楽将伝

九情承太郎

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第三章 楽将するは我にあり

七話 朝焼けの中で(1)

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天正てんしょう十三年(1585年)
 三月。
 かつて信長の葬儀を大々的に行った京都の大徳寺で、秀吉主催の大規模茶会が催された。
 織田信雄のぶかつとの講和を記念して、という名目だが、公卿(高位の貴族)となった羽柴秀吉のお披露目が目的だ。
 正二位しょうにい・内大臣。
 将軍クラスの位階を、羽柴秀吉は貰ってしまった。
 ちなみに将軍の称号は、断っている。
 その称号に纏わり付く煩雑さを考慮し、信長を見習って、断っている(戦で徳川家康に勝てなかったのに、将軍を名乗っても、逆効果であろうし)
 国内最大級の武力を保持する、正二位しょうにいの公卿・羽柴秀吉。
 それが大規模茶会で、秘蔵の名器・宝物・名物コレクションを披露して、信長を上回る権力者になったとアピールする。
 京と堺の高名な茶人たちが、秀吉を祝うという名目で、見物に来る。
 更に金森長近ながちかが茶人ネットワークで、
「今度、羽柴様が名器コレクションをするから、観においでよ。茶会のスタッフとしてなら、確実に鑑賞出来ますよ」
 と釣り針をかけて、一般茶人も大量に集めた。
「ちなみに、羽柴様の茶道頭は、千宗易に決定したよ」
 これが決め手となり、二百名を超す茶人が集まった。
 名器の大量陳列と、それを巧みに扱って茶を出す千宗易の技を鑑賞出来た悦びに、一般茶人たちの熱気が上がる。
「よかった、よかった。なんか『海原雄山みたいのが二十人集まる茶会』をイメージしていたけど、茶会というより祭りに近い催しになった」
 一般茶人たちに好評なので、手配した長近ながちかも安堵する。
「わては好きやおまへんで、こないに仰山の人に囲まれながらの茶会は」
 千宗易は、茶の湯の助手として長近ながちかを使いながら、意に沿わぬシチュエーションだと釘を刺す。
 とはいえ、熱烈なファンに崇敬の視線を向けられながらなので、口元が時々綻ぶ。
「偶にはいいでしょ、偶には」
 長近ながちかは手を挙げて、助手交代を促す。
 瞬時に、古田重然しげなり(茶坊主型武将)が、機敏に隙なく卒ない動作で接近し、長近ながちかと交代する。
「後はお任せを、金森先輩」
 同じ美濃の出身なので、出世頭の金森長近ながちかには、武人としても茶人としても殊更に敬意を払っている。
「佐助(古田重然しげなりの通称)。茶器に見惚れて失敗するなよ」
「しそうですなあ」
 苦笑しながら、視界に入る数々の名器から視線を逸らし、千宗易の助手として集中する。
 そこに大規模茶会を一周した秀吉が、すっと座る。
「疲れたら、ここに限るの。お、佐助か。素玄そげん長近ながちかの僧侶名)のサボりを手助けしたな?」
 長近ながちかは面倒事を後輩に押し付けるや、他の名器を見物しに、席から抜けた。
「予定通りの交代です」
「わしより名物か。切ないのう」
 秀吉のおどけた愚痴を聞きながら、千宗易が茶を入れる間に、古田重然しげなりが椎茸を焼いた料理を小皿で出す。
 指で摘みつつ、愚痴を垂れ流し続ける。
「不思議だのう。戦で勝つより、階位を上げるより、茶人の方が人気を得る。不思議だのう」
 自分を通り越して集まる千宗易たち有名茶人への人気に、秀吉はいじける。
「何が不思議かいな。ここに集まっとるのは、金森はんが集めた、数寄者ばかりや。茶に現を抜かすアホばかり集めての人気なんぞ、嬉しかない」
「少しは嬉しいだろうが?」
「ま、少しは」
 ドヤ顔が漏れてしまった千宗易が、茶を入れ終わる。
 姿勢を正して一服した秀吉は、気合を入れ直す。
「やっぱり、得意分野で頑張るに限るよな。慣れない文化人気取りよりも」

