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2 イケてるお婆、降臨!
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暗く深い穴にひたすら落ちていく。闇に包まれたそこには一筋の光も差し込まない。
「私は愛されていなかった……騙されていたの? イリスィオス様は私に飽きてしまったの? もとから私はお飾りの妻だったの?」
いくつもの疑問がジュリエットの頭の中を駆け巡る。イリスィオスを心から愛していたからこそ感じる心の痛みと愛に対する信頼の喪失感は凄まじい。
「こんな辛い気持ちはもう要らないわ。私はこんな恋ならしたくなかった。だから死を選んだ。なのになぜ楽になれないの?」
『死を選んだ? なんてお馬鹿さんなの?』
私の頭のなかでもう一人の私が呟いた。
(あなたはだぁれ? なぜ私をお馬鹿さんと呼ぶの?)
『私はあなた。あなたになる前の私は真理よ。ほら、思い出してよ? 結婚もして離婚もして再婚もして子育ても頑張った日々。酸いも甘いも知り尽くした充実と激動の日々の女の歴史をっ! あんなクソ男なんてどうってことないわよ! 一緒に頑張りましょう』
(私はもう嫌よ。イリスィオス様の側になどいたくないの……消えてしまいたいのよ)
『あら、あら。だったら私がここは引き受けるわ。臨機応変で交代したり、いろいろ二人で相談しましょうね』
(うん、わかった。ありがとう! 真理)
『うふふ、いいのよぉ。あなたってば素直で純真で可愛いわぁ~~。私に任せなさいねぇ。私の孫のようなものよぉ。うふふ』
(孫……?)
ジュリエットは体を丸めて眠った。そこは暖かくてふかふかしたベッドのよう。悲しみや苦しみは消え、ただ目を閉じて……
『さて、さて。ジュリエットちゃんは眠ったようだわねぇ。あの年頃に夫のこんな仕打ちはきついわよねぇ。でもこの真理さんにとっては天国じゃないのぉ。公爵夫人で生活には困らないし……好きなことはできるし……旦那は離れに入り浸り、雑用はメイドと侍女がやってくれちゃうんでしょう? くっぅぅうう~~、ご褒美かよ?』
儚げで美しい美貌のジュリエットの中身は、およそその容姿とは似つかわしくない還暦間近のイケてるオバタリアンの強靱な精神力と図々しさの権化、真理にすり替わったのだった。
「大丈夫かい? ジュリエット! 何で自殺なんかしたんだよ? なにがそこまで君を追い詰めたんだ?」
目の覚めるようなイケメンのイリスィオスのエメラルドグリーンの瞳が真理を捉えた。
『ふーーん。綺麗な顔をしている男ねぇ。なにが追い詰めたかって? おめぇのその浮気性な行動だろうがよぉ』
心の中で悪態をつきながらも、表情はにっこりと儚げな微笑を浮かべる真理。
「自殺? まさか! 足を滑らせただけですわぁ。それより、私お腹が空きましたわ。なにか食べる物を持ってきていただけます? そうね、消化のいいパン粥的なものと人肌のミルクね」
「食欲があるなら良かった。ちょっと待って。食卓をメイドに整えさせて侍女には髪をといてもらったほうがいいよ。綺麗にいつでも美しくいておくれよ。君は自慢の僕の妻だからね。食事はいつものように夫婦で一緒に食べよう」
「あらぁ、ありがとうございます。旦那様も私の自慢の夫ですわぁ。見目だけは麗しいですものね! ですが、私と一緒に食事をする必要はありませんわ。どうぞ、離れで愛人達とお食事をしてくださいな。パン粥など病人が食べるものです。あちらで、フルコースでもお召し上がりくださいませ!」
「いや、それでは侍女達の手前、ジュリエットの立場がないと思ってな……」
「立場? 今更ですよ。愛人が二人も離れにいて正妻の立場もあったもんじゃありませんわ。あ、でも私はこれでいいです! 私は純粋に生活を楽しみますから旦那様もご自由になさいませ」
ジュリエットの清々しいほどの切り返しに侍女達は笑いをかみ殺すのに必死だった。
この日は侍女達に代々語り継がれる日となった。侍女達はこの日を『奥様が真に目覚めた日』と呼んだのである。
「本当に死のうとしたのではないのか? 一時は昏睡状態だったのだぞ? やはり愛人の件なのか? 何度も言ったが心はジュリエットのものだ」
「え? 旦那様に二人の愛人がいるからといって、なにも死ぬことはないでしょう? 自惚れというものですわ。心ねぇ、……そうですとも! 私は旦那様の暖かいお心だけで満足ですから、これからは夜のお勤めの栄誉は愛人の方お二人に全てお譲りしますわ。私のことはお気になさらず!」
にっこり微笑むジュリエットに初めて気持ちを揺さぶられたイリスィオスであった。
「すいませぇーーん。イリスィオスさまぁーー。子供がお腹を蹴ったようですわぁーー。お知らせしたくて本邸に来ちゃったぁ」
懐妊したペクスィモがピンクの髪をなびかせてやって来て、まだ膨らみかけてもいないお腹をわざと突き出したのだった。
୨୧ ⑅ ୨୧ ⑅ ୨୧ ⑅ ୨୧ ⑅ ୨୧ ⑅ ୨୧ ⑅ ୨୧ ⑅ ୨୧ ⑅ ୨୧
※ご注意
オバタリアン:オバタリアンとは中年女性を意味する『おばさん(おばはん)』と1986年公開のホラー映画『バタリアン』から成る合成語で、羞恥心がない・図々しい・無神経といったおばさん特有の要素を持つ中年女性を意味する。オバタリアンは漫画家“堀田かつひこ”による造語であると同時に堀田氏が1986年から“まんがライフ”で連載した4コマ漫画のタイトルでもある。1989年には土井たか子(当時社会党)が使い、話題となり、同年、流行語大賞・流行語部門の金賞を受賞している(受賞者は土井たか子と堀田かつひこ)。(日本語俗語辞書より引用)
()はジュリエットの心の声
『』は真理の心の声
真理はジュリエットの容姿で、中身だけがオバタリアンですよ。オバタリアンは広い意味でこの場合用いております。逞しい精神力をもったお婆も含めてオバタリアンとしました。現在は死語w。
ペクスィモ:二番目に連れてきた愛人。ピンクの髪と瞳の華奢な子リスのような女性。現在、イリスィオスの子供を妊娠したばかり。
「私は愛されていなかった……騙されていたの? イリスィオス様は私に飽きてしまったの? もとから私はお飾りの妻だったの?」
いくつもの疑問がジュリエットの頭の中を駆け巡る。イリスィオスを心から愛していたからこそ感じる心の痛みと愛に対する信頼の喪失感は凄まじい。
「こんな辛い気持ちはもう要らないわ。私はこんな恋ならしたくなかった。だから死を選んだ。なのになぜ楽になれないの?」
『死を選んだ? なんてお馬鹿さんなの?』
私の頭のなかでもう一人の私が呟いた。
(あなたはだぁれ? なぜ私をお馬鹿さんと呼ぶの?)
『私はあなた。あなたになる前の私は真理よ。ほら、思い出してよ? 結婚もして離婚もして再婚もして子育ても頑張った日々。酸いも甘いも知り尽くした充実と激動の日々の女の歴史をっ! あんなクソ男なんてどうってことないわよ! 一緒に頑張りましょう』
(私はもう嫌よ。イリスィオス様の側になどいたくないの……消えてしまいたいのよ)
『あら、あら。だったら私がここは引き受けるわ。臨機応変で交代したり、いろいろ二人で相談しましょうね』
(うん、わかった。ありがとう! 真理)
『うふふ、いいのよぉ。あなたってば素直で純真で可愛いわぁ~~。私に任せなさいねぇ。私の孫のようなものよぉ。うふふ』
(孫……?)
ジュリエットは体を丸めて眠った。そこは暖かくてふかふかしたベッドのよう。悲しみや苦しみは消え、ただ目を閉じて……
『さて、さて。ジュリエットちゃんは眠ったようだわねぇ。あの年頃に夫のこんな仕打ちはきついわよねぇ。でもこの真理さんにとっては天国じゃないのぉ。公爵夫人で生活には困らないし……好きなことはできるし……旦那は離れに入り浸り、雑用はメイドと侍女がやってくれちゃうんでしょう? くっぅぅうう~~、ご褒美かよ?』
儚げで美しい美貌のジュリエットの中身は、およそその容姿とは似つかわしくない還暦間近のイケてるオバタリアンの強靱な精神力と図々しさの権化、真理にすり替わったのだった。
「大丈夫かい? ジュリエット! 何で自殺なんかしたんだよ? なにがそこまで君を追い詰めたんだ?」
目の覚めるようなイケメンのイリスィオスのエメラルドグリーンの瞳が真理を捉えた。
『ふーーん。綺麗な顔をしている男ねぇ。なにが追い詰めたかって? おめぇのその浮気性な行動だろうがよぉ』
心の中で悪態をつきながらも、表情はにっこりと儚げな微笑を浮かべる真理。
「自殺? まさか! 足を滑らせただけですわぁ。それより、私お腹が空きましたわ。なにか食べる物を持ってきていただけます? そうね、消化のいいパン粥的なものと人肌のミルクね」
「食欲があるなら良かった。ちょっと待って。食卓をメイドに整えさせて侍女には髪をといてもらったほうがいいよ。綺麗にいつでも美しくいておくれよ。君は自慢の僕の妻だからね。食事はいつものように夫婦で一緒に食べよう」
「あらぁ、ありがとうございます。旦那様も私の自慢の夫ですわぁ。見目だけは麗しいですものね! ですが、私と一緒に食事をする必要はありませんわ。どうぞ、離れで愛人達とお食事をしてくださいな。パン粥など病人が食べるものです。あちらで、フルコースでもお召し上がりくださいませ!」
「いや、それでは侍女達の手前、ジュリエットの立場がないと思ってな……」
「立場? 今更ですよ。愛人が二人も離れにいて正妻の立場もあったもんじゃありませんわ。あ、でも私はこれでいいです! 私は純粋に生活を楽しみますから旦那様もご自由になさいませ」
ジュリエットの清々しいほどの切り返しに侍女達は笑いをかみ殺すのに必死だった。
この日は侍女達に代々語り継がれる日となった。侍女達はこの日を『奥様が真に目覚めた日』と呼んだのである。
「本当に死のうとしたのではないのか? 一時は昏睡状態だったのだぞ? やはり愛人の件なのか? 何度も言ったが心はジュリエットのものだ」
「え? 旦那様に二人の愛人がいるからといって、なにも死ぬことはないでしょう? 自惚れというものですわ。心ねぇ、……そうですとも! 私は旦那様の暖かいお心だけで満足ですから、これからは夜のお勤めの栄誉は愛人の方お二人に全てお譲りしますわ。私のことはお気になさらず!」
にっこり微笑むジュリエットに初めて気持ちを揺さぶられたイリスィオスであった。
「すいませぇーーん。イリスィオスさまぁーー。子供がお腹を蹴ったようですわぁーー。お知らせしたくて本邸に来ちゃったぁ」
懐妊したペクスィモがピンクの髪をなびかせてやって来て、まだ膨らみかけてもいないお腹をわざと突き出したのだった。
୨୧ ⑅ ୨୧ ⑅ ୨୧ ⑅ ୨୧ ⑅ ୨୧ ⑅ ୨୧ ⑅ ୨୧ ⑅ ୨୧ ⑅ ୨୧
※ご注意
オバタリアン:オバタリアンとは中年女性を意味する『おばさん(おばはん)』と1986年公開のホラー映画『バタリアン』から成る合成語で、羞恥心がない・図々しい・無神経といったおばさん特有の要素を持つ中年女性を意味する。オバタリアンは漫画家“堀田かつひこ”による造語であると同時に堀田氏が1986年から“まんがライフ”で連載した4コマ漫画のタイトルでもある。1989年には土井たか子(当時社会党)が使い、話題となり、同年、流行語大賞・流行語部門の金賞を受賞している(受賞者は土井たか子と堀田かつひこ)。(日本語俗語辞書より引用)
()はジュリエットの心の声
『』は真理の心の声
真理はジュリエットの容姿で、中身だけがオバタリアンですよ。オバタリアンは広い意味でこの場合用いております。逞しい精神力をもったお婆も含めてオバタリアンとしました。現在は死語w。
ペクスィモ:二番目に連れてきた愛人。ピンクの髪と瞳の華奢な子リスのような女性。現在、イリスィオスの子供を妊娠したばかり。
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