139 / 145
第三章 楽将するは我にあり
六話 それあなたの完敗ですよね?(6)
しおりを挟む
その後は互いに徐々に距離を取り、細かい小競り合いを繰り返しつつ、講和の妥協点を調整する。
四国の長宗我部と関東の北条家は、結局、援軍を出さなかった。
この戦いの落とし所を、冷静に見守っている。
双方に小競り合い疲れが見えた頃。
天正十二年(1584年)
十一月十一日。
織田信雄は、秀吉との単独講和に合意する。
会見では、秀吉が信雄の前に土下座して、
「生意気してごめんなさい~~!!
あなた様こそ、織田家の当主と認めます~~!!
臣従の誓いを新たにしますので、これを受け取ってちょ」
と、白々しく謝罪をしながら、贈り物を差し出す。
大判(大型小判)二十枚
不動国行の太刀と脇差(国宝級)
奪い取った兵糧三万五千俵(北伊勢の一揆勢から分取った米なので、環流しただけ)
ここだけ見ると、秀吉が本当に謝罪しているように見えるが、ここだけ。
信雄の顔を立ててあげているだけの、猿芝居である。
ここまで白々しいと、信雄も感心して笑うしかない。
信雄の領土の三割は、秀吉の家来たちに占領されたまま、振り分けられた。
人質は信雄陣営の方が、一方的に差し出す。
信雄側の、完全降伏である。
家康が反対したという風聞が流れもしたが、祝福の使者を送って、兵を徳川領に全て引き上げている。
戦前の百十三万石から七十八万石に石高が減り、一族から大量に人質を取られても、柴田勝家や織田信孝の末路と比べたら遥かにマシな結末だ。
とはいえ、まだまだ油断はしない。
特に、秀吉の女癖に関しては。
「人質には、織田家の当主様の、ご息女が欲しいだぎゃあ」
何を言われているのか、信雄には最初分からなかった。
この段階で、信雄に娘はいないのである。
それでも、秀吉の鼻の穴の開き具合から、ストレートな下心は理解した。
「…産まれたら養女に差し出しますので、それまでは妹でよろしいですか?」
「…はい、そういう段取りで。必ず幸せにします」
なんだか「娘さんと結婚する許可を貰いに来たナンパ男」の顔である。
とても真面目な、下心だった。
もう選り取り見取りの立ち場なのに、織田ブランドに引き寄せられている。
(織田家の血筋に、自分の血を入れたいのか)
かなり迷惑だが、断れる立場にない。
信長の美妹・市の産んだ三姉妹(信雄が保護中)にも、食指が伸びそうである。
(早期に、嫁に出そう)
信雄はその手法で秀吉の下心から姪たちを守ろうと動くが、三姉妹の長女・茶々だけは、秀吉の誘いに自ら乗る事になる。
(武力ではなく、政での駆け引きを重視するなら、今後の織田家が取る道は…)
生贄を差し出して、秀吉との関係を修復した信雄が、次に選んだ仕事は…
~その頃の、大坂城築城現場~
講和が成立し、尾張で余分な城や砦を破棄する仕事の後詰を要請された金森長近は、可重に全部任せて、遊びながらやれる巨大城塞築城に専念する。
築城の進行具合は順調で、来年には本丸の工事を完了できる。
築城が軌道に乗ったので、境や京で遊ぶ機会も、増やせそうである。
だが、長近が今最も楽しみしているのは、秀吉から家康との仲立ちを頼まれる仕事だ。
家康との講和は一筋縄ではいかないだろうからと、自分が指名される筈だと見越して、楽しみに出番待ちをしている。
「むふふ~。竹ちゃんとの講和を成功に導けば、双方から礼品が詰まれちゃうなあ。
竹ちゃんからは、名物が二点くらい。
羽柴様からは、大判(大型小判)数十枚、領地加増を数万石、売ると高そうな名刀か名器。
加増の領地は、飛地かな?」
最近の羽柴秀吉の大盤振る舞いから、予想も弾む。
そこへ、徳川家康ともう戦わずに済み、ハーレムで『命の洗濯』をして肌が艶々な秀吉が弄りに来る。
「いやあ~~めでたいだぎゃあ~~。金森に頼もうと思うとった、家康との講和の件でな~~」
「はい、待っていました! 喜んで…」
「信雄君が、積極的に動いてくれるって~~」
まさかの事態に、金森長近が、崩れていく。
六十歳の家康贔屓に任せるより、家康・秀吉の両雄に深い畏敬を抱くようになった若い貴公子の方が、秀吉にとっては好都合な仲介人だ。
「良かったわ~~金森だと、竹ちゃんにどこまで甘くするか不安だったし~~。甘くしない公平な代役が見つかって、本当に助かっただぎゃあ~~」
悔しそうな顔を涙目で堪える長近の顔を覗き込み、秀吉は小躍りしながら本来の用事を言い渡す。
「信雄君との講和成立おめでとう記念に、大規模茶会を開くだぎゃあ。
予定期日は来年の三月。
準備と招待者への根回し、よろしくね」
「承知しました~~」
特大ボーナスが消失した上に多忙になる仕事を振られ、長近の全身から、潤いが不足していく。
「よっしゃ! 家康には勝てなかったけど、金森の師匠には勝ったぞ。わーい、わーい」
手軽な勝利に満足して、秀吉は他の仕事をしに去っていく。
金森長近は、打ちのめされた。
羽柴と徳川の仲立ちという分野で、役得を大量に得られると踏んでいたのに、よりにもよって信長の次男坊に楽な仕事を横取りされた。
「…今回のサブタイトルは、自分向けだったのか…秀吉向けだと思っていたのに」
織田信雄は、仲立ち・仲介・取次ぎの仕事で、金森どころか家康よりも高い地位を、秀吉の下で得るに至る。
人間、何が天職なのか、思わぬ事で発掘される。
四国の長宗我部と関東の北条家は、結局、援軍を出さなかった。
この戦いの落とし所を、冷静に見守っている。
双方に小競り合い疲れが見えた頃。
天正十二年(1584年)
十一月十一日。
織田信雄は、秀吉との単独講和に合意する。
会見では、秀吉が信雄の前に土下座して、
「生意気してごめんなさい~~!!
あなた様こそ、織田家の当主と認めます~~!!
臣従の誓いを新たにしますので、これを受け取ってちょ」
と、白々しく謝罪をしながら、贈り物を差し出す。
大判(大型小判)二十枚
不動国行の太刀と脇差(国宝級)
奪い取った兵糧三万五千俵(北伊勢の一揆勢から分取った米なので、環流しただけ)
ここだけ見ると、秀吉が本当に謝罪しているように見えるが、ここだけ。
信雄の顔を立ててあげているだけの、猿芝居である。
ここまで白々しいと、信雄も感心して笑うしかない。
信雄の領土の三割は、秀吉の家来たちに占領されたまま、振り分けられた。
人質は信雄陣営の方が、一方的に差し出す。
信雄側の、完全降伏である。
家康が反対したという風聞が流れもしたが、祝福の使者を送って、兵を徳川領に全て引き上げている。
戦前の百十三万石から七十八万石に石高が減り、一族から大量に人質を取られても、柴田勝家や織田信孝の末路と比べたら遥かにマシな結末だ。
とはいえ、まだまだ油断はしない。
特に、秀吉の女癖に関しては。
「人質には、織田家の当主様の、ご息女が欲しいだぎゃあ」
何を言われているのか、信雄には最初分からなかった。
この段階で、信雄に娘はいないのである。
それでも、秀吉の鼻の穴の開き具合から、ストレートな下心は理解した。
「…産まれたら養女に差し出しますので、それまでは妹でよろしいですか?」
「…はい、そういう段取りで。必ず幸せにします」
なんだか「娘さんと結婚する許可を貰いに来たナンパ男」の顔である。
とても真面目な、下心だった。
もう選り取り見取りの立ち場なのに、織田ブランドに引き寄せられている。
(織田家の血筋に、自分の血を入れたいのか)
かなり迷惑だが、断れる立場にない。
信長の美妹・市の産んだ三姉妹(信雄が保護中)にも、食指が伸びそうである。
(早期に、嫁に出そう)
信雄はその手法で秀吉の下心から姪たちを守ろうと動くが、三姉妹の長女・茶々だけは、秀吉の誘いに自ら乗る事になる。
(武力ではなく、政での駆け引きを重視するなら、今後の織田家が取る道は…)
生贄を差し出して、秀吉との関係を修復した信雄が、次に選んだ仕事は…
~その頃の、大坂城築城現場~
講和が成立し、尾張で余分な城や砦を破棄する仕事の後詰を要請された金森長近は、可重に全部任せて、遊びながらやれる巨大城塞築城に専念する。
築城の進行具合は順調で、来年には本丸の工事を完了できる。
築城が軌道に乗ったので、境や京で遊ぶ機会も、増やせそうである。
だが、長近が今最も楽しみしているのは、秀吉から家康との仲立ちを頼まれる仕事だ。
家康との講和は一筋縄ではいかないだろうからと、自分が指名される筈だと見越して、楽しみに出番待ちをしている。
「むふふ~。竹ちゃんとの講和を成功に導けば、双方から礼品が詰まれちゃうなあ。
竹ちゃんからは、名物が二点くらい。
羽柴様からは、大判(大型小判)数十枚、領地加増を数万石、売ると高そうな名刀か名器。
加増の領地は、飛地かな?」
最近の羽柴秀吉の大盤振る舞いから、予想も弾む。
そこへ、徳川家康ともう戦わずに済み、ハーレムで『命の洗濯』をして肌が艶々な秀吉が弄りに来る。
「いやあ~~めでたいだぎゃあ~~。金森に頼もうと思うとった、家康との講和の件でな~~」
「はい、待っていました! 喜んで…」
「信雄君が、積極的に動いてくれるって~~」
まさかの事態に、金森長近が、崩れていく。
六十歳の家康贔屓に任せるより、家康・秀吉の両雄に深い畏敬を抱くようになった若い貴公子の方が、秀吉にとっては好都合な仲介人だ。
「良かったわ~~金森だと、竹ちゃんにどこまで甘くするか不安だったし~~。甘くしない公平な代役が見つかって、本当に助かっただぎゃあ~~」
悔しそうな顔を涙目で堪える長近の顔を覗き込み、秀吉は小躍りしながら本来の用事を言い渡す。
「信雄君との講和成立おめでとう記念に、大規模茶会を開くだぎゃあ。
予定期日は来年の三月。
準備と招待者への根回し、よろしくね」
「承知しました~~」
特大ボーナスが消失した上に多忙になる仕事を振られ、長近の全身から、潤いが不足していく。
「よっしゃ! 家康には勝てなかったけど、金森の師匠には勝ったぞ。わーい、わーい」
手軽な勝利に満足して、秀吉は他の仕事をしに去っていく。
金森長近は、打ちのめされた。
羽柴と徳川の仲立ちという分野で、役得を大量に得られると踏んでいたのに、よりにもよって信長の次男坊に楽な仕事を横取りされた。
「…今回のサブタイトルは、自分向けだったのか…秀吉向けだと思っていたのに」
織田信雄は、仲立ち・仲介・取次ぎの仕事で、金森どころか家康よりも高い地位を、秀吉の下で得るに至る。
人間、何が天職なのか、思わぬ事で発掘される。
0
あなたにおすすめの小説
剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末
松風勇水(松 勇)
歴史・時代
旧題:剣客居酒屋 草間の陰
第9回歴史・時代小説大賞「読めばお腹がすく江戸グルメ賞」受賞作。
本作は『剣客居酒屋 草間の陰』から『剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末』と改題いたしました。
2025年11月28書籍刊行。
なお、レンタル部分は修正した書籍と同様のものとなっておりますが、一部の描写が割愛されたため、後続の話とは繋がりが悪くなっております。ご了承ください。
酒と肴と剣と闇
江戸情緒を添えて
江戸は本所にある居酒屋『草間』。
美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。
自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。
多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。
その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。
店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記
糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。
それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。
かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。
ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。
※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。
本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~
bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
大東亜戦争を有利に
ゆみすけ
歴史・時代
日本は大東亜戦争に負けた、完敗であった。 そこから架空戦記なるものが増殖する。 しかしおもしろくない、つまらない。 であるから自分なりに無双日本軍を架空戦記に参戦させました。 主観満載のラノベ戦記ですから、ご感弁を
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる