その捕虜は牢屋から離れたくない

さいはて旅行社

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1章 敵国の牢獄

1-19 貴方に夢中

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 リンク王国の魔法障壁が風前の灯火との報告を受け、関係各所と打ち合わせる。
 どう考えても、魔法障壁を維持していた魔導士をリンク王国が軽んじた結果としか見えない。

 そして、オルド帝国もその魔導士を囲い切れていない。
 牢獄の料理長とまでなって懐柔策を進める弟は成果を上げてない。
 会って話してみて、魔導士クロウの思考が我々とズレていることに気づく。
 コレが平民と皇帝の差と簡単に言ってしまっていいわけがない。おそらく帝国の平民ともかなりのズレが生じるはずだ。

 餌では釣れない。
 人質は有効ではない。

 言葉が正確に伝わらない。
 裏がないのに、裏を読もうとする。
 クロウは何であんなにひねくれて育ったんだ?
 答えは簡単。リンク王国のせいである。あんな価値のなくなった国、もう滅ぼすか。

 だが、滅ぼす前に、クロウと友好関係をきちんと結んでおかなければ、二度と越えられない壁を建造される危険性だってある。いまだによくわかっていない家族親族関係、友好関係等を洗い出し、彼が生きていてほしいと望む人物は生かしておかなければならない。
 どうせ本人に尋ねても、曖昧に答えるだけだ。
 それこそ帝国の人質にされるから。

 ただ、妻子は亡くなっているという話だし、仲の良い友人知人も亡くなっている可能性は高いが。

「やれやれ、困ったものだ」

「ええ、そうですね。弟たちが仕事をしないので困ったものです」

 長男である皇太子が俺に書類を渡しながら言った。
 ここは皇帝の執務室。

「あー、それはお前がアイツらにリンク王国の第四王子を宛がったせいだろう」

「それは私じゃありません。与えたのは皇弟殿です。ですが、あそこまで夢中になるとは思ってもみませんでした。公務を蔑ろにするほど」

 いつもは冷静な長男だが、少々苛立ちを表に出している。
 今、執務室には二人しかいないせいか。父親に対する甘えがにじみ出ている。

「全員、自分たちの婚約者も放置し過ぎてますから、アレでは後で痛い目に遭いますよ」

「だろうね」

 それぞれ後ろ盾になる家のご令嬢を婚約者にしている。
 もしそれが破談にでもなったとしたら。

 現時点で俺に弟がナナキしか生き残っていないのだから、皇帝を継がなくとも生き残るのさえ難しいのが皇族の歴史との認識はあるはずだ。
 自分だけは関係ないと思った時点で生存競争から脱落する。
 それくらい厳しい世界だ。

 弟たちに玩具を与えたのは、皇太子な長男にとっては他の跡継ぎ候補者を蹴落とすための故意である。
 ナナキからの贈り物を有効活用したのは、他ならぬこの長男。
 だが、長男にも情はあったようだ。
 あまりにも弟たちが自分の策にあっさりズップリはまり過ぎて、嬉しいというよりも肉親として悲しいという感情が出てしまっている。

「ヤりたい盛りの年頃ではあっても、自分の立場を認識できないほど愚かではないと信じたいのだがな」

「一応、彼らも最低限の仕事はしていますよ。ただ、」

 俺は目を細める。
 どうせ死ぬのだからと諦めているのなら仕方ない。
 それもまた正しい認識だ。

 ナナキは運がいい。
 だが、運がいいだけでもなく、本人に才覚がなければ生き残れない。
 しかし、ナナキより才覚がある弟は他にもいた。
 やはり、運が味方したのが一番か。

 そうすると、どうしようもないのなら、時が来るまで快楽に身をゆだねてしまうのも一つの選択か。

「俺は息子たちの選択を尊重しよう」

「そうですか」

 俺の答えに長男は少々不満なのだろう。だが、表立って非難することはない。彼が望んだ結末なのだから。
 それでも、俺が一言、彼らに言えば、第四王子との時間を減らすのは目に見えている。

 が、どうでもいいことだ。

 長男が勘違いしたことで会話してしまったが、そんなことよりクロウの懐柔策を考えなければならない。
 クロウは昨夜牢獄を抜け出して何をするのかと思ったら、まさかの買い出し。
 冗談で言ったかと思ったが、本気だった。本当だった。事実だった。
 下町にある平民が利用する商店や夜もやっている市場を紹介したら、嬉々として買い物していた。
 最初に質屋に連れて行ったが。

 大量の小瓶、自分の服、適当な薬草等を購入した。

 脱獄する能力があるというのに、買い物が済んだらごくごく普通に当然のように牢獄へ帰りやがった。
 魔法陣で自分の牢と大教会をつないでいたらしい。
 牢には自分がベッドに横たわっているかのように偽装しておいて、帰ったらそのままベッドに戻りスヤスヤと寝ていたようだ。

 そんな人物に、欲しいものを聞いたところで実用品以外出てくるわけもない。

 アイツは根っからの庶民だ。
 分をわきまえているという表現はしっくりくるが、完全にそれ以上を望まない。
 それ以上を望むと天罰が当たるとでも思っているかのように。

 その上、こちらが何かを差し出そうとすると、高く険しい壁が造り出される感覚に陥る。

 残念ながら、物や金、名誉で釣るのは難しい。
 だから、困る。

 恐怖による縛り付けというのは、彼には向かない。脱獄できるのだから、やった途端、瞬時に逃げられる気がする。それだけは絶対に阻止しないといけない。


 帝国に居続けたいとクロウに思ってもらうためにはどうしたらいいか。
 正答が出てこない。
 あのナナキが苦戦するわけだ。
 そもそも、価値観が違い過ぎるのだから。

 だからこそ、牢獄に通い続けてしまう。
 面白いものを見つけてしまったのはナナキも同じだろう。

「ほら、お前担当の書類がこっちに来ていたぞ」

「え、あ、はい」

 俺は笑顔で息子に書類の束を渡す。

 まだまだ長男には教えない。
 自分で正確な情報源を持たなければ、この先やっていけないのだから。

 帝国として跡継ぎにふさわしいのは誰か。
 候補は自分の息子たちだけではない。

 俺は書類から目を離し、窓の外を見る。

 しっかし。
 ナナキが皇帝になった場合、跡継ぎが生まれなさそうのはただの勘だけではない。
 この帝国で一番強い者が皇帝になる。
 それが運良く、代々皇族の中にいただけだ。

 腕力だけの話ではない。
 大きな駒ほど手に入れて陣地を広げなければならない。
 盤上にのってしまったら、生存者の一名になるまで戦わなければならないのだから。
 オルド帝国の皇族として産まれてしまったのなら気を抜いたら負けなのだ。




「、、、お前、何でこんな労役やってんの?」

「、、、看守に命令されたからですが、それが何か?」

 俺は軽装で牢獄に行き、クロウに会いに行った。
 労役用の作業場。
 クロウは工芸品のちまちまとした細工を組み立てている。
 他の捕虜も同じ作業をしているが、全員適性がないだろ、コレ。

「こんな仕事、リンク王国でやっていたことあるのか?」

「いえ、まったく。新しいことに挑戦するのは楽しいですが、細かい作業は目が疲れて。年齢のせいか、近くがボヤけるんですよ」

 クロウは目頭を押さえる。

 老眼だ。紛れもなく。
 上流階級なら普通に眼鏡を注文するところだが。
 こっそりプレゼントでもしようかな。便利なものなら受け取るだろ、コイツも。

 近くにいた看守に視線をやると。

「あ、その、懲罰的な意味合いで、不慣れな作業を行わせることにより、辛苦を体験させておりまして」

 まー、確かに軽い懲罰ではあるよな。拷問に比べたら。
 騎士や魔導士が工芸品の組み立てをやったことなんかあるわけがない。

 それに第四王子部隊はクロウを除いて筋肉部隊。細かい作業なんて教える方が難儀するレベルである。
 看守は監視しているだけだが、指導員たちが泣きそうじゃないか。

「クロウ、これに魔力充填してみろ」

「えっ、そんなことしたら、この後の労役が、、、」

 俺が指摘しようとした声の主を見ると、看守の声が小さくなっていく。
 抗議したくとも、俺の身分をわかっているため何も言えなくなったようだ。最後には目線を逸らした。

 俺がクロウに渡したのは魔力を充填するための魔石。
 魔道具に組み込んで使用する物なので、牢獄にも魔道具がついてなければ危険性はないため持ち込める。

 看守がとめようとしたのは、この石のサイズでも並みの魔導士なら半日は動けなくなる。

「いえっ、貴方様でも正確な情報を伝えなければっ。たとえ捕虜といえども、こんな大きな魔石に魔力充填したら、数日間は自分の意志でまともに動けなくなりますっ。魔力充填させるなら、もっと小さいサイズの魔石から始めるべきで」

 ふむ、なかなか良い看守のようだ。
 俺が皇帝と知っていて意見を言えるのはなかなか肝が据わっている証拠だ。
 それなりにここにいる捕虜に情が移ってきた証拠とも言えるが。

 ここの捕虜は捕虜であっても捕虜でない。
 捕虜を超える待遇で迎えている。
 それを看守たちも守っている。決して、本当の捕虜を扱うように扱ってはならないと。
 ここは帝城の牢獄で上流階級を閉じ込める場合もあるから、それなりの看守を配置しているのだから心配ないが。


 作業椅子に座ったままじっと俺を見ているクロウに気づいた。

「やはり、こんな大きい石、いきなりは難しかったか?」

 ニヤリと笑いながら、少々意地悪だったかと思い直した。今やっている労役を考えるなら、ぶっ倒れるわけにはいかないと思うのも仕方ないことだ。それに、昨夜は魔法陣で魔力を大量に使っただろう。

「え、いえ、魔力充填終わりましたけど。お話していましたので、いつ声をかけようかと窺っておりました」

「は?」

 俺もその看守もキラキラに輝いて魔力充填終わってますと主張する魔石を凝視した。
 意味がわかっていない捕虜たちだけが作業をそのまま進めていた。
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