その捕虜は牢屋から離れたくない

さいはて旅行社

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1章 敵国の牢獄

1-17 帝国の皇帝陛下

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 ニヤリと笑う目元が、ある人物にそっくり。
 嫌がらせか?

 無精ヒゲなんてものは生やしておらず、若々しい感じがあったとしても、さすがに二十ほど年齢が離れていては兄というよりは父親と言われた方がしっくりくる。
 だが、この二人は兄弟。
 厨房からチラチラと視線をよこすくらいなら、堂々と現れたらどうか。

 もしかしたら、このタイミングでこの人物がこの場に現れるのは、ナナキ氏にもどういう意味合いかを図りかねるといったところか?

 腰痛の薬は婆様のためだと言っていた。

 婆様。

 それは誰を意味するものか。この二人の母親のことか??
 彼は横柄に椅子に座ったまま。その椅子は日常では捕虜が座るものだから座りにくかろう。彼が座るような椅子ではない。

 とりあえず椅子から立ち上がってお辞儀しておこう。ペコリ。

「お前が作った腰痛の薬、うちの嫁が重宝している」

 おおいっ、婆様って義姉かよ。
 本人に聞かれたら本気で殺されるヤツだ、ナナキ氏が。
 へ、平常心、平常心。

「お褒めいただき、ありがとうございます。皇后陛下が」

「あ、ちゃうちゃう。このオルド帝国では皇后は皇后殿下と呼ぶ。この国で陛下をつけていいのは皇帝のみだ」

 おおう、そうでしたか。
 指摘の仕方は軽いが、目は怖い。
 これ以上自分の正体についてこの場で言うな、という圧も含まれているか。

 オルド帝国の絶対的権力者は皇帝ただ一人。
 跡継ぎの皇太子でも油断はできない。

「それは大変失礼致しました。オルド帝国に来て、まだまだ日が浅いゆえ」

「はははっ、敵国の事情を熟知されている方が怖い。魔導士殿には今後覚えていってもらえたら良い」

 ほほう?今後があるとな?それは生かしてもらえるということなのかな?
 んで、この会話でコイツがその皇帝だとわかった捕虜はこの食堂にどれだけいるだろうか。

 隊長以外わかってないらしい。
 みーんな、脳筋だから仕方ないか。
 脳筋だからで終わる世界。もう少し深く考えて生きようぜっ、捕虜だとしても。

 ナナキ氏以外の料理人たちはいつもの動きをしているが、彼らはこの存在に気づいている。
 通路にいる看守たちが、微妙に気づいていない気がするのはなぜだろう。
 自国の皇帝の顔くらい覚えておけよ。頻繁に代替わりしているわけじゃないのだから。
 服装か?マントをたなびかせた豪華な軍服じゃないとわからないのか?

 正体に感づいた隊長は動きがとまってしまっている。
 そりゃ、意図がわからないよね。皇帝がここにいる意味。ついでに言うなら、皇弟が牢獄の食堂の料理長している意味もわからないんだけどさ。教えてー、と素直に言ったところで建前ならともかく本音を教えてくれるわけもない。

「直々にご教授いただき、感謝いたします。捕虜ながら、このような厚遇でのご配慮を」

「厚遇か」

 皇帝が俺の言葉を切った。
 おや?何か気に入らない言葉でもあったか?

「この環境が、か?」

 やや馬鹿にしたような口の端だけで笑った笑顔。
 そりゃ、皇帝陛下の生活水準と比べちゃいけない。

「ええ、本来ならば人権なんて無きがごとしの捕虜が、平民の暮らしよりも良い環境で過ごさせていただいておりますので」

「は?え?リンク王国の平民はこの牢獄よりひどい暮らしをしているのか?」

 驚きのあまり皇帝さんは周囲を見回すが、俺以外は貴族なので尋ねても答えは出てきません。
 貴族の皆さんはもちろん俺よりも良き暮らしをしてますよ。

「例えば、この牢獄での食事は食材こそ高価なものではありませんが、質の良いものが使われています。リンク王国の王宮では使用人用の食堂でも平民が使える食堂は決められておりまして、そこで使われていた食材は残念なものでした。そして、王宮外で平民が食べることができる飲食店ではそれ以上のものが出て来ることはありません」

