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21.番
③
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遠くで街の灯りが揺れている。
気が付くとリオンはそれを見ていた。
空は夕方と夜の境界で、刻々と薄暗くなっていく様をリオンは高台のようなところに立って眺めていた。
街並みに早々と灯っていたぼやけたオレンジの光が、徐々に一つ一つ輪郭を得て際立っていく。まるで息を吹き返していくようだ。
美しいのにどこか寂しい景色だった。オレンジ色の灯りは人の営みそのもので、でもリオンには決して手の届かないもので。
――僕は独りなんだ。
そのことが強く感じられてリオンは俯いた。じわりと背中から孤独が忍び寄ってくる。心が冷たく凍っていく。
足から力が抜け地面に座り込みそうになったそのときだ。
――あれ?
幼い子供のが泣きじゃくるような声が聞こえたのだ。その声は遠くからかすかに響いてくる。
どこだろう……とあたりを見回す。
だが見つけることは出来ない。それなのに切ない泣き声はだんだん大きくなっている。
寂しい、辛い、悲しい。そんな気持ちがリオンにまでひしひしと伝わってくる泣き方だった。
――どこ? どこにいるの?
リオンは姿の見えない子供に向かって問いかかけた。だが返事は返ってこない。
リオンはこみ上げてくる焦燥感のままに歩き出した。
『その子』を探しに行かなくてはいけないと思った。一人にしてはいけない。泣かせてはならないと思ったのだ。
街を離れ、あぜ道を歩き、小さな村をいくつも通り過ぎる。
どれくらい歩いたのかわからなくなったころ、ふいに森が現れた。
森の木立の向こうには、咲き乱れた白い花々と崩れかけた古い石積みの教会がある。
その教会のすぐそばに、小さな子どもがしゃがみ込んでいるのが見えた。珍しい容貌の子どもだった。髪の毛は灰色で、その髪の隙間からは、犬のような猫のようなふわふわの耳がのぞいている。
リオンははっとした。
――『あの子』だ。いや、『あの人』だ……。
リオンは駆けだした。
やっと見つけた。僕の、僕の唯一の――。
ふっと目を開けると、クレイドの顔があった。
「気が付きましたか」
寝台に仰向きで横たわったリオンの髪を、隣に寝ころんだクレイド優しく撫でている。
あれ……? と首を捻りかけて、そうだった……とぼんやりとする頭で思い出す。リオンはクレイドと番の契りを交わした。その後どうやら気を失うか眠り込んだかしてしまったらしい。
窓の外は真っ暗で、いまだに深い夜の空気だだった。きっとあれからそれほど時間が経ってないのだろう。
クレイドが愛おしそうにリオンの首の後ろに触れながら言う。
「ドニに診てもらいました。リオン様の身体には異常がないそうです」
「ん……」
寄り添って寝台に横たわるクレイドはすっかり落ち着いた様子で、身体を重ねていたときの激しさは残っていない。ただ穏やかにリオンの頭や肩や撫でてくれる。
心地よいクレイドの手に、リオンはうっとりと微笑みながら口を開いた。
「……夢を見てた」
唐突な話に、クレイドがきょとんと目を瞬いた。
「夢ですか?」
「うん、クレイドのことを探しに行く夢……。教会のところで泣いてたでしょう? 森の中の……白い花がいっぱい咲いている……崩れかけた小さな教会。すごく悲しそうに泣いてるから焦ったよ。でも良かった……ここにいたんだね」
「……リオン様?」
「すぐに迎えに行けなくてごめんね。もう一人で泣かなくても大丈夫だからね……」
クレイドが息を呑み、目を大きく見開いた。
「リオン様……そのことを……どこで……」
「……ん……? なに……?」
言いながらふと思った。自分は今、何を言ったのだっけ……? 思考に霞みがかかったようでうまく思い出せない。
ぼうっとしていると、クレイドがリオンのことを抱き寄せた。
「リオン様……俺を迎えに来てくれたんですか?」
「うん……たぶん……?」
そんな夢を見ていたような気がするが、思い出そうとすればするほど、逃げ水のようにするすると記憶が逃げていく。
リオンはまあいいや、と息をついた。
だってクレイドは間違いなく今ここにいる。触れると温かい身体を持って今ここに生きている……。
「リオン様」
「ん……?」
「俺が……あなたをどれくらい愛おしく思っているか……どうやったらわかってもらえるのでしょう……」
クレイドがやけに真剣な顔で言うので、つい笑ってしまった。
「クレイドは……変なことを言うね……」
「俺は本気で言っているのですが」
「そんなのずっと一緒にいればいいじゃないか」
リオンの言葉に、クレイドが驚いたような顔をした。
「ずっと一緒に……?」
「僕たちは番でしょう? 一生一緒にいるんでしょう?」
灰色の瞳を見ながら言うと、クレイドはふっと優しく目を細める。
「はい……一生一緒です。何があってもあなたのことを離さない」
「うん」
「ずっといっしょにいましょうね。明日も明後日も、ずっと一緒に」
「……うん」
小さく頷くとクレイドの腕が伸びてきて、胸の中にぎゅっと抱き込まれた。温かな腕に包まれるとほっと息が漏れた。だんだんと瞼が下がってくる。
「リオン、愛しています……俺の番――」
「ん、僕も、愛してるよ……」
急激に襲ってきた眠気に呑み込まれながら、リオンはなんとかそれだけを言葉にした。
ふわっと欠伸が何度も漏れ出る。ずっとクレイドの顔を見ていたいし話をしていたいのに、どうしようもなく眠い。
「……あなたを愛している俺なら……俺は自分を愛することが出来るかもしれない」
そんな小さなクレイドの言葉が、とろとろと溶けていくような意識の中で聞こえた気がして、リオンは微笑んだ。
――うん、僕もそうだよ。あなたが認めてくれた僕だから、僕も自分を愛せるようになれたんだもの……。
心の中でそう答えながら、リオンは唯一の番の胸の中でうっとりと目を閉じた。
気が付くとリオンはそれを見ていた。
空は夕方と夜の境界で、刻々と薄暗くなっていく様をリオンは高台のようなところに立って眺めていた。
街並みに早々と灯っていたぼやけたオレンジの光が、徐々に一つ一つ輪郭を得て際立っていく。まるで息を吹き返していくようだ。
美しいのにどこか寂しい景色だった。オレンジ色の灯りは人の営みそのもので、でもリオンには決して手の届かないもので。
――僕は独りなんだ。
そのことが強く感じられてリオンは俯いた。じわりと背中から孤独が忍び寄ってくる。心が冷たく凍っていく。
足から力が抜け地面に座り込みそうになったそのときだ。
――あれ?
幼い子供のが泣きじゃくるような声が聞こえたのだ。その声は遠くからかすかに響いてくる。
どこだろう……とあたりを見回す。
だが見つけることは出来ない。それなのに切ない泣き声はだんだん大きくなっている。
寂しい、辛い、悲しい。そんな気持ちがリオンにまでひしひしと伝わってくる泣き方だった。
――どこ? どこにいるの?
リオンは姿の見えない子供に向かって問いかかけた。だが返事は返ってこない。
リオンはこみ上げてくる焦燥感のままに歩き出した。
『その子』を探しに行かなくてはいけないと思った。一人にしてはいけない。泣かせてはならないと思ったのだ。
街を離れ、あぜ道を歩き、小さな村をいくつも通り過ぎる。
どれくらい歩いたのかわからなくなったころ、ふいに森が現れた。
森の木立の向こうには、咲き乱れた白い花々と崩れかけた古い石積みの教会がある。
その教会のすぐそばに、小さな子どもがしゃがみ込んでいるのが見えた。珍しい容貌の子どもだった。髪の毛は灰色で、その髪の隙間からは、犬のような猫のようなふわふわの耳がのぞいている。
リオンははっとした。
――『あの子』だ。いや、『あの人』だ……。
リオンは駆けだした。
やっと見つけた。僕の、僕の唯一の――。
ふっと目を開けると、クレイドの顔があった。
「気が付きましたか」
寝台に仰向きで横たわったリオンの髪を、隣に寝ころんだクレイド優しく撫でている。
あれ……? と首を捻りかけて、そうだった……とぼんやりとする頭で思い出す。リオンはクレイドと番の契りを交わした。その後どうやら気を失うか眠り込んだかしてしまったらしい。
窓の外は真っ暗で、いまだに深い夜の空気だだった。きっとあれからそれほど時間が経ってないのだろう。
クレイドが愛おしそうにリオンの首の後ろに触れながら言う。
「ドニに診てもらいました。リオン様の身体には異常がないそうです」
「ん……」
寄り添って寝台に横たわるクレイドはすっかり落ち着いた様子で、身体を重ねていたときの激しさは残っていない。ただ穏やかにリオンの頭や肩や撫でてくれる。
心地よいクレイドの手に、リオンはうっとりと微笑みながら口を開いた。
「……夢を見てた」
唐突な話に、クレイドがきょとんと目を瞬いた。
「夢ですか?」
「うん、クレイドのことを探しに行く夢……。教会のところで泣いてたでしょう? 森の中の……白い花がいっぱい咲いている……崩れかけた小さな教会。すごく悲しそうに泣いてるから焦ったよ。でも良かった……ここにいたんだね」
「……リオン様?」
「すぐに迎えに行けなくてごめんね。もう一人で泣かなくても大丈夫だからね……」
クレイドが息を呑み、目を大きく見開いた。
「リオン様……そのことを……どこで……」
「……ん……? なに……?」
言いながらふと思った。自分は今、何を言ったのだっけ……? 思考に霞みがかかったようでうまく思い出せない。
ぼうっとしていると、クレイドがリオンのことを抱き寄せた。
「リオン様……俺を迎えに来てくれたんですか?」
「うん……たぶん……?」
そんな夢を見ていたような気がするが、思い出そうとすればするほど、逃げ水のようにするすると記憶が逃げていく。
リオンはまあいいや、と息をついた。
だってクレイドは間違いなく今ここにいる。触れると温かい身体を持って今ここに生きている……。
「リオン様」
「ん……?」
「俺が……あなたをどれくらい愛おしく思っているか……どうやったらわかってもらえるのでしょう……」
クレイドがやけに真剣な顔で言うので、つい笑ってしまった。
「クレイドは……変なことを言うね……」
「俺は本気で言っているのですが」
「そんなのずっと一緒にいればいいじゃないか」
リオンの言葉に、クレイドが驚いたような顔をした。
「ずっと一緒に……?」
「僕たちは番でしょう? 一生一緒にいるんでしょう?」
灰色の瞳を見ながら言うと、クレイドはふっと優しく目を細める。
「はい……一生一緒です。何があってもあなたのことを離さない」
「うん」
「ずっといっしょにいましょうね。明日も明後日も、ずっと一緒に」
「……うん」
小さく頷くとクレイドの腕が伸びてきて、胸の中にぎゅっと抱き込まれた。温かな腕に包まれるとほっと息が漏れた。だんだんと瞼が下がってくる。
「リオン、愛しています……俺の番――」
「ん、僕も、愛してるよ……」
急激に襲ってきた眠気に呑み込まれながら、リオンはなんとかそれだけを言葉にした。
ふわっと欠伸が何度も漏れ出る。ずっとクレイドの顔を見ていたいし話をしていたいのに、どうしようもなく眠い。
「……あなたを愛している俺なら……俺は自分を愛することが出来るかもしれない」
そんな小さなクレイドの言葉が、とろとろと溶けていくような意識の中で聞こえた気がして、リオンは微笑んだ。
――うん、僕もそうだよ。あなたが認めてくれた僕だから、僕も自分を愛せるようになれたんだもの……。
心の中でそう答えながら、リオンは唯一の番の胸の中でうっとりと目を閉じた。
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