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ハイスぺ男子の秘密とは
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「細井さん、今日、仕事が終わったあとに時間あるかな?」
時は遡ること数日前。
昼休みに人気のないオフィスでひとり持参したお弁当を食べていた細井璃湖は、突然そう声をかけられて口に運ぼうとしていた箸を止めた。
確実に女性ではない低い声。自慢ではないが、この会社に入社してから異性に食事に誘われたことはない。
一体、どんな物好きか。はたまた罰ゲームか。訝しげに思いながら顔を上げる。
「……え? 福永さん?」
そこにいた人物があまりにも予想外すぎて、箸で摘んでいた唐揚げをデスクの上にポトリと落とす。思わず周りを見渡すが、オフィスには彼女以外誰もいない。
食事処が豊富なオフィス街に位置するこの会社でお弁当を持参する者はほとんどいない。璃湖の所属する営業部では彼女だけだ。
だからいつも自席でひとり悠々自適にお昼休みを過ごしている。
「……美味しそうなお弁当だね。唐揚げ、大丈夫?」
「へ? ああっ」
ぽかんと福永の顔を見上げていた璃湖は、その言葉で我に返りデスクに転がった唐揚げを拾い上げてお弁当箱の蓋に載せた。
油の跡をティッシュで拭いながら目の前の人物の顔をおずおずと見上げる。
「ええと……私になにか御用ですか?」
どこか不安げな表情で立ち尽くしている、営業部のエースである福永恭弥に向かってそう問いかける。
食事に、と聞こえた気がするがきっと空耳だろう。営業部に“細井”という名字は彼女しかいないから璃湖に話しかけているのは間違いない。だが、それが信じられない。
福永恭弥という男は、璃湖の働く宝村ホールディングスで知らぬ者はいないくらいの有名人だ。
宝村は食品と医薬品を主に取り扱う大手企業で、ふたりはメディカルヘルス部門の営業部に所属している。
彼は今年二十六歳になる璃湖の二歳年上で二十八歳。部署内でもその優秀さは群を抜いており、営業成績は常にトップである。
福永が有名なのはそれだけが理由ではない。とにかく容姿が整っているのだ。
涼やかな目元が印象的で、鼻筋もすっと通っている。知的でクールな印象を与えるが、ぷっくりとした薄紅色の唇がセクシーさとチャーミングさをプラスしている。
身長も一八〇センチを超える長身で、足も長い。職業がモデルといっても誰も疑わないであろう。
璃湖は入社して初めて彼を見たとき、なんて神様は不公平なのだろうと思った。
璃湖だって少し太っているせいで顔は丸いが、顔立ちだけなら整っている部類に入るだろう。だが、全体的に丸みが目立つパーツは際立った所がなくなんとも華がない。
ちなみに中身も地味だ。大きく不得意なことはないが得意なこともない。THE平凡である。そんな璃湖から見たら顔も頭もいい福永はチートである。
そんないわゆる“高嶺の花”である彼だが、長年恋人というものはいないらしい。そんな彼を社内の女性陣が放っておくはずもなく、福永が持ってくる仕事はいつも大変な争奪戦である。
ずっと相手にされていないのだから見込みはないと璃湖は思うのだが、優秀な遺伝子を欲するのは女の性というものなのだろうか。
自分がいかに平凡な女かを自覚している璃湖は、もちろんそれに一度も参戦したことはない。よって、福永とは挨拶くらいしか交わしたことがないのだ。
相手にとっても璃湖は石ころのような存在だろう。それなのに、一体なんの用があるというのか。
「ああ、もしかしてなにか急ぎの案件ですか? 特に早く帰らなければいけない用事はないので、一時間くらいなら残業できますよ」
黙ったままの福永にニコリと営業スマイルを向ける。きっと突発的な仕事で必要な書類ができたのだろう。
今日は金曜日だから、取り巻きの女性たちの都合がつかなかったのか。それとも本当に緊急でたまたまオフィスにいて声をかけてきたのかもしれない。
言いにくそうなのは、きっと今までほとんど関わったことがなかったからだろう。
「……いや、仕事を頼みたいわけではないんだ。でもよかった。それなら予定は空いてるんだね」
午後からの仕事を頭の中で整理していた璃湖は安心したように微笑んだ福永を見て、対応を間違ったことを悟った。
なにか面倒なことに巻き込まれる予感がするが、いい言い訳が思いつかず、仕方なく頷く。
「少し、食事に付き合ってほしいんだ。もちろん、ごちそうする。これ、俺の電話番号。仕事が終わったら、連絡して」
紙片をデスクに置いて、福永はさっと身を翻した。あっという間に遠ざかっていく背中を、呆気に取られながら見送る。
丸みを帯びたかわいらしい猫が描かれたメモを手にすると、彼の電話番号と思われる数字が羅列されている。これは福永の趣味なのだろうか。随分かわいらしいメモ用紙だ。
一体、なにが起こっているのだろう。やはりなにかの罰ゲームなのだろうか。
だが、彼は性格も抜群にいいのだ。悪い噂など一度も聞いたことがない。きっと、人を傷つけるようなことはしないはずだ。
それならば、仕事のことで気づかぬうちに重大なミスをしてなにか迷惑をかけてしまっただろうか。だが、そもそも璃湖は彼の持つ案件に一度も関わったことがない。
その可能性も限りなく低く、上司を通さないのもおかしな話だ。いくら考えてみても福永の目的が分からない。
「……唐揚げ、食べたかったなぁ」
デスクに落としてしまった本日のメインおかずを見てそう呟く。
昨夜の残りものだが、我ながら上出来だった。美味しすぎて食べ過ぎてしまい、一個しかお弁当に入れられなかったのである。
それがダメになってしまった。お昼に食べるのを楽しみにしていたのに、惨すぎる。
名残惜しげに唐揚げを見つめながら、卵焼きを口に運ぶ。美味しいはずなのに、先程の福永のことが気になりすぎて味がしない。こんなことは、人生で初めてだ。
昼食を非常に楽しみにしている璃湖はその時間を奪われたような気がしてひどく落ち込んでしまった。
福永は、一体璃湖のような石ころになんの用があるというのだろう。だが、その答えが見つかるはずもない。
璃湖は大きなため息をついて、残りのお弁当を口の中に押し込んだ。
時は遡ること数日前。
昼休みに人気のないオフィスでひとり持参したお弁当を食べていた細井璃湖は、突然そう声をかけられて口に運ぼうとしていた箸を止めた。
確実に女性ではない低い声。自慢ではないが、この会社に入社してから異性に食事に誘われたことはない。
一体、どんな物好きか。はたまた罰ゲームか。訝しげに思いながら顔を上げる。
「……え? 福永さん?」
そこにいた人物があまりにも予想外すぎて、箸で摘んでいた唐揚げをデスクの上にポトリと落とす。思わず周りを見渡すが、オフィスには彼女以外誰もいない。
食事処が豊富なオフィス街に位置するこの会社でお弁当を持参する者はほとんどいない。璃湖の所属する営業部では彼女だけだ。
だからいつも自席でひとり悠々自適にお昼休みを過ごしている。
「……美味しそうなお弁当だね。唐揚げ、大丈夫?」
「へ? ああっ」
ぽかんと福永の顔を見上げていた璃湖は、その言葉で我に返りデスクに転がった唐揚げを拾い上げてお弁当箱の蓋に載せた。
油の跡をティッシュで拭いながら目の前の人物の顔をおずおずと見上げる。
「ええと……私になにか御用ですか?」
どこか不安げな表情で立ち尽くしている、営業部のエースである福永恭弥に向かってそう問いかける。
食事に、と聞こえた気がするがきっと空耳だろう。営業部に“細井”という名字は彼女しかいないから璃湖に話しかけているのは間違いない。だが、それが信じられない。
福永恭弥という男は、璃湖の働く宝村ホールディングスで知らぬ者はいないくらいの有名人だ。
宝村は食品と医薬品を主に取り扱う大手企業で、ふたりはメディカルヘルス部門の営業部に所属している。
彼は今年二十六歳になる璃湖の二歳年上で二十八歳。部署内でもその優秀さは群を抜いており、営業成績は常にトップである。
福永が有名なのはそれだけが理由ではない。とにかく容姿が整っているのだ。
涼やかな目元が印象的で、鼻筋もすっと通っている。知的でクールな印象を与えるが、ぷっくりとした薄紅色の唇がセクシーさとチャーミングさをプラスしている。
身長も一八〇センチを超える長身で、足も長い。職業がモデルといっても誰も疑わないであろう。
璃湖は入社して初めて彼を見たとき、なんて神様は不公平なのだろうと思った。
璃湖だって少し太っているせいで顔は丸いが、顔立ちだけなら整っている部類に入るだろう。だが、全体的に丸みが目立つパーツは際立った所がなくなんとも華がない。
ちなみに中身も地味だ。大きく不得意なことはないが得意なこともない。THE平凡である。そんな璃湖から見たら顔も頭もいい福永はチートである。
そんないわゆる“高嶺の花”である彼だが、長年恋人というものはいないらしい。そんな彼を社内の女性陣が放っておくはずもなく、福永が持ってくる仕事はいつも大変な争奪戦である。
ずっと相手にされていないのだから見込みはないと璃湖は思うのだが、優秀な遺伝子を欲するのは女の性というものなのだろうか。
自分がいかに平凡な女かを自覚している璃湖は、もちろんそれに一度も参戦したことはない。よって、福永とは挨拶くらいしか交わしたことがないのだ。
相手にとっても璃湖は石ころのような存在だろう。それなのに、一体なんの用があるというのか。
「ああ、もしかしてなにか急ぎの案件ですか? 特に早く帰らなければいけない用事はないので、一時間くらいなら残業できますよ」
黙ったままの福永にニコリと営業スマイルを向ける。きっと突発的な仕事で必要な書類ができたのだろう。
今日は金曜日だから、取り巻きの女性たちの都合がつかなかったのか。それとも本当に緊急でたまたまオフィスにいて声をかけてきたのかもしれない。
言いにくそうなのは、きっと今までほとんど関わったことがなかったからだろう。
「……いや、仕事を頼みたいわけではないんだ。でもよかった。それなら予定は空いてるんだね」
午後からの仕事を頭の中で整理していた璃湖は安心したように微笑んだ福永を見て、対応を間違ったことを悟った。
なにか面倒なことに巻き込まれる予感がするが、いい言い訳が思いつかず、仕方なく頷く。
「少し、食事に付き合ってほしいんだ。もちろん、ごちそうする。これ、俺の電話番号。仕事が終わったら、連絡して」
紙片をデスクに置いて、福永はさっと身を翻した。あっという間に遠ざかっていく背中を、呆気に取られながら見送る。
丸みを帯びたかわいらしい猫が描かれたメモを手にすると、彼の電話番号と思われる数字が羅列されている。これは福永の趣味なのだろうか。随分かわいらしいメモ用紙だ。
一体、なにが起こっているのだろう。やはりなにかの罰ゲームなのだろうか。
だが、彼は性格も抜群にいいのだ。悪い噂など一度も聞いたことがない。きっと、人を傷つけるようなことはしないはずだ。
それならば、仕事のことで気づかぬうちに重大なミスをしてなにか迷惑をかけてしまっただろうか。だが、そもそも璃湖は彼の持つ案件に一度も関わったことがない。
その可能性も限りなく低く、上司を通さないのもおかしな話だ。いくら考えてみても福永の目的が分からない。
「……唐揚げ、食べたかったなぁ」
デスクに落としてしまった本日のメインおかずを見てそう呟く。
昨夜の残りものだが、我ながら上出来だった。美味しすぎて食べ過ぎてしまい、一個しかお弁当に入れられなかったのである。
それがダメになってしまった。お昼に食べるのを楽しみにしていたのに、惨すぎる。
名残惜しげに唐揚げを見つめながら、卵焼きを口に運ぶ。美味しいはずなのに、先程の福永のことが気になりすぎて味がしない。こんなことは、人生で初めてだ。
昼食を非常に楽しみにしている璃湖はその時間を奪われたような気がしてひどく落ち込んでしまった。
福永は、一体璃湖のような石ころになんの用があるというのだろう。だが、その答えが見つかるはずもない。
璃湖は大きなため息をついて、残りのお弁当を口の中に押し込んだ。
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