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第三章 楽将するは我にあり
八話 朝焼けの中で(2)
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天正十三年(1585年)
八月。
大坂城築城を留守番組に任せ、金森長近は越前大野に戻る。
尾張で後詰をしていた可重も引き戻し、金森家の幹部全員を集めて「佐々成政征伐に行くけど、金森軍は別行動で、飛騨国に攻め入る」仕事を伝える。
可重の顔が、攻略不可能と名高い飛騨攻めへの戦慄を上回る、功名心への興奮で輝く。
二十七歳の戦国武将にとって、またとない燃える仕事になる。
飛騨から亡命してきた武将たちは大喜びで、感謝すらする。
牛丸又右衛門に至っては、嬉し泣きで腰を抜かした。
ここまでは、長近も予想していた。
長近は家臣団に戦支度を進めさせると、飛騨出身の忍者たちを集めて、詫びを入れる。
「すまない。君たちの故郷に、攻め入る事になります。自分のやり方でも、相当に被害が出ると思う。何か不都合があれば、必ず言ってください」
頭を下げて詫びる雇用主に、飛騨忍者の代表が、大量の絵図面を差し出す。
「飛騨国内の、全ての城の見取り図です。周辺の抜け道も記しておきました。現地では、最新情報を必ず調べ上げて報告します」
「…あのう、ひょっとしてひょっとすると、飛騨国内の忍者の方々は…」
「全面的に、金森様の味方になります。姉小路を見捨て、最低限の被害で、飛騨討伐を終わらせましょう」
長近は、安堵で突っ伏す。
飛騨忍者同士が争う事になれば後々まで恨まれるので、今回は不参加でもいいという話をしようとしていたのに、まさかの全面協力。
「あ、ありがとうございます」
何度も頭を下げて、礼を言う。
今まで積み重ねた長近の善行が、この状況を引き寄せた。
姉小路頼綱の元で働く飛騨忍者たちは、集めた情勢を精査し、これまで通りの戦略では羽柴秀吉に潰されるだけだと判断する。
幸い、飛騨攻略を任された金森長近は、無益な殺生はせずに降伏を必ず受け入れ、一般市民には善政を施している。
飛騨国内で、他の武家を駆逐する為に戦を繰り返した姉小路頼綱とは、真逆の人物だ。
いっそ手引きして政権交代させた方が、飛騨国のダメージは少ないし、今後も平和だ。
「年内に戦を終わらせたら、飛騨も越前大野のようにしてください」
飛騨忍者の代表からの期待に、長近は少し反論する。
「自分が任されるとは、限りませんが、そうなった時には尽力します」
飛騨忍者の代表は、所持している最新情報を、長近に伝える。
「金森様。既に秀吉は、その気です」
それの意味する所に、長近は総毛立つ。
(誰かの褒美に、餌にする為に)
(越前大野を、取り上げる気だな)
(レアカードみたいに、トレードする気だ)
都市作りは散々経験した長近だが、自分の終の住処にする気で開拓した都市から引き剥がされるのは初めてだ。
(あの野郎~。絶対に、自分が怒れない相手に渡す気だな)
とはいえ、抵抗したり報復が可能な力関係ではない。
仕返しは後回しにして、難事行の下準備に入る。
八月六日。
織田信雄は佐々成政に降伏勧告の書状を送ってから、討伐軍を出発させようとする。
時勢を読まずに、織田家が秀吉にチューチューと吸い尽くされる様に反抗した、真の忠臣である。
信雄にとって、絶対に死なせたくない人物だ。
降伏勧告の返事を待ってから軍団を出発するつもりだったが、秀吉は遅延行為を許さなかった。
これは飛騨国への同時侵攻も兼ねている作戦なので、金森軍の足を引っ張らないように、厳命する。
「…父も祖父も盾にしたような茶坊主が、飛騨攻めの主役だと?! 何の狂言だ」
信雄には、腹が立つ事が重なる出陣になる。
織田信雄は、父に似ない我慢強さを発揮して、真面目に討伐軍を出発させる。
その数、七万。
越中(富山県)の佐々成政の軍勢は、飛騨からの応援を含めて、二万。
飛騨国が佐々に援軍を送った隙に、金森軍は長近と可重の二部隊に別れて、飛騨に南北から侵攻する。
戦力の振り分けは、
金森長近 五百+飛騨亡命組二千
金森可重 二千五百
飛騨国内の兵力は、佐々の援軍に大軍を出してしまったので、全部で二千。
呼び戻そうにも、織田信雄が率いる羽柴軍には、前田利家や上杉軍、蒲生氏郷や細川忠興といった名うての荒武者が揃っている。
戻ろうとしても背中から追撃されるだけだ。
詰んでいる盤面で、佐々成政は剃髪して降伏。
信長の命令を、死後も忠実に実行してきたた佐々成政にとって、織田信雄に楯突く真似は出来なかった。
これで飛騨から来た援軍も降伏するかと思われたが、意外な成り行きが発生する。
飛騨の国人(地方領主)内ヶ島氏理の軍勢が、武装解除に応じず、飛騨へと帰り始める。
そのまま行かせると、長近の軍勢が思わぬ奇襲を受ける可能性が高い。
とっとと追撃をかけようとする蒲生氏郷の軍勢に、黄母衣衆(秀吉の親衛隊)からの追撃中止の命令が届く。
「なんでだ~!!?? 金森を見殺しにする気か~~!!??」
引き返して大声で文句を言いに来た蒲生氏郷に対し、もう京都へ帰った秀吉に代わって、前田利家が返答する。
「こういう場合は行かせてやれと、金森の指示だ」
「…ぬ?」
「知らんのか? あいつは調略の名手だぞ」
そう言われると、蒲生氏郷は目論見を合点する。
「…俺の追撃損か」
「無許可で追撃する癖を、治そうな」
言っても治らないだろうが、前田利家は言っておいた。
治らなかったが。
八月。
大坂城築城を留守番組に任せ、金森長近は越前大野に戻る。
尾張で後詰をしていた可重も引き戻し、金森家の幹部全員を集めて「佐々成政征伐に行くけど、金森軍は別行動で、飛騨国に攻め入る」仕事を伝える。
可重の顔が、攻略不可能と名高い飛騨攻めへの戦慄を上回る、功名心への興奮で輝く。
二十七歳の戦国武将にとって、またとない燃える仕事になる。
飛騨から亡命してきた武将たちは大喜びで、感謝すらする。
牛丸又右衛門に至っては、嬉し泣きで腰を抜かした。
ここまでは、長近も予想していた。
長近は家臣団に戦支度を進めさせると、飛騨出身の忍者たちを集めて、詫びを入れる。
「すまない。君たちの故郷に、攻め入る事になります。自分のやり方でも、相当に被害が出ると思う。何か不都合があれば、必ず言ってください」
頭を下げて詫びる雇用主に、飛騨忍者の代表が、大量の絵図面を差し出す。
「飛騨国内の、全ての城の見取り図です。周辺の抜け道も記しておきました。現地では、最新情報を必ず調べ上げて報告します」
「…あのう、ひょっとしてひょっとすると、飛騨国内の忍者の方々は…」
「全面的に、金森様の味方になります。姉小路を見捨て、最低限の被害で、飛騨討伐を終わらせましょう」
長近は、安堵で突っ伏す。
飛騨忍者同士が争う事になれば後々まで恨まれるので、今回は不参加でもいいという話をしようとしていたのに、まさかの全面協力。
「あ、ありがとうございます」
何度も頭を下げて、礼を言う。
今まで積み重ねた長近の善行が、この状況を引き寄せた。
姉小路頼綱の元で働く飛騨忍者たちは、集めた情勢を精査し、これまで通りの戦略では羽柴秀吉に潰されるだけだと判断する。
幸い、飛騨攻略を任された金森長近は、無益な殺生はせずに降伏を必ず受け入れ、一般市民には善政を施している。
飛騨国内で、他の武家を駆逐する為に戦を繰り返した姉小路頼綱とは、真逆の人物だ。
いっそ手引きして政権交代させた方が、飛騨国のダメージは少ないし、今後も平和だ。
「年内に戦を終わらせたら、飛騨も越前大野のようにしてください」
飛騨忍者の代表からの期待に、長近は少し反論する。
「自分が任されるとは、限りませんが、そうなった時には尽力します」
飛騨忍者の代表は、所持している最新情報を、長近に伝える。
「金森様。既に秀吉は、その気です」
それの意味する所に、長近は総毛立つ。
(誰かの褒美に、餌にする為に)
(越前大野を、取り上げる気だな)
(レアカードみたいに、トレードする気だ)
都市作りは散々経験した長近だが、自分の終の住処にする気で開拓した都市から引き剥がされるのは初めてだ。
(あの野郎~。絶対に、自分が怒れない相手に渡す気だな)
とはいえ、抵抗したり報復が可能な力関係ではない。
仕返しは後回しにして、難事行の下準備に入る。
八月六日。
織田信雄は佐々成政に降伏勧告の書状を送ってから、討伐軍を出発させようとする。
時勢を読まずに、織田家が秀吉にチューチューと吸い尽くされる様に反抗した、真の忠臣である。
信雄にとって、絶対に死なせたくない人物だ。
降伏勧告の返事を待ってから軍団を出発するつもりだったが、秀吉は遅延行為を許さなかった。
これは飛騨国への同時侵攻も兼ねている作戦なので、金森軍の足を引っ張らないように、厳命する。
「…父も祖父も盾にしたような茶坊主が、飛騨攻めの主役だと?! 何の狂言だ」
信雄には、腹が立つ事が重なる出陣になる。
織田信雄は、父に似ない我慢強さを発揮して、真面目に討伐軍を出発させる。
その数、七万。
越中(富山県)の佐々成政の軍勢は、飛騨からの応援を含めて、二万。
飛騨国が佐々に援軍を送った隙に、金森軍は長近と可重の二部隊に別れて、飛騨に南北から侵攻する。
戦力の振り分けは、
金森長近 五百+飛騨亡命組二千
金森可重 二千五百
飛騨国内の兵力は、佐々の援軍に大軍を出してしまったので、全部で二千。
呼び戻そうにも、織田信雄が率いる羽柴軍には、前田利家や上杉軍、蒲生氏郷や細川忠興といった名うての荒武者が揃っている。
戻ろうとしても背中から追撃されるだけだ。
詰んでいる盤面で、佐々成政は剃髪して降伏。
信長の命令を、死後も忠実に実行してきたた佐々成政にとって、織田信雄に楯突く真似は出来なかった。
これで飛騨から来た援軍も降伏するかと思われたが、意外な成り行きが発生する。
飛騨の国人(地方領主)内ヶ島氏理の軍勢が、武装解除に応じず、飛騨へと帰り始める。
そのまま行かせると、長近の軍勢が思わぬ奇襲を受ける可能性が高い。
とっとと追撃をかけようとする蒲生氏郷の軍勢に、黄母衣衆(秀吉の親衛隊)からの追撃中止の命令が届く。
「なんでだ~!!?? 金森を見殺しにする気か~~!!??」
引き返して大声で文句を言いに来た蒲生氏郷に対し、もう京都へ帰った秀吉に代わって、前田利家が返答する。
「こういう場合は行かせてやれと、金森の指示だ」
「…ぬ?」
「知らんのか? あいつは調略の名手だぞ」
そう言われると、蒲生氏郷は目論見を合点する。
「…俺の追撃損か」
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言っても治らないだろうが、前田利家は言っておいた。
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