 この後、秀吉は根来衆・雑賀衆を服従させ、近畿地方で服従しなかった連中を軒並み服従か攻め滅ぼす。
 六月には四国制圧を弟・秀長&黒田官兵衛に任せ、七月中には四国平定を終わらせた。
 この間に、秀吉は朝廷内の「次の関白は誰だ?」紛争に首を突っ込み、自分が関白に就任してしまった。
「君たち、言い争いで関白職を得ようとか、見苦しいだぎゃあ。ここはこの秀吉が、一旦関白になり、将来的に近衛家に返却するという事で、手打ちにするだぎゃあ」
 当時の朝廷関係者は、その約束を本気にした。
 信長の跡を継いで安定政権を作りつつあるので、褒美として名誉職として、関白就任を認めた。
 今でいうと『朝廷専用の総理大臣』なので、文字も満足に読めない男が就任しても、猫に小判だと考えたのだろう。
 甘い。
 獲得した権力の使い方において、この男は知能が高過ぎる。


 四国の問題が片付き、朝廷での地盤固めも成功すると、秀吉は越中国(富山県)佐々成政ささ・なりまさの討伐を準備する。
 そこで久々に、戦の相談を金森長近ながちかに持ち掛ける。
「織田信雄を司令官にして出陣する。佐々はどうせすぐに降伏するだろうから、本当は素玄そげんまで連れて行かなくても、とは思う。大坂城の築城中だし」
「ええ、そうですね。初心を忘れずに、連れて行かないでください」
 長近ながちかの拒絶を、秀吉は無視する。
「小牧・長久手の戦いの最中、佐々に呼応して、飛騨(岐阜県北部)の姉小路が合力した。姉小路は、柴田勝家と戦う時にも、羽柴に敵対した。二度も敵対したのだ、討伐する」
「放っておいて、朝廷から降伏勧告を出せばいいだけでは?」
「既に出したぞ、関白・秀吉の名前で。それを無視して、佐々に援軍を送った。三度目だ。スリーアウト。チェンジ」
 肝は、そこだった。
 織田信長には臣従したのに、それを引き継いだ羽柴秀吉には臣従しない事。
 朝廷から関白職を得ても尚、姉小路頼綱は秀吉を認めなかった。
 交渉すらせずに、敵対を続けている。
 明智光秀のように、周囲にボコられて短期間で消える中ボス程度の男だと見られている。
 秀吉を、舐め過ぎだ。
 今の秀吉にとっては、最も忌むべき輩だ。
(攻めるしかないかな。庇いようがない)
 長近ながちかは、数年前に直に飛騨を見ている。
 甲州征伐の際、飛騨の土地を通過している。
 険しい山々と幾つもの川が流れて、大軍がまともに展開出来ない地形である。
 天然の山城に恵まれ、武田や上杉から独立を守り抜いた、守備力激高の国だ。
 姉小路頼綱は、そこに胡座をかいて座り込んでいる。
 戦国最強でも天下人でも、飛騨国は攻略不可能だと、慢心している。
 とはいえ、公家気取りの姉小路頼綱の弱点は明白だ。
「羽柴様が近衛家や二条家に関白職を返して、改めて降伏勧告を出させれば、言う事を聞くでしょう。朝廷からの関心が、奴への餌です」
 信長は、過去にその餌で、姉小路を味方に引き入れ続けた。
「わーい、簡単に解決した。…手放す訳ないじゃん、こんな美味しい役職」
 ノリツッコミをしつつ、秀吉は金森長近ながちかに命じる。
「飛騨に攻め込み、姉小路を国守の座から落とせ、素玄そげん。生死は問わん。この秀吉に三度も敵対した以上、無事では済まさんだぎゃあ」
「承知しました」
 長近ながちかは、秀吉の使える戦力を鑑みて、引き受ける。
 確かに金森軍が最も、山岳戦が得意だ。
 金森の母(忍者)の実家も山岳地帯であり、可重ありしげも山岳育ちで、得意である。
 雇用している兵も忍者も、山岳地帯出身者が多い。
 飛騨出身の忍者も、少なくない。
 というか、ここ数年は牛丸のように、姉小路に追われて亡命してきた者が少なくない。
 現地の案内人には、事欠かない。
 適任である。
 それでも、攻め込むには難しい土地には変わりない。
 長近ながちかは、現段階での予測を伝える。
「今年中には、平定します」
 金森長近ながちかでも五ヶ月はかかるという見込みに、秀吉が思わず最敬礼して低姿勢になる。
「お願いします! 金森の師匠にしか攻略出来ないと思います! 褒美は弾ませていただきますので、是非とも、お願いします!」

 秀吉の低姿勢は、ギャグではない。
 武田信玄も、
 上杉謙信も、
 飛騨への武力制圧は断念している。
 武力制圧が最も困難な飛騨国攻略を、金森長近ながちかは任された。
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