毒と薬は使いよう〜辺境の毒りんご姫は側室候補となりました

和島逆

文字の大きさ
5 / 5

最終話.未来へ

しおりを挟む
 それからは有言実行、シャノンはランベルトにも時間を割くようになった。
 シャノンは有能でよく気がつき、ランベルトの執務も手助けしてくれる。ランベルトは内心ではシャノンに感謝していたが、なかなか素直に伝えられずにいた。

 夕食を終え、今夜もランベルトは私室で残りの書類仕事を、そしてシャノンは適度にそれを手伝いつつ毒りんご作りに精を出していた。

「……そういえば」

 いつものごとく毒りんごを熱く見つめるシャノンを眺め、ランベルトはふと手を止める。

「お前の異能ギフトで、新しい種類の毒りんごを作ることはできるのか? そのう、例えば……素直になれる毒りんご、とか?」

 ランベルトの問いに、シャノンはすべすべした眉間にしわを寄せて考え込んだ。
 実はシャノンは、これまで毒の効果ありきで毒りんごを作り出したことはない。シャノンがいつも熱心に祈るのは、ただ綺麗な赤が見たいという一点のみ。

「俺にはどれも同じ赤に見えるが、同じ色をした毒りんごには同じ効能があるのか?」

「その通りです。ですから施療院が『眠りんご』を必要とされていれば、わたくしは朱色になるよう念じて毒りんごを作り出すわけです」

 そうか、とランベルトはがっかりしたように相槌を打った。やはり薬頼みというのは情けないし、これでよかったのかも、とも思う。

 が、なぜかシャノンが妖しく目を光らせて立ち上がる。

「これは、今までとは別のやり方を試してみる時が来たのかもしれませんね。お任せくださいませ、今すぐ作り出してみせましょう。色は……、そうですね」

 シャノンは一気にランベルトとの距離を詰めると、彼の紅の瞳を覗き込んだ。ランベルトがぎょっとしてのけ反る。

「ちっ近い近い近いっ!!」

「……ランベルト陛下の、素敵な毒りんご色」

 ぽっと可憐に頬を染め、シャノンは両手でりんごを抱き締めた。
 いつも毒りんごを愛でるように、ランベルトの瞳に甘い眼差しを向ける。ランベルトの心拍数が急激に上がり、思わずふらふらとシャノンの華奢な肩に手を伸ばした。

「完成です!」
「早ッ!」

 そうだった。
 毒りんごは、三秒もあればできるのだった……。

 己の手の甲をつねり、ランベルトは何事もなかったかのように「で、どうだ」と尋ねた。
 シャノンはランベルトの瞳と同じ色のりんごを見つめ、優しく撫でる。

「成功です。作り手たるわたくしには、毒りんごの効能が食べずともわかるのです。この毒りんごは……、そうですね」

 無表情のまま、シャノンは毒りんごを高々と掲げた。

「隠していた秘密をうっかり洗いざらい暴露してしまう――その名も『秘めし本音をしゃべりんご』!」

「自白剤じゃねーか!」

 頭を抱えるランベルトを横目に、シャノンはできたばかりの毒りんごに唇を寄せる。
 慌ててランベルトが彼女を止めた。

「なぜお前が食べようとする!?」

「え? だって、わたくし自分の本音が知りたいのですもの」

 シャノンが目を丸くして答える。

「わたくし、毒りんご製造担当としてずっと王城に住みたいと考えておりました。ですが最近、ランベルト陛下とエディ殿下と過ごす毎日が楽しくて、お二人といついつまでも一緒にいたいと願うようになりました」

「……っ」

「でも、それは不可能でしょう? わたくしはあくまで側室候補、本物の妻にはなれません。いつか……ランベルト陛下は王位を退き、幸せなご家庭を築かれるのでしょう。そう考えると……なぜかわたくしの胸が、じくじくと痛んで……」

 シャノンがつらそうに無表情をゆがめた。
 言葉通り自身の胸を押さえる彼女に、ランベルトの頭に一気に血が上る。衝動のまま、毒りんごを持つ彼女の手を包み込んだ。

「なっ、ならば一緒に食べよう!」

 うわずった声で告げ、ランベルトはシャノンから逃げるように毒りんごに視線を落とす。

「お、俺もお前も、己の本心を知るべきだ……と、思う」

「本心……。はい。陛下のおっしゃる通りですね」

 シャノンは決然と頷くと、やんわりとランベルトの手を離した。目を閉じて、小さな口でそっと毒りんごをかじり取る。

「…………」

 今度はランベルトが反対側にかぶりついた。
 乱暴に咀嚼して飲み込むと、碧の目を潤ませるシャノンにしっかりと向き合った。

 体が熱い。
 やっと――やっと今の自分の望みが、わかった気がする。

「シャノン」

 ランベルトはもう一度シャノンの手を取った。シャノンの手も同じぐらいに熱い。

「俺はあくまで中継ぎの王だ。正室を持つ気はない」

「……はい」

「だから、今は側室で構わないだろうか?」

 唇を噛み締めるシャノンに、ランベルトがゆっくりと告げた。
 シャノンははっとして顔を上げる。

「約束する。王である間は側室はお前一人しか持たないと。そして王位を退いた暁には……どうか、正式に俺の妻となってほしい」

「ランベルト陛下……!」

 シャノンは感極まってランベルトの胸に飛び込んだ。頬を寄せ、嬉しいです、と涙交じりの声で言う。

「末永く共に、可愛い毒りんごたちの布教に励みましょうね?」

「末永く共にはいるが、布教はせんからな」

 照れ隠しにぶっきらぼうに却下して、ランベルトは安堵の息を吐く。
 顔を上げたシャノンと見つめ合い、くすくすと(シャノンはニィィと)笑い合う。そうして、もう一度しっかりと抱き合った。


 ◇


 後日。

「なっ何ぃぃぃっ、それは本当かっ!?」

 ランベルトの悲鳴が執務室に響き渡った。
 シャノンはそんな彼を無表情に、シャノンにくっついて来たエディはおかしそうに眺める。

「はい、陛下。この『秘めし本音をしゃべりんご』を施療院に渡して実験をお願いしたところ、用量が判明いたしました。まるまる一個完食せねば効果なし、とのご回答でした」

「だっ、だが俺たちは確かに!」

「ふっくく、叔父上。それはいわゆる『思い込み』というやつですよ」

 エディが薄笑いを浮かべて指摘した。
 ランベルトは愕然として目を見開き、シャノンは「なるほど」と素直に手を打つ。

「まあ、よろしいではありませんか陛下。お陰で今、わたくしは人生で一番幸せなのですから」

「そうですよ叔父上。お二人が正式に一緒になれるよう、僕も一日も早く独り立ちしてみせますねっ」

 ニィィ……と同じ顔でシャノンとエディが息ぴったりに笑う。
 ランベルトは恥ずかしいやらバツが悪いやら嬉しいやらで、むっつりと頷くだけで精いっぱいだった。

 それからエディは宣言通り、立派に成長して王位を継ぐことになる。
 腹に一物ありそうな笑いはエディの武器となり、「心を見透かされている気がする」「若いからといって侮れない」と他国からも一目置かれる王となった。

 ランベルトは医師に戻り、さらに種類を増やし続ける毒りんごを用いて患者を救った。その隣にはいつも、悪人面で笑う美しい妻の姿があったという。


 ――何にせよ、それはまだもう少し先の話である。
しおりを挟む
感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

まり
2025.05.22 まり

お話も設定もとても面白かったです。
毒りんごのネーミングも最高です!
悪人面で笑うシャノンへのツッコミを見るに、ランベルトとシャノン父は気が合いそう笑
医師になったランベルトと毒りんごを愛でるシャノンの活躍も見たくなりました。
楽しいお話をありがとうございました!

2025.05.22 和島逆

まり様

ご感想ありがとうございます!
ランベルトとシャノン父、確かに気が合いそうですね!どちらもシャノンに振り回されがちな苦労人だったりします(^^)
毒りんごのネーミングを褒めていただき嬉しいです!頑張って考えた甲斐がありました(〃ω〃)
最後までお読みいただきありがとうございました!

解除

あなたにおすすめの小説

身代わり令嬢、恋した公爵に真実を伝えて去ろうとしたら、絡めとられる(ごめんなさぁぁぁぁい!あなたの本当の婚約者は、私の姉です)

柳葉うら
恋愛
(ごめんなさぁぁぁぁい!) 辺境伯令嬢のウィルマは心の中で土下座した。 結婚が嫌で家出した姉の身代わりをして、誰もが羨むような素敵な公爵様の婚約者として会ったのだが、公爵あまりにも良い人すぎて、申し訳なくて仕方がないのだ。 正直者で面食いな身代わり令嬢と、そんな令嬢のことが実は昔から好きだった策士なヒーローがドタバタとするお話です。 さくっと読んでいただけるかと思います。

