すしかなかった。

「リュシアン殿下が一方的に悪いとは言いません。ですが、優しいだけでは、時に人を傷つけることもあるのです。それを分かって――」

「知ったかぶりをしないで欲しい」

 リュシアンは俯き、表情は見えない。

「人を傷つけないために笑顔を作って、怒りを買わないようにやり過ごすのが、どれほど自分を殺しているのかは自分でも分かっています。優しさだけが救いではないことも、分かっているつもりです」
 
 泣き出しそうな声に、私がとんでもないことを言ってしまったことに気付く。
 
「でも、私はそうしなければ自分を守れなかった。結局、貴女には分からないのです」

 震える声を振り絞ると、私を通り過ぎて階段を降りていく。追いかけたところで拒絶されるだけだろう。
 リュシアンの心に聳える崩れかけの壁は、また強固なものになってしまった。心に広がる絶望を抱えきれず、いつまでもその場に立ち尽くしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

お好きになさって下さい、私は一切気にしませんわ

Kouei
恋愛
婚約者のクレマンド様は、いつも私との約束を破ってばかり。 理由は決まって『従妹ライラ様との用事』 誕生日会にすら来なかった彼に、私はついに告げた。 「どうぞ、私以外のご令嬢をエスコートするなり、お出かけするなり、関係を持つなり、お好きになさって下さい。私は一切気にしませんわ」 二人の想いは、重なり合えるのだろうか …… ※他のサイトにも公開しています。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

あなたへの愛を捨てた日

柴田はつみ
恋愛
公爵夫人エステルは、冷徹な夫レオニスを心から愛していた。彼の好みを調べ、帰宅を待ちわび、献身的に尽くす毎日。 しかし、ある夜会の回廊で、エステルは残酷な真実を知る。 レオニスが、未亡人クラリスの手を取り囁いていたのだ。 「君のような(自立した)女性が、私の隣にいるべきだった」 エステルは悟る。自分の愛は彼にとって「重荷」であり、自分という人間は彼にとって「不足」だったのだと。その瞬間、彼女の中で何かが音を立てて砕け散る。

【完結】ジュリアはバツイチ人生を謳歌する

ariya
恋愛
エレン王国の名門貴族・アグリア伯爵家に嫁いだジュリア・アグリア(旧姓ベルティー)。 夫のアベル・アグリア伯爵は、騎士として王妃の護衛任務に没頭し、結婚翌日からほぼ別居状態。 社交界のパーティーでは妻のエスコートを代理人に任せ、父の葬儀にも顔を出さず、事務的な会話と手紙のやり取りだけの日々が続く。 ジュリアは8年間の冷遇に耐え抜いたが、ある朝の食事中、静かに切り出す。 「私たち、離婚しましょう」 アベルは絶句するが、ジュリアは淡々と不満を告げる。 どれも自分のしでかしたことにアベルは頭を抱える。 彼女はすでに離婚届と慰謝料の用意を済ませ、夫の仕事に理解を示さなかった「有責妻」として後腐れなく別れるつもりだった。 アベルは内心で反発しつつも、ジュリアの決意の固さに渋々サイン。 こうしてジュリア・アグリアは、伯爵夫人としての全てを置き去りにし、バツイチ人生を開始する。

月夜に散る白百合は、君を想う

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢であるアメリアは、王太子殿下の護衛騎士を務める若き公爵、レオンハルトとの政略結婚により、幸せな結婚生活を送っていた。 彼は無口で家を空けることも多かったが、共に過ごす時間はアメリアにとってかけがえのないものだった。 しかし、ある日突然、夫に愛人がいるという噂が彼女の耳に入る。偶然街で目にした、夫と親しげに寄り添う女性の姿に、アメリアは絶望する。信じていた愛が偽りだったと思い込み、彼女は家を飛び出すことを決意する。 一方、レオンハルトには、アメリアに言えない秘密があった。彼の不自然な行動には、王国の未来を左右する重大な使命が関わっていたのだ。妻を守るため、愛する者を危険に晒さないため、彼は自らの心を偽り、冷徹な仮面を被り続けていた。 家出したアメリアは、身分を隠してとある街の孤児院で働き始める。そこでの新たな出会いと生活は、彼女の心を少しずつ癒していく。 しかし、運命は二人を再び引き合わせる。アメリアを探し、奔走するレオンハルト。誤解とすれ違いの中で、二人の愛の真実が試される。 偽りの愛人、王宮の陰謀、そして明かされる公爵の秘密。果たして二人は再び心を通わせ、真実の愛を取り戻すことができるのだろうか。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

処理中です...