35 / 61
14.晩餐の夜
①
しおりを挟む
リオンは自室の長椅子に腰かけ、ぼんやりと窓の外を見つめていた。
春らしい空に浮かんだ細長い雲が桃色に染まっている。陽が暮れ始め、少しずつ部屋の中は薄暗くなり始めていた。
王宮の慌ただしい足音や人々の声が途切れなく部屋まで聞こえてくるが、それらの音もはるか遠くから聞こえてくるように感じる。
(……あれから五日か……)
クレイドがヴァルハルトに発ってから、リオンは空気の抜けた風船のようになってしまった。唯一の仕事である薬草園の手入れにも身が入らない。最後にクレイドに会ったときのことを思い出すと、どうしようもなく気が塞いでしまうのだ。
あのとき――リオンはクレイドに『好きだ』と気持ちを伝えたが、クレイドは拒否するように目を逸らした。そして『あなたの気持ちには応えられない』とはっきり言ったのだ。
「やっぱり……迷惑だったのかな」
クレイドは、リオンに対して特別な好意はないということなのだろうか。でもそれなら何故キスなんてしたのだろう。生真面目な彼のことだから、遊びや冗談でそんなことをするとは思えない。
(わからない……わからないよ、クレイド)
リオンは項垂れ、クレイドに貸してもらった十字架にそっと触れる。
出発した日数を考えると、おそらく昨日にはヴァルハルトの首都に着いているはずだ。あちらの国ではどんな扱いを受けているのだろう。無事なのだろうか。
有事の際には早馬で王宮まで報せが来る手はずになっているようだし、いまのところ何も報せは届いていないと聞いている。だが不安が無くなることはない。
もしクレイドに何かあったら――そう思うと胸が詰まって、食事もろくに喉を通らなくなってしまう。
とんとん、と扉が軽く叩かれる音が聞こえてきた。
「リオン? ちょっといいかな?」
続いて扉越しにオースティンの穏やかな声が聞こえ、リオンは長椅子から立ち上がった。扉を開けると、執務服を着たオースティンが立っている。
クレイドがヴァルハルトに行ってしまってから、オースティンはこうして日に一度はリオンの顔を見に来てくれるようになっていた。
きっと護衛の兵から、リオンの様子がおかしいと報告を受けているのだろう。忙しい執務の合間をぬっての訪問なので、少し話をするとすぐに帰ってしまうが、リオンにとっては不安が薄まる大事な時間だった。
オースティンは入り口に立ったまま、リオンの顔を見て小首を傾げる。
「やあリオン、調子はどうだい? 元気? ……ではなさそうかな?」
「こんにちは、オースティン。ええと……はい」
オースティンに苦笑されて、リオンはあいまいに頷きを返した。
「すみません……僕やっぱり、クレイドのことが心配で……」
「気持ちはわかるよ。だけど自分のことを疎かにするのはいけないな。あまり食事を取っていないんだって?」
「……ごめんなさい」
リオンは申し訳ない気持ちで顔を伏せた。何も出来ない上に、多忙なオースティンに心配をかけてしまうなんて情けなかった。
だがオースティンはリオンの頭を撫で、優しい声で言ってくれた。
「謝るのはこちらの方だよ。ずっとリオンをひとりにしてごめんね。久しぶりに時間が取れるから、今日一緒に晩餐をどうかなと思って誘いに来たんだ」
「晩餐、ですか?」
リオンはいつも食事は自室で取っていて、大人数での晩餐会は経験がなかった。自分のような人間が参加してもいいのだろうか……とすっかり気後れしていると、オースティンがはははと笑った。
「リオンが想像しているような大層なものじゃないよ。僕の部屋で、二人で話でもしながら夕食をとらない? 少しは気が紛れるだろう?」
「オースティン……」
ずっと独りで不安を抱えていたので、オースティンとゆっくり話を出来ることは嬉しい。リオンは「はい」と頷き、安堵の笑みをオースティンに向けた。
春らしい空に浮かんだ細長い雲が桃色に染まっている。陽が暮れ始め、少しずつ部屋の中は薄暗くなり始めていた。
王宮の慌ただしい足音や人々の声が途切れなく部屋まで聞こえてくるが、それらの音もはるか遠くから聞こえてくるように感じる。
(……あれから五日か……)
クレイドがヴァルハルトに発ってから、リオンは空気の抜けた風船のようになってしまった。唯一の仕事である薬草園の手入れにも身が入らない。最後にクレイドに会ったときのことを思い出すと、どうしようもなく気が塞いでしまうのだ。
あのとき――リオンはクレイドに『好きだ』と気持ちを伝えたが、クレイドは拒否するように目を逸らした。そして『あなたの気持ちには応えられない』とはっきり言ったのだ。
「やっぱり……迷惑だったのかな」
クレイドは、リオンに対して特別な好意はないということなのだろうか。でもそれなら何故キスなんてしたのだろう。生真面目な彼のことだから、遊びや冗談でそんなことをするとは思えない。
(わからない……わからないよ、クレイド)
リオンは項垂れ、クレイドに貸してもらった十字架にそっと触れる。
出発した日数を考えると、おそらく昨日にはヴァルハルトの首都に着いているはずだ。あちらの国ではどんな扱いを受けているのだろう。無事なのだろうか。
有事の際には早馬で王宮まで報せが来る手はずになっているようだし、いまのところ何も報せは届いていないと聞いている。だが不安が無くなることはない。
もしクレイドに何かあったら――そう思うと胸が詰まって、食事もろくに喉を通らなくなってしまう。
とんとん、と扉が軽く叩かれる音が聞こえてきた。
「リオン? ちょっといいかな?」
続いて扉越しにオースティンの穏やかな声が聞こえ、リオンは長椅子から立ち上がった。扉を開けると、執務服を着たオースティンが立っている。
クレイドがヴァルハルトに行ってしまってから、オースティンはこうして日に一度はリオンの顔を見に来てくれるようになっていた。
きっと護衛の兵から、リオンの様子がおかしいと報告を受けているのだろう。忙しい執務の合間をぬっての訪問なので、少し話をするとすぐに帰ってしまうが、リオンにとっては不安が薄まる大事な時間だった。
オースティンは入り口に立ったまま、リオンの顔を見て小首を傾げる。
「やあリオン、調子はどうだい? 元気? ……ではなさそうかな?」
「こんにちは、オースティン。ええと……はい」
オースティンに苦笑されて、リオンはあいまいに頷きを返した。
「すみません……僕やっぱり、クレイドのことが心配で……」
「気持ちはわかるよ。だけど自分のことを疎かにするのはいけないな。あまり食事を取っていないんだって?」
「……ごめんなさい」
リオンは申し訳ない気持ちで顔を伏せた。何も出来ない上に、多忙なオースティンに心配をかけてしまうなんて情けなかった。
だがオースティンはリオンの頭を撫で、優しい声で言ってくれた。
「謝るのはこちらの方だよ。ずっとリオンをひとりにしてごめんね。久しぶりに時間が取れるから、今日一緒に晩餐をどうかなと思って誘いに来たんだ」
「晩餐、ですか?」
リオンはいつも食事は自室で取っていて、大人数での晩餐会は経験がなかった。自分のような人間が参加してもいいのだろうか……とすっかり気後れしていると、オースティンがはははと笑った。
「リオンが想像しているような大層なものじゃないよ。僕の部屋で、二人で話でもしながら夕食をとらない? 少しは気が紛れるだろう?」
「オースティン……」
ずっと独りで不安を抱えていたので、オースティンとゆっくり話を出来ることは嬉しい。リオンは「はい」と頷き、安堵の笑みをオースティンに向けた。
51
あなたにおすすめの小説
恋は終わると愛になる ~富豪オレ様アルファは素直無欲なオメガに惹かれ、恋をし、愛を知る~
大波小波
BL
神森 哲哉(かみもり てつや)は、整った顔立ちと筋肉質の体格に恵まれたアルファ青年だ。
富豪の家に生まれたが、事故で両親をいっぺんに亡くしてしまう。
遺産目当てに群がってきた親類たちに嫌気がさした哲哉は、人間不信に陥った。
ある日、哲哉は人身売買の闇サイトから、18歳のオメガ少年・白石 玲衣(しらいし れい)を買う。
玲衣は、小柄な体に細い手足。幼さの残る可憐な面立ちに、白い肌を持つ美しい少年だ。
だが彼は、ギャンブルで作った借金返済のため、実の父に売りに出された不幸な子でもあった。
描画のモデルにし、気が向けばベッドを共にする。
そんな新しい玩具のつもりで玲衣を買った、哲哉。
しかし彼は美的センスに優れており、これまでの少年たちとは違う魅力を発揮する。
この小さな少年に対して、哲哉は好意を抱き始めた。
玲衣もまた、自分を大切に扱ってくれる哲哉に、心を開いていく。
僕はあなたに捨てられる日が来ることを知っていながらそれでもあなたに恋してた
いちみやりょう
BL
▲ オメガバース の設定をお借りしている & おそらく勝手に付け足したかもしれない設定もあるかも 設定書くの難しすぎたのでオメガバース知ってる方は1話目は流し読み推奨です▲
捨てられたΩの末路は悲惨だ。
Ωはαに捨てられないように必死に生きなきゃいけない。
僕が結婚する相手には好きな人がいる。僕のことが気に食わない彼を、それでも僕は愛してる。
いつか捨てられるその日が来るまでは、そばに居てもいいですか。
春風のように君を包もう ~氷のアルファと健気なオメガ 二人の間に春風が吹いた~
大波小波
BL
竜造寺 貴士(りゅうぞうじ たかし)は、名家の嫡男であるアルファ男性だ。
優秀な彼は、竜造寺グループのブライダルジュエリーを扱う企業を任されている。
申し分のないルックスと、品の良い立ち居振る舞いは彼を紳士に見せている。
しかし、冷静を過ぎた観察眼と、感情を表に出さない冷めた心に、社交界では『氷の貴公子』と呼ばれていた。
そんな貴士は、ある日父に見合いの席に座らされる。
相手は、九曜貴金属の子息・九曜 悠希(くよう ゆうき)だ。
しかしこの悠希、聞けば兄の代わりにここに来たと言う。
元々の見合い相手である兄は、貴士を恐れて恋人と駆け落ちしたのだ。
プライドを傷つけられた貴士だったが、その弟・悠希はこの縁談に乗り気だ。
傾きかけた御家を救うために、貴士との見合いを決意したためだった。
無邪気で無鉄砲な悠希を試す気もあり、貴士は彼を屋敷へ連れ帰る……。
回帰したシリルの見る夢は
riiko
BL
公爵令息シリルは幼い頃より王太子の婚約者として、彼と番になる未来を夢見てきた。
しかし王太子は婚約者の自分には冷たい。どうやら彼には恋人がいるのだと知った日、物語は動き出した。
嫉妬に狂い断罪されたシリルは、何故だかきっかけの日に回帰した。そして回帰前には見えなかったことが少しずつ見えてきて、本当に望む夢が何かを徐々に思い出す。
執着をやめた途端、執着される側になったオメガが、次こそ間違えないようにと、可愛くも真面目に奮闘する物語!
執着アルファ×回帰オメガ
本編では明かされなかった、回帰前の出来事は外伝に掲載しております。
性描写が入るシーンは
※マークをタイトルにつけます。
物語お楽しみいただけたら幸いです。
***
2022.12.26「第10回BL小説大賞」で奨励賞をいただきました!
応援してくれた皆様のお陰です。
ご投票いただけた方、お読みくださった方、本当にありがとうございました!!
☆☆☆
2024.3.13 書籍発売&レンタル開始いたしました!!!!
応援してくださった読者さまのお陰でございます。本当にありがとうございます。書籍化にあたり連載時よりも読みやすく書き直しました。お楽しみいただけたら幸いです。
発情期アルファ貴族にオメガの導きをどうぞ
小池 月
BL
もし発情期がアルファにくるのなら⁉オメガはアルファの発情を抑えるための存在だったら――?
――貧困国であった砂漠の国アドレアはアルファが誕生するようになり、アルファの功績で豊かな国になった。アドレアに生まれるアルファには獣の発情期があり、番のオメガがいないと発狂する――
☆発情期が来るアルファ貴族×アルファ貴族によってオメガにされた貧困青年☆
二十歳のウルイ・ハンクはアドレアの地方オアシス都市に住む貧困の民。何とか生活をつなぐ日々に、ウルイは疲れ切っていた。
そんなある日、貴族アルファである二十二歳のライ・ドラールがオアシスの視察に来る。
ウルイはライがアルファであると知らずに親しくなる。金持ちそうなのに気さくなライとの時間は、ウルイの心を優しく癒した。徐々に二人の距離が近くなる中、発情促進剤を使われたライは、ウルイを強制的に番のオメガにしてしまう。そして、ライの発情期を共に過ごす。
発情期が明けると、ウルイは自分がオメガになったことを知る。到底受け入れられない現実に混乱するウルイだが、ライの発情期を抑えられるのは自分しかいないため、義務感でライの傍にいることを決めるがーー。
誰もが憧れる貴族アルファの番オメガ。それに選ばれれば、本当に幸せになれるのか??
少し変わったオメガバースファンタジーBLです(*^^*) 第13回BL大賞エントリー作品
ぜひぜひ応援お願いします✨
10月は1日1回8時更新、11月から日に2回更新していきます!!
ヒールオメガは敵騎士の腕の中~平民上がりの癒し手は、王の器に密かに溺愛される
七角@書籍化進行中!
BL
君とどうにかなるつもりはない。わたしはソコロフ家の、君はアナトリエ家の近衛騎士なのだから。
ここは二大貴族が百年にわたり王位争いを繰り広げる国。
平民のオメガにして近衛騎士に登用されたスフェンは、敬愛するアルファの公子レクスに忠誠を誓っている。
しかしレクスから賜った密令により、敵方の騎士でアルファのエリセイと行動を共にする破目になってしまう。
エリセイは腹が立つほど呑気でのらくら。だが密令を果たすため仕方なく一緒に過ごすうち、彼への印象が変わっていく。
さらに、蔑まれるオメガが実は、この百年の戦いに終止符を打てる存在だと判明するも――やはり、剣を向け合う運命だった。
特別な「ヒールオメガ」が鍵を握る、ロミジュリオメガバース。
無能扱いの聖職者は聖女代理に選ばれました
芳一
BL
無能扱いを受けていた聖職者が、聖女代理として瘴気に塗れた地に赴き諦めたものを色々と取り戻していく話。(あらすじ修正あり)***4話に描写のミスがあったので修正させて頂きました(10月11日)
愛しているかもしれない 傷心富豪アルファ×ずぶ濡れ家出オメガ ~君の心に降る雨も、いつかは必ず上がる~
大波小波
BL
第二性がアルファの平 雅貴(たいら まさき)は、30代の若さで名門・平家の当主だ。
ある日、車で移動中に、雨の中ずぶ濡れでうずくまっている少年を拾う。
白沢 藍(しらさわ あい)と名乗るオメガの少年は、やつれてみすぼらしい。
雅貴は藍を屋敷に招き、健康を取り戻すまで滞在するよう勧める。
藍は雅貴をミステリアスと感じ、雅貴は藍を訳ありと思う。
心に深い傷を負った雅貴と、悲惨な身の上の藍。
少しずつ距離を縮めていく、二人の生活が始まる……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる