39 / 55
Six
4
しおりを挟む◆
一学期のあいだ、わたしは何かと理由をつけて、那央くんに会いに行った。
特に雨が降った日の放課後は、頼まれてもいないのに化学準備室に押しかけて行って、一緒に帰った。
「雨が降ったときは呼んでいい」と言ったのに、那央くんが少しも頼ってくれないから、勝手に付き纏うしかなかったのだ。
那央くんは、そんなわたしに呆れていたけど、邪険にすることもなかった。
けれど夏休みに入ると、全く那央くんに会えなくなった。偶然会えることを期待して、那央くんの家の最寄りのレンタルショップに定期的にDVDを借りに行ったり、那央くんの家の近くのコンビニまで買い物に行ってみたりしたけど、彼を見かけることはなかった。
夏休み中に、何回か雨が降った。雨の降っているあいだ、スマホを握りしめて待機していたけど、当然のように那央くんからの電話はかかってこなかった。
那央くんには会えなかったけれど、健吾くんと母との仲は良好だった。
健吾くんと母の休みを合わせて、初めて三人で温泉に一泊旅行もした。家族旅行なんて、実の父が亡くなって以来のことだった。
旅館の夜ご飯に出てきた海の幸満載の料理はすごく美味しかったし、母とふたりでゆっくりと温泉に浸かってくつろげた。
少し前までは健吾くんと母のあいだにいることが苦しくて仕方なかったのに、旅行のあいだは三人でいられる時間が幸せだった。
わたしは少しずつ、健吾くんのなりたかった《家族》に近付けているんじゃないかと思う。
◆
二学期が始まってすぐ。昼休みにお弁当を持って化学準備室を訪れると、既に先客がいた。那央くんのそばには、三年生と思われる女子生徒がふたり。授業の質問にきたのか、デスクの端に問題集とノートを広げている。
すぐ終わるかと思ってしばらく待っていたけど、三年生の女子たちの質問はなかなか終わらなかった。
やっと、夏休みが終わって会えたのに。ドアの隙間からは、他の生徒と楽しそうに話している那央くんの横顔しか見えない。気付いてくれないかな、と思って思念を送ってみたけど、そんなもの届くはずもなく。わたしは化学準備室を離れて、ひとりでお弁当を食べた。
放課後にもう一度化学準備室に出直してみると、また先客がいた。昼休みに質問にきていた、三年生の女子二人組だ。昼休みだけでは質問を解消しきれなかったのか、デスクの端にノートを開いて頬杖をつきながら、那央くんの話を聞いている。しばらくすると、ふたりがデスクの上のノートを閉じる。
やっと話が終わったらしい。ほっとしていると、三年生の女子のひとりが、椅子の下で足をぶらぶらと揺らしながら那央くんを見上げた。
「那央くんて、数学も教えられたりする?」
「んー、まぁ、いちおう。簡単な質問に答えるくらいならできるかな」
「そうなんだ。じゃぁ、今度数学の問題集も持ってきていい?」
「別にいいけど」
「ほんと? じゃぁ、これからときどきここで勉強させてよ。昼休みとか放課後に、来てもいい?」
やや前のめりになって訊ねる彼女の、声のトーンが上がる。その隣で彼女の友達が、嬉しそうにニヤニヤとしていた。
それって、勉強をダシにして那央くんと仲良くなろうとしてるんじゃん。
わたしにはすぐにそれがわかったのに、肝心なところで鈍い那央くんは、三年生の女子たちに快く笑顔を返していた。
「お前ら、受験生だもんなー。いいよ、来ても。できる範囲内でなら力になるから」
「ありがとう、那央くん」
三年生の女子たちのテンションが上がる。彼女たちの嬉しそうな声を聞きながら、わたしは化学準備室のドアを蹴飛ばしたくなるのをなんとか我慢した。
那央くんのバカ。そんなの、断っちゃえばいいのに。心の中でそう思うけど、彼がどの生徒にも公正なことはわたしが一番よく知っていた。
那央くんの秘密を知っているからって、わたしが彼の特別になれるわけじゃない。先生と生徒の距離は、変わらない。
那央くんに近付こうとしている三年生の女子たちだって、きっと、その距離を越えられるとは思ってない。もし彼女たちのどちらかがそれを越えてこようとすれば、那央くんは迷わず彼女たちとのあいだに線を引くだろう。
それがわかっているのに、彼女たちの存在に。那央くんに近付けない距離に、モヤモヤとする。
どうして、わたしはこうなのだろう。わたしはいつも、届かない恋ばかりしてしまう。
1
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
僕《わたし》は誰でしょう
紫音みけ🐾新刊2月中旬発売!
青春
※第7回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。
【あらすじ】
交通事故の後遺症で記憶喪失になってしまった女子高生・比良坂すずは、自分が女であることに違和感を抱く。
「自分はもともと男ではなかったか?」
事故後から男性寄りの思考になり、周囲とのギャップに悩む彼女は、次第に身に覚えのないはずの記憶を思い出し始める。まるで別人のものとしか思えないその記憶は、一体どこから来たのだろうか。
見知らぬ思い出をめぐる青春SF。
※表紙イラスト=ミカスケ様
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ヤクザに医官はおりません
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした
会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。
シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。
無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。
反社会組織の集まりか!
ヤ◯ザに見初められたら逃げられない?
勘違いから始まる異文化交流のお話です。
※もちろんフィクションです。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる