35 / 50
第13章 祖父の遺志
祖父の遺志Ⅰ
しおりを挟む
埃が舞い、カビの臭いが鼻をつく。祖父が亡くなってから一切人の手が入っていない部屋は、時の流れに置き去りにされたかのようだ。時計も止まり、もう動くことはない。
祖父が日記を書いていたと知ったのは、父に仕える執事に聞いてのことだった。祖父が存命の頃は、祖父の執事だったのだ。
「ノックス様には伝えるなと仰せつかったのですが、エレナ様になら良いでしょう」
白髪混じりの六十代の執事はにこりと笑い、ほうれい線を刻む。
「どうしてお父様には駄目だったの?」
「ノックス様は悲愴感に沈むから、とのことで。エレナ様なら、先代様の遺志を引き継ぐことが出来るでしょう」
そんなやり取りがあった。
確かに私は祖父のことで不遇には思っても落ち込んだりしないし、逆境を跳ね返せる自信はある。祖父のデスクにある引き出しの中には、几帳面に日付順で日記が重ねられていた。
テーブルの埃をハタキで払い、日記を開く。
* * *
五月十二日
今日は国王陛下と王妃殿下にお目にかかった。相変わらず元気そうだ。本当に良かった。王子と王女の成長も楽しみで仕方がない。いつかエレナと会わせてみたいものだ。
五月十三日
無事に屋敷へ到着した。今日もエレナが可愛らしい。孫娘とは、こんなにも可愛いものなのか。明日にはお菓子を与えてみよう。きっと喜んでくれるぞ。
* * *
二日間分しか読んでいないけれど、大半が私のことだ。記憶の奥底に眠っていた祖父の笑顔が蘇る。懐かしいな、この頃は幸せだったのだな、と胸が苦しくなってしまう。
* * *
五月十五日
国王陛下から手紙が届いた。議会で剣に手をかけた貴族がいたそうだ。すぐに捕らえられたそうだが、これは氷山の一角に違いない。陛下には敵が多すぎる。私に接してくれるように、皆に平等に温かく接せられれば良いのだが。
五月十六日
今日はエレナとカード遊びをした。神経衰弱ではエレナに圧勝されてしまった。私も脳が衰えてきたのだろうか。いや、衰えを理由にしてはいけない。私もまだまだこれからなのだから。
五月十七日
嫌な予感がする。杞憂であることを祈る。
五月十八日
恐れていたことが起きた。城が敵対貴族に襲撃された。陛下と王妃殿下は捕らえられ、王子は大怪我をされた。こうなる前に、私にも何か出来なかったのだろうか。この国はどうなってしまうのだろうか。家族を危険に晒すわけにはいかない。私も行動を起こさねば。
* * *
セリスに聞かせてもらった、あの暴動の日だ。こうして生の声を見聞きすると、本当にあった出来事なのだと胸にずしりと残る。
先が気になってしまい、ついついページを捲ってしまう。
* * *
五月十九日
幸い、私の領は国境に接している。隣国に助けを求めることは、他者よりも容易いだろう。早速、書簡を書かなくては。
五月二十日
書簡を配達員に渡したが、怪訝そうな顔をされた。もしかすると、書簡は隣国へは届かないかもしれない。だが、私は書き続けよう。国王陛下は私の友人だ。友人を救うために、尻込みしていてどうするのだ。
五月二十一日
王妃殿下が大湖の孤島へ送られたらしい。状況は刻一刻と悪くなっていく。国王陛下はどうなってしまうのだろう。即座の解放を願う。
* * *
緊迫感のある内容に、息が詰まりそうになる。一度、休憩した方が良いだろうか。新鮮な空気も吸いたいし、植物園にでも行こう。
油の切れた蝶番の音を響かせ、ドアを閉める。心が祖父の思いを吸収し、焦るばかりで晴れ渡ってくれない。
玄関までの廊下を歩いていると、母とばったり出くわした。
「エレナ、終わったの?」
「ううん、休憩だよ」
私の返事を聞くと、母は愁いの帯びた目で微笑む。
「家のこと、全部任せてしまってごめんね」
「ううん、気にしないで。私がやりたくてやってるだけだから」
絶対に、リュシアンの所に帰るのだ。そして、父と母に良い暮らしをさせてみせる。片手でガッツポーズを決め込むと、母は「あはは」と笑った。
「城に行って、エレナが変わらなくて良かったよ。流石、私の娘」
これは褒められているのだろうか。良く分からないけれど、好意として受け取っておこう。
「植物園に行ってくるね。アイスティーもらってくー」
母に片手をひらひらと振り、キッチンへと向かった。メイドにアイスティーを作ってもらい、植物園に持ち込む。
今日は曇り空だ。雨雲ではないので、曇ってはいるもののそれほど暗くはない。植物園の中の湿度は高く、丁度良い気温だ。七分丈の木綿のドレスのままでロッキングチェアに座り、青々と茂る木々の葉を眺める。
今頃、リュシアンは何をしているのだろう。便りがないので、動向が何も分からない。アゲハ蝶が優雅に目の前を通り過ぎる。まるで、リュシアンが元気でいるよと答えてくれているかのようだ。
そのリュシアンが傷付けられた事件――暴動事件を思い返してみる。影響を受けたのは王族ばかりではない。王族と仲の良い貴族にも混乱と恐怖を与えたのだ。祖父が必死に私たちを守ろうとしたことが伝わってきた。
「私だったら……どうするんだろう」
祖父が宛てた隣国への書簡の内容が分からない。家族や王族の亡命を望んだのだろうか。それとも、国の危機を救ってくれと嘆願書を出したのだろうか。現物がないので、何とも言えない。
吐息をつき、アイスティーを含んだ。
祖父が日記を書いていたと知ったのは、父に仕える執事に聞いてのことだった。祖父が存命の頃は、祖父の執事だったのだ。
「ノックス様には伝えるなと仰せつかったのですが、エレナ様になら良いでしょう」
白髪混じりの六十代の執事はにこりと笑い、ほうれい線を刻む。
「どうしてお父様には駄目だったの?」
「ノックス様は悲愴感に沈むから、とのことで。エレナ様なら、先代様の遺志を引き継ぐことが出来るでしょう」
そんなやり取りがあった。
確かに私は祖父のことで不遇には思っても落ち込んだりしないし、逆境を跳ね返せる自信はある。祖父のデスクにある引き出しの中には、几帳面に日付順で日記が重ねられていた。
テーブルの埃をハタキで払い、日記を開く。
* * *
五月十二日
今日は国王陛下と王妃殿下にお目にかかった。相変わらず元気そうだ。本当に良かった。王子と王女の成長も楽しみで仕方がない。いつかエレナと会わせてみたいものだ。
五月十三日
無事に屋敷へ到着した。今日もエレナが可愛らしい。孫娘とは、こんなにも可愛いものなのか。明日にはお菓子を与えてみよう。きっと喜んでくれるぞ。
* * *
二日間分しか読んでいないけれど、大半が私のことだ。記憶の奥底に眠っていた祖父の笑顔が蘇る。懐かしいな、この頃は幸せだったのだな、と胸が苦しくなってしまう。
* * *
五月十五日
国王陛下から手紙が届いた。議会で剣に手をかけた貴族がいたそうだ。すぐに捕らえられたそうだが、これは氷山の一角に違いない。陛下には敵が多すぎる。私に接してくれるように、皆に平等に温かく接せられれば良いのだが。
五月十六日
今日はエレナとカード遊びをした。神経衰弱ではエレナに圧勝されてしまった。私も脳が衰えてきたのだろうか。いや、衰えを理由にしてはいけない。私もまだまだこれからなのだから。
五月十七日
嫌な予感がする。杞憂であることを祈る。
五月十八日
恐れていたことが起きた。城が敵対貴族に襲撃された。陛下と王妃殿下は捕らえられ、王子は大怪我をされた。こうなる前に、私にも何か出来なかったのだろうか。この国はどうなってしまうのだろうか。家族を危険に晒すわけにはいかない。私も行動を起こさねば。
* * *
セリスに聞かせてもらった、あの暴動の日だ。こうして生の声を見聞きすると、本当にあった出来事なのだと胸にずしりと残る。
先が気になってしまい、ついついページを捲ってしまう。
* * *
五月十九日
幸い、私の領は国境に接している。隣国に助けを求めることは、他者よりも容易いだろう。早速、書簡を書かなくては。
五月二十日
書簡を配達員に渡したが、怪訝そうな顔をされた。もしかすると、書簡は隣国へは届かないかもしれない。だが、私は書き続けよう。国王陛下は私の友人だ。友人を救うために、尻込みしていてどうするのだ。
五月二十一日
