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2.王国から来た獣人騎士
①
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ふっと目を開けると、フードを被った男がリオンを覗き込んでいた。
(誰だろう……? 誰だったっけ?)
深くかぶったフードの奥の灰色の瞳にはどこか見覚えがある。ぼうっと眺めていると、男が口を開いた。
「ご気分はどうでしょうか? どこか痛いところは? 苦しいとことは? 寒くないですか?」
矢継ぎ早に問われてリオンは瞬きをした。ぼんやりと周りを見渡す。
ここは間違いなく自分の家で、横たわっているのは自分の粗末なベッドだった。だが不思議なことに、薪がなくてずっと使えなかった暖炉の中で炎がパチパチと爆ぜている。食欲をそそるようないい匂いもした。
傍らのフード姿の男が話しかけてくる。
「覚えていますか? リオン様は村の者たちから暴行を受け、そこへ私が駆けつけたのです」
「……!」
その言葉に一気に記憶が戻ってきた。
薪も食料も尽き、ベッドの中で丸まっているとジルたちがやってきた。そしてうなじを噛まれそうになったとき、この人が家の中に入ってきて――。
リオンは慌てて身体を起こし、フード姿の男から距離を取った。
「あ……あなたは……誰? なんで僕の名前を知っているの?」
警戒するリオンを見て、男は無言でベットの下にしゃがみ込んだ。すっと片膝をつき、首を垂れて最敬礼のような体勢をとる。
「名乗るのが遅くなってしまい申し訳ありません。私はノルツブルク王国から参りました。近衛第一騎士団隊長、クレイド・リューエンヴァルトと申します」
「……え?」
――騎士団、隊長。
その言葉にリオンは息を呑んだ。
ノルツブルクという国の名前はあまり聞き馴染みがないが、騎士団のことは学校に通ったことのないリオンでもよく知っている。命を懸けて国と民を守る高貴な存在だ。騎士に憧れている村の子どもたちが、ごっこ遊びをしているのを見かけたこともある。
確かに男――クレイドの首もとには、太陽のような紋章の入った立派なブローチが付いている。素朴な服装ながら身なりも良いし、村人にはない独特な高貴で洗練された雰囲気を持っていた。
「あの、クレイド様は――」
「クレイド、と呼び捨てになさってください」
年上の、しかも騎士のような高貴な方を呼び捨てにするなど……と思ったがクレイドは頑なで、仕方なくリオンは「クレイドさんは」と言い直した。
「騎士様、なんですよね? どうしてここに?」
「我が王オースティン陛下の命により、あなたを助けに参りました」
「……僕を助けに?」
「そうです」
(助けに来たって……どういうことだろう)
リオンはフードの奥の男の顔を見つめながら考え込んだ。
このクレイドという男はリオンの名前を知っていた。だがいくら眺めてみても、目の前の顔に見覚えはない。初めて会う人だ。オースティンという名前にも聞き覚えがない。
(もしかして僕を騙そうとしている? 騙してどこかに連れて行って、奴隷として売りつけるとか――)
そんなことを黙り込んで考えていると、静まり返った部屋の中に突然獣が唸るような音が響いた。
「……あ……」
リオンは腹部を抑えて赤面した。音の発信源は自分の腹だ。しばらく食べ物を食べていない身体が空腹を訴え、腹の虫が鳴いたのだ。
いきなり響き渡ったリオンの腹の音を聞いてクレイドは目を瞬いていたが、すっと立ち上がった。
「話の前に食事にしましょうか。今のあなたの身体は栄養を欲しているようだ」
「え……あ……でも」
クレイドは暖炉の方へと歩いて行くと、燃え盛る暖炉に据えられた大鍋の蓋を取った。ふんわり湯気といい匂いが立ち昇る。かちゃかちゃと食器の音が響き、クレイドはスープ皿を手に戻ってきた。
「さあ、どうぞ」
渡された皿には、薄い乳白色のスープが入っていた。細かく刻まれた野菜と、贅沢なことに卵まで浮いている。しばらくまともな食事をしていないリオンの腹は、見ただけでまたぎゅるぎゅると大きな音をたてた。
(美味しそう……)
リオンはもう一度クレイドの顔を伺い見た。
他人とまともな交流をしたことがないリオンには、初対面のこの男を信用していいのか悪いのか判断がつかなかった。自分を騙して利点があるのかはわからないが、欺こうとしている可能性はある。
(……だけど)
目の前で湯気を立てるスープを見ていたら堪らなくなってきた。じわりと口の中に唾液が沸いてくる。
「どうぞ召し上がってください」
「で、でも」
「遠慮することはありません。毒など入っていませんよ。さあどうぞ」
落ち着いた声にもう一度促され、リオンは覚悟を決めた。というよりも空腹で限界だった。スプーンを掴み、一口スープをすする。
「……美味しい」
温かい食事を口にしたのはいつぶりのことだろう。胸の中にスープの温かさが染みわたり、ほうっと息が漏れた。同時に涙がこぼれ落ちる。
「リオン様……」
クレイドが驚いたように息を呑む音が聞こえたが、涙を止めることは出来なかった。
ごく自然に湧き出てくる涙は安堵のためなのか、嬉しさなのか哀しさなのかわからないまま、リオンは背中を丸め皿に覆いかぶさるようにして懸命にスープを飲んだ。
(誰だろう……? 誰だったっけ?)
深くかぶったフードの奥の灰色の瞳にはどこか見覚えがある。ぼうっと眺めていると、男が口を開いた。
「ご気分はどうでしょうか? どこか痛いところは? 苦しいとことは? 寒くないですか?」
矢継ぎ早に問われてリオンは瞬きをした。ぼんやりと周りを見渡す。
ここは間違いなく自分の家で、横たわっているのは自分の粗末なベッドだった。だが不思議なことに、薪がなくてずっと使えなかった暖炉の中で炎がパチパチと爆ぜている。食欲をそそるようないい匂いもした。
傍らのフード姿の男が話しかけてくる。
「覚えていますか? リオン様は村の者たちから暴行を受け、そこへ私が駆けつけたのです」
「……!」
その言葉に一気に記憶が戻ってきた。
薪も食料も尽き、ベッドの中で丸まっているとジルたちがやってきた。そしてうなじを噛まれそうになったとき、この人が家の中に入ってきて――。
リオンは慌てて身体を起こし、フード姿の男から距離を取った。
「あ……あなたは……誰? なんで僕の名前を知っているの?」
警戒するリオンを見て、男は無言でベットの下にしゃがみ込んだ。すっと片膝をつき、首を垂れて最敬礼のような体勢をとる。
「名乗るのが遅くなってしまい申し訳ありません。私はノルツブルク王国から参りました。近衛第一騎士団隊長、クレイド・リューエンヴァルトと申します」
「……え?」
――騎士団、隊長。
その言葉にリオンは息を呑んだ。
ノルツブルクという国の名前はあまり聞き馴染みがないが、騎士団のことは学校に通ったことのないリオンでもよく知っている。命を懸けて国と民を守る高貴な存在だ。騎士に憧れている村の子どもたちが、ごっこ遊びをしているのを見かけたこともある。
確かに男――クレイドの首もとには、太陽のような紋章の入った立派なブローチが付いている。素朴な服装ながら身なりも良いし、村人にはない独特な高貴で洗練された雰囲気を持っていた。
「あの、クレイド様は――」
「クレイド、と呼び捨てになさってください」
年上の、しかも騎士のような高貴な方を呼び捨てにするなど……と思ったがクレイドは頑なで、仕方なくリオンは「クレイドさんは」と言い直した。
「騎士様、なんですよね? どうしてここに?」
「我が王オースティン陛下の命により、あなたを助けに参りました」
「……僕を助けに?」
「そうです」
(助けに来たって……どういうことだろう)
リオンはフードの奥の男の顔を見つめながら考え込んだ。
このクレイドという男はリオンの名前を知っていた。だがいくら眺めてみても、目の前の顔に見覚えはない。初めて会う人だ。オースティンという名前にも聞き覚えがない。
(もしかして僕を騙そうとしている? 騙してどこかに連れて行って、奴隷として売りつけるとか――)
そんなことを黙り込んで考えていると、静まり返った部屋の中に突然獣が唸るような音が響いた。
「……あ……」
リオンは腹部を抑えて赤面した。音の発信源は自分の腹だ。しばらく食べ物を食べていない身体が空腹を訴え、腹の虫が鳴いたのだ。
いきなり響き渡ったリオンの腹の音を聞いてクレイドは目を瞬いていたが、すっと立ち上がった。
「話の前に食事にしましょうか。今のあなたの身体は栄養を欲しているようだ」
「え……あ……でも」
クレイドは暖炉の方へと歩いて行くと、燃え盛る暖炉に据えられた大鍋の蓋を取った。ふんわり湯気といい匂いが立ち昇る。かちゃかちゃと食器の音が響き、クレイドはスープ皿を手に戻ってきた。
「さあ、どうぞ」
渡された皿には、薄い乳白色のスープが入っていた。細かく刻まれた野菜と、贅沢なことに卵まで浮いている。しばらくまともな食事をしていないリオンの腹は、見ただけでまたぎゅるぎゅると大きな音をたてた。
(美味しそう……)
リオンはもう一度クレイドの顔を伺い見た。
他人とまともな交流をしたことがないリオンには、初対面のこの男を信用していいのか悪いのか判断がつかなかった。自分を騙して利点があるのかはわからないが、欺こうとしている可能性はある。
(……だけど)
目の前で湯気を立てるスープを見ていたら堪らなくなってきた。じわりと口の中に唾液が沸いてくる。
「どうぞ召し上がってください」
「で、でも」
「遠慮することはありません。毒など入っていませんよ。さあどうぞ」
落ち着いた声にもう一度促され、リオンは覚悟を決めた。というよりも空腹で限界だった。スプーンを掴み、一口スープをすする。
「……美味しい」
温かい食事を口にしたのはいつぶりのことだろう。胸の中にスープの温かさが染みわたり、ほうっと息が漏れた。同時に涙がこぼれ落ちる。
「リオン様……」
クレイドが驚いたように息を呑む音が聞こえたが、涙を止めることは出来なかった。
ごく自然に湧き出てくる涙は安堵のためなのか、嬉しさなのか哀しさなのかわからないまま、リオンは背中を丸め皿に覆いかぶさるようにして懸命にスープを飲んだ。
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