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第三章 楽将するは我にあり
九話 朝焼けの中で(3)
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内ヶ島氏理は、軍勢を率いて故郷の白川郷へ帰路を急ぐ。
内ヶ島氏理は、外征には全く興味を示さず、白川郷を守る事だけに専念してきた武将だ。
幼少時に家督を継いで以来、常にそうしてきた。
野心の無さは明らかなので、姉小路頼綱もあまり手を出さずに、同盟者として放っておいてあげた。
佐々成政への義理は、上杉や姉小路に対抗する最中に形成されている。
一番困った時に同盟を組んでくれた人なので、今回も援軍に来てしまっていた。
織田信長の次男が七万の大軍を率いてやって来たので、内ヶ島氏理も観念したが、佐々成政が戦意を無くして降伏してくれたので戦わずに済んだ。だが、飛騨には別働隊が攻め込んでいる。
追撃される危険を顧みずに、内ヶ島氏理は帰郷を強行する。
たとえ追撃されても、飛騨の地形でなら返り討ちに出来る、はずである。
生まれた時からずっと愛して守ってきた白川郷へ、内ヶ島氏理は一途に急ぐ。
内ヶ島氏理は白川郷に到着し、田園の無事や焼き討ちが発生していないのを見て、金森軍より先んじて戻れたのだと早合点する。
帰雲山の麓にある居城・帰雲城に到着すると、見慣れぬ軍勢が見慣れぬ旗指物を立てて待っていた。
黄金の馬簾の下に、総白の吹貫(鯉のぼりのような旗)。
秀吉配下の金森軍を表す旗指物を見て、内ヶ島氏理は居城が獲られた事を知る。
配下の忍者が、報告というかネタバラシをする。
「ご安心ください。無血開城です。留守番をしていた者が調略されただけです」
そんな重要な事を、どうしてこの段階で知らされるのだろうと、頭が追い付く暇もなく。
僧形の頭巾を被った身形の良い老将が、帰雲城から馬に乗って出てくる。
名馬の産地としても名高い飛騨に住む内ヶ島氏理でも、トップクラスだと一目で認める黒い名馬に乗る老将は、見事な馬術でしなやかに距離を詰める。
下馬せずに、馬上の内ヶ島氏理へと自己紹介をする。
「お初にお目に掛かります。自分は正四位下兵部卿法印素玄と申します。金森軍の指揮官です」
金森長近は、初対面で
「飛騨の国守より格上の位階を持つ身分やでえ」
というマウントを取る。
この自己紹介を受けて、内ヶ島氏理は自ら馬を降りて、膝を着く。
「兵庫頭(従五位上くらいの階位)内ヶ島氏理に御座います」
「降伏してくださいますか?」
こういう形で全面降伏をした事がないので、内ヶ島氏理は周囲の家来衆を見渡してしまう。
家来の内、飛騨忍者の面々が、安心させる笑顔で降伏しろとサインを送る。
「降伏します」
「では、手順を説明します」
降伏され慣れている金森長近は、降伏初心者・内ヶ島氏理に対し、親切丁寧に説明を始める。
「この降伏は、自分にではなく、自分を通して関白様に対しての降伏です。内ヶ島さんの所領は、一度関白様の召し上げとなります」
「い、一度、召し上げ…」
国人(地方領主)にとっては、処刑に等しい。
「落ち着いて。内ヶ島さんは殊勝にも、一度も戦わずに降伏したのです。召し上げは形式的なものです。領地も家名も、安堵されます」
安堵された後で、秀吉の都合でコロコロと引っ越す羽目になるかもとか、余計な事は言わない。
「では、今まで通り、白川郷にて?」
「はい、今まで通りに、白川郷を守ってください」
心底からの安堵で、内ヶ島氏理が脱力する。
安堵させてから、長近は本命を叩き込む。
「これから自分は、姉小路を国守の座から下ろします。その後、関白様から、飛騨国を任されます。その時、内ヶ島さんは、自分の寄騎扱いになります。これは承知してください」
今までの「地元にいて当然の国人」ではなく、関白秀吉に弓を向けた謀反人なので「金森に仕えるなら、処分保留にしておいてやるぞ、一武将として働くなら」という扱いに格下げなのだ。
そうは露骨に言わずに、長近は柔らかく伝える。
「飛騨以外への遠征に付き合う仕事が、増えます。そこは覚悟してください」
故郷とは全く関係ない場所での戦で、戦死する可能が、発生する。
内ヶ島氏理は嫌そうな感情が顔に出たが、畏まって承諾する。
「金森様に、お仕えします」
望まぬ引っ越しをしなくて済むのは確かなので、長近は内心で彼を羨む。
帰雲城の無血開城と内ヶ島氏理の完全降伏は、飛騨国内に緊急速報として振り撒かれる。
「飛騨の山城なら、大軍に攻められても、持ち堪える」という安全神話の崩壊が、手際良く広められる。
加えて、金森長近が
「降伏したら命は取らない」
「逃げる者を追撃しない」
という方針を貫く不殺型の武将だと説き、
「城の普請や堤の土木工事の時は、田畑の収穫期を避け、無理をさせずに賃金を払う名領主」
と触れ回る。
飛騨の国守・姉小路頼綱とは、真逆の人物である。
飛騨各地の城は戦意をろくに示さず、形だけ交戦すると次々に逃げて城を明け渡していった。
ただし、姉小路頼綱が籠城する高堂城・広瀬城は、頑強に抵抗を示す。
姉小路一族で固めた城なので、他の城のように適当に逃げてくれない。