「一事が万事ではないが、それだけでもリンク王国の闇が垣間見れる。身分偏重主義がそこまで行き過ぎているとは。だから、実力ある者も使い捨てるのか」

 皇帝の鋭い目が俺を見ている。
 やだー、怖ーい。射抜かれそー。

「そのおかげで、我が帝国は労せずリンク王国で魔法障壁を張っていた魔導士を手に入れたわけだが」

「魔力充填していただけですよ」

 その魔法を作ったのは昔々の偉人ですよ。俺の功績ではありません。

「じゃ、魔力充填だけでいいから、帝国の魔法障壁も面倒見てくれるか?」

「御命令されるのでしたら」

 そりゃ、捕虜ですから命令されれば粛々と従いますよ。

「おおっとぉー、敵国の面倒なんて見れるかっ、という態度を見られるかと思ったのに、そんなに容易く返事されるとは。うーむ、その対価は帝都の屋敷ではどうか?」

 皇帝陛下の言葉に、俺は食堂の出入口付近まで後退した。

 うん?
 皇帝ってやっぱり価値基準が違うのか?

 あ、いやいや、その屋敷とは名ばかりの檻に一生閉じ込めてやろうという支配者ジョークか?
 そうだよなあ、捕虜に屋敷をポンと与える権力者なんてこの世におるまい。
 どこかの地下で強制労働ってヤツか?
 捕虜だから生かしてもらえるだけありがたく思えってことか?

 正直なところ、この牢獄より過酷な環境に放り込まれるのは嫌だなあ。

「ああ、なるほど、こういうことか。おいおい戻ってこい。怖くないぞー。お前が望むなら、ここにいくらでもいていいからさー」

 皇帝さんが何かに納得しながら、座っている椅子から手招きする。

 本当ですかね?
 皇帝は気分で命令を変えることなんて自由ですから、ご無体なことを言いませんか?
 平民の命なんてサクッと刈っちゃうだろうし。

「俺を疑うな。誰だと思ってる」

 その誰、とはこの場で公言してもらいたくないようですけど?
 身分を隠した発言をどこまで信用できるだろうか。

 お、いつのまにか食堂の外の壁に隠れようとしていた。このまま宛がわれた牢に戻ったら不敬罪で罰せられてしまうかなあ。

「なるほどなるほど。誇張表現じゃなかったとは。はいはい、皆ー、聞いてー、クロウちゃんもここにいる奴らも帝国に利するところがあるなら、登用する準備がある。ただし、ここはオルド帝国。リンク王国と敵対することにはなるが、死ぬよりはマシだと思うヤツは今の話を考えておけ」

 堂々と言い放った。
 皇帝とわからなくとも、身分が高い人物だというのは捕虜の皆にも伝わったことだろう。

 さて、帝国が第四王子部隊を雇う利点?
 あるのか?
 ないわけではないが、結局は武力として戦いに出て武勲を上げざる得ない。彼らは騎士なのだから。
 けれど、捕虜だけで戦場を行動させる権力者はおるまい。

「国にいる家族や友人、知人も捨てることになるが、な」

 最後にニヤリと笑って、皇帝は食堂を去っていった。
 何しに来たんだろう。
 敵情視察?
 たかが一部隊、するほどのものでもないし。


 嵐が去ったかのように、しばし食堂では沈黙が流れていた。
 料理人たちだけがシャカシャカと動いていたが。
 そもそも、隊長以外はあの人は誰?状態なのだし。

 正気に戻った者たちが夕食を再開し始めたとき。

「クロウ、」

 小さい声で話しかけてきたのは、ナナキ氏。

「腰痛の薬、追加注文だと。ちなみにできるだけ早くと」

 ああ、そうですか。
 直々に注文しに来たんですか。
 わざわざ。
 奥様へのご機嫌取りですかね、もしかして。
 恐妻家だったりするのかなあ、天下の皇帝様も。
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