王妃殿下が大湖の孤島へ送られたらしい。状況は刻一刻と悪くなっていく。国王陛下はどうなってしまうのだろう。即座の解放を願う。
* * *
緊迫感のある内容に、息が詰まりそうになる。一度、休憩した方が良いだろうか。新鮮な空気も吸いたいし、植物園にでも行こう。
油の切れた蝶番の音を響かせ、ドアを閉める。心が祖父の思いを吸収し、焦るばかりで晴れ渡ってくれない。
玄関までの廊下を歩いていると、母とばったり出くわした。
「エレナ、終わったの?」
「ううん、休憩だよ」
私の返事を聞くと、母は愁いの帯びた目で微笑む。
「家のこと、全部任せてしまってごめんね」
「ううん、気にしないで。私がやりたくてやってるだけだから」
絶対に、リュシアンの所に帰るのだ。そして、父と母に良い暮らしをさせてみせる。片手でガッツポーズを決め込むと、母は「あはは」と笑った。
「城に行って、エレナが変わらなくて良かったよ。流石、私の娘」
これは褒められているのだろうか。良く分からないけれど、好意として受け取っておこう。
「植物園に行ってくるね。アイスティーもらってくー」
母に片手をひらひらと振り、キッチンへと向かった。メイドにアイスティーを作ってもらい、植物園に持ち込む。
今日は曇り空だ。雨雲ではないので、曇ってはいるもののそれほど暗くはない。植物園の中の湿度は高く、丁度良い気温だ。七分丈の木綿のドレスのままでロッキングチェアに座り、青々と茂る木々の葉を眺める。
今頃、リュシアンは何をしているのだろう。便りがないので、動向が何も分からない。アゲハ蝶が優雅に目の前を通り過ぎる。まるで、リュシアンが元気でいるよと答えてくれているかのようだ。
そのリュシアンが傷付けられた事件――暴動事件を思い返してみる。影響を受けたのは王族ばかりではない。王族と仲の良い貴族にも混乱と恐怖を与えたのだ。祖父が必死に私たちを守ろうとしたことが伝わってきた。
「私だったら……どうするんだろう」
祖父が宛てた隣国への書簡の内容が分からない。家族や王族の亡命を望んだのだろうか。それとも、国の危機を救ってくれと嘆願書を出したのだろうか。現物がないので、何とも言えない。
吐息をつき、アイスティーを含んだ。
0
あなたにおすすめの小説
一年だけの夫婦でも私は幸せでした。
クロユキ
恋愛
騎士のブライドと結婚をしたフローズンは夫がまだ婚約者だった姉を今でも想っている事を知っていた。
フローズンとブライドは政略結婚で結婚式当日にブライドの婚約者だった姉が姿を消してしまった。
フローズンは姉が戻るまでの一年の夫婦の生活が始まった。
更新が不定期です。誤字脱字がありますが宜しくお願いします。
届かぬ温もり
HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった·····
◆◇◆◇◆◇◆
読んでくださり感謝いたします。
すべてフィクションです。不快に思われた方は読むのを止めて下さい。
ゆっくり更新していきます。
誤字脱字も見つけ次第直していきます。
よろしくお願いします。
好きな人の好きな人
ぽぽ
恋愛
"私には何年も思い続ける初恋相手がいる。"
初恋相手に対しての執着と愛の重さは日々増していくばかりで、彼の1番近くにいれるの自分が当たり前だった。
恋人関係がなくても、隣にいれるだけで幸せ……。
そう思っていたのに、初恋相手に恋人兼婚約者がいたなんて聞いてません。
15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
深冬 芽以
恋愛
交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。
2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。
愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。
「その時計、気に入ってるのね」
「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」
『お揃いで』ね?
夫は知らない。
私が知っていることを。
結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?
私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?
今も私を好きですか?
後悔していませんか?
私は今もあなたが好きです。
だから、ずっと、後悔しているの……。
妻になり、強くなった。
母になり、逞しくなった。
だけど、傷つかないわけじゃない。
私を簡単に捨てられるとでも?―君が望んでも、離さない―
喜雨と悲雨
恋愛
私の名前はミラン。街でしがない薬師をしている。
そして恋人は、王宮騎士団長のルイスだった。
二年前、彼は魔物討伐に向けて遠征に出発。
最初は手紙も返ってきていたのに、
いつからか音信不通に。
あんなにうっとうしいほど構ってきた男が――
なぜ突然、私を無視するの?
不安を抱えながらも待ち続けた私の前に、
突然ルイスが帰還した。
ボロボロの身体。
そして隣には――見知らぬ女。
勝ち誇ったように彼の隣に立つその女を見て、
私の中で何かが壊れた。
混乱、絶望、そして……再起。
すがりつく女は、みっともないだけ。
私は、潔く身を引くと決めた――つもりだったのに。
「私を簡単に捨てられるとでも?
――君が望んでも、離さない」
呪いを自ら解き放ち、
彼は再び、執着の目で私を見つめてきた。
すれ違い、誤解、呪い、執着、
そして狂おしいほどの愛――
二人の恋のゆくえは、誰にもわからない。
過去に書いた作品を修正しました。再投稿です。
愛とオルゴール
夜宮
恋愛
ジェシカは怒っていた。
父親が、同腹の弟ではなく妾の子を跡継ぎにしようとしていることを知ったからだ。
それに、ジェシカの恋人に横恋慕する伯爵令嬢が現れて……。
絡み合った過去と現在。
ジェシカは無事、弟を跡継ぎの座につけ、愛する人との未来を手にすることができるのだろうか。
白詰草は一途に恋を秘め、朝露に濡れる
瀬月 ゆな
恋愛
ロゼリエッタは三歳年上の婚約者クロードに恋をしている。
だけど、その恋は決して叶わないものだと知っていた。
異性に対する愛情じゃないのだとしても、妹のような存在に対する感情なのだとしても、いつかは結婚して幸せな家庭を築ける。それだけを心の支えにしていたある日、クロードから一方的に婚約の解消を告げられてしまう。
失意に沈むロゼリエッタに、クロードが隣国で行方知れずになったと兄が告げる。
けれど賓客として訪れた隣国の王太子に付き従う仮面の騎士は過去も姿形も捨てて、別人として振る舞うクロードだった。
愛していると言えなかった騎士と、愛してくれているのか聞けなかった令嬢の、すれ違う初恋の物語。
他サイト様でも公開しております。
イラスト 灰梅 由雪(https://twitter.com/haiumeyoshiyuki)様
殿下、毒殺はお断りいたします
石里 唯
恋愛
公爵令嬢エリザベスは、王太子エドワードから幼いころから熱烈に求婚され続けているが、頑なに断り続けている。
彼女には、前世、心から愛した相手と結ばれ、毒殺された記憶があり、今生の目標は、ただ穏やかな結婚と人生を全うすることなのだ。
容姿端麗、文武両道、加えて王太子という立場で国中の令嬢たちの憧れであるエドワードと結婚するなどとんでもない選択なのだ。
彼女の拒絶を全く意に介しない王太子、彼女を溺愛し生涯手元に置くと公言する兄を振り切って彼女は人生の目標を達成できるのだろうか。
「小説家になろう」サイトで完結済みです。大まかな流れに変更はありません。
「小説家になろう」サイトで番外編を投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる