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20.ストロベリー侯爵には、仕事がある。②
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椅子に座ると、シャロットが私の隣にぴとっとくっついてきて。
今から何が始まるのかと喉が渇いてくる。
そんな中、ラヴィーナさんが、ゆっくりと話し始めた。
「イシドール様……謝罪が大変遅くなってしまい、申し訳ございません。私はあなたの信頼を裏切り、決して許されない行いをしました。あなたを深く傷つけてしまったこと、心からお詫び申し上げます。アデルも謝罪を申し出ておりましたが……今回は、同席するべきではないと思い、彼には遠慮してもらいました。」
ラヴィーナの心からの謝罪を聞いて、イシドール様は少し首を横に振った。
「元は、俺が横恋慕してしまったことにあるのだ。一目惚れして、すぐ求婚してしまった俺に非がある。もっと君を知るべきだった。若気のいたりという言葉では済まされないことだが……許してくれ」
「イシドール様に非などありません。すべては私が悪いんです」
そんな風に言い合う二人に、シャロットが体を浮かせる。
「パパもママも、わるくないもん。ふたりとも、いい子いい子よ。だって、シャルのパパとママだもん。そうでしょ、レディアおねえちゃん!」
話を振られた私は頷いて、二人に笑みを見せる。
「ええ……お二人とも、自分の気持ちに素直な、優しい人よ。本当に素敵な両親ね、シャロット」
「そうでしょー!」
私が褒めると、シャロットは嬉しそうに天使の笑みを見せた。
そんな娘の顔を見たイシドール様とラヴィーナさんは、それ以上自責するのは辞めて、お互いを見つめ合う。
「シャルと二人で過ごさせてくださって、ありがとうございました。シャルに、今の私の状況と気持ちを、全部お話ししました」
彼女は全部シャロットに伝えたんだ。
今、一緒に暮らしている新しいご主人のことや、一歳半の子どもが生まれていることも、全部……包み隠さず。
「ママはね、シャルをすてたんじゃなかったのよ。ほんとうはいっしょに行きたかったんだって!」
ほくほくと話してくれるシャロットに、私はほっとした。
捨てられたんじゃないって、ちゃんと愛されてるんだって、わかった顔してる。
……よかった。
本当に、よかった。
シャロットの心が壊れる前に、ラヴィーナさんと話せて。
「今は家族三人で静かに暮らしていますが、シャロットがいればと思わなかった日はありません」
ラヴィーナさんの、真剣な瞳。次の言葉を、私は恐れながら待った。
「こんなお願いをする資格はないと、わかっています。でも……どうしても伝えたくて」
ラヴィーナさんは膝に置いた手をぎゅっと握り、まっすぐイシドール様を見つめる。
「私は今、温泉街の館で働いています。アデルと、一歳半になる息子と暮らしています。今日シャルに会うことを夫にも話しました。もし、イシドール様とレディアさんが許してくださって……シャル自身もそう望むなら──」
そこで一度、言葉を切り、ラヴィーナさんは静かに深く頭を下げた。
「もう一度、母として、この子と暮らしたいんです」
短く、まっすぐな母としての切実な言葉。
沈黙のあと、イシドール様の声が低く優しく響いた。
「……シャロットは、どうしたい?」
いやだ。聞きたくない。
答えを早く知りたくて、でも怖くて。
──だけどシャロットは、何の迷いもなく笑った。
「ママといっしょにくらす!」
私は──
一瞬、何が起きたかわからなかった。
隣にいるシャロットの笑顔が、あまりにも無邪気で、まっすぐで。
ああ、そうだよね。
そうなるかもしれないって、わかってたはずなのに。
イシドール様の指が、わずかに止まった。
それだけ。
表情には、まったく出てなかった。
でも、わかる。
きっと心の中で何かが軋んでるって。
私も、ショックで。
喉の奥がきゅっと詰まって、笑おうとしても口元がうまく動かなかった。
「……ママと一緒に暮らしたいなら、そうしていい」
穏やかに紡がれた、イシドール様の言葉。
わかってた。イシドール様は、そう言うって。どれだけ、苦しくても……
だって、そういう人だから。
イシドール様の言葉に、シャロットはぱぁっと顔を輝かせた。
「じゃあみんなでお引越しだね!」
予想外の言葉に、私は言葉を失う。
ニコニコ嬉しそうな笑みを振り撒くシャロットを見ると、胸が痛んだ。
そっか、わかってなかったんだ。
……ちがうんだよ、シャロット。
その「みんな」に、私も、イシドール様も入ってるんだよね。
でも、それは──叶わないこと。
彼女の間違いを正す勇気を、私は知らない。
ふと落ちた沈黙に、シャロットは首を傾げてる。
そんな娘に、イシドール様が小さく首を振って答えた。
「パパは行くことができないんだ。ここで仕事がある」
「……パパ、来ないの?」
シャロットの声に、急に不安が滲んだ。
「じゃあ……レディアおねえちゃんは、これるよね?」
……答え、られない。
もちろん、行けるわけがないんだけど。
イシドール様が代わりに、静かに告げてくれる。
「レディアも、行かない」
シャロットの目が、一気に潤み始めた。
私の胸に、何かがぐさぐさと刺さってるみたいに、痛い。
「……じゃあじゃあ、ママたちがここにくる!? みんなでいっしょに! おへや、いっぱいあまってるよ!」
ねえ、お願い──と、まっすぐな目で見つめてくるその顔が、たまらなくつらくて。
でも、ラヴィーナさんは、優しい顔で、首を横に振った。
「それは……無理なのよ、シャル……」
「どぉしてぇ……?」
ふにゃ、と顔を崩したシャロットは、今にも泣きそうで。
その顔を見た瞬間、私の胸はきゅうっと縮んだ。
「ママのところにいくか、パパのところにいるか、どっちかしか、できないの」
なんて、残酷な選択だろう。
六歳になったばかりの子に、こんな問いを突きつけて。
私たち大人は、なんて酷いんだろう。
「そんなの……えらべないよぉ……!!」
シャロットは顔をくしゃっとゆがめて、肩を震わせた。
唇がひくひくして、次の瞬間、堰を切ったように大声で泣き出す。
小さな手で目をこすって、涙をごしごし拭おうとするけど、どんどんあふれて追いつかない。
「……シャロット」
イシドール様が静かに呼んで、そっと膝の上に抱き寄せた。
その腕はいつもよりずっとやわらかくて、背中を優しく、とん、とん、とん、って。
「いいんだ。すぐに決めなくていいんだよ」
その声には、言葉よりも深い愛情が込められていた。
静かで穏やかな、でも決して揺るがない強さ。
シャロットを、本当に大事に想っているんだって。
ラヴィーナさんの気持ちも、痛いほど伝わっていた。
母として、どんなに悔やんで、どれほど愛してきたのか──その全部を伝えたからこその、シャロットの涙だから。
だけど、答えを出すのは、シャロット自身。
私は、今日六歳になったばかりの小さな背中を見ながら、心の中で祈った。
どうか彼女の選ぶ道が、どんなものであっても、あたたかい未来につながっていますように──と。
今から何が始まるのかと喉が渇いてくる。
そんな中、ラヴィーナさんが、ゆっくりと話し始めた。
「イシドール様……謝罪が大変遅くなってしまい、申し訳ございません。私はあなたの信頼を裏切り、決して許されない行いをしました。あなたを深く傷つけてしまったこと、心からお詫び申し上げます。アデルも謝罪を申し出ておりましたが……今回は、同席するべきではないと思い、彼には遠慮してもらいました。」
ラヴィーナの心からの謝罪を聞いて、イシドール様は少し首を横に振った。
「元は、俺が横恋慕してしまったことにあるのだ。一目惚れして、すぐ求婚してしまった俺に非がある。もっと君を知るべきだった。若気のいたりという言葉では済まされないことだが……許してくれ」
「イシドール様に非などありません。すべては私が悪いんです」
そんな風に言い合う二人に、シャロットが体を浮かせる。
「パパもママも、わるくないもん。ふたりとも、いい子いい子よ。だって、シャルのパパとママだもん。そうでしょ、レディアおねえちゃん!」
話を振られた私は頷いて、二人に笑みを見せる。
「ええ……お二人とも、自分の気持ちに素直な、優しい人よ。本当に素敵な両親ね、シャロット」
「そうでしょー!」
私が褒めると、シャロットは嬉しそうに天使の笑みを見せた。
そんな娘の顔を見たイシドール様とラヴィーナさんは、それ以上自責するのは辞めて、お互いを見つめ合う。
「シャルと二人で過ごさせてくださって、ありがとうございました。シャルに、今の私の状況と気持ちを、全部お話ししました」
彼女は全部シャロットに伝えたんだ。
今、一緒に暮らしている新しいご主人のことや、一歳半の子どもが生まれていることも、全部……包み隠さず。
「ママはね、シャルをすてたんじゃなかったのよ。ほんとうはいっしょに行きたかったんだって!」
ほくほくと話してくれるシャロットに、私はほっとした。
捨てられたんじゃないって、ちゃんと愛されてるんだって、わかった顔してる。
……よかった。
本当に、よかった。
シャロットの心が壊れる前に、ラヴィーナさんと話せて。
「今は家族三人で静かに暮らしていますが、シャロットがいればと思わなかった日はありません」
ラヴィーナさんの、真剣な瞳。次の言葉を、私は恐れながら待った。
「こんなお願いをする資格はないと、わかっています。でも……どうしても伝えたくて」
ラヴィーナさんは膝に置いた手をぎゅっと握り、まっすぐイシドール様を見つめる。
「私は今、温泉街の館で働いています。アデルと、一歳半になる息子と暮らしています。今日シャルに会うことを夫にも話しました。もし、イシドール様とレディアさんが許してくださって……シャル自身もそう望むなら──」
そこで一度、言葉を切り、ラヴィーナさんは静かに深く頭を下げた。
「もう一度、母として、この子と暮らしたいんです」
短く、まっすぐな母としての切実な言葉。
沈黙のあと、イシドール様の声が低く優しく響いた。
「……シャロットは、どうしたい?」
いやだ。聞きたくない。
答えを早く知りたくて、でも怖くて。
──だけどシャロットは、何の迷いもなく笑った。
「ママといっしょにくらす!」
私は──
一瞬、何が起きたかわからなかった。
隣にいるシャロットの笑顔が、あまりにも無邪気で、まっすぐで。
ああ、そうだよね。
そうなるかもしれないって、わかってたはずなのに。
イシドール様の指が、わずかに止まった。
それだけ。
表情には、まったく出てなかった。
でも、わかる。
きっと心の中で何かが軋んでるって。
私も、ショックで。
喉の奥がきゅっと詰まって、笑おうとしても口元がうまく動かなかった。
「……ママと一緒に暮らしたいなら、そうしていい」
穏やかに紡がれた、イシドール様の言葉。
わかってた。イシドール様は、そう言うって。どれだけ、苦しくても……
だって、そういう人だから。
イシドール様の言葉に、シャロットはぱぁっと顔を輝かせた。
「じゃあみんなでお引越しだね!」
予想外の言葉に、私は言葉を失う。
ニコニコ嬉しそうな笑みを振り撒くシャロットを見ると、胸が痛んだ。
そっか、わかってなかったんだ。
……ちがうんだよ、シャロット。
その「みんな」に、私も、イシドール様も入ってるんだよね。
でも、それは──叶わないこと。
彼女の間違いを正す勇気を、私は知らない。
ふと落ちた沈黙に、シャロットは首を傾げてる。
そんな娘に、イシドール様が小さく首を振って答えた。
「パパは行くことができないんだ。ここで仕事がある」
「……パパ、来ないの?」
シャロットの声に、急に不安が滲んだ。
「じゃあ……レディアおねえちゃんは、これるよね?」
……答え、られない。
もちろん、行けるわけがないんだけど。
イシドール様が代わりに、静かに告げてくれる。
「レディアも、行かない」
シャロットの目が、一気に潤み始めた。
私の胸に、何かがぐさぐさと刺さってるみたいに、痛い。
「……じゃあじゃあ、ママたちがここにくる!? みんなでいっしょに! おへや、いっぱいあまってるよ!」
ねえ、お願い──と、まっすぐな目で見つめてくるその顔が、たまらなくつらくて。
でも、ラヴィーナさんは、優しい顔で、首を横に振った。
「それは……無理なのよ、シャル……」
「どぉしてぇ……?」
ふにゃ、と顔を崩したシャロットは、今にも泣きそうで。
その顔を見た瞬間、私の胸はきゅうっと縮んだ。
「ママのところにいくか、パパのところにいるか、どっちかしか、できないの」
なんて、残酷な選択だろう。
六歳になったばかりの子に、こんな問いを突きつけて。
私たち大人は、なんて酷いんだろう。
「そんなの……えらべないよぉ……!!」
シャロットは顔をくしゃっとゆがめて、肩を震わせた。
唇がひくひくして、次の瞬間、堰を切ったように大声で泣き出す。
小さな手で目をこすって、涙をごしごし拭おうとするけど、どんどんあふれて追いつかない。
「……シャロット」
イシドール様が静かに呼んで、そっと膝の上に抱き寄せた。
その腕はいつもよりずっとやわらかくて、背中を優しく、とん、とん、とん、って。
「いいんだ。すぐに決めなくていいんだよ」
その声には、言葉よりも深い愛情が込められていた。
静かで穏やかな、でも決して揺るがない強さ。
シャロットを、本当に大事に想っているんだって。
ラヴィーナさんの気持ちも、痛いほど伝わっていた。
母として、どんなに悔やんで、どれほど愛してきたのか──その全部を伝えたからこその、シャロットの涙だから。
だけど、答えを出すのは、シャロット自身。
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