優しすぎる王太子に妃は現れない

七宮叶歌

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第9章 宣言された調査

宣言された調査Ⅰ

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 翌日もいつものごとく図書室に入り浸り、本を読み耽る。主人公の女性に心を寄せ、難事件を解決していく――今回は珍しくミステリーものに手を出した。最後に生き残るのは誰なのか期待と不安を抱きながら、ページを捲る手を止めたりはしない。それと共に、何故、犯人は罪を犯さなければいけなかったのか。事件を起こした動機も気になってしまう。
 主人公が暗闇の中でランタンを手に取り、一つの扉を睨みつける。そんな時に足音が近付いてきて、本を読む私の視界が影に覆われた。

「エレナ」

 ふわりと掻けられた声に、顔を上げる。そこには愁いを帯びた表情で私を見下ろすミレイユの姿があった。

「どうなさったのです?」

「エレナと話がしたくて。ここではなんですから、礼拝堂へ行きませんか?」

 断る理由が見当たらない。本を棚へ戻すと、ゆっくりと立ち上がった。ミレイユは儚げに微笑み、一歩を歩き始める。それに続き、私も歩みを進めた。
 礼拝堂は図書室に隣接しているため、すぐに辿り着いた。パイプオルガンの優しく荘厳な音楽が響く中で、ステンドグラスの光を浴びる。中央で佇む天使像も微笑んでいる気がした。
 並ぶベンチの一つにミレイユと隣り合って座る。人はまばらで、話を盗み聞きされるような心配はないだろう。

「私、見てしまいましたの」

 ミレイユはステンドグラスを見上げながら、そっと口を開いた。

「何をです?」

「昨日、リュシアン殿下と薔薇庭園にいらっしゃいましたよね」

「……ええ」
 
 ミレイユに見られていたなんて。否定するのも違う気がして、小さく首を縦に振った。

「瞳を潤ませてエレナの手を取るリュシアン殿下、エレナの怪我の心配をするリュシアン殿下……。私は、あんな表情をする殿下を見たことがありません」

 ミレイユは哀愁を漂わせてはいるものの、どこかすっきりした表情をしているように見える。

「あの時、私ははっきり自覚しました。私は妃になるべき器ではない。殿下には私以上の存在がいらっしゃる、と」

 ミレイユの言葉は否定するべきではないし、私が引けを取る必要はない。押し黙り、肯定を示す。

「……殿下が見初めた相手がエレナで良かった。アメリアやルシアだったら、絶対に納得出来ませんもの」

 私もあの二人が離脱してくれて良かったと心から思う。他人を見下すような人が権力を持つべきではない。苦笑いをしてしまうと、ミレイユも小さく笑った。

「エレナは神を信じますか?」

「私は……信じておりません」

「そんなところまでリュシアン殿下と似ているのですね」

 似ているというか、私たちの境遇がそうさせているのだ。どこか違和感を覚え、唇を噛む。

「私は明日、この城を去ろうと思っています。頑張るだけでは築けない絆があることを、ようやく理解しましたから」

 ミレイユはこちらに振り向くと、握手を求めてきた。差し出された手を取ると、ミレイユはきつく握り返す。

「エレナ、選考会に参加なさった事情は聴きません。ですが、それ相応の覚悟があるのでしょう。私は応援しています」

「ありがとう」

 私を認めてくれたことが素直に嬉しい。零れた笑顔をそのままミレイユに向けていた。

「では、私はこれで。はぁ、すっきりしました!」

 ミレイユは手を離すと静かに立ち上がった。優雅にドレスを摘まみ、膝を折る。その目尻には、ステンドグラスの光に反射して輝くものがあった。
 彼女の後姿を目にして思う。この悔しさを糧に、どうかミレイユに幸せな未来を与えて欲しい。今だけは、神に祈りを捧げよう。手を組み、そっと瞼を閉じた。

 * * *

 ひとしきり祈った後、図書室へと戻ってきた。いつものように地べたに座り、先ほども手に取ったミステリー小説に思いを寄せる。暗闇の扉の先にあったものは、仲間の遺体だった。ついさっきまで呼吸をしていたのに。主人公と一緒になって息を呑む。

「エレナ」

 誰かの声が聞こえた気がする。でも、目が文字を追ってしまう。

「あの、エレナ」

 二度目の呼びかけで、ようやく反応が出来た。顔を上げると、空色の瞳とぶつかる。

「リュシアン殿下」

「お邪魔ではありませんでしたか?」

 全くそんなことはない。大きく首を横に振ると、リュシアンはにこっと笑った。

「一日一エレナですから」

「一日い……えっ?」

「エレナに会わない日は落ち着かないのです」

 つまり、リュシアンの心は私の中にある、ということだろうか。思いがけない言葉に心臓が高鳴る。そんなこととは露ほど知らず、リュシアンは私の隣に腰を落ち着け、本棚にあったえんじ色の本に手を伸ばした。

「エレナ、この本は読みましたか?」

 表紙には見覚えがある。先日読破した『悪魔の囁き』だ。

「はい。一行目の『神なんていない』には驚かされました」

「私もです」

 リュシアンは小さな笑い声を上げ、そっと表紙を撫でる。

「読んでいると、主人公がどうしても母上と重なってしまうのです」

「王妃殿下と?」

「ええ。この十数年で何度神を恨んだことか、私には想像出来ませんが」

 話すどころか対面すら許されない母子の状況に、胸が締め付けられる。もし、私が王妃の立場なら、神を恨んでも恨み切れないだろう。
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