恐怖侯爵の後妻になったら、「君を愛することはない」と言われまして。

長岡更紗

文字の大きさ
35 / 43

21.ストロベリー侯爵は、限界です。

しおりを挟む
 その日の夜。

 シャロットはラヴィーナさんと一緒に眠っていた。
 ママと一緒に寝るって言って、聞かなくて。
 二人は今、シャロットの部屋のベッドにいる。

 私は、自分の寝室のベッドに腰を下ろした。
 とはいえ、ここは本来“夫婦の寝室”だ。
 イシドール様は、基本的に自室で休まれるんだけど。
 今はなぜか、隣にしれっと座っている。

「……あの。どうして、こっちに?」
「嫌なら出ていくが」
「嫌じゃないです」

 即答しちゃった。ちょっと恥ずかしい。
 でも、今は隣にいてほしいのは、本当なの。
 イシドール様はそんな私を見て、そっと頭を撫でてくれた。

 こういうスキンシップ……嬉しいな。

 しばらく、私たちの間に静けさが流れた。
 でもどこか落ち着かなくて、胸の奥がもやもやと動いている。

「……シャロットは、どうするんでしょうね……」

 ぽつりと、私がつぶやくと、イシドール様も視線を伏せた。

「俺には……選ばせるしかできない。それが、正しいとも思う」
「でも……選ばせるって、つらいですよね。まだ小さいのに」
「……ああ、そうだな」

 また、静けさ。
 シャロットは、今頃母親の温もりを感じて眠っている。
 嬉しいことのはずなにに、それがひどく私の胸に来てしまう。

「レディア」

 呼ばれて、顔を上げた。
 イシドール様に距離を詰められていて。
 顔が、すぐ目の前にある。

「君があの子を守ってきてくれたこと、俺は……ずっと見てた」

 その声は、低くて静かで──その瞳は、まっすぐに私を映していた。
 胸がきゅっとなる。

「イシドール様……」

 言葉を探しているうちに、その手が私の頬に触れる。
 大きな手。細くて長い指。その動きは驚くほどやさしくて、頬をなぞるだけで、体がびくりと反応した。

「君がいてくれて、助かってる。……本当に、感謝している」

 唇が、すぐそこにあった。
 何か言おうとして、でも言葉が出てこなくて、私の心臓がどくん、と跳ねる。

「レディア……今日は一緒に寝よう」
「……ふぇ」

 え、ちょ、また変な声出ちゃった……!
 だって、イシドール様が変なこと言うから……!

 一気に体温が上昇した私を見て、イシドール様はくすっと笑ってる。何それ、ずるい。

「愛してる」

 も、もう、特上のストロベリー侯爵、やめてください……っ

「レディアは?」
「……あい、してます……っ」

 言わせてくるんですね……手口が新しくなってる……。
 ああもう、体が熱い。秋だけど、また熱中症になってしまうかもしれない。
 イシドール様は……本当に嬉しそうに笑うんですから。
 からかわれてるような気がしないでもないけど……やっぱり、好き。

 イシドール様の手が肩に置かれたかと思うと……私はそのままゆっくり、ベッドに押し倒された。

 ……待って。
 ……本当に? 今?
 何の心の準備も、私──っ

「ひゃっ」

 ぎゅっと抱きしめられた。
 密着、密着度が……! しかもベッドの上……!!
 心臓の音で、自分の胸が盛り上がってる感じする!
 ドッコドコ鳴ってる!!

「あ、あの、イシドール様……っ」
「本当にかわいいな……君は」

 いえ、イシドール様の方がよっぽど男前なんですが!?

「少しだけ……いいか?」

 少しだけ……それって、本当に少しなんですか?
 私、知ってます。ちょっと大人な本で読んだことあります。
 少しだけと言いつつ……結局最後までなんですよね!?

「頼む……君と……一緒に、寝たい」

 そ、そんな……甘いお顔で……でも、切なそうで、苦しそうで……
 そんなに私、我慢させちゃってたんですか……?

 ──あ、うん、させちゃってた気がする。

 思えば、イシドール様はいつも……その、積極的、でしたもんね。
 それってドキドキしちゃうけど、本当に嬉しいことでもあった。
 私を求めてくれるって……こんなにも嬉しいものなんだって、何度も実感してきた。

 シャロットが私を母親として認めてくれたら、その時は……って思ってたけど。
 本当の母と一緒に暮らす可能性が高い今、私がシャロットの母親として認められる未来はもう、来ないかもしれない。

 なら、もう……体を許しても、構わないよね……。
 イシドール様は、こんなにも私を求めてくれて。
 私もびっくりするくらい、体がほてっちゃってる。

「レディア……っ」

 それに、こんなに苦しそうなイシドール様を見ちゃったら……これ以上……

「いい、ですよ……?」

 あ、言っちゃった!
 心臓が、胸を突き破りそう!!

 イシドール様が嬉しそうに笑って……だめ、もう……大好き。
 拒否なんて、できるわけないじゃないですか……
 だって、私もずっと……同じ気持ちだったんですから。

 イシドール様が、私を優しく抱きしめてくれる。

 ああ、私、とうとうイシドール様と……

「すぅ……すぅ……」

 イシドール様の吐息が私の首に……

 首に……?




 ──ん?



 顔を覗くと、イシドール様は目を瞑ってて……

 うそ、寝てる!!?

「あ、あぅの、イシドール様?」
「すぅ……すぅ……ぐう」

 ぐうって言った!! 寝てる!!
 一緒に寝ようって……そういうこと!?
 本当に寝るだけ????
 待って待って、私の覚悟はどうしてくれるの!?

「い、イシドールさまぁ……今、チャンスですよぉ?」

 そっと耳元に話しかけてみる。
 うん、ピクリとも動かない!

「えーと、ビッグチャーンス、ですよ~?」

 ……動かない!! 寝てる!!

「……っぷ!」

 なんだか必死になってる自分がおかしくて、私は一人で笑ってしまった。

「もう、イシドール様ったら」

 私は肩を揺らしながら、その寝顔を見つめる。
 こんな顔して眠るんだ。かわいいな。

 世間からは恐怖侯爵と呼ばれている、イシドール様。
 それは、若くして侯爵家を継いだことによる、仮面のこと。
 あんまり心を許せる人がいない証拠でもあるって、私知ってますよ。
 実は緊張しやすいんだってことも、気づいてます。
 だからななおのこと、“恐怖侯爵”になっちゃうんですよね。

 でも……本当に心を許した人の前でだけは、ストロベリー侯爵になるんだってことも、私、わかってますから。

 だから私にストロベリーなお顔を見せてくれるのは、本当に嬉しいんです。

「大好きです。私の侯爵様」

 きっと昨日は眠れなかったんだろう。
 今日のことを考えて、シャロットがいなくなる未来を想像して苦しんで。
 今もわからないままの宙ぶらりんで。

 だから、誰かと一緒に寝たかったんですね?
 私と一緒が、良かったんですよね?

「許してあげます」

 そう言って、私はそっとイシドール様の頬に口付けた。
 誰にも内緒の、愛しい気持ちがたくさんこもったキスを。

 ねぇ、イシドール様。
 シャロットが心を決めた時。
 もし、彼女がここを出て行ったら──

 その時には、私がたくさん、慰めてあげますからね。

 私が必ず、傍にいますからね。


 そんな決意を胸にして。
 私は優しくイシドール様を抱きしめると、一緒に眠った。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚活令嬢ロゼッタは、なによりお金を愛している!

鈴宮(すずみや)
恋愛
 ロゼッタはお金がなにより大好きな伯爵令嬢。男性の価値はお金で決まると豪語する彼女は、金持ちとの出会いを求めて夜会通いをし、城で侍女として働いている。そんな彼女の周りには、超大金持ちの実業家に第三王子、騎士団長と、リッチでハイスペックな男性が勢揃い。それでも、貪欲な彼女はよりよい男性を求めて日夜邁進し続ける。 「世の中にはお金よりも大切なものがあるでしょう?」  とある夜会で出会った美貌の文官ライノアにそう尋ねられたロゼッタは、彼の主張を一笑。お金より大切なものなんてない、とこたえたロゼッタだったが――?  これは己の欲望に素直すぎる令嬢が、自分と本当の意味で向き合うまでの物語。

風変わり公爵令嬢は、溺愛王子とほのぼの王宮ライフを楽しむようです 〜大好きなお兄さんは婚約者!?〜

長岡更紗
恋愛
公爵令嬢のフィオーナは、両親も持て余してしまうほどの一風変わった女の子。 ある日、魚釣りをしているフィオーナに声をかけたのは、この国の第二王子エリオスだった。 王子はフィオーナの奇行をすべて受け入れ、愛情を持って接し始める。 王宮でエリオスと共にほのぼのライフを満喫するフィオーナ。 しかしある日、彼の婚約者が現れるのだった。 ほのぼのハッピーエンド物語です。 小説家になろうにて重複投稿しています。

とんでもない侯爵に嫁がされた女流作家の伯爵令嬢

ヴァンドール
恋愛
面食いで愛人のいる侯爵に伯爵令嬢であり女流作家のアンリが身を守るため変装して嫁いだが、その後、王弟殿下と知り合って・・

妹に命じられて辺境伯へ嫁いだら王都で魔王が復活しました(完)

みかん畑
恋愛
家族から才能がないと思われ、蔑まれていた姉が辺境で溺愛されたりするお話です。 2/21完結

契約結婚の相手が優しすぎて困ります

みみぢあん
恋愛
ペルサル伯爵の婚外子リアンナは、学園に通い淑女の教育を受けているが、帰宅すれば使用人のような生活をおくっていた。 学園の卒業が近くなったある日、リアンナは父親と変わらない年齢の男爵との婚約が決まる。 そんなリアンナにフラッドリー公爵家の後継者アルベールと契約結婚をしないかと持ちかけられた。

過労薬師です。冷酷無慈悲と噂の騎士様に心配されるようになりました。

黒猫とと
恋愛
王都西区で薬師として働くソフィアは毎日大忙し。かかりつけ薬師として常備薬の準備や急患の対応をたった1人でこなしている。 明るく振舞っているが、完全なるブラック企業と化している。 そんな過労薬師の元には冷徹無慈悲と噂の騎士様が差し入れを持って訪ねてくる。 ………何でこんな事になったっけ?

《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。

ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」 その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。

実家を追い出され、薬草売りをして糊口をしのいでいた私は、薬草摘みが趣味の公爵様に見初められ、毎日二人でハーブティーを楽しんでいます

さら
恋愛
実家を追い出され、わずかな薬草を売って糊口をしのいでいた私。 生きるだけで精一杯だったはずが――ある日、薬草摘みが趣味という変わり者の公爵様に出会ってしまいました。 「君の草は、人を救う力を持っている」 そう言って見初められた私は、公爵様の屋敷で毎日一緒に薬草を摘み、ハーブティーを淹れる日々を送ることに。 不思議と気持ちが通じ合い、いつしか心も温められていく……。 華やかな社交界も、危険な戦いもないけれど、 薬草の香りに包まれて、ゆるやかに育まれるふたりの時間。 町の人々や子どもたちとの出会いを重ね、気づけば「薬草師リオナ」の名は、遠い土地へと広がっていき――。

処理中です...