40 / 55
Seven
1
しおりを挟む授業の合間の休み時間。廊下から賑やかな声が聞こえてきた。机で頬杖をつきながら、声のするほうへ顔を向けると、他のクラスの女子数人に囲まれた那央くんが、わたしの教室の前の廊下を通り過ぎていくところだった。
那央くんを取り囲む女子たちは、跳ねるように歩きながら、楽しそうに彼に戯れついている。苦笑いを浮かべている那央くんだけど、彼女たちのことを嫌がったり邪険に扱ったりはしない。大人な目で、彼女たちのことを微笑ましげに見下ろしている。
少しの打算と無邪気さで那央くんに纏わりついている女子たちのことを、羨ましく思う。わたしには、彼女たちみたいに人前で堂々と那央くんに絡みにいく度胸がない。
化学準備室に勉強を教わりに来ていた三年生の女子たちもそうだけど、深刻さを気付かせないくらい軽く好意を表せたほうが、那央くんを困らせずに済むのだろう。
あたりまえだけど、那央くんは教室から彼の横顔を眺めているわたしの存在には気付かない。今、彼にじゃれついている他のクラスの女子達も、三年生の女子も、わたしも、那央くんにとってはみんな同じ。生徒のうちのひとりだから。
那央くんが通り過ぎていくのを見送ってから、教室の窓の向こうに視線を向ける。
朝から晴れていたはずの空には、薄っすらと雲がかかり始めている。気になって、スマホで天気予報を確かめる。予報は、夕方から夜にかけて雨だった。
その日の放課後。天気予報通り、雨が降り始めた。
「沙里、帰ろう」
唯葉に誘われて教室を出たわたしは、昇降口を出たところで空を見上げて立ち止まる。
「雨、嫌だねー。地味に駅まで遠いし」
スクールバッグから折り畳み傘を出しながら、唯葉がぼやく。
「沙里、今日時間ある? ちょっとだけ付き合ってほしいところがあるんだけど——」
唯葉が隣でずっと話しかけてきていたけれど、空から落ちてくる雨を見つめていたわたしは、彼女の話をまるで聞いていなかった。
「さーりっ! どうしたの、さっきからずっとぼーっとして」
唯葉に耳元で大きな声で呼ばれて、ハッとする。
「沙里ってば、わたしの話聞いてくれてた?」
「ごめん、何の話だっけ?」
「この頃、しょっちゅううわの空だよね。何か悩みごと?」
折り畳み傘の柄を伸ばして空にかざしながら、唯葉がわたしの顔を覗き込んでくる。
「桜田先生とのウワサが広まったときに来てた嫌がらせのDMだって、最近はほとんど収まってるんだよね?」
「あー、うん。それは大丈夫」
未だに健吾くんとのウワサのせいでわたしが嫌がらせを受けたことを気にしてくれている唯葉は、少し心配そうだ。
唯葉に笑いかけてから、また空を見上げる。
那央くんは、今日は何で通勤してきたのかな。朝晴れていたから、車……。それとも、夕方の雨予報を見越して電車かな。
那央くんの秘密を知ったあの日以来、雨が降ると彼のことを考えてしまう。雨を見つめて青ざめる那央くんの横顔が頭を過って、すぐにでも駆けだしたい衝動に駆られる。
「沙里ー、これ以上雨がひどくなる前に帰ろうよー」
既に折り畳み傘を差して雨の中へと足を踏み出していた唯葉が、ぷくっと頬を膨らませてわたしを振り返る。だけどわたしは、唯葉の呼びかけに答えることができなかった。
雨が降るから。湿った空気の匂いが、わたしの胸を息苦しくさせるから。
頼っていいと言ったのに、那央くんは一度もわたしに助けを求めてくれない。特別じゃないから。必要とされていないから。それがわかっていても、雨を見るとどうしようもない気持ちでいっぱいになる。
必要じゃなくても、わたしは那央くんのところに行きたい。
「唯葉、ごめん。わたし、用事を思い出した。やっぱり、先に帰ってて」
「え、沙里? どこ行くの?」
唯葉が呼び止める声を無視して、わたしは走り出していた。頭の中を支配するのは那央くんのことばかりで、それ以外は何も考えられない。
1
あなたにおすすめの小説
僕《わたし》は誰でしょう
紫音みけ🐾新刊2月中旬発売!
青春
※第7回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。
【あらすじ】
交通事故の後遺症で記憶喪失になってしまった女子高生・比良坂すずは、自分が女であることに違和感を抱く。
「自分はもともと男ではなかったか?」
事故後から男性寄りの思考になり、周囲とのギャップに悩む彼女は、次第に身に覚えのないはずの記憶を思い出し始める。まるで別人のものとしか思えないその記憶は、一体どこから来たのだろうか。
見知らぬ思い出をめぐる青春SF。
※表紙イラスト=ミカスケ様
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ヤクザに医官はおりません
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした
会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。
シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。
無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。
反社会組織の集まりか!
ヤ◯ザに見初められたら逃げられない?
勘違いから始まる異文化交流のお話です。
※もちろんフィクションです。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。
その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。
そこで待っていたのは、最悪の出来事――
けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。
夫は愛人と共に好きに生きればいい。
今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。
でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。
妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。
過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる