毒と薬は使いよう〜辺境の毒りんご姫は側室候補となりました

和島逆

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4.毒を薬に

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『毒りんご薬計画』は順調に進んだ。

 施療院の医師たちは己を実験材料にして、日々研究を重ねていった。その甲斐あって、毒りんごの用法・用量もしっかりと明文マニュアル化することができた。

「ご覧ください。本日旅立つ毒りんごたちです」

「可愛い我が子の出荷だな」

「せめてお嫁入りとおっしゃってくださいませ」

 軽口を叩くランベルトに見送られ、今日もシャノンは施療院に向かうことにする。
 ランベルトは王様業に忙しく、なかなか施療院に顔を出せない。それでも毎日欠かさず見送ってくれる彼に、シャノンは無表情ながら感謝していた。

「あのぉ……」

 馬車に乗り込もうとした瞬間、背後からためらいがちに声を掛けられる。
 物陰からひょっこり顔を覗かせたのは、十に満たないばかりの少年だった。エディ王子だ、とシャノンはすぐに気がつく。

「はじめまして。わたくしはシャノン・ヘイスターと申します」

「は、はじめまして……。エディ、です」

 真っ赤になりながら、エディもぎくしゃくと挨拶を返した。そのままぽうっとなってシャノンを見上げる。

(すごく、綺麗なひと……)

 シャノンはシャノンで、興味深くエディを観察していた。

 堅物のランベルトが、この王子を溺愛しているのは知っていた。シャノンは今では毒りんごの納品に生きがいを感じ始めていて、このまま王都にとどまりたいと考えていた。
 己がランベルトの側室になれるとは到底思えないが、毒りんご製造担当として王城に就職するのはどうだろう? 未来の王であるエディに気に入ってもらえれば、ランベルトに口添えを頼めるかもしれない。

 シャノンはニィィ……と片方の口角を上げて笑う。
 途端にエディがぱっと顔を明るくした。

「わあ。シャノン様は笑顔もとっても可愛らしいのですね!」

「まあ。わたくしなど、殿下の足元にも及びませんわ」

 お世辞ではなく本心から、シャノンは熱を込めて言う。
 エディの瞳はランベルトと同じ毒りんご色。出会ったばかりだというのに、シャノンは彼に親しみを感じ始めていた。

「わたしくはこれから施療院に、我が子たちをお嫁入りさせに行くのです。よろしければ殿下もご一緒にいかがですか?」

「我が子、たち? お嫁入り……? ああ、毒りんごの納品ですねっ。はい、喜んで!」

 少しだけ考え込んだエディが、すぐに答えにたどり着く。利発な王子だ、とシャノンは感心した。

「では、共に参りましょう」

「はいっ」


 ◇


 シャノンとエディは急速に親しくなった。
 施療院の慰問も兼ねて、エディも毎回毒りんごの納品に付いていくようになった。明るく素直なエディは大人気で、患者だけでなく医師や看護師も大喜びだった。

 エディの勉強の時間には逆にシャノンが付き添い、難しい問題はシャノンが噛み砕いて説明してやった。
 シャノンののんびりした気質は人に教えるのに向いていて、エディはぐんぐん伸びていく。いつの間にやら、二人は四六時中一緒にいるようになった。

 ランベルトは内心、それが面白くない。

「我が側室候補殿は、今日も俺を放って王子と逢引していたのか?」

 夕食の席で(エディがねだるものだから、最近ではシャノンも毎日食事を共にしている)、ランベルトは皮肉な笑みを彼女に向ける。

 シャノンはつつましく口元をナフキンでぬぐうと、あっさり頷いた。

「はい。エディ殿下と共にあることは、わたくしの喜びであり楽しみでもあるのです」

「だ、だめですよシャノン姉さまっ」

 エディが慌てたようにシャノンをいさめる。
 いつの間にシャノン「姉さま」になったのか。ランベルトにはこれも面白くない。

 大人げなくむくれるランベルトをよそに、エディはしかつめらしくシャノンに言い聞かせる。

「よろしいですか、姉さまは叔父上の大切なひとなのですよ? 間違っても叔父上の前で、僕を優先してはなりません。叔父上がヤキモチを焼いてしまうでしょ?」

「んな……っ!」

「叔父上。男らしく素直になってください」

 エディが片方の口角だけを上げ、ニィィと笑う。いつの間に、いつの間にこいつらは同じ笑い方をするようになったのだ!

 ランベルトが言い返すより早く、シャノンが生真面目に頭を下げる。

「ランベルト陛下がわたくしを想うことなどあり得ませんが、確かに殿下のおっしゃる通りでしたね。陛下の前で他の殿方を優先するなど、側室候補としての自覚に欠ける振る舞いでございました。申し訳ございません」

 こうも丁寧に謝罪されてしまっては、いつまでも一人で怒っているわけにはいかない。
 ランベルトは唇をひん曲げたまま、「ふん。わかったなら今後はもう少し俺にも構うように」と不機嫌に付け足した。言った瞬間、言葉選びを間違えた気がした。

「いやっ、ではなくて!」

「承知いたしました。お任せくださいませ」

 シャノンが力強く請け負って、ニィィと笑う。
 いつもの悪人面なはずなのに、なぜか赤くなってしまうランベルトであった。
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