3 / 5
3.王子エディ
しおりを挟む
「叔父上。それはもしや、病人を救う薬になるのではないですか?」
「薬だと?」
ランベルトは目を丸くして、朝食の席で向かいに座る甥――エディに問い返した。
エディはいかにも利発そうな少年だった。
ランベルトと同じ髪と瞳の色をしているが、顔の造作は似ていない。彼は赤ん坊の頃に亡くなった母親に生き写しで、先王は彼を大層溺愛していた。
「はい。毒と薬は紙一重だと、教えてくださったのは他でもない叔父上ではありませんか」
はきはきとしゃべる少年を、ランベルトは感心して眺めた。
我が甥ながらなんと賢い。叔父馬鹿全開でそう考え、ランベルトは優しい眼差しをエディに向ける。
ランベルトは医師だった。
昔から王位を継ぐつもりなどさらさらなく、兄が存命の頃は国の医療水準を向上させるため精力的に活動していた。が、今は残念ながら医師は休業中だ。
「……久しぶりに、施療院に顔を出してみるか」
眉根を寄せて独り言ち、ランベルトは腰を上げる。
わくわくと見上げる甥に、苦笑しながら手を振った。
「お前は留守番だ。早く王位を継げるよう、しっかり勉学に励みなさい」
「はぁい……」
エディはがっかりしたようだったが、それでも素直に頷いた。
健気な子だ。父親を亡くしてまだ間もないというのに、次期国王として己の役目をまっとうしようと頑張っている。
小さな頭をぐりぐりと撫で、ランベルトはシャノンの部屋へと急いだ。
あれから連日のように聞き取りをして、ランベルトも随分毒りんごに詳しくなった。とはいっても、シャノンのように毒りんごの見分けまではつかないが。
「……はい。可愛い我が子たちを手放すのは心苦しいですが、断腸の思いで差し出しましょう」
無表情なシャノンが珍しく目を潤ませて、つやつやと輝く毒りんごを包んでくれる。うっうっ……と嗚咽まで聞こえてきて、ランベルトはまるで自分が無体を働いているような気分になった。
「いや、あのな。その毒りんごは、うまくすれば人々を癒やす薬になるかもしれんのだ」
「まあ。この子たちが?」
驚くシャノンに、ランベルトは説明する。
不眠に悩む患者には『眠りんご』。
下痢や便秘に悩む患者には『詰まりんご』、そして『下りんご』。
食欲不振ならば『腹減りんご』というように、だ。
「『のりのりんご』や『もうこの世の終わりんご』は?」
「少量ならば疲れを癒やしたり、鎮静効果も期待できるかもしれないな。まあ、これからの実験次第か」
そのままの流れでなんとなくシャノンも付いていき、二人は馬車で施療院へと向かった。
到着した施療院は思いのほか立派な施設で、白を基調として清潔感にあふれている。ランベルトの既知の医師たちは二人を大歓迎して、毒りんごにおおいに興味を持ってくれた。
「ほほう……! では、このりんごは永遠に腐ることはないのですね?」
「シャノン様は実際にこちらを口にされたことは?」
「加工したら効能は変わりますか? 例えばすりつぶしたり、はたまた煮詰めてジャムにしたり」
一斉に質問攻めにされ、シャノンは目を白黒させた。
ぽっと頬を上気させ、一つ一つの質問に丁寧に答えていく。
「そうです。丸のままでも切り分けても、この子たちは変色もせずみずみずしいままなのです」
「幼き頃は、あまりの美しさに何度も口にいたしました。ですが一口ばかりで、いつも心配した父から取り上げられてしまいましたわ」
「寝ずに仕事する父を心配して、こっそりりんごケーキにして食べさせたことがこざいます。父は糸が切れたように眠り込み、翌朝にはさっぱりした顔をしておりましたわ」
シャノンはとても嬉しかった。
これまで気味悪がられるばかりだった毒りんごが、初めてこれほどまでに求められているのだ。うきうきと気持ちが上向いて、毒りんごを増産しようと心に決める。
「そういえば、毒りんごはどうやって作るのだ?」
「簡単です。りんごを両手で包み込み、祈りを捧げるだけ。三秒もあればできます」
「……ならもっと快く手放してくれよ」
ランベルトが疲れたように肩を落とした。
「薬だと?」
ランベルトは目を丸くして、朝食の席で向かいに座る甥――エディに問い返した。
エディはいかにも利発そうな少年だった。
ランベルトと同じ髪と瞳の色をしているが、顔の造作は似ていない。彼は赤ん坊の頃に亡くなった母親に生き写しで、先王は彼を大層溺愛していた。
「はい。毒と薬は紙一重だと、教えてくださったのは他でもない叔父上ではありませんか」
はきはきとしゃべる少年を、ランベルトは感心して眺めた。
我が甥ながらなんと賢い。叔父馬鹿全開でそう考え、ランベルトは優しい眼差しをエディに向ける。
ランベルトは医師だった。
昔から王位を継ぐつもりなどさらさらなく、兄が存命の頃は国の医療水準を向上させるため精力的に活動していた。が、今は残念ながら医師は休業中だ。
「……久しぶりに、施療院に顔を出してみるか」
眉根を寄せて独り言ち、ランベルトは腰を上げる。
わくわくと見上げる甥に、苦笑しながら手を振った。
「お前は留守番だ。早く王位を継げるよう、しっかり勉学に励みなさい」
「はぁい……」
エディはがっかりしたようだったが、それでも素直に頷いた。
健気な子だ。父親を亡くしてまだ間もないというのに、次期国王として己の役目をまっとうしようと頑張っている。
小さな頭をぐりぐりと撫で、ランベルトはシャノンの部屋へと急いだ。
あれから連日のように聞き取りをして、ランベルトも随分毒りんごに詳しくなった。とはいっても、シャノンのように毒りんごの見分けまではつかないが。
「……はい。可愛い我が子たちを手放すのは心苦しいですが、断腸の思いで差し出しましょう」
無表情なシャノンが珍しく目を潤ませて、つやつやと輝く毒りんごを包んでくれる。うっうっ……と嗚咽まで聞こえてきて、ランベルトはまるで自分が無体を働いているような気分になった。
「いや、あのな。その毒りんごは、うまくすれば人々を癒やす薬になるかもしれんのだ」
「まあ。この子たちが?」
驚くシャノンに、ランベルトは説明する。
不眠に悩む患者には『眠りんご』。
下痢や便秘に悩む患者には『詰まりんご』、そして『下りんご』。
食欲不振ならば『腹減りんご』というように、だ。
「『のりのりんご』や『もうこの世の終わりんご』は?」
「少量ならば疲れを癒やしたり、鎮静効果も期待できるかもしれないな。まあ、これからの実験次第か」
そのままの流れでなんとなくシャノンも付いていき、二人は馬車で施療院へと向かった。
到着した施療院は思いのほか立派な施設で、白を基調として清潔感にあふれている。ランベルトの既知の医師たちは二人を大歓迎して、毒りんごにおおいに興味を持ってくれた。
「ほほう……! では、このりんごは永遠に腐ることはないのですね?」
「シャノン様は実際にこちらを口にされたことは?」
「加工したら効能は変わりますか? 例えばすりつぶしたり、はたまた煮詰めてジャムにしたり」
一斉に質問攻めにされ、シャノンは目を白黒させた。
ぽっと頬を上気させ、一つ一つの質問に丁寧に答えていく。
「そうです。丸のままでも切り分けても、この子たちは変色もせずみずみずしいままなのです」
「幼き頃は、あまりの美しさに何度も口にいたしました。ですが一口ばかりで、いつも心配した父から取り上げられてしまいましたわ」
「寝ずに仕事する父を心配して、こっそりりんごケーキにして食べさせたことがこざいます。父は糸が切れたように眠り込み、翌朝にはさっぱりした顔をしておりましたわ」
シャノンはとても嬉しかった。
これまで気味悪がられるばかりだった毒りんごが、初めてこれほどまでに求められているのだ。うきうきと気持ちが上向いて、毒りんごを増産しようと心に決める。
「そういえば、毒りんごはどうやって作るのだ?」
「簡単です。りんごを両手で包み込み、祈りを捧げるだけ。三秒もあればできます」
「……ならもっと快く手放してくれよ」
ランベルトが疲れたように肩を落とした。
80
あなたにおすすめの小説
狼隊長さんは、私のやわはだのトリコになりました。
汐瀬うに
恋愛
目が覚めたら、そこは獣人たちの国だった。
元看護師の百合は、この世界では珍しい“ヒト”として、狐の婆さんが仕切る風呂屋で働くことになる。
与えられた仕事は、獣人のお客を湯に通し、その体を洗ってもてなすこと。
本来ならこの先にあるはずの行為まで求められてもおかしくないのに、百合の素肌で背中を撫でられた獣人たちは、皆ふわふわの毛皮を揺らして眠りに落ちてしまうのだった。
人間の肌は、獣人にとって子犬の毛並みのようなもの――そう気づいた時には、百合は「眠りを売る“やわはだ嬢”」として静かな人気者になっていた。
そんな百合の元へある日、一つの依頼が舞い込む。
「眠れない狼隊長を、あんたの手で眠らせてやってほしい」
戦場の静けさに怯え、目を閉じれば仲間の最期がよみがえる狼隊長ライガ。
誰よりも強くあろうとする男の震えに触れた百合は、自分もまた失った人を忘れられずにいることを思い出す。
やわらかな人肌と、眠れない心。
静けさを怖がるふたりが、湯気の向こうで少しずつ寄り添っていく、獣人×ヒトの異世界恋愛譚。
[こちらは以前あげていた「やわはだの、お風呂やさん」の改稿ver.になります]
美醜聖女は、老辺境伯の寡黙な溺愛に癒やされて、真の力を解き放つ
秋津冴
恋愛
彼は結婚するときこう言った。
「わしはお前を愛することはないだろう」
八十を越えた彼が最期を迎える。五番目の妻としてその死を見届けたイザベラは十六歳。二人はもともと、契約結婚だった。
左目のまぶたが蜂に刺されたように腫れあがった彼女は左右非対称で、美しい右側と比較して「美醜令嬢」と侮蔑され、聖女候補の優秀な双子の妹ジェシカと、常に比較されて虐げられる日々。
だがある時、女神がその身に降臨したはイザベラは、さまざまな奇跡を起こせるようになる。
けれども、妹の成功を願う優しい姉は、誰にもそのことを知らせないできた。
彼女の秘めた実力に気づいた北の辺境伯ブレイクは、経営が破綻した神殿の借金を肩代わりする条件として、イザベラを求め嫁ぐことに。
結界を巡る魔族との戦いや幾つもの試練をくぐり抜け、その身に宿した女神の力に導かれて、やがてイザベラは本当の自分を解放する。
その陰には、どんなことでも無言のうちに認めてくれる、老いた辺境伯の優しさに満ちた環境があった。
イザベラは亡き夫の前で、女神にとある願いを捧げる。
他の投稿サイトでも掲載しています。
【完結】俺のゆるせないお嬢様(注:付き合ってません)
仙桜可律
恋愛
令嬢に好意を寄せられて、向き合おうと決意したとたんに逃げられて落ち込んで執着してちょっと気持ち悪い拗らせ方をしてしまった騎士の話。
「私のいとしい騎士さま(注:付き合ってません)」のヒロイン視点。
どちらの話が先でも多分大丈夫です。
白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』
鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」
華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。
王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。
そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。
レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。
「お願いだ……戻ってきてくれ……」
王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。
「もう遅いわ」
愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。
裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。
これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。
溺愛王子の甘すぎる花嫁~悪役令嬢を追放したら、毎日が新婚初夜になりました~
紅葉山参
恋愛
侯爵令嬢リーシャは、婚約者である第一王子ビヨンド様との結婚を心から待ち望んでいた。けれど、その幸福な未来を妬む者もいた。それが、リーシャの控えめな立場を馬鹿にし、王子を我が物にしようと画策した悪役令嬢ユーリーだった。
ある夜会で、ユーリーはビヨンド様の気を引こうと、リーシャを罠にかける。しかし、あなたの王子は、そんなつまらない小細工に騙されるほど愚かではなかった。愛するリーシャを信じ、王子はユーリーを即座に糾弾し、国外追放という厳しい処分を下す。
邪魔者が消え去った後、リーシャとビヨンド様の甘美な新婚生活が始まる。彼は、人前では厳格な王子として振る舞うけれど、私と二人きりになると、とろけるような甘さでリーシャを愛し尽くしてくれるの。
「私の可愛い妻よ、きみなしの人生なんて考えられない」
そう囁くビヨンド様に、私リーシャもまた、心も身体も預けてしまう。これは、障害が取り除かれたことで、むしろ加速度的に深まる、世界一甘くて幸せな夫婦の溺愛物語。新婚の王子妃として、私は彼の、そして王国の「最愛」として、毎日を幸福に満たされて生きていきます。
周囲からはぐうたら聖女と呼ばれていますがなぜか専属護衛騎士が溺愛してきます
鳥花風星
恋愛
聖女の力を酷使しすぎるせいで会議に寝坊でいつも遅れてしまう聖女エリシアは、貴族たちの間から「ぐうたら聖女」と呼ばれていた。
そんなエリシアを毎朝護衛騎士のゼインは優しく、だが微妙な距離感で起こしてくれる。今までは護衛騎士として適切な距離を保ってくれていたのに、なぜか最近やたらと距離が近く、まるでエリシアをからかっているかのようなゼインに、エリシアの心は揺れ動いて仕方がない。
そんなある日、エリシアはゼインに縁談が来ていること、ゼインが頑なにそれを拒否していることを知る。貴族たちに、ゼインが縁談を断るのは聖女の護衛騎士をしているからだと言われ、ゼインを解放してやれと言われてしまう。
ゼインに幸せになってほしいと願うエリシアは、ゼインを護衛騎士から解任しようとするが……。
「俺を手放そうとするなんて二度と思わせませんよ」
聖女への思いが激重すぎる護衛騎士と、そんな護衛騎士を本当はずっと好きだった聖女の、じれじれ両片思いのラブストーリー。
竜帝と番ではない妃
ひとみん
恋愛
水野江里は異世界の二柱の神様に魂を創られた、神の愛し子だった。
別の世界に産まれ、死ぬはずだった江里は本来生まれる世界へ転移される。
そこで出会う獣人や竜人達との縁を結びながらも、スローライフを満喫する予定が・・・
ほのぼの日常系なお話です。設定ゆるゆるですので、許せる方のみどうぞ!
冷徹宰相様の嫁探し
菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。
その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。
マレーヌは思う。
いやいやいやっ。
私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!?
実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。
(「小説家になろう」でも公開しています)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる