35 / 55
Five
7
しおりを挟む「わたしのほうこそ、写真見ちゃって。哀しいこと思い出させてごめんなさい」
小さく鼻を啜ると、那央くんがふっ、と、息を漏らした。
「いや。もう、五年も前のことだから」
那央くんが今付き合っているのは、夕夏さんの妹で。那央くんは恋人を、彼女は姉を亡くした悲しみを共有して支え合ううちに、自然と惹かれあって、二年前から付き合うようになったそうだ。
那央くんは夕夏さんのことを過去として割り切ろうとしているみたいだけど、どう見たって言葉と表情が伴っていない。那央くんにとって夕夏さんは、今もずっと忘れられない人なんだろう。
わたしが気付くんだから、駅のロータリーでヒステリックに怒っていた今の彼女だって、そのことに気付いているはずだ。
「岩瀬が前に言ってただろ。どうして、好きになった人が自分を好きになってくれる可能性は、みんなに平等じゃないのか、って。でも、たとえ好きになった人が自分を好きになってくれたとしても、それが永遠に続くかどうかなんて、わからないんだよ」
那央くんの言葉が、グサリと胸に刺さる。那央くんのことを何も知らなかったわたしは、これまできっと彼のことを何度も傷付けていただろう。
自分の気持ちが健吾くんに受け入れてもらえないことを憂いて、母のことを妬んで駄々を捏ねて。不公平な世界で自分だけが傷付いていると思っていたことが恥ずかしい。
「そういえば、桜田先輩ってまだ帰ってきてないの?」
飲み残したココアのカップを両手でぎゅっと握りしめといると、那央くんが突然、そんなふうに訊いてきた。
「うん。わたしが健吾くんと家族になるって決めるまでは、絶対に戻らないつもりなんだと思う」
「早く、迎えに行ってあげればいいのに。岩瀬の中では、もう答えは出てるんだろ?」
小さく頷くと、那央くんが笑う。
「岩瀬には、お母さんがサラッと桜田先輩との再婚を決めたみたいに見えてるのかもしれないけど……。お父さんのことを吹っ切るまでに、いろんな葛藤があったと思うよ。亡くなった人を想ってるお母さんのことを七年も支えてきた桜田先輩だって、いつも笑ってるけど、本当は辛い悲しい思いもいっぱいしてきたと思う。岩瀬のお母さんも桜田先輩も、そういうの全部ひっくるめて、お互いをパートナーに選んだんでしょ。もちろん、岩瀬のことも考えて」
那央くんに言われて、父が亡くなったあと、母がしばらくのあいだものすごく落ち込んでいたことを思い出した。
食欲が出ないと言って、ろくにごはんも食べずに毎日仕事に出ていたような気がする。やつれて倒れそうになっていた母に気付いて、そばに付いていてくれたのは、母の幼なじみだった健吾くん。健吾くんがいなかったら、きっと母とわたしの今はない。
「わたし、健吾くんと家族になるよ。ちゃんと、受け入れる」
「そっか」
那央くんが、決意を言葉にしたわたしの頭をグシャグシャと撫でてくれる。
「那央くんも、彼女と仲直りしてね」
「人の心配してるなんて、余裕だな」
目を細めた那央くんの顔が、笑っているはずなのに、何故か切ない。
このまま腕を伸ばして、彼のことを包んであげる権利がわたしにあればいいのに。
写真の中で笑っていた夕夏さんと、今の彼女の顔を思い浮かべながら、そんなふうに思ってしまった。
1
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
橘若頭と怖がり姫
真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。
その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。
高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。
僕《わたし》は誰でしょう
紫音みけ🐾新刊2月中旬発売!
青春
※第7回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。
【あらすじ】
交通事故の後遺症で記憶喪失になってしまった女子高生・比良坂すずは、自分が女であることに違和感を抱く。
「自分はもともと男ではなかったか?」
事故後から男性寄りの思考になり、周囲とのギャップに悩む彼女は、次第に身に覚えのないはずの記憶を思い出し始める。まるで別人のものとしか思えないその記憶は、一体どこから来たのだろうか。
見知らぬ思い出をめぐる青春SF。
※表紙イラスト=ミカスケ様
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ヤクザに医官はおりません
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした
会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。
シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。
無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。
反社会組織の集まりか!
ヤ◯ザに見初められたら逃げられない?
勘違いから始まる異文化交流のお話です。
※もちろんフィクションです。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる