恐怖侯爵の後妻になったら、「君を愛することはない」と言われまして。

長岡更紗

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21.ストロベリー侯爵は、限界です。

 その日の夜。

 シャロットはラヴィーナさんと一緒に眠っていた。
 ママと一緒に寝るって言って、聞かなくて。
 二人は今、シャロットの部屋のベッドにいる。

 私は、自分の寝室のベッドに腰を下ろした。
 とはいえ、ここは本来“夫婦の寝室”だ。
 イシドール様は、基本的に自室で休まれるんだけど。
 今はなぜか、隣にしれっと座っている。

「……あの。どうして、こっちに?」
「嫌なら出ていくが」
「嫌じゃないです」

 即答しちゃった。ちょっと恥ずかしい。
 でも、今は隣にいてほしいのは、本当なの。
 イシドール様はそんな私を見て、そっと頭を撫でてくれた。

 こういうスキンシップ……嬉しいな。

 しばらく、私たちの間に静けさが流れた。
 でもどこか落ち着かなくて、胸の奥がもやもやと動いている。

「……シャロットは、どうするんでしょうね……」

 ぽつりと、私がつぶやくと、イシドール様も視線を伏せた。

「俺には……選ばせるしかできない。それが、正しいとも思う」
「でも……選ばせるって、つらいですよね。まだ小さいのに」
「……ああ、そうだな」

 また、静けさ。
 シャロットは、今頃母親の温もりを感じて眠っている。
 嬉しいことのはずなにに、それがひどく私の胸に来てしまう。

「レディア」

 呼ばれて、顔を上げた。
 イシドール様に距離を詰められていて。
 顔が、すぐ目の前にある。

「君があの子を守ってきてくれたこと、俺は……ずっと見てた」

 その声は、低くて静かで──その瞳は、まっすぐに私を映していた。
 胸がきゅっとなる。

「イシドール様……」

 言葉を探しているうちに、その手が私の頬に触れる。
 大きな手。細くて長い指。その動きは驚くほどやさしくて、頬をなぞるだけで、体がびくりと反応した。

「君がいてくれて、助かってる。……本当に、感謝している」

 唇が、すぐそこにあった。
 何か言おうとして、でも言葉が出てこなくて、私の心臓がどくん、と跳ねる。

「レディア……今日は一緒に寝よう」
「……ふぇ」

 え、ちょ、また変な声出ちゃった……!
 だって、イシドール様が変なこと言うから……!

 一気に体温が上昇した私を見て、イシドール様はくすっと笑ってる。何それ、ずるい。

「愛してる」

 も、もう、特上のストロベリー侯爵、やめてください……っ

「レディアは?」
「……あい、してます……っ」

 言わせてくるんですね……手口が新しくなってる……。
 ああもう、体が熱い。秋だけど、また熱中症になってしまうかもしれない。
 イシドール様は……本当に嬉しそうに笑うんですから。
 からかわれてるような気がしないでもないけど……やっぱり、好き。

 イシドール様の手が肩に置かれたかと思うと……私はそのままゆっくり、ベッドに押し倒された。

 ……待って。
 ……本当に? 今?
 何の心の準備も、私──っ

「ひゃっ」

 ぎゅっと抱きしめられた。
 密着、密着度が……! しかもベッドの上……!!
 心臓の音で、自分の胸が盛り上がってる感じする!
 ドッコドコ鳴ってる!!

「あ、あの、イシドール様……っ」
「本当にかわいいな……君は」

 いえ、イシドール様の方がよっぽど男前なんですが!?

「少しだけ……いいか?」

 少しだけ……それって、本当に少しなんですか?
 私、知ってます。ちょっと大人な本で読んだことあります。
 少しだけと言いつつ……結局最後までなんですよね!?

「頼む……君と……一緒に、寝たい」

 そ、そんな……甘いお顔で……でも、切なそうで、苦しそうで……
 そんなに私、我慢させちゃってたんですか……?

 ──あ、うん、させちゃってた気がする。

 思えば、イシドール様はいつも……その、積極的、でしたもんね。
 それってドキドキしちゃうけど、本当に嬉しいことでもあった。
 私を求めてくれるって……こんなにも嬉しいものなんだって、何度も実感してきた。

 シャロットが私を母親として認めてくれたら、その時は……って思ってたけど。
 本当の母と一緒に暮らす可能性が高い今、私がシャロットの母親として認められる未来はもう、来ないかもしれない。

 なら、もう……体を許しても、構わないよね……。
 イシドール様は、こんなにも私を求めてくれて。
 私もびっくりするくらい、体がほてっちゃってる。

「レディア……っ」

 それに、こんなに苦しそうなイシドール様を見ちゃったら……これ以上……

「いい、ですよ……?」

 あ、言っちゃった!
 心臓が、胸を突き破りそう!!

 イシドール様が嬉しそうに笑って……だめ、もう……大好き。
 拒否なんて、できるわけないじゃないですか……
 だって、私もずっと……同じ気持ちだったんですから。

 イシドール様が、私を優しく抱きしめてくれる。

 ああ、私、とうとうイシドール様と……

「すぅ……すぅ……」

 イシドール様の吐息が私の首に……

 首に……?




 ──ん?



 顔を覗くと、イシドール様は目を瞑ってて……

 うそ、寝てる!!?

「あ、あぅの、イシドール様?」
「すぅ……すぅ……ぐう」

 ぐうって言った!! 寝てる!!
 一緒に寝ようって……そういうこと!?
 本当に寝るだけ????
 待って待って、私の覚悟はどうしてくれるの!?

「い、イシドールさまぁ……今、チャンスですよぉ?」

 そっと耳元に話しかけてみる。
 うん、ピクリとも動かない!

「えーと、ビッグチャーンス、ですよ~?」

 ……動かない!! 寝てる!!

「……っぷ!」

 なんだか必死になってる自分がおかしくて、私は一人で笑ってしまった。

「もう、イシドール様ったら」

 私は肩を揺らしながら、その寝顔を見つめる。
 こんな顔して眠るんだ。かわいいな。

 世間からは恐怖侯爵と呼ばれている、イシドール様。
 それは、若くして侯爵家を継いだことによる、仮面のこと。
 あんまり心を許せる人がいない証拠でもあるって、私知ってますよ。
 実は緊張しやすいんだってことも、気づいてます。
 だからななおのこと、“恐怖侯爵”になっちゃうんですよね。

 でも……本当に心を許した人の前でだけは、ストロベリー侯爵になるんだってことも、私、わかってますから。

 だから私にストロベリーなお顔を見せてくれるのは、本当に嬉しいんです。

「大好きです。私の侯爵様」

 きっと昨日は眠れなかったんだろう。
 今日のことを考えて、シャロットがいなくなる未来を想像して苦しんで。
 今もわからないままの宙ぶらりんで。

 だから、誰かと一緒に寝たかったんですね?
 私と一緒が、良かったんですよね?

「許してあげます」

 そう言って、私はそっとイシドール様の頬に口付けた。
 誰にも内緒の、愛しい気持ちがたくさんこもったキスを。

 ねぇ、イシドール様。
 シャロットが心を決めた時。
 もし、彼女がここを出て行ったら──

 その時には、私がたくさん、慰めてあげますからね。

 私が必ず、傍にいますからね。


 そんな決意を胸にして。
 私は優しくイシドール様を抱きしめると、一緒に眠った。

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