ハイスぺ男子は私のおもちゃ ~聖人君子な彼の秘めた執着愛~

幸村真桜

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ハイスぺ男子の秘密とは

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就業後のことを考えながら仕事に集中するのはなかなか難しかった。いつもならとっくに終わる業務がなかなか捗らず、苦労しながらもなんとか仕事を終える。

 時計を見ると、もう七時になろうとしている。オフィスを見回すが、福永の姿はない。

 もう仕事を終えたのか、出先から直帰するのかもしれない。急ぎのメールがきていないか確認してから、パソコンの電源を落とす。

 それから更衣室で事務服から私服に着替え、会社を出た。最寄りの駅に着いた所で、福永に渡されたメモ用紙を鞄から取り出す。

 このまま帰りたい気持ちはあるが、これからも同じ部署で働いていくのだ。いくらなんでも無視するのはまずいだろう。それに福永の目的も気になる。

 ふうっとひとつ息を吐いてから、璃湖はスマホを取り出しメモに書かれた数字をタップした。

しばし画面を見つめてから、意を決して発信ボタンを押す。すると、ほとんどコール音が鳴らないうちに電話が繋がった。

『⋯⋯はい。細井さん⋯⋯かな?』

「あ、はい、そうです。遅くなってしまって、大変申し訳ありません」

『いや、こちらこそ突然誘ってしまってごめんね。困ったよね。⋯⋯良かった、連絡がきて。黙って帰っちゃうかもって、少し心配だった』

 心の底から安堵したような雰囲気がスマホの向こうから伝わってきて、罪悪感で胸がきゅっと痛む。すっぽかそうだなんて気持ちはなかったが、帰りたいと思っていたのは事実だ。

「今、どこにいる?」

「会社の最寄り駅です」

「俺も、近くのカフェにいるんだけど。一緒に移動するのは嫌だよね?」

 それはもう、絶対に避けたい。社内の人間が数多く利用する駅だ。確実に誰かに見られるだろう。

 目立つ福永と一緒にいたらなにを言われるか分かったものではない。きっと彼も迷惑をするはずだ。

「申し訳ないですが、そうですね。あの⋯⋯このまま電話で用件をお伺いするわけにはいかないのでしょうか」

「⋯⋯うん。ちょっと、電話では話しにくい内容なんだ。せっかくの金曜日に申し訳ないけど、細井さんにしか相談できないことで」

 どこか苦しげな口調に、璃湖は困惑した。ますます福永の考えが分からない。璃湖より数万倍優秀な彼の悩みを自分が解決できるとはまったく思えないのだが⋯⋯。

 璃湖以外にいくらでも適任者がいそうなものだが。しかし、彼は璃湖にしかできないのだと言っている。

 面倒に巻き込まれる予感はするが、好奇心が抑え切れない。このまま帰ったら、恐らく後悔するだろう。

「分かりました。私でお役に立てるか分かりませんが。それでは、どうしましょうか」

「ありがとう。じゃあ、細井さんの家の最寄り駅を教えてもらっていいかな?」

 福永に自宅の最寄り駅を伝えると、途中の駅で降りるように伝えられる。そこなら徒歩でも帰れなくはない距離でありがたい。

 これも彼の配慮なのか。さすが、仕事のできる男は違うと妙に感心してしまった。

 スマホを鞄にしまい、璃湖は改札に向かって歩き出す。

 このときはまだ、福永からの相談が自分の人生を揺るがすことになるなんて、璃湖は微塵も思っていなかった。




 * * *




「暑い中待たせてごめんね」

 そう言って現れた福永は、ジメジメとした湿気を吹き飛ばすほど爽やかだ。すでに汗ばんでいる自分との違いに愕然としてしまう。

 まだ五月の初旬だというのに、今日は雨も降ったせいか蒸し暑い。気温はさほどでもないが、湿度が高いせいか不快指数がマックスだ。

 汗で貼りつくブラウスに顔をしかめる璃湖とは対照的に、福永は涼しい顔をしている。

 これは脂肪の量の違いなのだろうか。子どものころからずっとやや肥満気味の璃湖より、福永は確実に肉の量は少ないであろう。

 名字は『細井』なのに、太っているからとつけられたあだ名は『太井』だった。

 事実だからと受け入れていたのが良かったのか、それで嫌な思いをしたことはない。健康ならデブだっていいというのが璃湖の持論だ。

「いえ、待ったというほどではありませんから」

「せっかくの金曜日にごめんね。早速だけど、細井さんは食事の好き嫌いはある?」

「いえ、特には」

 汗を拭いながらそう答えると少しの間、顎に手を当てて考え込んだ福永が小さく頷いた。

「それならあそこがいいかな。よし、行こう」

 にこりと微笑んでから歩き出した福永に続いて、璃湖も動き出す。それほど歩かずに着いたのは、隠れ家のような雰囲気のある日本料亭だった。

 さりげなくエスコートされながら中に入ると、着物を着たきれいな女性が出迎えてくれる。

「まあ、福永さん。お久しぶりです」

「女将、ご無沙汰しています。今日、奥の個室は空いていますか?」

「ええ。さすが、運がいいですねぇ。ちょうどキャンセルが出て、使っていただけると助かります」

 口元に手を当てて笑う仕草が優雅だ。それにしても雰囲気から察するに、ここはとてもいいお店なのではないだろうか。

 まさかそんな場所に連れてこられるとは思わず、璃湖は今更尻込みしてしまう。

「それは良かった。行こう、細井さん」

 福永に促され、璃湖は頬を引きつらせながら店の奥に進んだ。外観こそシンプルだったが、奥に進むと一気に高級感が増していく。

 品のいい調度品たちを横目で見ながら、ここは想像以上に格式の高い店だと確信し恐怖を覚える。

 何度も言うが福永と璃湖は大して親しくもないただの同僚だ。それなのに、なぜこんな場所に連れてきたのか。

 彼の目的はなんなのか。混乱しているうちに、店の最も奥まった場所にある個室に通された。窓の向こうにライトアップされた日本庭園まであることに気づいて、璃湖は唖然とした。

 間違いない。ここは璃湖には一生縁がないであろう高級料亭だ。

 そしてなんとメニューには値段が書いていない。時価というものなのだろう。もう怖い、怖すぎる。

 恐怖に怯える璃湖をよそに、福永は親しげな様子で女将と話している。

 出迎えの様子を見ても、彼はこの店の常連なのだろう。

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