その距離は、恋に遠くて

碧月あめり

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Five

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「那央くん。お昼、ここで一緒に食べてもいい?」

 遠慮がちに訊ねると、那央くんが訝しげに眉を寄せた。

「南は? いつもよく一緒にいる」
「唯葉のことは、今日は彼氏に譲った」
「それは、淋しいな。いいよ、ここで食べてけば?」

 実際には、唯葉が彼氏とお昼を食べるように仕向けたんだけど。何も知らない那央くんが、わたしに同情の眼差しを向けながら、机の端にスペースを空けてくれる。
 持ってきたカバンの中からお弁当箱を出して広げると、那央くんが興味深そうに覗き込んできた。

「お、岩瀬の弁当美味そうじゃん」
「でしょ?」

 得意げに顔を上げると、那央くんが驚いたように少し目を見開いた。

「そういう言い方するってことは、これ、岩瀬の手作り?」
「そうだよ。ちょっと前までは母子家庭だったし。うちのお母さん、看護師で夜勤にも入ってて忙しいから」
「へぇ。ちゃんとお母さんのこと助けてあげててエラいな」
「別に、普通だよ」
「そんなことないって。弁当作るのって、手間かかるし。お母さん、絶対助かってるよ」

 わたしにとってはあたりまえのことを大げさに褒めてくれる那央くんの声が、少しくすぐったい。

 那央くんが女子生徒にモテるのは、顔がいいからだけじゃなくて、こういうところなのだろう。那央くんはきっと、無自覚で、いろんな生徒に優しい言葉をかけているに違いない。

「那央くんは一人暮らしなんだよね。こないだも昼ごはんにコンビニのおにぎりとかサンドイッチ食べてたけど、朝とか夜はどうしてるの? 彼女が作りにきてくれるの?」
「自炊しようと試みたことはあるけど、片付けとか面倒でやめた。彼女だって実家暮らしだから、わざわざ作りには来ないよ。あんまり料理できないし」
「ふぅん。なんでも完璧にできそうな、綺麗な人だったじゃん」

 わたしの母も、料理はあんまり得意じゃない。健吾くんは、わたしの作った料理を褒めてくれてたけど、彼が好きなのは母だ。健吾くんに好かれたくて料理の腕を磨いたけど、那央くんの話を聞いていると、それってあんまり意味のないことだったのかもしれない。

 綺麗に巻いた卵焼きにグサッと箸を突き刺す。それを乱暴に口に運ぶ私を見て、那央くんが苦笑していた。

「どうした、今日は。なんか、やさぐれてんな。さては、昨日、ちゃんと謝れなかったんだろ」

 図星を指されて、卵焼きの入った口をモゴモゴさせながら視線を泳がせる。

「やっぱり、そうなんだな。あれだけ、すぐ謝れって言ったのに」
「謝ろうと思ってたよ。でも、健吾くんが出て行くとか言うから……」
「岩瀬の代わりに、桜田先輩が家を飛び出しちゃったってこと? めちゃくちゃ拗れてんな」

 呆れ顔の那央くんに、小さく頷く。

「昨日、初めて健吾くんに本気で怒られた。健吾くんは、わたしと家族になりたいから。わたしに健吾くんを家族として受け入れられるようになったら、帰ってくるって」
「本気だな、桜田先輩」
「うん、本気。完全にフラれた。今までのわたしの気持ちは、全部ムダだった。想ったらいけないものだった」

 声に出して言葉にすると、ものすごく虚しくなってくる。

 無理やり口角をあげて空笑いしたけど、箸を持つ手が震えてしまう。震える手をもう片方の手で押さえて、机に箸を置く。ふ、っと息を吐いて目を伏せると、那央くんがわたしの頭に手をのせた。

「前に岩瀬が言ってたみたいに、好きになった相手が同じように自分を好きになってくれるのって、奇跡みたいな可能性なんだよ。だけど、相手に想ってもらえなくても、岩瀬が桜田先輩を好きだった気持ちはムダじゃないし、想ったらいけないものでもないよ。桜田先輩だって、きっとそれはわかってくれてる」

 優しく宥めてくれる那央くんの手も声も、あったかい。あんまりあったかいから、目と鼻からうっかり水分が溢れてきそうだ。

「わたし、健吾くんと家族になれるかな……」
「なりたくないの?」
「なりたい、とは思ってる。今はまだ、気持ちの整理がつかないけど」
「だったら、大丈夫なんじゃない?」
「那央くん、いいこと言ったあとで、最後適当じゃん」

 上目遣いに睨んでズビッと鼻を啜ると、那央くんがハハッと笑って目を細める。真剣すぎない那央くんの緩い笑顔が、今のわたしには心地よかった。

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