30 / 55
Five
2
しおりを挟む
「那央くん。お昼、ここで一緒に食べてもいい?」
遠慮がちに訊ねると、那央くんが訝しげに眉を寄せた。
「南は? いつもよく一緒にいる」
「唯葉のことは、今日は彼氏に譲った」
「それは、淋しいな。いいよ、ここで食べてけば?」
実際には、唯葉が彼氏とお昼を食べるように仕向けたんだけど。何も知らない那央くんが、わたしに同情の眼差しを向けながら、机の端にスペースを空けてくれる。
持ってきたカバンの中からお弁当箱を出して広げると、那央くんが興味深そうに覗き込んできた。
「お、岩瀬の弁当美味そうじゃん」
「でしょ?」
得意げに顔を上げると、那央くんが驚いたように少し目を見開いた。
「そういう言い方するってことは、これ、岩瀬の手作り?」
「そうだよ。ちょっと前までは母子家庭だったし。うちのお母さん、看護師で夜勤にも入ってて忙しいから」
「へぇ。ちゃんとお母さんのこと助けてあげててエラいな」
「別に、普通だよ」
「そんなことないって。弁当作るのって、手間かかるし。お母さん、絶対助かってるよ」
わたしにとってはあたりまえのことを大げさに褒めてくれる那央くんの声が、少しくすぐったい。
那央くんが女子生徒にモテるのは、顔がいいからだけじゃなくて、こういうところなのだろう。那央くんはきっと、無自覚で、いろんな生徒に優しい言葉をかけているに違いない。
「那央くんは一人暮らしなんだよね。こないだも昼ごはんにコンビニのおにぎりとかサンドイッチ食べてたけど、朝とか夜はどうしてるの? 彼女が作りにきてくれるの?」
「自炊しようと試みたことはあるけど、片付けとか面倒でやめた。彼女だって実家暮らしだから、わざわざ作りには来ないよ。あんまり料理できないし」
「ふぅん。なんでも完璧にできそうな、綺麗な人だったじゃん」
わたしの母も、料理はあんまり得意じゃない。健吾くんは、わたしの作った料理を褒めてくれてたけど、彼が好きなのは母だ。健吾くんに好かれたくて料理の腕を磨いたけど、那央くんの話を聞いていると、それってあんまり意味のないことだったのかもしれない。
綺麗に巻いた卵焼きにグサッと箸を突き刺す。それを乱暴に口に運ぶ私を見て、那央くんが苦笑していた。
「どうした、今日は。なんか、やさぐれてんな。さては、昨日、ちゃんと謝れなかったんだろ」
図星を指されて、卵焼きの入った口をモゴモゴさせながら視線を泳がせる。
「やっぱり、そうなんだな。あれだけ、すぐ謝れって言ったのに」
「謝ろうと思ってたよ。でも、健吾くんが出て行くとか言うから……」
「岩瀬の代わりに、桜田先輩が家を飛び出しちゃったってこと? めちゃくちゃ拗れてんな」
呆れ顔の那央くんに、小さく頷く。
「昨日、初めて健吾くんに本気で怒られた。健吾くんは、わたしと家族になりたいから。わたしに健吾くんを家族として受け入れられるようになったら、帰ってくるって」
「本気だな、桜田先輩」
「うん、本気。完全にフラれた。今までのわたしの気持ちは、全部ムダだった。想ったらいけないものだった」
声に出して言葉にすると、ものすごく虚しくなってくる。
無理やり口角をあげて空笑いしたけど、箸を持つ手が震えてしまう。震える手をもう片方の手で押さえて、机に箸を置く。ふ、っと息を吐いて目を伏せると、那央くんがわたしの頭に手をのせた。
「前に岩瀬が言ってたみたいに、好きになった相手が同じように自分を好きになってくれるのって、奇跡みたいな可能性なんだよ。だけど、相手に想ってもらえなくても、岩瀬が桜田先輩を好きだった気持ちはムダじゃないし、想ったらいけないものでもないよ。桜田先輩だって、きっとそれはわかってくれてる」
優しく宥めてくれる那央くんの手も声も、あったかい。あんまりあったかいから、目と鼻からうっかり水分が溢れてきそうだ。
「わたし、健吾くんと家族になれるかな……」
「なりたくないの?」
「なりたい、とは思ってる。今はまだ、気持ちの整理がつかないけど」
「だったら、大丈夫なんじゃない?」
「那央くん、いいこと言ったあとで、最後適当じゃん」
上目遣いに睨んでズビッと鼻を啜ると、那央くんがハハッと笑って目を細める。真剣すぎない那央くんの緩い笑顔が、今のわたしには心地よかった。
遠慮がちに訊ねると、那央くんが訝しげに眉を寄せた。
「南は? いつもよく一緒にいる」
「唯葉のことは、今日は彼氏に譲った」
「それは、淋しいな。いいよ、ここで食べてけば?」
実際には、唯葉が彼氏とお昼を食べるように仕向けたんだけど。何も知らない那央くんが、わたしに同情の眼差しを向けながら、机の端にスペースを空けてくれる。
持ってきたカバンの中からお弁当箱を出して広げると、那央くんが興味深そうに覗き込んできた。
「お、岩瀬の弁当美味そうじゃん」
「でしょ?」
得意げに顔を上げると、那央くんが驚いたように少し目を見開いた。
「そういう言い方するってことは、これ、岩瀬の手作り?」
「そうだよ。ちょっと前までは母子家庭だったし。うちのお母さん、看護師で夜勤にも入ってて忙しいから」
「へぇ。ちゃんとお母さんのこと助けてあげててエラいな」
「別に、普通だよ」
「そんなことないって。弁当作るのって、手間かかるし。お母さん、絶対助かってるよ」
わたしにとってはあたりまえのことを大げさに褒めてくれる那央くんの声が、少しくすぐったい。
那央くんが女子生徒にモテるのは、顔がいいからだけじゃなくて、こういうところなのだろう。那央くんはきっと、無自覚で、いろんな生徒に優しい言葉をかけているに違いない。
「那央くんは一人暮らしなんだよね。こないだも昼ごはんにコンビニのおにぎりとかサンドイッチ食べてたけど、朝とか夜はどうしてるの? 彼女が作りにきてくれるの?」
「自炊しようと試みたことはあるけど、片付けとか面倒でやめた。彼女だって実家暮らしだから、わざわざ作りには来ないよ。あんまり料理できないし」
「ふぅん。なんでも完璧にできそうな、綺麗な人だったじゃん」
わたしの母も、料理はあんまり得意じゃない。健吾くんは、わたしの作った料理を褒めてくれてたけど、彼が好きなのは母だ。健吾くんに好かれたくて料理の腕を磨いたけど、那央くんの話を聞いていると、それってあんまり意味のないことだったのかもしれない。
綺麗に巻いた卵焼きにグサッと箸を突き刺す。それを乱暴に口に運ぶ私を見て、那央くんが苦笑していた。
「どうした、今日は。なんか、やさぐれてんな。さては、昨日、ちゃんと謝れなかったんだろ」
図星を指されて、卵焼きの入った口をモゴモゴさせながら視線を泳がせる。
「やっぱり、そうなんだな。あれだけ、すぐ謝れって言ったのに」
「謝ろうと思ってたよ。でも、健吾くんが出て行くとか言うから……」
「岩瀬の代わりに、桜田先輩が家を飛び出しちゃったってこと? めちゃくちゃ拗れてんな」
呆れ顔の那央くんに、小さく頷く。
「昨日、初めて健吾くんに本気で怒られた。健吾くんは、わたしと家族になりたいから。わたしに健吾くんを家族として受け入れられるようになったら、帰ってくるって」
「本気だな、桜田先輩」
「うん、本気。完全にフラれた。今までのわたしの気持ちは、全部ムダだった。想ったらいけないものだった」
声に出して言葉にすると、ものすごく虚しくなってくる。
無理やり口角をあげて空笑いしたけど、箸を持つ手が震えてしまう。震える手をもう片方の手で押さえて、机に箸を置く。ふ、っと息を吐いて目を伏せると、那央くんがわたしの頭に手をのせた。
「前に岩瀬が言ってたみたいに、好きになった相手が同じように自分を好きになってくれるのって、奇跡みたいな可能性なんだよ。だけど、相手に想ってもらえなくても、岩瀬が桜田先輩を好きだった気持ちはムダじゃないし、想ったらいけないものでもないよ。桜田先輩だって、きっとそれはわかってくれてる」
優しく宥めてくれる那央くんの手も声も、あったかい。あんまりあったかいから、目と鼻からうっかり水分が溢れてきそうだ。
「わたし、健吾くんと家族になれるかな……」
「なりたくないの?」
「なりたい、とは思ってる。今はまだ、気持ちの整理がつかないけど」
「だったら、大丈夫なんじゃない?」
「那央くん、いいこと言ったあとで、最後適当じゃん」
上目遣いに睨んでズビッと鼻を啜ると、那央くんがハハッと笑って目を細める。真剣すぎない那央くんの緩い笑顔が、今のわたしには心地よかった。
1
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
僕《わたし》は誰でしょう
紫音みけ🐾新刊2月中旬発売!
青春
※第7回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。
【あらすじ】
交通事故の後遺症で記憶喪失になってしまった女子高生・比良坂すずは、自分が女であることに違和感を抱く。
「自分はもともと男ではなかったか?」
事故後から男性寄りの思考になり、周囲とのギャップに悩む彼女は、次第に身に覚えのないはずの記憶を思い出し始める。まるで別人のものとしか思えないその記憶は、一体どこから来たのだろうか。
見知らぬ思い出をめぐる青春SF。
※表紙イラスト=ミカスケ様
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ヤクザに医官はおりません
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした
会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。
シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。
無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。
反社会組織の集まりか!
ヤ◯ザに見初められたら逃げられない?
勘違いから始まる異文化交流のお話です。
※もちろんフィクションです。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる