冷遇された妻は愛を求める

チカフジ ユキ

文字の大きさ
29 / 43

29.ヘンリーサイド

しおりを挟む
 ヘンリーはその日イライラしながら、執務室を行ったり来たりしていた。
 ここ最近は特にそうだ。

 なにもかもが上手くいかない。
 いつもはまあまあ買っている賭博の負け続き。
 そのせいで、いつも金がない。

 マリアはマリアで、平民のくせにまるで貴族の女主人の様に振る舞い、家の金を勝手に使って買い物ばかり。
 たしかにヘンリーの子供を身籠っているから寛大に許しているが、それにも限度がある。
 文句を言えば、最近は言い合いになる事が増えた。
 あの可愛らしい従順なマリアはいない。

 やはり、これだから平民の血筋はと悪態をついた。
 きちんと求婚すれば、マリアを貴族にするとマリアの兄である現当主からも言われていたので、三年後にきちんと求婚して、名実ともに貴族として嫁いでもらおうと思っていた。
 しかし、今はもうそんな気がしてこなかった。

 なんとも、下品に金を使って宝石やらドレスやらを買い込む姿はまるで成金の娘のようだ。
 貴族になれて気が大きくなっている、そんな馬鹿女と同じに見えた。

「ローデン、もう我慢ならない! あの女、ただの居候のくせにまるで女主人のようじゃないか。平民の分際で、わきまえる気持ちがないようだ。これなら、まだあの女の方が弁えていた」
「どうされますか? 追い出すことも可能ですよ。なにせ、あの女は平民。貴族に無礼を働いたと言えば、誰も同情はしないでしょう」
「もう、それでいい。私がばかだった。あんな娼婦に引っかかってしまうなど……いい経験だったな」
「失敗を次に生かせばよろしいのですよ、ヘンリー様」

 なぜ、娼婦と貴族の間に生まれた汚れた血を持つマリアを運命の相手などと勘違いしたのか。
 きっと怪しげな薬を使われたに違いない。
 そうでなければ、ヘンリーの様に選ばれた人間が平民なんて選ぶわけないのだから。

「ああ! 今考えても腹が立つ!! きっとあの男は知っていたに違いない! だから、あの女を押し付けてきたのだ。そうだ、きっとあいつが薬を盛った! そうでなくては出会いが不自然だ!!」

 伯爵家の現当主でマリアの兄。
 思い返せば、あまり仲が良くないマリアの兄から招待状をもらったのも作為を感じる。

「マリアの性格を知って、追い出したかったはずだ! あんなものに金をかける我儘女だ。全く騙された! 訴えたいくらいだ!!」
「ヘンリー様、きっと人をだました罰が下ると思います。神はきっとヘンリー様の味方ですから」
「ローデン、やはりお前しか私の味方はいないのだな。お前こそが忠臣という存在だと心から思う」
「過分な評価、このローデン嬉しく思います」

 全く、女というのはどうしてこうも、手を煩わせる存在なのだろうか。
 いや、きっと身分が低すぎるせいだ。

 もっと高貴な血筋の女なら、すべて弁えているはずだ。

「ローデン、離婚訴訟の方はどうなっている?」
「ええ、あの金づる子爵家は絶対に認めない構えですね。浮気・・した上に当主を侮辱した恥知らずの女の一族です。本当に厚顔無恥とはこの事ですよ」
「恥知らずな女は逃げ出したままなのか?」
「ええ。しかし、朗報がございます。どうやら、あの金づるは本当に男に家にいるようですので」

 それを聞いたヘンリーが歪んだ笑みでローデンへ振り替える。

「あははは、あんな女に手をだすような男がいるとは! どうやら私とは趣味が合わないようだ! それで? 一体どこのどいつだ? そいつからも慰謝料を払ってもらおう!」
「どうやら、なかなか大物でございます。かの方を嫌っている方々は大勢いるので、きっと多くの方がヘンリー様のお味方につくでしょう」

 ローデンが、手紙をヘンリーに渡してきた。

 そこに書かれている名は、さすがに知っていた。
 むしろ、嫌悪している名だと言ってのおかしくはない。

 なるほど、とヘンリーは納得した。
 ローデンが敵が多いと遠回しに言ってきたが、敵が多いどころか上級貴族の大半から嫌われている存在だ。

 確かに大物ではある。
 しかし、裁判は力関係が大きい方が勝つ。
 そして、今回は負ける要素は全くない。

「面白い、きっとお歴々は私の味方に付くだろうな。なにせ、この男を追い落とせるチャンスだ。きっと多くの金を援助してくださるだろう」
「早速、方々にお知らせいたします。平民しか味方のいない、下等血統に貴族とはどういう事は教えてあげねばなりませんね?」
「全く。せっかく上級貴族の仲間になったんだ、私が親切に教えてやらなければな。きっとこれからも長い付き合いになるのだから」

 向こうがすべての責になるようにする事は造作もない。
 わざわざ、男のところにいるのだから。
 男と女が同じ邸宅にいれば、事実がどうであれ、人々は想像し、面白おかしく広めていく。
 貴族は自分の都合のように、事実を捻じ曲げることもできる。

「なあ、ローデン。どれくらいが慰謝料の相場だろうか?」

 ヘンリーの脳裏には勝利しかない。
 そして、上級貴族の中では英雄になれる。

 なにせ、傭兵などという下劣な人間が上級貴族にふさわしくないと公的に非難できるのだから。
 王族とて、貴族になってそうそう不倫するような男の後ろ盾になっているなどという事になったら権威の失墜だろう。
 即座に手を切るはずだ。

 金で正妻の地位を買った女と離婚でき、慰謝料もとれ、さらには上級貴族の中では英雄となれる。

「一石二鳥どころか一石三鳥だな。私は天才だと思わないか?」
「素晴らしいとしか言いようがありません。さすが、ヘンリー様です」

 持ち上げられて、ヘンリーはまんざらではにように笑う。
 そうだ、自分は誰よりもすごいのだと誇示して、ふとマリアの事に考えが至った。

「ああそうだローデン、今思ったのだが、あの娼婦はきっと私意外と肉体関係があるんじゃないかと思う。つまり、あの腹の子は私の子供ではない。思えば、高貴な私の子供があんな女に宿るはずがない。そう思わないか?」
「ええ、私もそう思っておりました」
「やはり、そう思うか。では、私を騙した罰を与えねばな。まあ、私が手を下すほどではない。お前に任せる」
 
 ローデンに任せておけば何も問題はない。
 それはヘンリーが子供の時分よりいつもどうだったから。

 マリアの事などすでにヘンリーはどうでもよくなっていた。
 


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

愛しい人、あなたは王女様と幸せになってください

無憂
恋愛
クロエの婚約者は銀の髪の美貌の騎士リュシアン。彼はレティシア王女とは幼馴染で、今は護衛騎士だ。二人は愛し合い、クロエは二人を引き裂くお邪魔虫だと噂されている。王女のそばを離れないリュシアンとは、ここ数年、ろくな会話もない。愛されない日々に疲れたクロエは、婚約を破棄することを決意し、リュシアンに通告したのだが――

能力持ちの若き夫人は、冷遇夫から去る

基本二度寝
恋愛
「婚姻は王命だ。私に愛されようなんて思うな」 若き宰相次官のボルスターは、薄い夜着を纏って寝台に腰掛けている今日妻になったばかりのクエッカに向かって言い放った。 実力でその立場までのし上がったボルスターには敵が多かった。 一目惚れをしたクエッカに想いを伝えたかったが、政敵から彼女がボルスターの弱点になる事を悟られるわけには行かない。 巻き込みたくない気持ちとそれでも一緒にいたいという欲望が鬩ぎ合っていた。 ボルスターは国王陛下に願い、その令嬢との婚姻を王命という形にしてもらうことで、彼女との婚姻はあくまで命令で、本意ではないという態度を取ることで、ボルスターはめでたく彼女を手中に収めた。 けれど。 「旦那様。お久しぶりです。離縁してください」 結婚から半年後に、ボルスターは離縁を突きつけられたのだった。 ※復縁、元サヤ無しです。 ※時系列と視点がコロコロゴロゴロ変わるのでタイトル入れました ※えろありです ※ボルスター主人公のつもりが、端役になってます(どうしてだ) ※タイトル変更→旧題:黒い結婚

傲慢な伯爵は追い出した妻に愛を乞う

ノルジャン
恋愛
「堕ろせ。子どもはまた出来る」夫ランドルフに不貞を疑われたジュリア。誤解を解こうとランドルフを追いかけたところ、階段から転げ落ちてしまった。流産したと勘違いしたランドルフは「よかったじゃないか」と言い放った。ショックを受けたジュリアは、ランドルフの子どもを身籠ったまま彼の元を去ることに。昔お世話になった学校の先生、ケビンの元を訪ね、彼の支えの下で無事に子どもが生まれた。だがそんな中、夫ランドルフが現れて――? エブリスタ、ムーンライトノベルズにて投稿したものを加筆改稿しております。

従姉の子を義母から守るために婚約しました。

しゃーりん
恋愛
ジェットには6歳年上の従姉チェルシーがいた。 しかし、彼女は事故で亡くなってしまった。まだ小さい娘を残して。 再婚した従姉の夫ウォルトは娘シャルロッテの立場が不安になり、娘をジェットの家に預けてきた。婚約者として。 シャルロッテが15歳になるまでは、婚約者でいる必要があるらしい。 ところが、シャルロッテが13歳の時、公爵家に帰ることになった。 当然、婚約は白紙に戻ると思っていたジェットだが、シャルロッテの気持ち次第となって… 歳の差13歳のジェットとシャルロッテのお話です。

どなたか私の旦那様、貰って下さいませんか?

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
私の旦那様は毎夜、私の部屋の前で見知らぬ女性と情事に勤しんでいる、だらしなく恥ずかしい人です。わざとしているのは分かってます。私への嫌がらせです……。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 政略結婚で、離縁出来ないけど離縁したい。 無類の女好きの従兄の侯爵令息フェルナンドと伯爵令嬢のロゼッタは、結婚をした。毎晩の様に違う女性を屋敷に連れ込む彼。政略結婚故、愛妾を作るなとは思わないが、せめて本邸に連れ込むのはやめて欲しい……気分が悪い。 彼は所謂美青年で、若くして騎士団副長であり兎に角モテる。結婚してもそれは変わらず……。 ロゼッタが夜会に出れば見知らぬ女から「今直ぐフェルナンド様と別れて‼︎」とワインをかけられ、ただ立っているだけなのに女性達からは終始凄い形相で睨まれる。 居た堪れなくなり、広間の外へ逃げれば元凶の彼が見知らぬ女とお楽しみ中……。 こんな旦那様、いりません! 誰か、私の旦那様を貰って下さい……。

愛さないと言うけれど、婚家の跡継ぎは産みます

基本二度寝
恋愛
「君と結婚はするよ。愛することは無理だけどね」 婚約者はミレーユに恋人の存在を告げた。 愛する女は彼女だけとのことらしい。 相手から、侯爵家から望まれた婚約だった。 真面目で誠実な侯爵当主が、息子の嫁にミレーユを是非にと望んだ。 だから、娘を溺愛する父も認めた婚約だった。 「父も知っている。寧ろ好きにしろって言われたからね。でも、ミレーユとの婚姻だけは好きにはできなかった。どうせなら愛する女を妻に持ちたかったのに」 彼はミレーユを愛していない。愛する気もない。 しかし、結婚はするという。 結婚さえすれば、これまで通り好きに生きていいと言われているらしい。 あの侯爵がこんなに息子に甘かったなんて。

貴方の記憶が戻るまで

cyaru
恋愛
「君と結婚をしなくてはならなくなったのは人生最大の屈辱だ。私には恋人もいる。君を抱くことはない」 初夜、夫となったサミュエルにそう告げられたオフィーリア。 3年経ち、子が出来ていなければ離縁が出来る。 それを希望に間もなく2年半となる時、戦場でサミュエルが負傷したと連絡が入る。 大怪我を負ったサミュエルが目を覚ます‥‥喜んだ使用人達だが直ぐに落胆をした。 サミュエルは記憶を失っていたのだった。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。  史実などに基づいたものではない事をご理解ください。 ※話の都合上、残酷な描写がありますがそれがざまぁなのかは受け取り方は人それぞれです。  表現的にどうかと思う回は冒頭に注意喚起を書き込むようにしますが有無は作者の判断です。 ※作者都合のご都合主義です。作者は外道なので気を付けてください(何に?‥いろいろ) ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

処理中です...