真実の愛を見つけたとおっしゃるので

あんど もあ
ファンタジー
貴族学院のお昼休みに突然始まった婚約破棄劇。 「真実の愛を見つけた」と言う婚約者にレイチェルは反撃する。

好きすぎます!※殿下ではなく、殿下の騎獣が

和島逆
恋愛
「ずっと……お慕い申し上げておりました」 エヴェリーナは伯爵令嬢でありながら、飛空騎士団の騎獣世話係を目指す。たとえ思いが叶わずとも、大好きな相手の側にいるために。 けれど騎士団長であり王弟でもあるジェラルドは、自他ともに認める女嫌い。エヴェリーナの告白を冷たく切り捨てる。 「エヴェリーナ嬢。あいにくだが」 「心よりお慕いしております。大好きなのです。殿下の騎獣──……ライオネル様のことが!」 ──エヴェリーナのお目当ては、ジェラルドではなく獅子の騎獣ライオネルだったのだ。

こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果

てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。 とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。 「とりあえずブラッシングさせてくれません?」 毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。 そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。 ※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。

婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた

夕景あき
恋愛
人の心の声が聞こえるカイルは、孤独の闇に閉じこもっていた。唯一の救いは、心の声まで真摯で温かい異母兄、第一王子の存在だけだった。 そんなカイルが、外交(婚約者探し)という名目で三国交流会へ向かうと、目の前で隣国の第二王子による公開婚約破棄が発生する。 婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。

勘違いで嫁ぎましたが、相手が理想の筋肉でした!

エス
恋愛
「男性の魅力は筋肉ですわっ!!」 華奢な男がもてはやされるこの国で、そう豪語する侯爵令嬢テレーゼ。 縁談はことごとく破談し、兄アルベルトも王太子ユリウスも頭を抱えていた。 そんな折、騎士団長ヴォルフがユリウスの元に「若い女性を紹介してほしい」と相談に現れる。 よく見ればこの男──家柄よし、部下からの信頼厚し、そして何より、圧巻の筋肉!! 「この男しかいない!」とユリウスは即断し、テレーゼとの結婚話を進める。 ところがテレーゼが嫁いだ先で、当のヴォルフは、 「俺は……メイドを紹介してほしかったんだが!?」 と何やら焦っていて。 ……まあ細かいことはいいでしょう。 なにせ、その腕、その太もも、その背中。 最高の筋肉ですもの! この結婚、全力で続行させていただきますわ!! 女性不慣れな不器用騎士団長 × 筋肉フェチ令嬢。 誤解から始まる、すれ違いだらけの新婚生活、いざスタート! ※他サイトに投稿したものを、改稿しています。

【完結】余命半年の元聖女ですが、最期くらい騎士団長に恋をしてもいいですか?

金森しのぶ
恋愛
神の声を聞く奇跡を失い、命の灯が消えかけた元・聖女エルフィア。 余命半年の宣告を受け、静かに神殿を去った彼女が望んだのは、誰にも知られず、人のために最後の時間を使うこと――。 しかし運命は、彼女を再び戦場へと導く。 かつて命を賭して彼女を守った騎士団長、レオン・アルヴァースとの再会。 偽名で身を隠しながら、彼のそばで治療師見習いとして働く日々。 笑顔と優しさ、そして少しずつ重なる想い。 だけど彼女には、もう未来がない。 「これは、人生で最初で最後の恋でした。――でもそれは、永遠になりました。」 静かな余生を願った元聖女と、彼女を愛した騎士団長が紡ぐ、切なくて、温かくて、泣ける恋物語。 余命×再会×片恋から始まる、ほっこりじんわり異世界ラブストーリー。

【完結】元悪役令嬢は、最推しの旦那様と離縁したい

うり北 うりこ@ざまされ2巻発売中
恋愛
「アルフレッド様、離縁してください!!」  この言葉を婚約者の時から、優に100回は超えて伝えてきた。  けれど、今日も受け入れてもらえることはない。  私の夫であるアルフレッド様は、前世から大好きな私の最推しだ。 推しの幸せが私の幸せ。  本当なら私が幸せにしたかった。  けれど、残念ながら悪役令嬢だった私では、アルフレッド様を幸せにできない。  既に乙女ゲームのエンディングを迎えてしまったけれど、現実はその先も続いていて、ヒロインちゃんがまだ結婚をしていない今なら、十二分に割り込むチャンスがあるはずだ。  アルフレッド様がその気にさえなれば、逆転以外あり得ない。  その時のためにも、私と離縁する必要がある。  アルフレッド様の幸せのために、絶対に離縁してみせるんだから!!  推しである夫が大好きすぎる元悪役令嬢のカタリナと、妻を愛しているのにまったく伝わっていないアルフレッドのラブコメです。 全4話+番外編が1話となっております。 ※苦手な方は、ブラウザバックを推奨しております。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。