ハイスぺ男子は私のおもちゃ ~聖人君子な彼の秘めた執着愛~

幸村真桜

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ハイスぺ男子の秘密とは

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「あ、ああ、あの、福永さん!?」

「……これだ。あのときの匂い」

 戸惑う璃湖をよそに、福永は肩口に顔を埋めてうっとりとそう呟いた。彼の吐いた熱い吐息が璃湖の首筋をくすぐる。

「んんっ」

 背中にゾクリとしたものが走り、思わず艶めかしい声が口から洩れる。すると福永は弾かれたように璃湖から身体を離した。

「あ、ご、ごめんなさい」

 聞き苦しい声を出してしまったと、璃湖は反射的に謝罪の言葉を口にした。だが、福永は黙ったままだ。璃湖の声など聞こえていないかのように一点を見つめたまま呆然としている。

「ふ、福永さん、大丈夫ですか?」

「……勃った」

「……え? たっ……たっ……た?」

 瞬きもしない福永に心配になって声をかけたが、返ってきた言葉の意味がすぐにのみ込めない。しばし考えたのちに理解し、思わず福永の股間に目をやった。

 だが、スラックスの上からではその変化は確認できない。それもそうかと視線をあげた璃湖は、福永の顔を見てぎょっとした。

 彼は泣いていた。声も出さずに、静かに。ただ、大粒の涙がポロポロと頬を伝って落ちていく。璃湖は黙ったまま立ち上がり、鞄の中からハンドタオルを取り出し福永に差し出した。

「これ、使ってください。私汗っかきなので、タオルを多めに持ち歩いているんです。これは未使用ですから」

「ありがとう。……ごめん、こんな情けないところを見せて」

 余計な言葉をかける必要はない気がして、璃湖は気にしないでほしいとただ首を横に振った。真っ赤な目をした福永が小さく笑い、ハンドタオルに顔を埋めた。

 大人の男性が人前で涙を流すなんて、よほどのことだ。それだけ辛かったということなのだろう。女である璃湖に、その気持ちのすべてを理解することは難しいが寄り添うことはできる。

 そんな気持ちで、璃湖は膝に置かれた福永の手にそっと自分の手を重ねた。 一瞬ピクリと身体が動いたが、拒絶するような動きはない。嫌がられてはいないようだと、ほっと息をつく。

 どのくらいの間そうしていたのか、タオルから顔を上げた福永が気まずそうに苦笑いをした。目が赤く腫れているが、少しも美貌を損なっていないのがすごい。

 璃湖だったらきっと見られたものではなかっただろう。

「本当にごめん。タオル、新しいものを買って返すね」

「いいですよ、そんな。そのまま返してください」

 だが、福永はそれでは気が済まないからと自分の鞄にしまってしまった。ふうっと息を吐いた福永が、赤い目で璃湖のことを見つめる。

「俺、もう自分の男としての能力は死んでいるんだと思ってた。子どもを作ることもできないし、家族を持つこともできないんだって、諦めてた。だけど……まだ可能性が残っているんだと思ったら……」

 福永の顔がくしゃりと歪んだ。泣くまいと必死に涙を堪えている姿に璃湖も泣きそうになってしまう。そして、ようやく璃湖は福永の苦悩の本質を理解した。

 彼が男性としての生殖機構を失って十二年。子どもを望まない人もいるが、先程の言葉から察するに福永はそうではない。

 きっと今まで、色々なことを諦めてきたのだろう。彼の苦しみを思うと胸がぎゅっと締めつけられる。

「はあ、情けないところばかり見せてごめん。でも、なにに反応したかは分からないんだ。細井さんのことは……その……好ましい女性だと思っていたけど。邪な目で見たことは本当になかったんだ」

 それはそうだろう。福永のようにその気になればどんな女性も選び放題の男が、わざわざ璃湖のような地味な女に興味を持つはずがない。

 むしろお世辞まで言わせてしまって申し訳ない気持ちだ。

「それなんですが、少し心当たりがあるというか」

「え!? 本当!?」

「いや、でも確証はないんですよ」

 キラキラと目を輝かせる福永を見て複雑な気持ちになる。まさかそんなことがあるのかと思うが、原因はあれとしか思えない。

 それを伝えるのはできれば避けたいのだが、福永を助けたい気持ちが芽生えてしまった。彼にとって璃湖は暗闇の中に射した一筋の光である。

 福永の未来のためなら、己の羞恥心など捨てるべきではないか。いや、そうすべきだ。

 覚悟を決めた璃湖は、姿勢を正して真っすぐに福永の顔を見つめた。

「福永さんを信用した上でお誘いするのですが、このあと私の家に来ませんか?」

「え? い、家?」

「はい。直接見てもらった方が早いので。福永さんも私に……その、EDの話をするのはとても勇気がいったと思うんです。だから私も、誰にも話したことのない秘密を福永さんにお伝えします」

 ゴクリと唾を飲み込んだ福永が、璃湖と同じように姿勢を正した。そして、神妙な顔で深く頷く。

「分かった。俺も、細井さんの秘密はなにがあっても守るよ」

 自然と握手を交わし、どちらからともなく立ち上がると店を出る準備を始める。そして不思議な連帯感に包まれながら、ふたり並んで歩き始めた。




*   *   *





「狭い家ですが、どうぞ」

「お、お邪魔します」

 締め切られていた部屋は、熱気で満ちている。噴き出してくる汗をタオルで拭きながらエアコンのスイッチを入れて、クッションをポンポンと叩いた。

「どうぞ、座ってください。今、飲み物出しますね」

 ペットボトルのお茶しかないが、部屋に人を招くなんてことを想定していなかったから仕方がない。マグカップにお茶を注いで、テーブルに置く。

 ワンルームの部屋はひとりならばなんの不便もないが、来客があると手狭に感じる。なにより、自分の家に福永がいる違和感がすごい。

「細井さん、野球好きなの?」

 所在なさげに視線を彷徨わせていた福永がマグカップを見てそう言った。

「ええ、そうなんです。父の影響で子どもの頃から。野球観戦が趣味なんですよ」

 マグカップも贔屓の球団のものだが、壁に貼ったコルクボードにもキーホルダーや缶バッジを飾っている。福永が座っているクッションも球団のマスコットキャラクターのものだ。

「へえー……そうなんだ。ちょっと意外。あと……あの匂いがする」

「えっ、勃ちました?」

「そんなハッキリと……。勃つ、まではいってないけど、ムズムズする」

 璃湖は福永の近くにあるゴミ箱に目をやった。そこには朝、あることに使用したゴミが捨ててある。

 やはり原因はあれなのだろうか。あり得ないだろうと思っていた推測が確信に近づいていく。

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