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16.今出せる答え
①
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あたたかな午後の日差しを背中に受けながら、今日もリオンは王宮奥の薬草園の畑の前に座り込んでいた。
肥料を混ぜ込んで柔らかくして置いた土に、芽吹いたばかりの薬草の小さな苗を移し変えていく。穏やかな風に髪の毛を揺らされ、リオンははあとため息をついて空を見上げた。
オースティンからノルツブルクの国の事情を聞いてから三日。自分はいったいどうすればいいのかわからず、リオンは悩み続けていた。
ブルーメとして自分に期待されている役割は理解した。震えてしまうくらいに責任が重いとても重要な役割で、強要されないのはただ単にオースティンが優しいからだ。リオンはノルツブルクの国民だし、他国からこの国に受け入れてもらった事情も含めれば、有無を言わず番になるべきなのだろう。
(でも――僕が好きなのはクレイドだ……。出会った時からクレイドにはそんな気がないのはわかっているけど……)
そう思うと途端に心の中が暗くなる。
『あなたの気持ちには応えられない』とクレイドに言われた夜から十日も経っている。あのときは混乱していてどういう意味かわからなかったが、十分な時間が過ぎて冷静になった今ではきちんと理解しているつもりだ。それなのにまだ、クレイドのことを諦められない自分がいる。
明日にはクレイドが帰ってくる。それまでに心を決めなくてはならない――。
「リオン様」
急に背後から声がかかり、リオンは驚いて振り返った。
薬草園の入り口には、王宮の侍医ドニが立っている。意外なお客さんにリオンは目を見開いた。
「調子はどうですか?」
「あっ……、ええ、おかげさまでだいぶ元気になりました」
「顔色は悪くありませんね。ふむ、よかった」
すぐ側まで歩み寄ってきたドニは、リオンの手元の苗に視線を落とした。
「おお、オルフェン草ですか。よく育っていますね。この種類は水加減が難しいのですが、うまくやっている」
「ありがとうございます。あの……ドニさんは薬草に詳しいんですか?」
「まあ、ほんの少しだけですけどね」
おどけるように言ったあとでドニは小さく目を細めた。
「実は昔、この薬草園を開墾するのを、私も手伝ったことがあるんですよ」
「……え」
「ついでにもう一つ。僕、あなたの母上のことも知っていますよ。実は一緒にこの薬草園を耕した仲です」
「えっ!」
今度は大声を出してしまった。だって母親と一緒にこの薬草園を耕したなんて。
「あはは、その驚いた顔、あなたの母上とそっくりですねぇ。懐かしいな。この薬草園でよく話したものです。カイラン様も交えて、三人で薬草の世話をしていましたから」
「カイラン様?」
どこかで聞いたことがある名前に、リオンは首を傾げた。
「ええ、オースティン陛下の叔父君にあたる方です。カイラン様は薬草についてすごーく詳しくてね。この場所を薬草園にしようと耕し始めたのも彼ですよ。カイラン様から『王宮の中に薬草園を作りたい』と相談は受けていましたが、こんな石だらけの固い土の場所では無理だと再三申し上げていたのですが、彼は諦めなくてね。そんな一生懸命な姿を見ていたらついつい手助けをしたくなってきてしまった。で、そこにあなたの母上も手伝いにやってくるようになったというわけです」
「そう、なんですか……」
初めて聞く話だった。もしかして母親は、そのカイランという王族の人に薬草の知識を授けてもらったのだろうか。
「ああー思い出すなあ。とても楽しかったですよ、カイラン様とあなたの母上と僕の三人で、泥だらけになりながら土を掘り起こしてレンガを敷き詰めたものだ」
しみじみと語られるドニの話を聞いた途端、ふっと脳裏に蘇ってくるものがあった。前に暮らしていた村で、母親といっしょに薬草園の世話していたときの記憶だ。
母は土いじりが大好きだった。愛おしむように土を触る横顔や、リオンの頬に付いた泥を擦り落としてくれた優しい指先の感触。その笑顔を思い出し、リオンは切なさと悲しさに項垂れた。
母親が恋しかった。話を聞いてもらって、「どうしたらいいのかわからない」と子供のように泣いて抱きつきたかった。でもここに母親はいない。
「おやおや、どうしたのですか?」
ドニはそっと手を伸ばしリオンの頭を撫でてくれる。その優しい仕草に、堪えていたものが決壊しそうになる。懸命にこらえていると、ドニが震える背中をとんとんと叩いてくれた。その手つきがまた母親を思い起こさせ、気が付くとリオンは弱音をぽつりと口にしていた。
「……僕、どうしていいか……わからなくて」
あいまいな言葉でも、ドニにはすぐに意味が分かったようだ。ああ、と頷く。
「オースティン陛下の番になるかどうかの話ですね?」
「はい……」
リオンは頷き、視線を落とした。
正直に言うと、オースティンに聞いた話は重たすぎて、その責任に押しつぶされそうだった。自分の決定に国の存亡がかかっていると言っても過言ではないのだ。
「う~ん、そうですねえ。いち国民としては是非にでも番になっていただきたいところですが……リオン様は陛下のことがお嫌いですか?」
「い、いいえ……そんなことは」
リオンは慌てて首を振った。
オースティンのことは好きだ。特別な意味での好意はないが人間としても尊敬している。だからこそ彼を拒むことが出来ないのだ。
肥料を混ぜ込んで柔らかくして置いた土に、芽吹いたばかりの薬草の小さな苗を移し変えていく。穏やかな風に髪の毛を揺らされ、リオンははあとため息をついて空を見上げた。
オースティンからノルツブルクの国の事情を聞いてから三日。自分はいったいどうすればいいのかわからず、リオンは悩み続けていた。
ブルーメとして自分に期待されている役割は理解した。震えてしまうくらいに責任が重いとても重要な役割で、強要されないのはただ単にオースティンが優しいからだ。リオンはノルツブルクの国民だし、他国からこの国に受け入れてもらった事情も含めれば、有無を言わず番になるべきなのだろう。
(でも――僕が好きなのはクレイドだ……。出会った時からクレイドにはそんな気がないのはわかっているけど……)
そう思うと途端に心の中が暗くなる。
『あなたの気持ちには応えられない』とクレイドに言われた夜から十日も経っている。あのときは混乱していてどういう意味かわからなかったが、十分な時間が過ぎて冷静になった今ではきちんと理解しているつもりだ。それなのにまだ、クレイドのことを諦められない自分がいる。
明日にはクレイドが帰ってくる。それまでに心を決めなくてはならない――。
「リオン様」
急に背後から声がかかり、リオンは驚いて振り返った。
薬草園の入り口には、王宮の侍医ドニが立っている。意外なお客さんにリオンは目を見開いた。
「調子はどうですか?」
「あっ……、ええ、おかげさまでだいぶ元気になりました」
「顔色は悪くありませんね。ふむ、よかった」
すぐ側まで歩み寄ってきたドニは、リオンの手元の苗に視線を落とした。
「おお、オルフェン草ですか。よく育っていますね。この種類は水加減が難しいのですが、うまくやっている」
「ありがとうございます。あの……ドニさんは薬草に詳しいんですか?」
「まあ、ほんの少しだけですけどね」
おどけるように言ったあとでドニは小さく目を細めた。
「実は昔、この薬草園を開墾するのを、私も手伝ったことがあるんですよ」
「……え」
「ついでにもう一つ。僕、あなたの母上のことも知っていますよ。実は一緒にこの薬草園を耕した仲です」
「えっ!」
今度は大声を出してしまった。だって母親と一緒にこの薬草園を耕したなんて。
「あはは、その驚いた顔、あなたの母上とそっくりですねぇ。懐かしいな。この薬草園でよく話したものです。カイラン様も交えて、三人で薬草の世話をしていましたから」
「カイラン様?」
どこかで聞いたことがある名前に、リオンは首を傾げた。
「ええ、オースティン陛下の叔父君にあたる方です。カイラン様は薬草についてすごーく詳しくてね。この場所を薬草園にしようと耕し始めたのも彼ですよ。カイラン様から『王宮の中に薬草園を作りたい』と相談は受けていましたが、こんな石だらけの固い土の場所では無理だと再三申し上げていたのですが、彼は諦めなくてね。そんな一生懸命な姿を見ていたらついつい手助けをしたくなってきてしまった。で、そこにあなたの母上も手伝いにやってくるようになったというわけです」
「そう、なんですか……」
初めて聞く話だった。もしかして母親は、そのカイランという王族の人に薬草の知識を授けてもらったのだろうか。
「ああー思い出すなあ。とても楽しかったですよ、カイラン様とあなたの母上と僕の三人で、泥だらけになりながら土を掘り起こしてレンガを敷き詰めたものだ」
しみじみと語られるドニの話を聞いた途端、ふっと脳裏に蘇ってくるものがあった。前に暮らしていた村で、母親といっしょに薬草園の世話していたときの記憶だ。
母は土いじりが大好きだった。愛おしむように土を触る横顔や、リオンの頬に付いた泥を擦り落としてくれた優しい指先の感触。その笑顔を思い出し、リオンは切なさと悲しさに項垂れた。
母親が恋しかった。話を聞いてもらって、「どうしたらいいのかわからない」と子供のように泣いて抱きつきたかった。でもここに母親はいない。
「おやおや、どうしたのですか?」
ドニはそっと手を伸ばしリオンの頭を撫でてくれる。その優しい仕草に、堪えていたものが決壊しそうになる。懸命にこらえていると、ドニが震える背中をとんとんと叩いてくれた。その手つきがまた母親を思い起こさせ、気が付くとリオンは弱音をぽつりと口にしていた。
「……僕、どうしていいか……わからなくて」
あいまいな言葉でも、ドニにはすぐに意味が分かったようだ。ああ、と頷く。
「オースティン陛下の番になるかどうかの話ですね?」
「はい……」
リオンは頷き、視線を落とした。
正直に言うと、オースティンに聞いた話は重たすぎて、その責任に押しつぶされそうだった。自分の決定に国の存亡がかかっていると言っても過言ではないのだ。
「う~ん、そうですねえ。いち国民としては是非にでも番になっていただきたいところですが……リオン様は陛下のことがお嫌いですか?」
「い、いいえ……そんなことは」
リオンは慌てて首を振った。
オースティンのことは好きだ。特別な意味での好意はないが人間としても尊敬している。だからこそ彼を拒むことが出来ないのだ。
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