冷遇された妻は愛を求める

チカフジ ユキ

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30.マリアサイド

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 あの日、離れで見た光景をマリアは忘れられなかった。
 マリアにとっても、ただその辺にいる平民は取るに足らない存在だと思っている。

 自分も平民ではあるが、選ばれた人間なのだと思っていた。
 貴族になれば、絶対に王妃にだってなれる美貌が自分にはある。
 貴族の娘になれば、その家に素晴らしい栄光を約束してやれたのに、そんなことすら分からない正妻に怒りしかない。
 
 そのせいで、今マリアはこんな生活しか送れていない。
 本当なら、憧れと称賛のを集め、社交界の華として君臨できるはずだったのに。

 まさか、こんな家だったとは思わなかった。

 はじめの頃は良かった。
 ただの金づるの子爵令嬢の家からの援助金がたくさんあったから。
 それが打ち切られ、ヘンリーは怒り狂ったように、あの女をまるでモノのように扱った。

 そこまでするかと思わなくは無かったが、あの女の家のせいでマリアが使える金が一気に減ったのだから、多少やりすぎても当然の結果だとも思った。

 しかし、その後だ。

――平民を雇って、教育・・して、貴族への不敬で奴隷にしていたなんて……。

 明らかに犯罪だ。
 しかし、ばれることはほぼない。
 貴族には免責がある。
 しかも、ほかの貴族も多かれ少なかれ、平民に対してそれなりに酷いことを行ってきている。

 それに、どうやらローデンはかなり慎重に選んでいるらしい。

 身内のいない、孤児。
 そして、それなりに見た目のいい女。

 金がないはずなのにいつの間にか金が出来ている。
 そこにはこんなカラクリがあったのだ。

「……まさかわたしも。でも、あの男の子供がいるのだし……」

 そうだ。
 マリアの腹の中にはヘンリーの子供がいる。
 ローデンの態度は、マリアの事はどうでもいいが、腹の子供はヘンリーの子供であるから慎重になっている。
 つまり、この子供がマリアの身を守る存在。

 しかし、それでも安心はできない。
 何をするのか分からない恐ろしさが、ローデンにはある。
 それに、ヘンリーも。

 馬鹿な男だとは思っていたが、馬鹿を通り越している。
 まるで、自分こそが最も偉く、それ以外は取るに足らない存在だとでも言うように。

 それこそおかしな話だ。
 たかが伯爵家の人間のくせに。
 これが公爵ならば分かる。

「ああ、本当に嫌な男を選んでしまったわ」

 母が見たらきっと心から馬鹿にするだろう。
 お前は見る目がないと。

「何もかも、あの女が悪いんだわ。たかが子爵の血筋の分際で、伯爵家の高貴な血の流れるわたしを侮辱して! 見つかったらただじゃおかないわ!」

 この邸宅で初めて会った時、すごく貧相な姿に優越感が沸いた。
 肉付きも見た目も何もかも平凡以下。
 少なくとも、マリアには格段に劣る。
 それなのに、あっちは貴族でこっちは平民である事が、なおさら憎く思えた。
 何もかも勝るマリアが平民で、あの劣る女が貴族なのかと。
 不公平すぎて、めちゃくちゃにしてやりたかった。

 だから、ヘンリーがあの女を見限ったときやりすぎではと思いながらも清々したし、あんな提案もした。
 あれは我ながらいい案だと思った。

 色んな男を咥えこんで、浮気している有責として慰謝料を取りながら、娼館で働かせて売り上げを全部マリアのものにできると。

 逃げたと聞いたときは、腸煮えくり返ったが、それ以上に今はヘンリーとローデンに怒りがわく。

 あんなことが仕事だと、堂々という姿。
 いかれているとしか思えない。

「もしもの時のために、色々準備しておく必要があるわ」

 マリアは、そう考え様々な宝石商から買いあさった。
 金はないが、ツケで買い物は出来る。
 それに持ち出すなら金よりも宝石の方が楽だ。

 なにより金はこの国でしか使えないが、宝石はどの国でも換金できる。

「ああ、これも綺麗だわ! そっちも!」

 宝石はそれなりに見ていて心が癒される。
 こういう輝きこそマリアにはふさわしい。

 宝石商も、お得意様のマリアに次々と進めてくる。
 こちらは希少価値が原石、こちらはかの有名な細工師がカットした指輪などと売り込み、これらの宝石は奥様のような方にこそふさわしい、と言われればマリアもまんざらじゃない。

「全部買うわ。ああ、代金は執事にでも言ってちょうだい。わたくしの好きなように買い物していいとおっしゃたのはご当主様なの。わたくしに着飾って綺麗にしてほしいんですって」

 向こうはどうせ金を支払ってくれれば誰だっていいのだろう。
 マリアを持ち上げ、交わせる商談相手。
 まあ、褒められるのは嫌いじゃないし、なにより、相手の見た目が極上ならば、気分がいい。

――ヘンリーの方がいいと思ったけど、お金ならきっとこの男の方が持っていそうだわ。それに、見た目だってわたしに釣り合う。商人なら貴族の血を引くわたしの事がきっと欲しいはずだわ!

 いづれ貴族になる予定のマリアとは釣り合いが取れないが、まあ愛人くらいには加えてやってもよさそうだ。
 そんな評価を下し、愛想よく別れた。

「ふふふ、やっぱりわたしにはきれいなものが似合うわ」

 マリアは満足げに宝石をとる。
 しかし、そんな幸せな気持ちもすぐに失せた。

 ローデンが会いに来ているというのだ。

 会いたくないが、ローデンは執事だ。
 いざとなれば、ヘンリーにマリアの事をある事ない事吹き込める。
 あの単純な男はそれだけで、マリアを疑うだろう。

「通しなさい」

 面倒な相手に憂鬱になりながら、会うことにする。
 ローデンを招き入れると、ローデンは侍女をお茶の準備をさせるために部屋から追い払った。

「本日はお話が合ってまいりました」

 そんな言葉と同時に、正直どうでもいい話をされ、マリアは次第に退屈になり眠くなる。
 妊娠中はやたらと眠くなるのだから仕方がない。
 全く、早く終わらないかしらなどと考えながら、自然と目を閉じた。



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