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しおりを挟む「健吾くん、今日はありがとう」
「どういたしまして。ちょっとはおとなの気分を味わえた?」
「うん、また来年の誕生日にも連れてきてもらおうかな」
「すっかり味をしめたな。じゃぁ、来年の誕生日も再来年の誕生日も連れていってやるよ」
垂れ気味の目を細めて笑う健吾くんの言葉にドキッとする。来年も再来年も、健吾くんとふたりで誕生日の夜を過ごせたらいいな。密かにそう思っていたのに。
「来年はお母さんも一緒にお祝いできるといいな」
健吾くんにそう言われて、わたしの願望はあっさりと打ち砕かれた。
「そういえば、駅の構内にケーキ屋あったよな。ホールケーキは無理だけど、夜勤から帰ってきた真由子さんともお祝いできるように、カットケーキでも買って帰る?」
ガッカリするわたしをよそに、健吾くんが笑顔でそんな提案をしてくる。真由子というのは母の名前で、健吾くんはときどき、わたしの前でも母のことを「真由子さん」呼びする。
スマホで駅構内のケーキ屋の情報を調べ始めた健吾くんの横顔を見つめながら、彼にとっての一番はやっぱり母なのだと思い知らされる。
「もしケーキ買うなら、急がないと。駅のケーキ屋、あと三十分で閉まるって」
わたしにスマホの情報を見せた健吾くんが、時間を気にして歩を速める。だけどわたしは、母のケーキを買うために急ごうとする健吾くんに素直に着いて行くことができなかった。
歩を速めるどころかその場で立ち止まっていると、健吾くんが振り返る。
「沙里、どうした?」
「え、っと。慣れないヒールを履いてるから、足が痛くて……」
「大丈夫? 靴擦れかな?」
健吾くんが、心配そうな顔でわたしのところまで戻ってくる。
まさか、健吾くんが自分の誕生日に母のことばかり気にするから嫉妬しましたなんて言えるわけもない。
足が痛いと言うのは咄嗟に口から出たウソの言い訳だったのに、健吾くんが思った以上に心配してくれたから嬉しくなった。
「駅まで距離あるけど、歩けそう?」
わたしの前に立った健吾くんが、優しく右手を差し伸べてくる。その手に指で触れると、わたしの胸の音がドキドキが加速した。
デマカセでも弱さを見せたら、健吾くんは優しくしてくれるんだ……。そう思ったら、欲が出た。
健吾くんにとっての一番は、今は母かもしれない。だけどいつか彼、の気持ちがわたしに傾く日がくるかもしれない。
だって、健吾くんは「足が痛い」と言ったわたしの嘘に簡単に騙されて、優しくしてくれるんだから。
大人の男の人らしく分厚さのある健吾くんの手のひらを握ると、足が痛いフリをして、彼の正面から肩口に軽く額を押し付ける。
これまでも、ふざけて健吾くんに腕を絡めてみたことはある。だけど、こんなふうに大胆に彼にくっついたのは初めてだった。
すぐそばに健吾くんの体温が感じられて、心臓が千切れそうに痛い。
このまま彼がわたしだけのものになってしまえばいいのに。重ねた手のひらをぎゅっと握りしめると、健吾くんが小さく肩を震わせた。
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