楽将伝

九情承太郎

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第三章 楽将するは我にあり

六話 それあなたの完敗ですよね?(6)

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 その後は互いに徐々に距離を取り、細かい小競り合いを繰り返しつつ、講和の妥協点を調整する。
 四国の長宗我部と関東の北条家は、結局、援軍を出さなかった。
 この戦いの落とし所を、冷静に見守っている。
 双方に小競り合い疲れが見えた頃。

 天正てんしょう十二年(1584年)
 十一月十一日。
 織田信雄のぶかつは、秀吉との単独講和に合意する。
 会見では、秀吉が信雄のぶかつの前に土下座して、
「生意気してごめんなさい~~!!
 あなた様こそ、織田家の当主と認めます~~!!
 臣従の誓いを新たにしますので、これを受け取ってちょ」
 と、白々しく謝罪をしながら、贈り物を差し出す。
 大判(大型小判)二十枚
 不動国行の太刀と脇差(国宝級)
 奪い取った兵糧三万五千俵(北伊勢の一揆勢から分取った米なので、環流しただけ)

 ここだけ見ると、秀吉が本当に謝罪しているように見えるが、ここだけ。
 信雄のぶかつの顔を立ててあげているだけの、猿芝居である。
 ここまで白々しいと、信雄のぶかつも感心して笑うしかない。
 信雄のぶかつの領土の三割は、秀吉の家来たちに占領されたまま、振り分けられた。
 人質は信雄のぶかつ陣営の方が、一方的に差し出す。
 信雄のぶかつ側の、完全降伏である。
 家康が反対したという風聞が流れもしたが、祝福の使者を送って、兵を徳川領に全て引き上げている。

 戦前の百十三万石から七十八万石に石高が減り、一族から大量に人質を取られても、柴田勝家や織田信孝の末路と比べたら遥かにマシな結末だ。
 とはいえ、まだまだ油断はしない。
 特に、秀吉の女癖に関しては。
「人質には、織田家の当主様の、ご息女が欲しいだぎゃあ」
 何を言われているのか、信雄のぶかつには最初分からなかった。
 この段階で、信雄のぶかつに娘はいないのである。
 それでも、秀吉の鼻の穴の開き具合から、ストレートな下心は理解した。
「…産まれたら養女に差し出しますので、それまでは妹でよろしいですか?」
「…はい、そういう段取りで。必ず幸せにします」
 なんだか「娘さんと結婚する許可を貰いに来たナンパ男」の顔である。
 とても真面目な、下心だった。
 もう選り取り見取りの立ち場なのに、織田ブランドに引き寄せられている。
(織田家の血筋に、自分の血を入れたいのか)
 かなり迷惑だが、断れる立場にない。
 信長の美妹・市の産んだ三姉妹(信雄のぶかつが保護中)にも、食指が伸びそうである。
(早期に、嫁に出そう)
 信雄のぶかつはその手法で秀吉の下心から姪たちを守ろうと動くが、三姉妹の長女・茶々だけは、秀吉の誘いに自ら乗る事になる。
(武力ではなく、政での駆け引きを重視するなら、今後の織田家が取る道は…)
 生贄を差し出して、秀吉との関係を修復した信雄のぶかつが、次に選んだ仕事は…



 ~その頃の、大坂城築城現場~
 
 講和が成立し、尾張で余分な城や砦を破棄する仕事の後詰を要請された金森長近ながちかは、可重ありしげに全部任せて、遊びながらやれる巨大城塞築城に専念する。
 築城の進行具合は順調で、来年には本丸の工事を完了できる。
 築城が軌道に乗ったので、境や京で遊ぶ機会も、増やせそうである。
 だが、長近ながちかが今最も楽しみしているのは、秀吉から家康との仲立ちを頼まれる仕事だ。
 家康との講和は一筋縄ではいかないだろうからと、自分が指名される筈だと見越して、楽しみに出番待ちをしている。
「むふふ~。竹ちゃんとの講和を成功に導けば、双方から礼品が詰まれちゃうなあ。
 竹ちゃんからは、名物が二点くらい。
 羽柴様からは、大判(大型小判)数十枚、領地加増を数万石、売ると高そうな名刀か名器。
 加増の領地は、飛地かな?」
 最近の羽柴秀吉の大盤振る舞いから、予想も弾む。
 
 そこへ、徳川家康ともう戦わずに済み、ハーレムで『命の洗濯』をして肌が艶々な秀吉が弄りに来る。
「いやあ~~めでたいだぎゃあ~~。金森に頼もうと思うとった、家康との講和の件でな~~」
「はい、待っていました! 喜んで…」
信雄のぶかつ君が、積極的に動いてくれるって~~」
 まさかの事態に、金森長近ながちかが、崩れていく。
 六十歳の家康贔屓に任せるより、家康・秀吉の両雄に深い畏敬を抱くようになった若い貴公子の方が、秀吉にとっては好都合な仲介人だ。
「良かったわ~~金森だと、竹ちゃんにどこまで甘くするか不安だったし~~。甘くしない公平な代役が見つかって、本当に助かっただぎゃあ~~」
 悔しそうな顔を涙目で堪える長近ながちかの顔を覗き込み、秀吉は小躍りしながら本来の用事を言い渡す。
信雄のぶかつ君との講和成立おめでとう記念に、大規模茶会を開くだぎゃあ。
 予定期日は来年の三月。
 準備と招待者への根回し、よろしくね」
「承知しました~~」
 特大ボーナスが消失した上に多忙になる仕事を振られ、長近ながちかの全身から、潤いが不足していく。
「よっしゃ! 家康には勝てなかったけど、金森の師匠には勝ったぞ。わーい、わーい」
 手軽な勝利に満足して、秀吉は他の仕事をしに去っていく。

 金森長近ながちかは、打ちのめされた。
 羽柴と徳川の仲立ちという分野で、役得を大量に得られると踏んでいたのに、よりにもよって信長の次男坊に楽な仕事を横取りされた。
「…今回のサブタイトルは、自分向けだったのか…秀吉向けだと思っていたのに」
 織田信雄のぶかつは、仲立ち・仲介・取次ぎの仕事で、金森どころか家康よりも高い地位を、秀吉の下で得るに至る。
 人間、何が天職なのか、思わぬ事で発掘される。
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