ハイスぺ男子は私のおもちゃ ~聖人君子な彼の秘めた執着愛~

幸村真桜

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ハイスぺ男子の秘密とは

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「俺⋯⋯その、EDなんだ」

 小さな声で絞り出すように呟いた福永の言葉に璃湖は首を傾げた。

「いー⋯⋯でぃー⋯⋯?」

 聞き慣れない単語に、頭の中にクエスチョンマークが浮かぶ。脳みそをフル回転させるが、残念なことに該当の用語は璃湖の知識に存在していないようだ。

「あの、無知で本当に申し訳ないんですけど。いーでぃーとはなんですか?」

「ごめん、そうだよね。直接的な表現になってしまうけど、勃起不全といえば伝わるかな」

「ぼっ⋯⋯き⋯⋯」

“勃起不全” 

“ED”

 ふたつの単語が頭の中で繋がった。知識として、そういう病気があるのは知っている。ただ、あまりに縁のない用語すぎてピンとこなかったのだ。しばしの間、沈黙が続く。

(勃起⋯⋯。勃起不全。それって、男性器が⋯⋯)

 思わず福永の下半身に視線を向けるが、対面に座っているのだからもちろんテーブルの下に下半身が隠れている。璃湖の視線でEDの意味を理解したことを悟った福永が小さく頷いた。

「高校生の頃からだから、もう二十年になるかな。その間、俺の股間はなにをしようと一度も反応したことがない。それなのに……」

 どうしてあんなに福永が言葉を濁していたのか、璃湖はようやく理解した。これは確かに簡単に人に話せる内容ではない。

 だが、なぜそれが璃湖に相談しようと思ったのか。新たな疑問に首を傾げる。

「先週、俺、よそ見をしてて細井さんにぶつかってしまったことがあるんだけど。覚えてる?」

 そんなことがあっただろうかと記憶をたどるが、残念ながら思い出せず首を横に振る。

「そうだよね。あのときの細井さん、心ここにあらずで俺のことなんか眼中にないって感じだった。だけど、あのとき俺には衝撃的なことが起こってたんだ」

 一体、なにがあったのか。固唾を飲んで言葉の続きを待つ璃湖から、福永は気まずそうな顔で目を反らした。

「……勃ったんだ」

 福永がぽつりとそう呟いた。言葉の意味が上手く吞み込めず、璃湖は考え込んだ。福永は、確かに“勃った”と言った。

 それはつまり、男性器が勃起したということだろうか。璃湖の知識だと、男性器がそうなるということは、性的興奮が起きるような刺激が必要なはずだ。

 オフィスで、しかも十二年も反応しなかったものがそうなるなんて、一体なにがどうしたというのだろう。

「引いた……よね。ごめん、こんなこと言われて気持ち悪いよね」

 黙ったままの璃湖に不安になったのだろう。璃湖の方を控え目に伺いながら、福永は今にも泣き出しそうな顔をした。そこでハッと我に返り、慌てて首を横に振る。

「ち、違います。全然引いてません。ちょっと脳がなかなか言葉を処理してくれなくて。それで、ええと……つまり福永さんの男性器が十二年ぶりに勃起したと。そういうことですよね?」

「う、うん。そうなんだけど……はっきり言われると恥ずかしい」

 頬を赤らめる福永に釣られて璃湖も赤面する。確かにあまりに直接的な表現をしてしまったかもしれない。

「す、すみません、デリカシーがなかったですね。それにしてもどうしてでしょう。おっぱいでも当たってしまいましたかね?」

 男で女の乳房を嫌いなヤツはいないと兄たちも言っていたが、やはり福永もそうなのだろうか。両手で胸を持ち上げる璃湖を見て、福永は更に赤くなった。

「ほ、細井さんて、意外と大胆なんだね。でも、違うんだ」

 しまった、つい素を出してしまった。男兄弟の中で育ったせいか、璃湖は大人しそうな見た目に反してなかなか豪快な性格をしている。

 悪く言うと大雑把、よく言えば大らか。細かいことを気にしない点を、自分では長所だと思っているが見た目とのギャップに驚かれることも多い。

 しかし、身体的接触が要因ではないらしい。璃湖は太めの体型のせいか、なかなか胸にボリュームがある。

 兄たちに「お前の巨乳は武器になる」と言われたことがあるし、経験上これを好ましく思う男性は多いのだと知っている。今まで何度痴漢の被害に遭ったか分からないほどだ。

 だからてっきり福永もそうだと思ったのだが。

 だが、よく考えれば福永ほどのハイスペックなイケメンなら璃湖以上の巨乳女性でも捕まえ放題だ。それがトリガーなら十二年も悩むはずがないだろう。

「匂い……。すごくいい香りがしたんだ。ちょっと甘くて、食べたくなるような」

 どこかうっとりとした表情で話す福永に、璃湖は首を傾げた。特に香水の類はつけていない。可能性があるとすればシャンプーか、璃湖自身の体臭である。

 少し恥ずかしいが、これはもう手っ取り早く確かめてもらうしかない。璃湖は立ち上がって、福永の隣に移動した。

「え? ほ、細井さん? なにを……」

「直接嗅いでもらったほうが早いかと思いまして。失礼します」

 戸惑う福永を無視して、自ら身体を押しつける。さりげなく胸を腕に押しつけてみるが、福永は身を固くしたまま動かない。これではまるで痴女だなと内心で苦笑いをする。

「ほ、細井さん、これセクハラにならないかな?」

「それはこちらのセリフかと。嫌じゃないですか?」

 身体は強張らせたままコクコクと何度も頷く福永にほっとする。だが、安堵している場合ではない。これは実証実験なのだ。

「で、どうですか? そのときの匂いします?」

「……いや、いい香りはするけど。あのときとは違うかな」

 首筋のあたりをスンスンと嗅ぐ福永に、汗の匂いは大丈夫だろうかと急に心配になる。だが、今更そんなことを気にしていても仕方がない。

 福永とぶつかったとき、璃湖はなにをしていてなにを考えていたのだろう。彼女は会社で地の大雑把な部分が出ないように、相当気をつけて仕事に取り組んでいる。

 自慢ではないが、新人時代の数回を除いてミスというミスをしたことがない。それなりに上司からの信頼を得ていると自負している。

 大学時代、一度だけ提出物の期限をうっかり忘れてしまったことがあった。そのとき担当の教授に『デブはやっぱりだらしない』と蔑みの目を向けられ強いショックを受けた。

 世の中には体型が太めというだけでマイナスな見方をする人がいると知った出来事だった。

 だから二度とあんな思いはしないようにと、いつも気を張って生きているのだ。そんな璃湖が会社で心ここにあらずの状態になるなんて。そうなるなにかがきっとあったはず。

 いまだに匂いを嗅いでいる福永に集中力を削られながらも、璃湖は必死に自らの記憶をたどった。

「あっ」

 思い当たることをひとつだけ思い出し、璃湖はかあっと赤くなった。まさか、あれだろうか。あの日のことを思い出し、身体が熱を帯びる。

 急に自分の大胆な行動が恥ずかしくなり、璃湖は福永から離れようとした。

「待って」

「わっ」

 突然、腕を掴まれて、バランスを崩して福永の胸に倒れ込む。全体重をかけることになってしまったが、福永の身体はビクともしない。

 細身に見えるが、意外と筋力があるようだ。だが、そんなことを考えている場合ではない。

 抱き合うようなこの体勢はまずいと離れようとするが、背中に回った手がそれを阻んだ。
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