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第9章 宣言された調査
宣言された調査Ⅱ
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何か王妃のために、私にも出来ることはないだろうか。
「リュシアン殿下、私も考えてみますね」
「何をです?」
リュシアンはちょこんと首を傾げる。室内に人はまばらなものの、聞かれでもすればとんでもないことになるだろう。リュシアンの耳に口を寄せる。
「王妃殿下の救出方法です。私も策を巡らせてみます」
声の出るか出ないかという囁きで伝えると、リュシアンは目を輝かせた。
「ありがとうございます」
その笑顔が眩しすぎて、瞬きをするのも忘れてしまう。リュシアンは『悪魔の囁き』の隣にあった本を手に取ると、膝の上に乗せてページを捲る。
「私も久々に本を読んでみましょうか。私が隣にいることは気になさらないでください」
気にするなと言われても、リュシアンのいる右半身には自然と力が入ってしまう。胸だって静まってはくれないし、指先は震えてしまう。動揺を抱きつつ、私も本を持ち直した。本の内容が頭に入ったかは定かではない。ただ、この緊張感がどうしようもなく愛おしい。居室に戻っても、食事をしても、ベッドに入っても、リュシアンの薔薇のような残り香を探してしまった。
* * *
その日は慌ただしく始まった。
廊下から聞こえる声に、眠りが妨げられる。
「オーレリア殿下、イザベラ嬢。エレナ嬢はお眠りに」
「もう朝は過ぎていますよ? 起こしなさい」
「ですが……」
「私の言うことが聞けないのですか?」
ぼんやりとした頭でも、オーレリアとイザベラが乗り込んでくるのが分かる。ベッドから跳ね起き、ナイトドレスを整えた。直後、豪快な音と共に無作法に開けられた扉から、オーレリアとイザベラが険しい顔を覗かせる。
「なんだ、起きていたではありませんか」
初めてイザベラの声を聞いた。鈴の音のように可愛らしい声に似つかわしくなく、語気はきつい。
「私たちからエレナに話があります」
オーレリアもイザベラの隣に並び、片手を腰に当てた。
「ミレイユが城から去りました。何が言いたいか、分かりますね?」
それだけでは真意が掴めない。首を傾げると、オーレリアは「もう」と頬を膨らませた。
イザベラが続ける。
「妃候補は貴女一人ということです。そこで」
オーレリアとイザベラは顔を見合せ、頷き合う。
「貴女の身辺調査を行います」
「えっ?」
オーレリアの不意打ちに、思わず声が漏れてしまった。まずいと思ったものの、焦れば更に事態を悪化させるだろう。
イザベラはぴくりと眉を動かした。
「何か問題でも?」
「いえ……。ですが、もう国王陛下は私の身辺などご存知ではないかと」
「それでは私たちが納得出来ないのです」
オーレリアがピシャリと言い退ける。
「貴女が敵対貴族だったらどうするのです? お母様だけではなく、お兄様も危険に晒されるなんて……私には耐えられません」
オーレリアの主張は分かる。敵対貴族に妃を任せるなど、王家を乗っ取ってくださいと言っているようなものだ。
しかし、私の出身がノワゼルだと――没落貴族だと知られれば、妃辞退を迫ってくるに違いない。まずいことになった。しっとりと汗ばむ手で拳を作る。
「やましいことがあるとしか思えない反応ですね」
「イザベラ、それは私たちが調べあげれば分かるでしょう? そもそも私は伯爵令嬢では納得出来ないのです。まあ、事実をでっち上げることはしないつもりですが」
オーレリアは何度か小さく頷く。本当にでっちあげる気はないのだろうか。疑念は浮かぶけれど、口には出来ない。
「では、早速、調査に移りますので。心しておいてくださいね」
あくまでも優雅にお辞儀をすると、オーレリアとイザベラは慌ただしく部屋を後にする。ことの行く末を見ていたセリスは溜め息を吐くと、私の元へとすぐさま駆け寄ってきてくれた。
「エレナ嬢、大丈夫ですか?」
「うん。なんとかね」
額に滲んでいた冷や汗を手の甲で拭い、「ふぅ」と大きく息を吐き出した。
「それにしても、大変なことになりましたね。エレナ嬢の出自は……特にオーレリア殿下には知られたくないですし。何とかならないでしょうか」
「もう流れに身を任せるしかないと思う」
「そんな……。エレナ嬢は諦めるのですか?」
「諦めたりなんかしないよ。……そうだ、国王陛下に助けは求められないかな」
私の出自を完全に把握している国王ならば、この状況を脱してくれるかもしれない。国王が唯一の砦だ。
「謁見をご希望されますか?」
「うん」
心配そうに私の顔を覗くセリスに、大きく頷いてみせた。
落ち着かないまま、遅めのブランチをいただく。チキンクリームリゾットに、カニ入りオムレツ、シーザーサラダ――お腹に優しく、でも満腹感のある食事だった。毎食のように海産物が出されるので、格の違いを思い知らされる。
冤罪を着せられたノワゼルは――もう、惨めな思いはしたくない。不当な扱いはされたくない。
ノワゼルに対する誤認を断ち切るためにも、今回の困難を乗り越えなくては。覚悟を決め、カトラリーをテーブルへと置いた。
「今日はどこへ行かれますか?」
「図書室に」
あそこにいれば、またリュシアンに会えるだろう。少しでも不安を払拭したい。緑のドレスに身を包み、癒しの場である図書室へと向かった。
「リュシアン殿下、私も考えてみますね」
「何をです?」
リュシアンはちょこんと首を傾げる。室内に人はまばらなものの、聞かれでもすればとんでもないことになるだろう。リュシアンの耳に口を寄せる。
「王妃殿下の救出方法です。私も策を巡らせてみます」
声の出るか出ないかという囁きで伝えると、リュシアンは目を輝かせた。
「ありがとうございます」
その笑顔が眩しすぎて、瞬きをするのも忘れてしまう。リュシアンは『悪魔の囁き』の隣にあった本を手に取ると、膝の上に乗せてページを捲る。
「私も久々に本を読んでみましょうか。私が隣にいることは気になさらないでください」
気にするなと言われても、リュシアンのいる右半身には自然と力が入ってしまう。胸だって静まってはくれないし、指先は震えてしまう。動揺を抱きつつ、私も本を持ち直した。本の内容が頭に入ったかは定かではない。ただ、この緊張感がどうしようもなく愛おしい。居室に戻っても、食事をしても、ベッドに入っても、リュシアンの薔薇のような残り香を探してしまった。
* * *
その日は慌ただしく始まった。
廊下から聞こえる声に、眠りが妨げられる。
「オーレリア殿下、イザベラ嬢。エレナ嬢はお眠りに」
「もう朝は過ぎていますよ? 起こしなさい」
「ですが……」
「私の言うことが聞けないのですか?」
ぼんやりとした頭でも、オーレリアとイザベラが乗り込んでくるのが分かる。ベッドから跳ね起き、ナイトドレスを整えた。直後、豪快な音と共に無作法に開けられた扉から、オーレリアとイザベラが険しい顔を覗かせる。
「なんだ、起きていたではありませんか」
初めてイザベラの声を聞いた。鈴の音のように可愛らしい声に似つかわしくなく、語気はきつい。
「私たちからエレナに話があります」
オーレリアもイザベラの隣に並び、片手を腰に当てた。
「ミレイユが城から去りました。何が言いたいか、分かりますね?」
それだけでは真意が掴めない。首を傾げると、オーレリアは「もう」と頬を膨らませた。
イザベラが続ける。
「妃候補は貴女一人ということです。そこで」
オーレリアとイザベラは顔を見合せ、頷き合う。
「貴女の身辺調査を行います」
「えっ?」
オーレリアの不意打ちに、思わず声が漏れてしまった。まずいと思ったものの、焦れば更に事態を悪化させるだろう。
イザベラはぴくりと眉を動かした。
「何か問題でも?」
「いえ……。ですが、もう国王陛下は私の身辺などご存知ではないかと」
「それでは私たちが納得出来ないのです」
オーレリアがピシャリと言い退ける。
「貴女が敵対貴族だったらどうするのです? お母様だけではなく、お兄様も危険に晒されるなんて……私には耐えられません」
オーレリアの主張は分かる。敵対貴族に妃を任せるなど、王家を乗っ取ってくださいと言っているようなものだ。
しかし、私の出身がノワゼルだと――没落貴族だと知られれば、妃辞退を迫ってくるに違いない。まずいことになった。しっとりと汗ばむ手で拳を作る。
「やましいことがあるとしか思えない反応ですね」
「イザベラ、それは私たちが調べあげれば分かるでしょう? そもそも私は伯爵令嬢では納得出来ないのです。まあ、事実をでっち上げることはしないつもりですが」
オーレリアは何度か小さく頷く。本当にでっちあげる気はないのだろうか。疑念は浮かぶけれど、口には出来ない。
「では、早速、調査に移りますので。心しておいてくださいね」
あくまでも優雅にお辞儀をすると、オーレリアとイザベラは慌ただしく部屋を後にする。ことの行く末を見ていたセリスは溜め息を吐くと、私の元へとすぐさま駆け寄ってきてくれた。
「エレナ嬢、大丈夫ですか?」
「うん。なんとかね」
額に滲んでいた冷や汗を手の甲で拭い、「ふぅ」と大きく息を吐き出した。
「それにしても、大変なことになりましたね。エレナ嬢の出自は……特にオーレリア殿下には知られたくないですし。何とかならないでしょうか」
「もう流れに身を任せるしかないと思う」
「そんな……。エレナ嬢は諦めるのですか?」
「諦めたりなんかしないよ。……そうだ、国王陛下に助けは求められないかな」
私の出自を完全に把握している国王ならば、この状況を脱してくれるかもしれない。国王が唯一の砦だ。
「謁見をご希望されますか?」
「うん」
心配そうに私の顔を覗くセリスに、大きく頷いてみせた。
落ち着かないまま、遅めのブランチをいただく。チキンクリームリゾットに、カニ入りオムレツ、シーザーサラダ――お腹に優しく、でも満腹感のある食事だった。毎食のように海産物が出されるので、格の違いを思い知らされる。
冤罪を着せられたノワゼルは――もう、惨めな思いはしたくない。不当な扱いはされたくない。
ノワゼルに対する誤認を断ち切るためにも、今回の困難を乗り越えなくては。覚悟を決め、カトラリーをテーブルへと置いた。
「今日はどこへ行かれますか?」
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