その距離は、恋に遠くて

碧月あめり

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Six

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 一学期のあいだ、わたしは何かと理由をつけて、那央くんに会いに行った。

 特に雨が降った日の放課後は、頼まれてもいないのに化学準備室に押しかけて行って、一緒に帰った。

「雨が降ったときは呼んでいい」と言ったのに、那央くんが少しも頼ってくれないから、勝手に付き纏うしかなかったのだ。

 那央くんは、そんなわたしに呆れていたけど、邪険にすることもなかった。

 けれど夏休みに入ると、全く那央くんに会えなくなった。偶然会えることを期待して、那央くんの家の最寄りのレンタルショップに定期的にDVDを借りに行ったり、那央くんの家の近くのコンビニまで買い物に行ってみたりしたけど、彼を見かけることはなかった。

 夏休み中に、何回か雨が降った。雨の降っているあいだ、スマホを握りしめて待機していたけど、当然のように那央くんからの電話はかかってこなかった。

 那央くんには会えなかったけれど、健吾くんと母との仲は良好だった。

 健吾くんと母の休みを合わせて、初めて三人で温泉に一泊旅行もした。家族旅行なんて、実の父が亡くなって以来のことだった。

 旅館の夜ご飯に出てきた海の幸満載の料理はすごく美味しかったし、母とふたりでゆっくりと温泉に浸かってくつろげた。

 少し前までは健吾くんと母のあいだにいることが苦しくて仕方なかったのに、旅行のあいだは三人でいられる時間が幸せだった。 

 わたしは少しずつ、健吾くんのなりたかった《家族》に近付けているんじゃないかと思う。




 二学期が始まってすぐ。昼休みにお弁当を持って化学準備室を訪れると、既に先客がいた。那央くんのそばには、三年生と思われる女子生徒がふたり。授業の質問にきたのか、デスクの端に問題集とノートを広げている。

 すぐ終わるかと思ってしばらく待っていたけど、三年生の女子たちの質問はなかなか終わらなかった。

 やっと、夏休みが終わって会えたのに。ドアの隙間からは、他の生徒と楽しそうに話している那央くんの横顔しか見えない。気付いてくれないかな、と思って思念を送ってみたけど、そんなもの届くはずもなく。わたしは化学準備室を離れて、ひとりでお弁当を食べた。

 放課後にもう一度化学準備室に出直してみると、また先客がいた。昼休みに質問にきていた、三年生の女子二人組だ。昼休みだけでは質問を解消しきれなかったのか、デスクの端にノートを開いて頬杖をつきながら、那央くんの話を聞いている。しばらくすると、ふたりがデスクの上のノートを閉じる。

 やっと話が終わったらしい。ほっとしていると、三年生の女子のひとりが、椅子の下で足をぶらぶらと揺らしながら那央くんを見上げた。

「那央くんて、数学も教えられたりする?」
「んー、まぁ、いちおう。簡単な質問に答えるくらいならできるかな」
「そうなんだ。じゃぁ、今度数学の問題集も持ってきていい?」
「別にいいけど」
「ほんと? じゃぁ、これからときどきここで勉強させてよ。昼休みとか放課後に、来てもいい?」

 やや前のめりになって訊ねる彼女の、声のトーンが上がる。その隣で彼女の友達が、嬉しそうにニヤニヤとしていた。

 それって、勉強をダシにして那央くんと仲良くなろうとしてるんじゃん。

 わたしにはすぐにそれがわかったのに、肝心なところで鈍い那央くんは、三年生の女子たちに快く笑顔を返していた。

「お前ら、受験生だもんなー。いいよ、来ても。できる範囲内でなら力になるから」
「ありがとう、那央くん」

 三年生の女子たちのテンションが上がる。彼女たちの嬉しそうな声を聞きながら、わたしは化学準備室のドアを蹴飛ばしたくなるのをなんとか我慢した。

 那央くんのバカ。そんなの、断っちゃえばいいのに。心の中でそう思うけど、彼がどの生徒にも公正なことはわたしが一番よく知っていた。

 那央くんの秘密を知っているからって、わたしが彼の特別になれるわけじゃない。先生と生徒の距離は、変わらない。

 那央くんに近付こうとしている三年生の女子たちだって、きっと、その距離を越えられるとは思ってない。もし彼女たちのどちらかがそれを越えてこようとすれば、那央くんは迷わず彼女たちとのあいだに線を引くだろう。

 それがわかっているのに、彼女たちの存在に。那央くんに近付けない距離に、モヤモヤとする。

 どうして、わたしはこうなのだろう。わたしはいつも、届かない恋ばかりしてしまう。
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