楽将伝

九情承太郎

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第三章 楽将するは我にあり

十話 朝焼けの中で(4)

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 姉小路頼綱あねがこうじ・よりつなは、戦国時代を上手く生き抜いてきた戦国大名だ。
 武田信玄と上杉謙信に挟まれても巧妙に独立を保ち、織田信長とは親族(嫁が斎藤道三の娘)として天下布武に付き合った。
 公家としても良い具合に扱われ、位階も上げ、それで満足しているはずだった。
 本能寺の変で信長が死んだ直後に、信長と一緒に過ごした悪影響が、如実に現れた。

 信長の死、直後。
 領土を接した武田・上杉・織田の領地が、戦国時代の最も悪い時期に逆戻りしている。
 この隙に進出しようかとも考えたが、各方面の修羅場を見て、方向性を変える。
 飛騨国内の利権を、姉小路で独占する動きを強める。
 鉄砲を大量に仕入れ、国防ではなく他家を駆逐して利権を奪う事に全力を注いだ。
 他家だけではなく、従順ではない身内も攻め滅ぼしながら、姉小路頼綱あねがこうじ・よりつなは独裁体制を強めた。
 次の天下人が決まる前に、飛騨国内での利権確保に専念した。
 それを繰り返した果てに何が起きるのかを、考えるのを放棄したかのように、飛騨国内で粛清を繰り返した。

 羽柴秀吉VS柴田勝家の織田家相続主導権争いが勃発すると、姉小路は即答で柴田勝家に肩入れした。
 織田家の覇業を二十年近く目撃してきた姉小路頼綱にとって、あの猿顔の助平怪人が柴田勝家に勝つ絵面が全く想像出来なかったのだ。
 予想は外れたが、姉小路頼綱あねがこうじ・よりつなは気にせずに飛騨国内の内部粛清を続ける。
 小牧・長久手の戦いでも、姉小路頼綱あねがこうじ・よりつなは秀吉が負ける方に、賭けた。
 この予想は当たったが、織田信雄が粘らずに秀吉の軍門に降ったので、呆れ返った。
 姉小路頼綱あねがこうじ・よりつなは、朝廷とのパイプを維持し、飛騨忍者に最新情報を集めさせているので、羽柴秀吉が勢力を拡大させている事は承知している。
 だが、あの猿面怪人に対して、信長に恭順したように頭を下げられるとは思えない。
 秀吉が関白にまで出世しても、姉小路頼綱あねがこうじ・よりつなには嫌悪感しか湧かない。
 関白の地位すら騙し取る秀吉に対し、殺意すら湧く。
 秀吉が佐々成政征伐に出撃する合間に、徳川家康が攻撃に出る可能性に賭けて、姉小路は佐々に援軍を送った。
 そこから先は、全てが裏返った。
 佐々成政は戦わずに降伏し、出した援軍が戻れないようになった隙に、金森軍が飛騨に攻め入って来た。
 しかも、朝敵に認定された。

 姉小路頼綱あねがこうじ・よりつなにとって、金森長近ながちかは理解出来そうで出来ない男だった。
 普段は茶坊主のように楽なポジションでサボるくせに、殿軍を守って度々信長を救っている。
 京都や堺で(仕事の合間に)遊興に耽る雅な性格なのに、信長に逆らって人を助ける事を厭わない、激甘で意固地な所を見せる。
 そして不思議にも、親しい徳川家康に敵対する秀吉の傘下に入って、凄まじい速度で飛騨を攻略している。
 武田信玄や上杉謙信ですら攻略不可能だった、この飛騨国を。
 姉小路頼綱あねがこうじ・よりつなが粛清した一族の生き残りたちが、金森を先導しただけでは、説明が足りない。
 飛騨忍者が内通していても、ここまで速やかに追い詰められた事に、納得が出来ない。
 納得出来なくても、もう居城を囲まれ、一族郎党が加速度的に目減りしていく。
 金森軍にも被害を与えているが、先に姉小路の方が全滅する勢いだ。
 金森長近ながちかは、日に三度は降伏勧告をしてくる。
 命を助けられても、秀吉に頭を下げるのはゴメンなので、痩せ我慢をして時間が過ぎる。
 やがて、朝廷から書状がもたらされ、姉小路頼綱あねがこうじ・よりつなに降伏するように命が下る。
 関白・秀吉ではなく、関白職を取られた近衛家の根回しによる命令だった。
 近衛前久が、姉小路一族を公家として庇護すると、保証している。
 しかも、「信長の親族」という立場をそのままに、京都に永住出来る。
 姉小路頼綱あねがこうじ・よりつなは、飛び付いた。
 戦国大名としては、お終いだが、公家として存続できる。
 破格の降伏条件である。
 姉小路頼綱あねがこうじ・よりつなは金森軍に降伏し、生き残った家族と共に、京都へ護送された。


「こんな裏技があるなら、最初から使えばいいのに」
 金森家に仕えてから過去最高に苦戦したので、牛丸又右衛門は、ボヤく愚痴る泣きを入れる。
 おまけに、長年討ち果たしたかった男は、助命されて京都で公家暮らしを保証されている。
「使いたくなかった。これだけは使いたくなかった」
 長近ながちかは、牛丸を宥めも慰めもせずに、ボヤき返す。
「牛丸、一つクイズです」
「何だよう」
「飛騨の各地で去就を決めかねている武将たちは、どちらを選ぶでしょうか?
 内ヶ島うちがしまのように、最初から降伏して、所領安堵。
 又は、
 姉小路のように一戦して粘ってから、有利な条件を引き出す」
 牛丸又右衛門は、その条件で思考し、うんざりする。
 内ヶ島氏理うちがしま・うじまさのように、所領安堵で満足するような武将ばかりではない。
 姉小路のように、数日籠城して抗戦してみせる者が、少なからず出る。
 だが、姉小路と違い、彼らには朝廷から助命して貰えるようなパイプは無い。
 降伏しなかった朝敵として、討たれるか所領没収である。
 所領没収が確実だと分かれば、敗走後に逆恨みして、謀反の火種になる。
 小規模ながら、殲滅戦をするしかなくなる事案が、増えるだろう。
 金森長近ながちかの、最も嫌いな事態になる。
「…殿。ここで判断を誤るような奴には、同情しなくていいよ」
「同情ではない。そいつらの巻き添えで、余計に無駄に人が死ぬのが、嫌なだけだ」
「…降伏勧告は、念入りにしておくからさ。背負うなよ」

 牛丸又右衛門は、拾って失地挽回を果たさせてくれた恩人に対し、汚れ仕事を引き受けて報いる。


 金森長近ながちか姉小路頼綱あねがこうじ・よりつなを京まで護送すると、秀吉は狂喜乱舞して出迎えた。
「流石、流石、流石、流石!!!!
 武田信玄も上杉謙信も落とせなかった飛騨国を、たった一ヶ月で落とすとは、見事に尽きるでえええ!!!!」
 長近ながちかは礼儀正しい笑顔を絶やさずに、これからの方が大変なんだよ馬鹿野郎、とは言わないでおく。
 秀吉の方は、この戦果を「羽柴軍の偉大なる大戦果」として大々的に喧伝し、話に尾鰭が付いて「金森長近ながちかは、一日で飛騨国を占領した」とまで膨らました。
 やり過ぎだ。
 付き合うのが苦痛なので、長近ながちかは早々に飛騨に引き返す。


 姉小路頼綱あねがこうじ・よりつなは、近衛家の庇護の下で、幽閉された。
 金森軍が飛騨制圧を完了するまでは、戦国大名としては絶対に動けないように、幽閉された。
 秀吉の指示である。
 最初から最後まで。
 姉小路頼綱あねがこうじ・よりつなは、近衛家ですら秀吉には全く逆らえないのだと悟り、大人しく過ごす。
 十月末には飛騨国制圧が完了し、姉小路頼綱あねがこうじ・よりつなの幽閉も解除された。
 出家もしてケジメを示し、公家として親族の任官活動に邁進。
 徳川家に就職させたり、飛騨での地主の権利を一部回復したりと、結構な手腕を発揮している。
 そこで安堵し過ぎたのか、愛する京都が秀吉に支配されているのが気に障ったのか。
 飛騨から京都に移って、二年と経たずに、死没した。島流しならぬ京流しが、この人物には何故か心身に悪かったらしい。
 享年四十八歳。
 葬儀は橋本(京都府八幡市)の寺で行われたが、墓所は飛騨に建立した寺になっている。
 どうやら、秀吉のいる京都では、永眠したくなかったようだ。


 


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