長近からの降伏勧告を無視し、金森軍が全軍集結して包囲しても、抗戦を続ける。
「付き合う気はない。裏技を使うぞ」
長引くと、一揆や謀叛の扇動が続くだけなので、長近は切り札を出す。
内ヶ島氏理は、外征には全く興味を示さず、白川郷を守る事だけに専念してきた武将だ。
幼少時に家督を継いで以来、常にそうしてきた。
野心の無さは明らかなので、姉小路頼綱もあまり手を出さずに、同盟者として放っておいてあげた。
佐々成政への義理は、上杉や姉小路に対抗する最中に形成されている。
一番困った時に同盟を組んでくれた人なので、今回も援軍に来てしまっていた。
織田信長の次男が七万の大軍を率いてやって来たので、内ヶ島氏理も観念したが、佐々成政が戦意を無くして降伏してくれたので戦わずに済んだ。だが、飛騨には別働隊が攻め込んでいる。
追撃される危険を顧みずに、内ヶ島氏理は帰郷を強行する。
たとえ追撃されても、飛騨の地形でなら返り討ちに出来る、はずである。
生まれた時からずっと愛して守ってきた白川郷へ、内ヶ島氏理は一途に急ぐ。
内ヶ島氏理は白川郷に到着し、田園の無事や焼き討ちが発生していないのを見て、金森軍より先んじて戻れたのだと早合点する。
帰雲山の麓にある居城・帰雲城に到着すると、見慣れぬ軍勢が見慣れぬ旗指物を立てて待っていた。
黄金の馬簾の下に、総白の吹貫(鯉のぼりのような旗)。
秀吉配下の金森軍を表す旗指物を見て、内ヶ島氏理は居城が獲られた事を知る。
配下の忍者が、報告というかネタバラシをする。
「ご安心ください。無血開城です。留守番をしていた者が調略されただけです」
そんな重要な事を、どうしてこの段階で知らされるのだろうと、頭が追い付く暇もなく。
僧形の頭巾を被った身形の良い老将が、帰雲城から馬に乗って出てくる。
名馬の産地としても名高い飛騨に住む内ヶ島氏理でも、トップクラスだと一目で認める黒い名馬に乗る老将は、見事な馬術でしなやかに距離を詰める。
下馬せずに、馬上の内ヶ島氏理へと自己紹介をする。
「お初にお目に掛かります。自分は正四位下兵部卿法印素玄と申します。金森軍の指揮官です」
金森長近は、初対面で
「飛騨の国守より格上の位階を持つ身分やでえ」
というマウントを取る。
この自己紹介を受けて、内ヶ島氏理は自ら馬を降りて、膝を着く。
「兵庫頭(従五位上くらいの階位)内ヶ島氏理に御座います」
「降伏してくださいますか?」
こういう形で全面降伏をした事がないので、内ヶ島氏理は周囲の家来衆を見渡してしまう。
家来の内、飛騨忍者の面々が、安心させる笑顔で降伏しろとサインを送る。
「降伏します」
「では、手順を説明します」
降伏され慣れている金森長近は、降伏初心者・内ヶ島氏理に対し、親切丁寧に説明を始める。
「この降伏は、自分にではなく、自分を通して関白様に対しての降伏です。内ヶ島さんの所領は、一度関白様の召し上げとなります」
「い、一度、召し上げ…」
国人(地方領主)にとっては、処刑に等しい。
「落ち着いて。内ヶ島さんは殊勝にも、一度も戦わずに降伏したのです。召し上げは形式的なものです。領地も家名も、安堵されます」
安堵された後で、秀吉の都合でコロコロと引っ越す羽目になるかもとか、余計な事は言わない。
「では、今まで通り、白川郷にて?」
「はい、今まで通りに、白川郷を守ってください」
心底からの安堵で、内ヶ島氏理が脱力する。
安堵させてから、長近は本命を叩き込む。
「これから自分は、姉小路を国守の座から下ろします。その後、関白様から、飛騨国を任されます。その時、内ヶ島さんは、自分の寄騎扱いになります。これは承知してください」
今までの「地元にいて当然の国人」ではなく、関白秀吉に弓を向けた謀反人なので「金森に仕えるなら、処分保留にしておいてやるぞ、一武将として働くなら」という扱いに格下げなのだ。
そうは露骨に言わずに、長近は柔らかく伝える。
「飛騨以外への遠征に付き合う仕事が、増えます。そこは覚悟してください」
故郷とは全く関係ない場所での戦で、戦死する可能が、発生する。
内ヶ島氏理は嫌そうな感情が顔に出たが、畏まって承諾する。
「金森様に、お仕えします」
望まぬ引っ越しをしなくて済むのは確かなので、長近は内心で彼を羨む。
帰雲城の無血開城と内ヶ島氏理の完全降伏は、飛騨国内に緊急速報として振り撒かれる。
「飛騨の山城なら、大軍に攻められても、持ち堪える」という安全神話の崩壊が、手際良く広められる。
加えて、金森長近が
「降伏したら命は取らない」
「逃げる者を追撃しない」
という方針を貫く不殺型の武将だと説き、
「城の普請や堤の土木工事の時は、田畑の収穫期を避け、無理をさせずに賃金を払う名領主」
と触れ回る。
飛騨の国守・姉小路頼綱とは、真逆の人物である。
飛騨各地の城は戦意をろくに示さず、形だけ交戦すると次々に逃げて城を明け渡していった。
ただし、姉小路頼綱が籠城する高堂城・広瀬城は、頑強に抵抗を示す。
姉小路一族で固めた城なので、他の城のように適当に逃げてくれない。
長近からの降伏勧告を無視し、金森軍が全軍集結して包囲しても、抗戦を続ける。
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