33 / 43
20.ストロベリー侯爵には、仕事がある。①
それからの一週間、シャロットはそわそわとしながら時を過ごしていた。
二年ぶりに母親と会うんだもの……当然よね。
「ママ、お花がすきだったのよ。今もすきかなぁ」
「ママは、ピンクがにあうの! だからシャル、ピンクのふく、きる! そしたら、おにあいでしょ?」
ママという言葉が出てこない日はなかった。
本当に、シャロットはラヴィーナさんのことが大好きで。
正直……そんなに思われているラヴィーナさんが、羨ましいって思ってしまう。
そしてとうとう、当日。
朝からシャロットは落ち着かない様子で、部屋の中を行ったり来たりしていた。
「まだ? まだこないの? もうおひる? おひるすぎ?」
窓の外を何度ものぞきこみ、ぴょんぴょんと小さく跳ねながら、スカートの裾をふわふわ揺らしている。
「ねぇレディアおねえちゃん、シャルのリボン、まがってない? へんじゃない?」
「大丈夫よ。とってもかわいい。ピンクのドレスも、あなたにぴったりね」
「ほんとに? ママ、かわいいっておもってくれるかな……?」
大きな瞳に、少し不安を浮かべながら尋ねるシャロットに、私はそっと笑みを返す。
「間違いなく思ってくれるわ。あなたは、とびきり素敵なお姫さまだもの」
「えへへ……」
シャロットは顔を少し赤くして、それでもまたそわそわと立ち上がる。
それからどこか真剣な顔つきになって、廊下の先にいるイシドール様の元へと駆けていった。
「パパ!」
「どうした、シャル?」
「えっと……シャル……ママに、なにをはなすか、わすれちゃいそう……!」
「大丈夫だよ。言葉にならなくても、気持ちはちゃんと伝わる」
「……ほんとに?」
「ああ、シャルがママを好きなように、ママもシャロットをずっと想ってる」
イシドール様が優しく笑むと、シャロットはふっと表情を緩めた。
それでも手は、ドレスの裾をぎゅっと掴んでいる。
そして──
ラヴィーナさんがやってきた。
到着したのはお昼過ぎ。
簡素な馬車の扉が開き、そこから降り立ったのは──陽を受けて輝く金髪を持つ、優美な女性だった。
青い瞳が少し揺れて、迷いと期待を滲ませている。
控えめに微笑みながら、玄関へと歩を進めるその姿は、どこか緊張して見えた。
「……ママ?」
玄関ホールの陰から顔を出したシャロットの声が、空気を震わせた。
ラヴィーナさんの足が、止まる。
「シャロット……?」
お互いの姿を目にしたその瞬間、すべての音が消えたかのような、沈黙。
次の瞬間──
「ママあぁあああ!!」
シャロットが、駆け出した。
私の横を風みたいにすり抜けて、ラヴィーナさんに向かってまっすぐに。
あの勢いは、もう、思いが弾けたように。
会いたかったよね……ううん、ずっと、我慢してたんだもんね。
ラヴィーナさんも、腕を広げて待ってた。
もう、堪えきれないって顔して。
「シャル……シャル……!」
胸の中に飛び込んだシャロットを、ギュッと抱きしめて、二人して泣きじゃくってる。
「会いたかった……ずっと、あなたに会いたかったのよ……!」
「シャルも! ママに、あいたかったぁ……!」
シャロット、ママに抱きついたまま、声にならない声で泣いてる。
ラヴィーナさんも、きっと何度も同じ夢を見たんだろうな……シャロットを抱きしめる夢を。
肩を震わせて泣く母娘。
二人の涙が、お互いの頬を濡らしながら、長い時を埋めていく。
「大きくなったのね……こんなに……」
「シャル、ちゃんとおねえさんになったの! でも、ママにあいたくて、ずっとずっとがまんしてた……!」
「ごめんなさい……ひどい母親で、ごめんね……シャルのそばにいられなくて……」
「ちがうの! ママは、シャルのママだもん! シャル、ママのこと、だいすき……!」
……もう、だめ。
こういうの、だめなのよ私、ほんと。
気づいたら、目元を押さえてた。
バレないように、さっとハンカチで涙を拭き取る。
横にいたイシドール様は、無言でふたりを見ていた。
でもその目は、誰よりもあったかくて。
さすが、イシドール様だなぁって。私の大好きな人だなぁって。
「ママ、ママ、ママーーーー!!」
「シャル……っ」
そんな風に抱き合う二人を。
私とイシドール様は、静かに見つめていた。
それからしばらく、私たちはラヴィーナさんとシャロットをそっとしておいた。
今は、二人きりでたっぷり話す時間が必要だと思ったから。
最初のうちは、シャロットがあちこち連れ回してたみたいだけど、今は自分の部屋で落ち着いて話してるみたい。
……なのに、私はというと。
「……何の話をしてるんでしょうね……」
「レディア、それ、七回目だ」
「うっ!」
イシドール様の執務室で、落ち着かないなんてもんじゃなかった。
じっと座ってるだけなのに、心臓がずっとおかしな動きをしてるみたいで。
ソファーの端で手を握ったり開いたりしてる私を、イシドール様はいつもより優しい目で見てくれてる気がする。
「だって、気になって気になって、仕方ないんです……」
「……そうだな」
イシドール様の返事は短かったけど、なんとなく、わかる。
だって、机の上の書類が、そのまま手つかずで山になってから。
こんなこと、初めてだもの。
……怖いんだ。
きっと、私以上に。
沈黙が落ちたその時。扉の向こう、さらにその遠くの方から声が響いてきた。
「パパー! ママがおはなししたいってー! はいってもいーい?」
シャロットの明るい声に、イシドール様が立ち上がる。
「ああ。入ってきなさい」
その声に返事するように、バタバタっと足音が近づいて、扉が開いた。
ラヴィーナさんとシャロット。並んで、こちらを見ている。
私は思わずソファーから立ち上がった。
「あの、私……お邪魔だったら出て行きますね」
「いいえ、レディアさんもいていただきたいわ」
そう言ったのは、ラヴィーナさんだ。
彼女の目には、何か決意のようなものが宿っていて、私はただ頷くことしかできなかった。
二年ぶりに母親と会うんだもの……当然よね。
「ママ、お花がすきだったのよ。今もすきかなぁ」
「ママは、ピンクがにあうの! だからシャル、ピンクのふく、きる! そしたら、おにあいでしょ?」
ママという言葉が出てこない日はなかった。
本当に、シャロットはラヴィーナさんのことが大好きで。
正直……そんなに思われているラヴィーナさんが、羨ましいって思ってしまう。
そしてとうとう、当日。
朝からシャロットは落ち着かない様子で、部屋の中を行ったり来たりしていた。
「まだ? まだこないの? もうおひる? おひるすぎ?」
窓の外を何度ものぞきこみ、ぴょんぴょんと小さく跳ねながら、スカートの裾をふわふわ揺らしている。
「ねぇレディアおねえちゃん、シャルのリボン、まがってない? へんじゃない?」
「大丈夫よ。とってもかわいい。ピンクのドレスも、あなたにぴったりね」
「ほんとに? ママ、かわいいっておもってくれるかな……?」
大きな瞳に、少し不安を浮かべながら尋ねるシャロットに、私はそっと笑みを返す。
「間違いなく思ってくれるわ。あなたは、とびきり素敵なお姫さまだもの」
「えへへ……」
シャロットは顔を少し赤くして、それでもまたそわそわと立ち上がる。
それからどこか真剣な顔つきになって、廊下の先にいるイシドール様の元へと駆けていった。
「パパ!」
「どうした、シャル?」
「えっと……シャル……ママに、なにをはなすか、わすれちゃいそう……!」
「大丈夫だよ。言葉にならなくても、気持ちはちゃんと伝わる」
「……ほんとに?」
「ああ、シャルがママを好きなように、ママもシャロットをずっと想ってる」
イシドール様が優しく笑むと、シャロットはふっと表情を緩めた。
それでも手は、ドレスの裾をぎゅっと掴んでいる。
そして──
ラヴィーナさんがやってきた。
到着したのはお昼過ぎ。
簡素な馬車の扉が開き、そこから降り立ったのは──陽を受けて輝く金髪を持つ、優美な女性だった。
青い瞳が少し揺れて、迷いと期待を滲ませている。
控えめに微笑みながら、玄関へと歩を進めるその姿は、どこか緊張して見えた。
「……ママ?」
玄関ホールの陰から顔を出したシャロットの声が、空気を震わせた。
ラヴィーナさんの足が、止まる。
「シャロット……?」
お互いの姿を目にしたその瞬間、すべての音が消えたかのような、沈黙。
次の瞬間──
「ママあぁあああ!!」
シャロットが、駆け出した。
私の横を風みたいにすり抜けて、ラヴィーナさんに向かってまっすぐに。
あの勢いは、もう、思いが弾けたように。
会いたかったよね……ううん、ずっと、我慢してたんだもんね。
ラヴィーナさんも、腕を広げて待ってた。
もう、堪えきれないって顔して。
「シャル……シャル……!」
胸の中に飛び込んだシャロットを、ギュッと抱きしめて、二人して泣きじゃくってる。
「会いたかった……ずっと、あなたに会いたかったのよ……!」
「シャルも! ママに、あいたかったぁ……!」
シャロット、ママに抱きついたまま、声にならない声で泣いてる。
ラヴィーナさんも、きっと何度も同じ夢を見たんだろうな……シャロットを抱きしめる夢を。
肩を震わせて泣く母娘。
二人の涙が、お互いの頬を濡らしながら、長い時を埋めていく。
「大きくなったのね……こんなに……」
「シャル、ちゃんとおねえさんになったの! でも、ママにあいたくて、ずっとずっとがまんしてた……!」
「ごめんなさい……ひどい母親で、ごめんね……シャルのそばにいられなくて……」
「ちがうの! ママは、シャルのママだもん! シャル、ママのこと、だいすき……!」
……もう、だめ。
こういうの、だめなのよ私、ほんと。
気づいたら、目元を押さえてた。
バレないように、さっとハンカチで涙を拭き取る。
横にいたイシドール様は、無言でふたりを見ていた。
でもその目は、誰よりもあったかくて。
さすが、イシドール様だなぁって。私の大好きな人だなぁって。
「ママ、ママ、ママーーーー!!」
「シャル……っ」
そんな風に抱き合う二人を。
私とイシドール様は、静かに見つめていた。
それからしばらく、私たちはラヴィーナさんとシャロットをそっとしておいた。
今は、二人きりでたっぷり話す時間が必要だと思ったから。
最初のうちは、シャロットがあちこち連れ回してたみたいだけど、今は自分の部屋で落ち着いて話してるみたい。
……なのに、私はというと。
「……何の話をしてるんでしょうね……」
「レディア、それ、七回目だ」
「うっ!」
イシドール様の執務室で、落ち着かないなんてもんじゃなかった。
じっと座ってるだけなのに、心臓がずっとおかしな動きをしてるみたいで。
ソファーの端で手を握ったり開いたりしてる私を、イシドール様はいつもより優しい目で見てくれてる気がする。
「だって、気になって気になって、仕方ないんです……」
「……そうだな」
イシドール様の返事は短かったけど、なんとなく、わかる。
だって、机の上の書類が、そのまま手つかずで山になってから。
こんなこと、初めてだもの。
……怖いんだ。
きっと、私以上に。
沈黙が落ちたその時。扉の向こう、さらにその遠くの方から声が響いてきた。
「パパー! ママがおはなししたいってー! はいってもいーい?」
シャロットの明るい声に、イシドール様が立ち上がる。
「ああ。入ってきなさい」
その声に返事するように、バタバタっと足音が近づいて、扉が開いた。
ラヴィーナさんとシャロット。並んで、こちらを見ている。
私は思わずソファーから立ち上がった。
「あの、私……お邪魔だったら出て行きますね」
「いいえ、レディアさんもいていただきたいわ」
そう言ったのは、ラヴィーナさんだ。
彼女の目には、何か決意のようなものが宿っていて、私はただ頷くことしかできなかった。
あなたにおすすめの小説
異世界に逃げたシングルマザー経理は、定時退勤だけは譲れない
木風
恋愛
DV夫から一歳の娘を抱えて逃げた鈴木優子は、光に飲まれて異世界の王宮へ転移してしまう。
生きるために差し出した武器は簿記と経理経験――崩壊寸前の王宮会計を『複式簿記』で立て直すことに。
ただし譲れない条件はひとつ、「午後五時の定時退勤」。娘の迎えが最優先だからだ。
その姿勢に、なぜか若き国王ヴィクトルが毎日経理室へ通い始めて――仕事と子育ての先に、家族の形が芽吹いていく。
【完結】あなたに抱きしめられたくてー。
彩華(あやはな)
恋愛
細い指が私の首を絞めた。泣く母の顔に、私は自分が生まれてきたことを後悔したー。
そして、母の言われるままに言われ孤児院にお世話になることになる。
やがて学園にいくことになるが、王子殿下にからまれるようになり・・・。
大きな秘密を抱えた私は、彼から逃げるのだった。
同時に母の事実も知ることになってゆく・・・。
*ヤバめの男あり。ヒーローの出現は遅め。
もやもや(いつもながら・・・)、ポロポロありになると思います。初めから重めです。
愛されないはずの契約花嫁は、なぜか今宵も溺愛されています!
香取鞠里
恋愛
マリアは子爵家の長女。
ある日、父親から
「すまないが、二人のどちらかにウインド公爵家に嫁いでもらう必要がある」
と告げられる。
伯爵家でありながら家は貧しく、父親が事業に失敗してしまった。
その借金返済をウインド公爵家に伯爵家の借金返済を肩代わりしてもらったことから、
伯爵家の姉妹のうちどちらかを公爵家の一人息子、ライアンの嫁にほしいと要求されたのだそうだ。
親に溺愛されるワガママな妹、デイジーが心底嫌がったことから、姉のマリアは必然的に自分が嫁ぐことに決まってしまう。
ライアンは、冷酷と噂されている。
さらには、借金返済の肩代わりをしてもらったことから決まった契約結婚だ。
決して愛されることはないと思っていたのに、なぜか溺愛されて──!?
そして、ライアンのマリアへの待遇が羨ましくなった妹のデイジーがライアンに突如アプローチをはじめて──!?
妾に恋をした
はなまる
恋愛
ミーシャは22歳の子爵令嬢。でも結婚歴がある。夫との結婚生活は半年。おまけに相手は子持ちの再婚。 そして前妻を愛するあまり不能だった。実家に出戻って来たミーシャは再婚も考えたが何しろ子爵領は超貧乏、それに弟と妹の学費もかさむ。ある日妾の応募を目にしてこれだと思ってしまう。
早速面接に行って経験者だと思われて採用決定。
実際は純潔の乙女なのだがそこは何とかなるだろうと。
だが実際のお相手ネイトは妻とうまくいっておらずその日のうちに純潔を散らされる。ネイトはそれを知って狼狽える。そしてミーシャに好意を寄せてしまい話はおかしな方向に動き始める。
ミーシャは無事ミッションを成せるのか?
それとも玉砕されて追い出されるのか?
ネイトの恋心はどうなってしまうのか?
カオスなガストン侯爵家は一体どうなるのか?
【完結】一途すぎる公爵様は眠り姫を溺愛している
月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
リュシエンヌ・ソワイエは16歳の子爵令嬢。皆が憧れるマルセル・クレイン伯爵令息に婚約を申し込まれたばかりで幸せいっぱいだ。
しかしある日を境にリュシエンヌは眠りから覚めなくなった。本人は自覚が無いまま12年の月日が過ぎ、目覚めた時には父母は亡くなり兄は結婚して子供がおり、さらにマルセルはリュシエンヌの親友アラベルと結婚していた。
突然のことに狼狽えるリュシエンヌ。しかも兄嫁はリュシエンヌを厄介者扱いしていて実家にはいられそうもない。
そんな彼女に手を差し伸べたのは、若きヴォルテーヌ公爵レオンだった……。
『残念な顔だとバカにされていた私が隣国の王子様に見初められました』『結婚前日に友人と入れ替わってしまった……!』に出てくる魔法大臣ゼインシリーズです。
表紙は「簡単表紙メーカー2」で作成しました。
拾った指輪で公爵様の妻になりました
奏多
恋愛
結婚の宣誓を行う直前、落ちていた指輪を拾ったエミリア。
とっさに取り替えたのは、家族ごと自分をも売り飛ばそうと計画している高利貸しとの結婚を回避できるからだ。
この指輪の本当の持ち主との結婚相手は怒るのではと思ったが、最悪殺されてもいいと思ったのに、予想外に受け入れてくれたけれど……?
「この試験を通過できれば、君との結婚を継続する。そうでなければ、死んだものとして他国へ行ってもらおうか」
公爵閣下の19回目の結婚相手になったエミリアのお話です。
もふもふクマさん彼氏は獣人国の王子様?! 婚約破棄って、それ冗談ですよね。
長岡更紗
恋愛
ユーミラの憧れのベアモンドは、騎士団に所属する強くて優しい人。
ある日、二人っきりになれた時に告白すると、彼の頭にクマ耳が生えてきて?!
ベアモンドがクマ獣人だと知ったユーミラだったが、恋心は変わらない。
彼も実はユーミラのことが好きで二人は無事付き合い始めるのだが……。
そんな幸せも束の間。
実はベアモンドは獣人国の王子ということが発覚し、獣人国に帰らなければいけないことに!
獣人国にはすでにベアモンドの婚約者も用意されていて……
どうする、ユーミラ!
小説家になろう、他サイトでも公開しています。
契約結婚の相手が優しすぎて困ります
みみぢあん
恋愛
ペルサル伯爵の婚外子リアンナは、学園に通い淑女の教育を受けているが、帰宅すれば使用人のような生活をおくっていた。 学園の卒業が近くなったある日、リアンナは父親と変わらない年齢の男爵との婚約が決まる。 そんなリアンナにフラッドリー公爵家の後継者アルベールと契約結婚をしないかと持ちかけられた。