その捕虜は牢屋から離れたくない

さいはて旅行社

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1章 敵国の牢獄

1-18 お忍びの姿サザ

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 あの皇帝陛下は食えん人物だということがわかった。
 上に立つ者なんてそんなものだろう。

 リンク王国の国王は遠く遠くに見ることができたくらいの遠い人だから、そんな人に恩を感じるかというとそんなわけがない。
 差別が大きい国だから、上の人間に対して期待することもない。
 実際のところ、髪の色で才能の差が出るわけがない。その環境の差だ。高度な教育を受けられる者が上の地位を独占するのは当然だ。それがわかる人間がリンク王国の上層部にはいない。

 ところ変わって、オルド帝国は実力主義。
 皇帝自身が使える者を探していても不思議ではない。
 あそこまでフランクでフレンドリーな雰囲気を醸し出していながら、ただならぬ空気もまとう。
 帝国に狂信者が多い理由がなんとなくわかる。
 雲の上にいるだけの人物にそこまでの狂信者がいるはずもない。

 だが、なぜこのタイミングで牢獄に顔を出したのか、真意がわからない。

 わからないが、、、うん。

「やあやあ、クロウくん。道案内が必要じゃないかー?ガイド料金はお安くしておきまっせー」

 そこにはニヤニヤ笑う皇帝がいた。
 大教会の裏口からこっそり出てきたつもりだったが。

「皇帝陛下、お付きの方々が見当たらないようですが?」

 マジで護衛とかどこにいるの?
 皇帝が一人で帝城を抜け出して街を歩き回っているのがこの国では普通なのか?
 帝城の近くの大教会の裏道だが、表の広場と違い暗闇のなかである。

「俺にはそんなもの必要ないし、邪魔なだけだ」

「はあ、そういうものなのですか」

 帝国だから誰もつけないでも皇帝が外を勝手に歩き回れる、ということを信じたわけではない。
 この人だから勝手に抜け出し、護衛たちを慌てさせることも可能なだけだ。

 この人にはそれだけの力がある。

 帝国は実力主義。
 それは皇帝もだ。

「おーう、俺の言葉をそんなにあっさり信じていいのか。さすがに俺がいくら強くても、一人で出歩かせるほど皇帝は自由じゃないぞー」

「ええ、それは存じ上げております、皇帝陛下」

「あっ、街中では皇帝陛下は禁止ー、サザって呼んで」

 オッサンがウインクした。
 、、、サザと名乗るとは隠す気ないのか?

「すっごい半目ー、意外とバレてないぞ」

 えっへん、じゃねえよ。民衆に気を使わせるなよ。
 絶対にお忍びってバレてんぞ。
 オルド帝国の皇帝サザーラン。
 略して、サザ。
 バレバレや。

 服装は牢獄に来たときよりも庶民寄りで、防寒具をたんまり着こんでいる。寒いの苦手なのか。
 冬、帝国の夜は冷える。
 白い息が吐き出される。

「サザ様と呼べばよろしいのですか」

「クロウくんの学習能力は高いけど、この格好のとき様はいらないなあ。敬称略って」

「サザさんと呼びますね」

 敬称略なんかにしませんよ。
 呼び捨てなーんか怖いから。
 お忍びのこの姿でも、皇帝は皇帝。
 どこにどんな目があるかわかったもんじゃない。

「クロウくんは譲らないところは譲らないみたいだからなあ。笑顔が怖いし、それで手を打つかあ。仕方ない」

「ゴートナー文官は気づいてなさそうに見えて、しっかり報告していたと」

 話しがとことん脱線しそうだから戻しておこう。
 わざわざ皇帝が会いに来るというのはどういうことなのだろう。
 牢獄ではできない話か。
 それとも、外に出た瞬間を狙って俺を始末する気、、、だったらすでにしているはずだ。
 何か目的がなければ、本人自ら来ない。

「いやいや、ゴートナーは魔導士じゃないから気づいてない。ゴートナーは文字通り文官だ。お前から信頼を勝ち取るための」

 ふむふむ、じゃあ、何でバレたんだ。
 大教会に空間転移の魔法陣をベタベタと貼り付けたことを。
 あ、貼り付けすぎた?バレて消されたときのために予備を多めにしていたことが裏目に出た?他人には見えないように細工したのになあ。

「俺の密偵が嗅ぎつけただけだ。転移魔法陣なんて強大な魔法、使えば魔力が漏れないわけがない」

 ま、俺くらいの実力じゃ誤魔化せないか。
 帝国にだってその道のエキスパートたちが揃っているのだろうから。軍事国家なのだから、リンク王国よりも上手なはずだ。

「脱獄を実行したわけではないのだろう。何が目的だ?」

 ニヤーと笑いながらサザ氏が顔を近づけてくる。

「面白いことは何もないですよ。ただの買い出しです」

「ただの買い出しならナナキに頼めばいい話だろ?」

 表情は笑顔なのに、目の奥は笑っていない。
 おや?
 疑っている?

 こういうとき、俺は困惑するしかないのだが。

「あのー、何を考えているのか手を取るようにわかりますが、サザさんもナナキさんも上流階級、、、最上流階級ですからね」

 言い直してやったぞ。この国で一番偉い皇族だからな、コイツら。上流階級という表現では済まされない者たちである。

「頼むのは気が引けると?」

「価値観が違い過ぎるのです」

「、、、俺もナナキも平民の生活にも理解があるぞ」

 確かにリンク王国の王族よりはあるだろう。
 だがしかしっ。

「サザーラン皇帝陛下ー、貴方がたは平民の暮らしを上辺だけ知っているだけですー」

「いやっ、スラムや最下層の土地にも足を運び、改革したこともあるっ」

「それが?」

「いやっ、クロウくんの笑顔が怖いっ」

「バカ高い容器なんかいらないんですよねえ。そんなの提案されて平民をナメてんのかって思いますよねえ。たかが数回使えば割れる小瓶にどれだけの金額かける気ですかねえ。数がほしいのに、質が良い物なんか求めてないんですけどねえ。薬が入りさえすれば充分なものなのに。平然と高級品を勧められると困惑しかないですけどねえ、こちらは」

「はっ、ナナキがごめんなさいっ?笑顔で責めないでっ」

「サザさんー、コレだけでも価値観が違い過ぎるという俺の言葉に異論がありますか?」

「ないですっ。だから、魔力を込めた重圧を加えないでっ」

「いやですねえ、超偉いサザさんにそんなことするわけないじゃないですかあー」

「わーっ、無意識の重圧っ?超怖いっ」

 怖がる演技が得意な皇帝様だなあ。
 こういうお茶目なところが民衆に好まれ、狂信者を生むのだろう。

「まあ、おふざけはこのくらいにして、ナナキさんが提案した代物は大きな容器でも小瓶でも品質が高く、上流階級が好む物です。ナナキさんには安いと思える物でもそれなりのお値段がします。俺が欲しいと考えるのは、実用向きで装飾も一切ない量産的なシンプルな小瓶で、安価なものです」

「え、今のおふざけだったの?ものすごく怖かったのに。もしかして、おふざけでコレなの?戦場でもこの恐怖は味わえないよ」

 何を言っているのかな、この皇帝。もういいっておふざけは。

「貴族向けの品はお値段が一桁だけじゃなく、二桁、三桁以上当たり前のように違うので俺には必要ありません」

「あー」

 皇帝は頭をガリガリと掻く。

「つまりお前が欲しがっていた物は、俺たちが目もかけない二流三流以下の粗悪品だということか」

「簡単に言うとそうなりますね」

 もちろん粗悪品だとしても、使用には問題ない物を選ぶ。
 それに彼らにとって粗悪品でも、平民から見ると生活に使う普通の品物だ。

「売っているところは知っている。今日はそこに案内してやるから許せ」

「案内していただけるのは大変助かりますが、許せとは?」

「そこは謝罪を受け入れて流してほしいところだったが。俺が価値観の違いを指摘されることも少ないからといって、俺がすべてを真に理解していたかというと今となっては疑わしい。それに、俺に驕っていた部分があることは事実だ」

 ふむふむ。
 柔軟な対応ができるところはさすがだ。この国のトップは一味違うぜっ。味見したことはないけど。

「俺の方こそ少々予定外のことが起こったためにはしゃぎ過ぎました。サザさんの心が広く、深い包容力を持つところに甘えてしまい、こちらこそ感謝の念に堪えません」

「うわー、貴族よりも腹芸ができるー」

 何を言ってらっしゃる。皇帝の方が上手でしょ。
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