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Six
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しおりを挟む雨上がりの放課後。彼氏と約束があるという唯葉と教室で別れたわたしの足は、自然と化学準備室に向かって動いていた。軽くノックしてドアを開けると、デスクで仕事をしていた那央くんが振り向く。
「おー、岩瀬。どうした?」
那央くんと顔を合わせるのは、彼の家にお邪魔して以来、二日ぶりだ。笑いかけてくる那央くんの態度はいつもどおり。授業中に他の生徒たちに接するときと変わらない。ココアを飲みながら、亡くなった彼女の話を聞いたことが嘘みたいに思える。
「ちょっとだけ、報告があって……」
「いいよ、入ってきて」
ドアの外から遠慮がちに話しかけると、那央くんが椅子ごと振り向いて手招きしてくれる。
僅かに首を傾けた那央くんのさりげない仕草にドキリとしながら、化学準備室に足を踏み入れて、後ろ手にドアを閉めた。
ドアのそばに余っていた椅子を運んで那央くんのそばに座ると、彼がデスクの端にわたしのためのスペースを空けてくれる。
那央くんのデスクには、生徒から集めたプリントや問題集がクラスや学年ごとに分けて山積みにしてあった。もうすぐ一学期が終わるから、成績評価のための仕事が多いんだろう。
「ごめん、忙しかったよね」
「大丈夫。さっき、提出物のチェックが終わったとこだから。それより、報告って?」
那央くんは、わたし以外の生徒にもこんなふうに仕事の手を止めて優しく向き合ってくれるのかな。涼し気な那央くんの顔を見つめていると、彼が不審気に首を傾げた。
「岩瀬?」
「あ、そうだ。報告。昨日、健吾くんがうちに戻ってきた」
「そっか。ちゃんと家族になる覚悟ができたんだ?」
那央くんが、わたしの決意を試すようにジッと見てくる。その視線を避けるように目を伏せて、わたしは小さく頷いた。
二日前の日曜日。那央くんの家から帰ってきてすぐに、わたしは母の隣で健吾くんに電話をした。
『もう大丈夫だから、帰って来てほしい。わたしも、お母さんと健吾くんのことが大切だから。家族として』
精一杯の言葉で伝えたら、健吾くんが電話口の向こうで鼻を啜っていた。そのたび咳払いして誤魔化していたけど、健吾くんがちょっと泣いてるということは電話越しにバレバレだった。
健吾くんが家に帰ってきたあと、母が「結局、ケンカの原因は何だったの?」と何度も訊ねてきたけれど。わたしも健吾くんも、それに関しては黙秘を貫いた。苦くて、痛いそれは、これから先もずっと、わたしと健吾くんだけの秘密だ。
「日曜日に那央くんと会わなかったら、今もまだ健吾くんとうまく話せないままだったと思う。だから、ありがとう……」
「これで、夜中に飛び出した岩瀬を探しに行くこともなくなりそうだな」
膝の上でスカートをぎゅっと握りしめながらお礼を言うと、那央くんが嬉しそうに頬を緩めた。彼の目の上で、黒髪がさらりと揺れる。
那央くんの綺麗な優しい笑顔にドキリとさせられるのと同時に、胸をすっと隙間風が抜くような心地がした。
健吾くんと家族になると決めたわたしが、黙って家から飛び出すことはきっともうない。「夜中に家を飛び出したくなったらかけていい」という条件付きで教えてもらった那央くんの連絡先は、このまま使い道もなく登録されたままになるのだろう。
那央くんとわたしは先生と生徒だから、それはあたりまえのことだけど、少し淋しい。
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